最強の戦士 アルベルト
緊急の知らせを受けて会議室を出た一行は魔物が襲来している要塞の壁に向かって走っていた。先陣をウキウキで走るのはアルベルト。連邦最強の戦士にして23代目聖女の旅のメンバーであり旦那でもあるエルフ族だ。自身の身長よりも長い槍を持っても軽々しく走る様子は本当に歴戦の猛者である。
「はっやいなアルベルトさん、身体強化なかったら追いつけないよ」
誠司も元々の運動神経がよく学校ではリレーの選手に毎年抜擢されていたし、陸上部からもスカウトを受けていたが、比べ物にならないぐらいアルベルトは速い。
「そういやマサノブのおっさんが言ってた、アルベルトさんは足の速い男がモテるってフユミ様に聞いて必死で足腰鍛えたとか!これが愛の力ってやつか」
「そうだぞ少年達、愛の力は偉大なんだ。覚えておくように‼‼」
まだ余裕そうなカグヤの声が聞こえたのかアルベルトは軽快に笑って肯定した。本当の話なのかと誠司は息を切らしながらも笑ってしまった。元々戦士なので足腰は強いのだろう、それに加えてフユミに振り向いてもらうためにさらに鍛えた男だ、面構えが違う。
「皆様!こちらです!」
要塞の壁の上から騎士団員が声をかける。簡易の梯子が数本下ろされ真由とアイラと誠司は先に登る。
「カグヤ飛べ!」
壁際に走ったクラノスが盾を構えカグヤを呼ぶ。意図を察したカグヤは助走をつけて盾を踏み台にし一気に壁の上までジャンプした。身軽なカグヤと体幹が整っているクラノスだからできる連携だ。
「クラノス殿、私もそれやりたい!」
梯子の順番を待っていたアルベルトが目を輝かせてクラノスに声をかけた。クラノスは一瞬考えたがこの方が早いと判断しどうぞ!ともう一度構えた。アルベルトはカグヤと同じように助走をつけると盾を踏み台にして壁ぎりぎりまで飛び上がった。カグヤと騎士団員がアルベルトの腕をつかみ一気に引き上げる。横で梯子に手間取りながら登った真由が感嘆の声を出していた。
「いやぁいいですねこれ、マサノブを踏み台にしたときはめちゃくちゃ怒られましたしあまり飛べなかったですけど、流石王国騎士団長の家の方だ!」
まるで少年のようにはしゃいでいるアルベルトにカグヤは公主から聞いた数々のやんちゃエピソードを思い出した。これが人生を楽しむ秘訣かとカグヤはそっと心にしまった。
「おぉ結構でかいなあれ!どれだけ食ったらあんなでかくなるんだよ⁉」
騎士団員と先に魔物の姿を視認したアイラが声を上げる。登ってきたクラノスと合流し振動で落ちないよう壁の下を見ると大きい猪…もはやマンモスみたいな魔物が壁に何度も突進していた。
「ふむ瘴気も纏っているな。周りの騎士団員を退避させなさい。私が出る。私が対峙していない魔物へは弓矢や投石で援護を。」
「ははっ‼‼」
アルベルトは騎士団員に指示を出すと同時に武器を構え軽く詠唱を始めた。エルフ族特有の言葉で詠唱をしている。何より魔法の展開の速さに真由と誠司は驚いていた。発動したのは光の杭を打ち込む攻撃魔法。真由が打つ弾丸の上位互換と言ったところだろうか。威力も桁違いだ。
「さて行きますか、真由殿と誠司殿は上から魔法で援護を。カグヤ殿は魔物の攪乱を。クラノス殿とアイラ殿は騎士団に指示を出しながら二人が落ちないようにしてあげてください。」
こちらの返事も待たずにアルベルトは槍を構え魔法攻撃でひるんだ一体の魔物へ飛びかかった。軽やかな身のこなしでまずは一体に槍で胴の部分を貫いた。先ほどまではしゃいでいた姿は幻覚だったのかと思うほど一気に戦士の表情になっている。
「すごい、これが最強の戦士…!」
火炎弾を撃ちながら誠司はアルベルトの動きを観察していた。一人で10体ほどの大型の魔物を相手しているが、余裕で勝てると確信できるほど強いのだ。
