切望の出会い
一行は野営地を早朝に出立し無事国境の街ストラスへとついた。マンモルや他の街とはさらに違い、蒸気機関が多く町のあちこちで歯車と蒸気が揺らいでいるのが見える。詰め所もまるで要塞の様だった。
「では私はここで失礼いたします。何かお困りごとがあればカグヤを通してお知らせください。我々一同お助けする所存でございます。…カグヤ、しっかり務めを果たせよ」
「ありがとうございます。アズマさん。」
「わかってますってアズマさん。みんなによろしくお伝えください。」
荷物を下ろしたアズマは礼をして馬を引き連れ来た道を引き返していった。マンモル近郊に待機させている若手忍者達の修行に戻るそうだ。真由とカグヤはアズマを見送ると詰め所に入っていった。
「お初にお目にかかります。真由様。私はストラスの部隊長のロイと申します。お会いできて光栄です。」
「よろしくお願いします、ロイさん。あの、戦闘の様子はどうですか?」
握手を交わすと真由は早速戦況について尋ねた。ロイはアイラよりもやや年上と言ったところだろうか、よく鍛えられた体つきはクラノスとそう変わらない。
「魔物は今はブルーボ平原の森林に撤退しています。ですが、肝心の瘴気の核が森林の奥にありまして…。そこまで踏み込むことができていません。」
「そうですか…騎士団の皆さんはご無事ですか?」
ロイはそっと目を伏せると静かに口を開いた。
「此度の戦闘におきまして、死亡者と重傷者が多数出ております。民間人にも被害が…。街を預かる身でありながらお恥ずかしい限りです。」
「…そう…だったんですね…来るのが遅くなってすみません、すぐ浄化して安全を…」
焦った真由の言葉をカグヤがそっと遮った。森の奥深くに大量の魔物を引き連れて隠れているのだ、相当な用意をしないと今よりも悲惨な戦闘になる。真由は気づくのが遅くなって声を落としてしまった。
「これだけの戦闘がありながら部隊の形を保てていることは素晴らしいと思います。マンモルからの物資が到着次第、連邦と協力して対応しましょう。」
そこへクラノスが声をかけてくれた。クラノスは先に入ってほかの団員と少し会話をしていたようだ。
「そうですね。聖女様、此度も我々がお守りします。どうか瘴気を浄化して住民の生活をお守りください」
「はい、みんなで一緒に帰りましょうね、よろしくお願いします。」
真由とロイはお互い深々と頭を下げた。
「ささ、どうぞ中にお入りください。ほかの街より無骨な詰め所ですがごゆっくりいただければと」
ロイに通され先に中で蒸気機関をまじまじと見ていた誠司とアイラと合流し、一行は部屋へ案内してもらった。
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「さて、どう攻略していこうか…。森の奥、周りには魔物が多数いるという。厄介だな」
「ここの森あんまり人の手入ってないから薄暗いし足元悪いからな、余計面倒だぞ」
一同は会議室に集まっていた。騎士団時代ストラスで勤務していた経験があるアイラが地図を見ながら唸る。ストラスを出ると連邦の首都の門まで広大な平原が広がっている。そこにはいくつか村や町が点在しており、小麦の生産の一大拠点なのだそうだ。平原から北側にはブルーボ森林が広がっており、正式な計測はしていないが森林をさらに北上するとブルーボ聖神殿に出るという。
「森林に近い村の住民は全員ストラスへ避難してもらっている。もうすでに畑への影響が大きいようだ。」
「連邦からの援軍もまだ加勢してくれているのかな?」
「あぁ。先ほど伝連係に確認したがずっと協力してくれているそうだ。ここの平原で栽培している穀物は連邦と共同で生産しているからね、彼らの食料も守るために一致団結しているよ。」
2国で共同で生産しているのは驚きだ。一応平原の真ん中に国境があるようだが、あまりにも平原が広大なため管理もストラスと連邦首都で協力しているのだとか。王のせいで関係が悪化しているとはいえ、長年共同管理を続けているのは奇跡のようだ。そこへロイが会議室に入ってきた。
