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異世界伝承記  作者: メロンソーダ
王国編
31/53

一度立ち止まって

「うぅぅ肩が痛い…」


真由は左肩を抑えながらゆっくり起き上がった。窓の外を見ると鮮やかな茜色の空と藍色の夜空が入れ替わろうとしていた。その空色に真由はぼんやりと何かを思い出そうとしていた。頭に靄がかかったような感覚がありはっきりとは思い出せない。だが何かとても暖かい想いを託された気がする。根拠のない直感が胸に残っている。


「お、起きたか。調子はどうだ?」


扉が開き水桶を抱えたアイラが入ってきた。真由の顔を見るととても安心したように眉が下がっている。今回の戦闘で今まで以上に心配をかけてしまった。真由が寝込んでいる間もずっとそばにいてくれたのだろう。


「体が熱いしだるい…肩も痛い…」


アイラは真由のおでこに手を当てまだ熱があることを確認するとコップに水を注ぎ手渡してくれた。真由は支えてもらいながらゆっくり飲み干す。熱い体に冷たい水が心地よい。


「アイラ、足大丈夫?」


「大丈夫だよ、ちょっと足裏の皮膚溶けただけだし。あ、本当にちょっとだからな⁉一部だけだし⁉」


アイラの言葉に一気に顔が真っ青になった真由を落ち着かせるようにアイラは足を指して慌てた。元々騎士団の装備品(退団時にパクってきた)の靴だったため靴底も厚いし頑丈だ。濃い酸性の溶解液の上を数歩走ったとはいえすぐアルベルトが防護術をかけてくれたおかげで被害はほぼないのだ。


「まずは自分の心配をするのが先だからな、一番重症なの真由なんだからな~~」


アイラは真由の頭をガシガシと撫でた。そう、今旅の仲間の中で一番重症なのは真由だ。作戦終了から3日経過しておりほかの仲間はもう日常生活を送っているそうだ。


「そうそう、アルベルト殿はあと4日ぐらいで連邦に帰るってさ。今誠司とカグヤと戦闘訓練してるよ」


「え、私も訓練つけてほしいのに…!寝てる場合じゃない…!」


真由は重い体を引きずりベッドから出た。アイラに止められたが最強の戦士の手ほどきをじっくり受けれるチャンスなのだ。寝汗で肌に張り付く寝巻を肩を庇いながら脱ぎ手ぬぐいでさっさと体を拭く。気合を入れれば案外動けるものだと真由は実感した。


「こらこら‼‼夜魔法の勉強会してるからせめてそこに加われ!まだ戦闘禁止だからな!」


「えーー‼‼‼ね、動かないから見学したい!ね、お願い!」


アイラに捕獲されても真由は必死に懇願した。友人が言っていた、年上には上目遣いが有効だと。真由はふと思い出しできる限りの上目遣いでアイラを見つめた。年下の妹に弱いアイラは案の定根負けしアイラ同伴の元、誠司たちが訓練している中庭に行くことができたのだった。

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「はい、脇腹甘い」


誠司は脇腹に模擬槍の薙ぎ払いを喰らい地面に転がった。大きく構えると隙が大きいのについやってしまう悪い癖だ。アルベルトの斜め後方からカグヤが飛びかかるが、アルベルトはすでに見抜いており軽く躱すとカグヤを手刀で地面に叩き落とす。


「ぐえ」


「はっはっはまだ若いですなぁ、ほらもう一回…おや」


アルベルトは爽やかに笑うとふとこちらに来る人影に気付いた。肩で息をしながら誠司も顔を上げると、アイラにおんぶされた真由が来ていたのだ。


「真由!まだ寝てないとだめだよ」


「二人がアルベルトさんから訓練受けてるって聞いて…私も動きだけでも見たいなぁってお願いしたの」


誠司が駆け寄ると真由は少し照れながら微笑んだ。アイラを見ると根負けしたぜ…と言わんばかりの表情を浮かべている。近くで訓練を見ていたクラノスが即座に椅子と毛布を持ってきて真由を温める。


「まぁずっと寝てたら体バッキバキなるだろ、少しぐらいならいいっしょ」


カグヤが土埃を払いながら笑う。アルベルトもそうですよというと誠司は渋々納得した様子で引き下がった。


「あと1時間ほどで戦闘訓練は終わる予定です。夜は食事後2時間ほど魔法についての勉強会になります。真由殿も参加しますか?」


「もちろんお願いします!」


「ふふ、だいぶ元気になりましたね、良かった良かった」


アルベルトも安心したように笑うと続けますよと誠司とカグヤに声をかけた。二人は返事をすると各々模擬用の武器を構えた。真由の横ではアイラが混ざりたそうにソワソワしているのをクラノスが止めている。内心クラノスも手ほどきを受けたいのだろう、だがここは子供たちの成長に時間をかけるべきだと判断しているようだ。