「一切無駄のない動き、的確に急所を貫く熟練の技に展開が早い魔法…どれをとっても一級品だな」
身を乗り出しすぎた誠司を引き戻しながらクラノスも感心している。この会話をしている間にも2体を倒している。
「どれだけの戦闘経験を積んだらここまで来れるんだろうね…!」
真由も負けじと浄化魔法で魔物から瘴気を取り除いているが、アルベルトの動きが早すぎて追いつけない。エルフ族は寿命が500年ほどだと言われている。今彼が何歳かはわからないが結構な年数を戦ってきたのだろう。
「下も良いけど前方も見て‼‼飛行型来てるぞ!」
カグヤがクナイを前方に素早く投げつけ飛行型の魔物を叩き落した。大型に釣られてきたのか飛行型の魔物も数体こちらに向かってきている。下はアルベルトがほぼ倒し切っており残すところ3体ほどだ。真由と誠司は目の前の敵に集中しなおした。
「飛行型は瘴気持っていないから真由は光弾の攻撃に切り替えな!カグヤは真由の援護!」
「うん!カグヤお願いね」
「おうよ!」
斧ではなくボウガンを構えたアイラが教えてくれた通り、飛行型は瘴気を纏っていない。アルベルトの攻撃魔法には劣るが光弾による攻撃魔法の練習だと思い真由は即座に切り替えた。横ではカグヤがクナイや手裏剣で的確に羽を狙ったり、近くにきた敵は短刀で切り付けている。さらに時折懐から短冊を取り出し敵に投げつけると火炎や小雷が発生する不思議な術を使っている。誠司がよくゲームで見るやつだ‼‼と興奮しているのを横目に真由は魔法を撃ち続けた。
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あれからすぐ戦闘は終了した。壁にひびが入ったがすぐ修復すれば問題ないとのことだ。真由はけがをした騎士団員に治癒魔法をかけている。軽傷であったため傷は残らない。
「ありがとうございます聖女様。」
「どういたしまして、お互い無事でよかったです」
真由は騎士団員に微笑んだ。聖女に手当してもらえたと嬉しそうな騎士団員は敬礼をして持ち場へ戻っていった。
「中々いい魔法の筋をしていますね真由殿」
「いえいえ、アルベルトさんに比べると全然ですよ」
アルベルトが真由に声をかけてきた。汗もかいていない涼しい様子で微笑む戦士と圧倒的な差を感じるが、次の浄化作戦では誰よりも頼もしい存在だ。
「私はただ経験年数が大幅に違うのと魔法の扱いに長けている種族だからですよ。真由殿は治癒と浄化特化ですか?」
「はい。攻撃魔法は光弾しか使えなくて…あと少しビームが撃てるぐらいです。」
ふむとアルベルトは口に手を当てて考えていた。真由は何か言われるのかと内心ドキドキしていた。
「いや失礼、フユミは浄化と風魔法に特化していましたから。やはり人によって違うのだと実感していたのですよ。」
アルベルトは真由の心を読んだのか懐かしさを含む優しい声色で返した。
「私も属性が付いた攻撃魔法を使えれば戦闘の幅が広がるんですけど…中々うまくいかなくて、火属性は誠司君が適しているので頼っている状況です。」
「あまり自分に適していない魔法を無理に使うと魔力炉を傷めやすくなります。カグヤ殿の忍術で属性攻撃は出来ますから貴方は治癒と浄化魔法に集中するといいですよ」
後ろで忍術に興奮している誠司と、困惑しながらも照れているカグヤを見ながらアルベルトはアドバイスをくれた。確かにそうですねと真由は笑いながら返した。アルベルトの言葉通り、自分は自分に適したものを極めていくのが一番いいのだと自分に言い聞かせる。
「ところで先ほどアイラ殿から聞きましたが、連邦に着いたら攻撃魔法を使える魔術師をスカウトしたいとか。よければいい人材を紹介しますよ。」
なんともありがたい申し出に真由は喜んでお礼を言った。さすがにアルベルトに同行してもらうのは出来ないが、彼の紹介となれば相当優秀な人なのだろう。協力に心からお礼を言った。