「皆さんお揃いでよかった。今回の連邦軍の代表の方がお見えになっています。」
ロイはどうぞと背後の人物を中へ通す。顔を上げると二人いるようだ。一人は細めの長身で美しい金髪に緑の衣服に身を包んだ美形と、なんと真由と誠司は初めて見る人と狼が合体したような人物だった。
「お初にお目にかかります、聖女よ。私は亜種連邦獣人族代表のカイウス・レトリバーと申します。…おやもしかして獣人族をご覧になるのは初めてか?」
思わず目の前のモフモフに飛びつきたくなる衝動を抑えている若者二人にカイウスは豪快に笑った。そっと手を差し出すとよく手入れされた肉球が見える。真由と誠司はそっと握手をしながら失礼にならない程度に肉球を堪能していた。
「こらこら二人共、カイウス殿に失礼だよ」
「がっはっは、構いませんよ騎士殿。よく子供たちにも触らせておりますので。癒しになるのでしょう?存分に触っていただいて構いませんよ。」
カイウスは大柄なため静かに二人の前にしゃがんでくれる。二人はお礼を言ってそっとモフモフの頭をなでさせてもらった。
「ふわぁぁぁぁ、最高だ…」
普段犬猫に触れる機会が無い真由は目を輝かせて感動している。カイウスも子供を慈しむ温かい目で真由と誠司を見守ってくれている。
「いいですなぁカイウス殿。うちの娘もあなたの毛並みが恋しいっていつも言ってて…」
笑いながらやり取りを見ていた長身の美形がうらやましそうに声をかけてきた。真由と誠司はそうだ挨拶をとカイウスにお礼を言って名残惜しそうに手を戻した。
「失礼しました…本当にもふもふで触り心地よくって…あの、横山真由です。よろしくお願いします。」
「聖女の従者の篠澤誠司と言います。よろしくお願いします。」
「カイウス殿は獣人族の中で一番身なりを気にする男ですからね、国一番のモフモフですよ。では改めて。私はエルフ族のアルベルト・ルークスです。以後お見知りおきを。」
名前を聞いて真由と誠司は驚愕の声を発した。
「もしかして、フユミ様の旦那様の…‼‼‼?プロポーズ成功して三日三晩踊ったっていう…‼‼‼」
「……踊ったの一部の人にしか言ってなかったはずですが…マサノブか広めたの…‼‼」
アルベルトは恥ずかしそうに咳払いをしてから表情を整えた。そう、目の前にいるこの男こそが23代目聖女の旅のメンバーにして旦那である男―
「左様、私が23代目聖女フユミの旦那です。補足ですが娘が産まれたときにも三日三晩踊りましたよ」
愛妻家にして娘を溺愛する男、アルベルトであった。
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「では改めて核の浄化作戦を立てましょう。」
思わぬ出会いに驚いた一行であったが、今は瘴気の問題解決が先である。ロイの声掛けで落ち着いて着席し会議に臨むのであった。
「状況は先ほど説明した通り、森林の奥深くに核が鎮座しています。おまけに魔物が活動期を迎えており活発化しています。」
「やはりここが一番厄介だな。いくら足場が悪い場所での戦闘に慣れている獣人族でも難しいところだ。」
アルベルトは深く腰を掛け息を吐いた。おそらく以前の旅でも苦労したのだろう。苦い顔をしている。
「出撃可能な部隊の編成はどうなっていますか?」
「はい、まずは王国騎士団ストラス部隊総勢10部隊ですが、戦闘員が3部隊、補給部隊が1部隊展開可能です。残りの部隊はストラス周辺の警備と住民の保護に動いています。」
「連邦軍だが戦闘員2部隊、補給部隊が1部隊の編成だ。獣人族は私を含めて20名程です。」
1部隊はだいたい30人ほどだそうだ。今展開可能な戦闘員だけで言えば150名程に上る。マンモルやシーノルでは最大でも2部隊ほどだったので規模が一気に違う。平原と森林がとてつもなく広大なためここまでの人数が必要なのだろう。
「そのうち浄化魔法を扱えるのは真由様を含めても15名程度ですね。瘴気を帯びた魔物が多いと対処できませんね…。」
「ふむ…。核を浄化できるのは真由殿だけだから、やはり真由殿を中心に主力部隊を固めて森へ行くしかないだろうな。」