「それにしても、騎士団の皆さんも興味津々だね」


「あぁ、滅多にアルベルト殿の技を間近で見れる機会は無いからね。もう全員気になって仕方がないよ」


中庭を取り囲むように騎士団員達が熱心に動きを観察していた。ふと上を見上げると建物の窓から身を乗り出してみている団員もいる。クラノスは落ちないようにと声をかけながら戦士の動きを目で追っていた。誠司とカグヤが連携してアルベルトに一本入れようとするが全く歯が立たない。まるで背中に目があるかのようにカグヤの奇襲にも動じず軽くいなしてしまう。無駄のない洗練された動きに真由は感嘆の声を上げていた。

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「残り4日で一本入れれるのかなぁ…どうやっても勝てねぇ…」


「はっはっは戦闘に出た経験年数が違いますからねぇ」


「新手のエルフジョークかよ‼‼‼」


カグヤはアルベルトのジョークに頭を抱えた。本当に言葉通りなのもどう反応していいのかもわからないところだ。一行は夕食を食堂で共に囲んでいた。


「それよりも皆さんは真由殿の怪我が良くなったら連邦へ?」


「えぇ。連邦と公国の瘴気の浄化に当たろうかと。ですが…」


クラノスは優雅にワイングラスを傾けながら一息ついた。横で誠司は厚切りベーコンを頬張りながらクラノスの言葉の続きを待った。


「ここまで急ピッチに旅を進めてしまいましたので、平原を越えて連邦に行く前に一度休養を取ろうかと提案したいところです。真由の怪我もありますが、何より彼らにはあまりゆっくり街を満喫する時間がありませんでしたので。」


「確かに…誠司マンモルの図書館でゆっくり勉強したいって言ってたもんな、休養アリだな」


エールを一気に飲んだアイラが同意する。ベーコンを咀嚼した誠司は顔を輝かせて喜んだ。


「すごい嬉しい!図書館で一日中本を読みたいしマンモルの街ゆっくり探検したかったし!あ、でも連邦と公国の瘴気の被害は…?」


「あぁ大丈夫ですよ。王国より瘴気の核の観測数は少ないですし。何よりエルフ族が各地で定期的に浄化していますからね。あと連邦と公国ではマンモルの魔法学院のように魔法書を集めた図書館はありません。いい機会ですからゆっくり勉強されるのが良いでしょう。」


アルベルトはクラノスとワインで乾杯してゆっくり口にする。横でパンがゆをもそもそと食べる真由もうんうんと首を縦に振った。


「エルフ族は魔法一番使っているのに図書館とか魔法書は少ないんですか?」


「えぇ、人間のように書物にして他人へ教えるという発想があまりない種族なんですよ。長寿ですから、口頭で後任へ伝承していくような感じですね。まぁあとはエルフ語がありますから図書館作ってもエルフ族以外全然読めないという事情がありましてね。」


確かにアルベルトは魔法を使用するとき真由たちとは違う言葉で詠唱している。アルベルトは外交上人間の言葉を覚えているそうだが中にはエルフ語しか話せないエルフもいるという。


「翻訳の魔法がありますからそれを使えば読めますけどね。」


「便利だなぁ…補足しとくけど公国にもでかい図書館は無いぞ。一族秘伝の方が多いし。」


「おぉ昔の日本って感じがする…」


カグヤの補足に誠司が感動する。ロマンあるなぁとシチューを飲み干す誠司の横で真由はゆっくり野菜を口に含んでいた。利き手が無事なのが良かったと痛む肩を気にしながらしみじみと実感する。


「ひとまず休養先はマンモルにするかい?ヴァランスでもいいと思うが…」


「俺はマンモルがいい‼‼今度は公衆浴場にも行きたいなぁ」


「私もマンモルで~魔法の練習したいな」


力強い誠司の横で少し疲れ気味の真由がふらふらと手を上げる。まだ熱が完全に引いていないため食事のために咀嚼するのにも体力を使うようだ。


「ではマンモルにしよう。真由、残していいから薬だけは頑張って飲むんだよ」


「うん~~」


もそもそと柔らかく煮込まれた野菜を飲み込み水をゆっくり飲む。この後の魔法の授業にはどうしても出たい。料理係には申し訳ないが残してしまった。薬を飲みながら配膳係に下げてもらう。


「さて我々もぼちぼち移動しますか。真由殿、ベッドに入りながら聞いててください、そのまま寝落ちしても良いですからね。まだ痛むでしょう」


「はい、すみません、せっかくの講義なのに…」


アイラに背負ってもらいゆっくり移動する。お酒をそれなりに呑んだはずなのに足取りが全然酔っぱらっていない。さすが酒豪だ。誠司たちもごちそうさまでしたと厨房に声をかけ真由たちの後を追いかけていた。