「おーいそろそろ詰め所戻ろうぜ!もうここは大丈夫だ!」
遠くからアイラの声が聞こえる。真由はアルベルトと共にはしゃいでいる誠司とカグヤを回収してアイラの元へ向かった。
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「お帰りなさいませ皆様。心よりご協力に感謝いたします。」
詰め所に戻ると会議室でロイとカイウスが待っていた。戦闘の間に浄化作戦に向けて指示をしていたようだ。
「先ほど早馬が来て今晩にはマンモルからの残りの物資が到着いたします。ですが平原に魔物をおびき寄せる魔法道具の調整に一日かかりますので、浄化作戦の決行は明後日になります。」
「今回の作戦に伴い避難を呼びかける範囲を拡大した。今騎士団と連邦軍で住民をストラスや平原の南の方へ誘導させている。連邦から追加の援軍が来てな、彼らには住民の誘導と護衛を依頼している。」
今までとは違う戦闘の規模に真由は改めて緊張している。自分のなすべきことと責任の重さにプレッシャーを感じるが、頼もしい仲間や戦力がいる。もう取り乱すことはしない、彼らも守ると決意を新たにしていた。
「わかりました。獣人族の方たちとの顔合わせや全体会議は明日になりますか?」
「えぇ明日の昼前に予定しています。皆様は会議以外は体を休めて備えてください。…それから真由様、お願いが一つございまして」
ロイのお願いに真由は顔を向けた。何を依頼されるのか見当もつかない。
「明後日作戦開始前に平原拠点にて参加する騎士団員と連邦軍が集合いたします。決起集会のようなものです。そこで聖女様の激励ということで一言皆にお願いできればと」
「え、ええええええええええ‼‼‼?」
今まで大勢の前で話す機会などほぼなかった真由は驚きのあまり声が裏返った。
「お、いいじゃんそれ!騎士団員達喜ぶぞ!」
アイラがいいアイデアだとロイをほめたたえた。クラノスも誇らしげに頷いている。
「声量に関しては拡声器がございますのでご安心を。なに、長い話ではなく作戦に参加する戦士の無事と作戦の成功を祈って鼓舞していただければいいのですよ!」
ロイは高らかに笑うが真由は緊張して顔が引きつっている。思わず誠司が声をかけようとしたが真由は息を吐いてよし、と自身を落ち着かせていた。
「わかりました。お引き受けいたします。」
しっかりと返した真由にロイはありがとうございます!と笑いかける。誠司は今まではこういう場面では自信がなくおどおどしていた真由の成長を実感していた。きっと先ほどの戦闘の前にアルベルトからかけられた言葉が効いたのだろう。適した声掛けとアドバイスができるのも優秀な証拠だと誠司は改めてアルベルトを尊敬していた。
その後会議の場は解散となった。ひとまず明日の全体会議まで休養だ。アルベルトに色々聞いたり訓練をつけてほしいが、彼も連邦軍に指示を出したり忙しいようだ。何より超重要な戦力だ。ここで消耗させるわけにはいかない。作戦に備え、誠司たちは休息をとるのだった。激戦はもうすぐだ。
次回いよいよ第三の核浄化作戦です。モフモフ軍団もいっぱい出てきます!
ちょっとした裏設定
〇ロイ隊長
アイラ騎士団時代の同僚。王都勤務の時一緒にクラノスパパに鍛えられていた。アイラが騎士団を辞めた事情も知っている。入団から18年、33歳という若さでストラスを任されている。
〇アルベルト
設定時はもっとクールな設定でした…。あれおかしいな…お茶目要素がどんどん出てくる…。ちなみにジュール学院長の手紙で聖女一行がストラスに向かうと知り、本当は帰る予定だったを延期して作戦に参加してくれています。ある意味奥さんの後輩が気になるからね。