カイウスは口に手を当てて唸った。これには真由たちも全員賛同するしかない。
「話の腰を折ってすみません、アルベルトさん、フユミ様の旅の時も同じ状況だったんですか?」
誠司がそっと手を上げて発言をした。マンモルのジュール学院長の話では核は同じところにできやすいという。以前もそうだったのではと予想したのだろう。話を振られたアルベルトはえぇと頷いた。
「前回も森の奥で浄化を行いました。ただその時は魔物の数は今より少なかったので厄介だったのは地形でしたね。」
「教えていただいてありがとうございます。…うんやっぱり地形の問題か…」
誠司はお礼を言うとメモに考えを書き連ね始めた。横に座っている真由がそっと中身を見ると足場が悪い場合の戦闘について気を付けるべきことなどを書いている。確かに今までは森でも開けた場所だったりある程度足元は平だった。アイラも言っていた通り、今回は薄暗いのも相まって今まで通りではいかないだろう。
「足場が悪いって、具体的にはどのような感じですか?」
「そうですね、草木が生い茂っており大きい木の根があちらこちらにある状況ですね。おおよそ平坦な部分は無いといっても良いでしょう。おまけにところどころ陥没しているとも報告が来ています。」
真由が尋ねるとロイは報告書を差し出しながら教えてくれた。陥没までしているのかとアルベルトは驚いていた。
「…いっそのこと魔物に核が寄生して平原に来てくれれば戦いやすくなるけどなぁ」
「アイラ、確かにそうだけどあまり不謹慎なことを言うものではないよ」
アイラのボヤキにクラノスが嗜める。ただその気持ちは一同同じだった。
「ひとまず、足場が悪い場所での戦闘が得意な我々獣人族を中心に核へと向かいましょう。真由様とアルベルトとあと神官が二人ほどいれば浄化もできましょう。念のため攻撃魔法特化の人材も数名欲しいですな。」
「そうするしかありませんね。魔法が特に秀でている神官を選別しておきます。」
ロイは後方に控えていた文官に神官のリストを持ってくるよう指示を出していた。
「核の周りにいる魔物はどうするんだ?いくら戦闘慣れしている獣人族でもきついだろ」
アイラがロイに向かって尋ねる。確かに核周辺にいる魔物への対処は出来ないだろう。
「…あまり使いたくない手段だが、魔物を一部平原部におびき寄せて分断させる。平原まで寄せれば我々王国騎士団で対応できるだろう。」
「それは…確かに人間で対応可能になりますが…危険すぎます…!」
思わず真由が身を乗り出して反対した。どう誘導するかはわからないがそれでは騎士団が危険だろう。
「…真由殿、我々を心配してくださるお気持ちは本当にありがたいです。ですが、我々人間は空を飛べません、足場が悪い場所での戦闘はより危険になります。それならば地に足がつく場所の戦闘に運ぶしかないのです。」
「…そんな…」
震える真由の背中をそっと誠司がさする。いくら覚悟を持って入団している騎士団員でも捨て身の作戦ともいえる今回は真由にとってショックが大きすぎる。
「…真由殿。顔をあげなさい」
アルベルトがそっと真由へと声をかけた。真由は涙目になりがらもまっすぐアルベルトを見つめる。
「あなたの他人を思いやる精神はとても美しく素晴らしい。だがここでの最善の策は今ロイ隊長が言った通りの策だ。これ以上この問題を放置すると余計民が苦しむ。ならば少ない被害で事態を解決するのが良いでしょう。」
「たとえ、たとえそうだったとしても…!誰かにとって大切な人を死なせたくは無いんです…!私が一人で戦闘も浄化もできれば一番なのに…!」
真由は思わず半泣きで叫んだ。真由の叫びに誠司たちはなんと声をかけるべきか判断に迷ったが、アルベルトは静かに美しい翡翠の瞳で真由を見つめた。
「……あなたは突然召喚されて日常を奪われ、家族と会えず、未来がどうなるかもわからない状況だ。どうしてそんな仕打ちをした世界のためにここまで頑張れるのですか?」
「…私は、私は」
真由は震えた拳を握りしめ、だがアルベルトから決して目を逸らさず答えた。