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その後は夜は魔法の講義を行った。魔法書に書いてある魔法の原理から誠司には少ない魔力を効率的に使う方法、真由には浄化魔法の深堀と治癒魔法のことについてアルベルトが詳しく教えてくれた。誠司は魔法書にびっしり書き込みをし不明な点は一度自分の中で落としてからアルベルトに聞くようにしていた。一方の真由は書き写すのに精いっぱいで途中ついていけない部分もあったが、横でカグヤが即座に書き写してフォローしてくれていた。アルベルトはそんな子供たちの様子を慈愛に満ちたまなざしで見つめながら誠司の圧倒的な勉強量に少し引いていたほどである。


残りの4日も同様に過ごした。朝は準備運動をして体力づくりのため騎士団員と共に筋トレに励んだ。昼休憩を挟んで魔法を合わせながらアルベルトとひたすら組手を行った。そして夜は魔法の講義。とても充実した日々だった。真由は体調不良が続く為激しい動きは出来ないが日中は魔法の講義の復習を行ったり誠司たちの動きを見て脳に覚えさせていた。そんな日々はあっという間に過ぎ、ついにアルベルトが帰国する日になった。


「アルベルトさん、カイウスさん、本当にお世話になりました。」


「いえ、我々も尊いものを見れて幸せでしたよ。…大蛇の性質について判明できなかったのが心残りですが…連邦に戻ってからも研究してみます。」


エルフ族が中心となって大蛇の性質を調査していたが、解明には至らなかった。なぜカグヤが姿を確認して場を離れた数十分のうちに瘴気の核を取り込んで移動したのか。どうしてあの巨体が移動しているのに誰も気付けなかったのか、死体を何度も調べても理由がはっきりとしなかったのである。瘴気の防衛本能だろうか、という説も出たが今まで観測されていない事象に全員が頭を抱えていた。


「そうだ皆さん、連邦に来たら私の農園に来てください。首都から離れたところにありますが。」


アルベルトはそう伝えると懐から地図を取り出しクラノスに渡した。クラノスは丁寧に受け取ると地図を開いた。アルベルトが指をさすところは確かに大きい街から離れている。


「…家にはフユミが生涯をかけて研究していた元の世界に帰るための資料があります。」


その言葉に真由と誠司は顔を上げた。真剣な表情のアルベルトがやけに印象的だ。


「誠司殿、転移魔法に目をつけていたのはさすがです。フユミも原理を解明しようとしていました。世界を越える転移魔法は聖女召喚術をまず理解しないといけないと。まぁ、まずその術が禁忌レベルなんですけどね、王国の一部の神官しか伝承されないそうですし。」


「そうだったんですか…」


やはり目の付け所は間違っていなかったのだ。誠司は少し安堵する共にアルベルトの瞳を見た。彼の翡翠色の瞳はまっすぐ誠司を見つめている。


「…私は研究の資料を複製しておきます。それをあなた方に渡せるように。ただ一つだけ条件を付けます。…この私と一戦交えましょう、誠司殿。強くなって私に聖女を守り抜くという意思を見せなさい。」


「誠司一人で…‼‼?しかも最強の旦那相手に⁉」


カグヤが驚愕の声を発した。横で真由も、クラノスもアイラも驚いている。誠司もまさかの使命に驚いていたが真剣なアルベルトの瞳に何か考えがあると察した。


「…わかりました。タダで奥様の熱意を受け取るわけにはいかないと常々考えていました。強くなってあなたから一本取って見せます。」


誠司の決意にアルベルトは安心したように微笑んだ。


「やはり賢い方だ、きっと私の思いを見抜いているのでしょうね。ふふ、さすがフユミの後輩だ」


誠司はフユミが通っていた高校に在籍していると聞いていたアルベルトは何度も納得したようにうなづいた。そして真由に顔を向けると微笑んだ。


「そんな心配なさらないでください。組手ですから命は取りませんし怪我もさせませんから。それよりも真由殿。もしかしたら残りの浄化作戦も今回のように反撃してくる可能性があります。防御術も忘れずに鍛錬してくださいね。」


「…はい、アルベルトさん!私も、次お会いするまでに強くなります!」


真由の決意に満ちたまなざしにアルベルトは満足そうに笑うと各々と握手を交わし馬に跨った。


「そろそろ出発するぞアルベルト殿。皆様、またお会いしましょう」


「えぇ、連邦に行った際には必ずご挨拶に伺います。道中お気をつけて」


カイウスと固く握手を交わし連邦軍はゆっくりと故郷に向かって進み始めた。沿道では見送りの騎士団員と住民達が次々とお礼の言葉をかけながら手を振る。先頭を行くアルベルトは心地よい風を感じながら、最愛の家族とかつての仲間達に思いを巡らせ馬を走らせるのだった。



王国編完結です!今後は王国を出て連邦と公国へと向かいます!

連邦編の前に外伝で色々書きたかったものを書いていきます‼‼‼

やっと真由の過去編でもできる…‼‼

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