「私は実の両親に望まれて産まれた子供ではありません。代わりに愛情を注いでくれた祖父母と伯父一家とは早くに離れ離れになりましたし、父からは遺産が欲しいから早く死ねと何度も言われて育ちました。だから私には実の家族への愛情も未練も、それから将来への希望も何も無いんです。」
アイラにも詳しく言わなかった驚愕の事実に隣で誠司が息をのんだ。後ろに回って肩に手を載せて安心させてくれているカグヤも驚いている。それでも真由は続けた。
「ずっと自分に価値は無いと思って漠然と過ごしていました。でも、こっちにきてからみんなの優しさと温かさに心から救われました。それから、この世界で力強く支えあって生きている人たちが本当に眩しくて、人はこうして手を取り合って生きていくんだって感じたんです。…この世界はとても綺麗です、絶対になくしてはいけないって、誰かの日常も守りたいって今強く思っています。」
「真由…」
クラノスが眩しそうに真由を見る。ロイに至っては感動で泣きそうになっている。
「だから私の力が必要な限り、力をつけてみんなを守って誠司君と胸を張って自分の世界に帰りたい。罵倒してくる父親に強くなったぞって一発お見舞いしたい。それが私が頑張る理由です。」
アルベルトはまっすぐ真由の話を聞き何度か頷いた。
「…あなたはつらい境遇で育ったのにここまで高潔な精神を持っているのですね。美しい方だ。」
「親に一発お見舞いしたいのは高潔と言えませんけど…」
真由は涙を浮かべながら照れ笑いをした。アルベルトは優しく微笑むとそうですねと小さく呟いた。
「愚問を失礼しました。ふふ、フユミもあなたと境遇は違いますが、この世界を綺麗だ、日常を守りたいと常々言っていました。懐かしい…。」
亡き妻の言葉を思い出し遠くを見つめて懐かしそうに何度もアルベルトは頷いた。隣ではカイウスがべしょべしょに泣いておりそっと文官からハンカチを借りている。
「真由殿。確かに聖女が強大な力を持っていればすべて一人で解決できたでしょう。フユミも歴代聖女もそんなことはできなかった。ただ一人で抱え込んでいては精神は壊れてしまう。こういう時は仲間を、それからこの地で生きる人々の力を頼りなさい。騎士団員だってただ鎧を着ている訳ではない。最近のストラス隊はとても屈強ですよ。」
「そうだよ真由ちゃん、もう一人で背負わないでよ。みんな強いんだからさ!負けないよ。」
「あぁまったくだ。王妃も仲間達を頼るようにと仰っていただろう?もっと私のことも頼ってほしい。騎士団のこともね。」
「…俺仲間なって二日ぐらいだけどさ、結構この旅のメンバー面白いなって思うよ。駆け出し忍者だけど力なるぜ」
「真由、アタシはあんたの母であり姉だ。目の前の壁なんて全部ぶっ飛ばしてやるからね」
仲間の言葉に真由は不思議と力が湧いてきた。先ほどまで感じていた強い焦りもどこかへ飛んで行ったようだ。
「うん、みんなありがとう…。余計な家庭環境まで暴露しちゃってごめんね…」
それからと真由はロイとアルベルト、カイウスにまっすぐ向き直った。
「今回も危険な戦闘になりますが、必ず浄化してみんなの日常を守って見せます。どうか力を貸してください!」
「えぇ勿論ですとも真由様!国境を守る騎士団と連邦の洗練された素晴らしい戦闘術で全員帰還して見せましょうとも‼‼‼」
ロイの言葉にその場の全員が強くうなづいた。思わぬところで心境を話してしまった真由であったが、心の障壁が無くなった気分だった。心晴れ晴れとなったところへ、騎士団員が慌てて走ってきた。
「お話の途中申し訳ありません!森林から瘴気を纏った魔物が出現し、要塞を破壊しようとしています‼‼その数10体ほどですが大型です‼‼‼」
ロイがすぐに指揮に…!と立ち上がったところでアルベルトがそっと立ち上がった。
「美しい話を聞いた直後に荒らしてくる魔物とは品がない。隊長、ここは私が行きましょう。」
「アルベルト殿、あなたも貴重な戦力なのにここで消耗しては…!」
クラノスが慌てて静止に入るとアルベルトは穏やかな笑みを浮かべた。
「何、このぐらいどうってことはありませんよ。肩慣らしと行きましょうか」
さすが最強と言われる男だ、一切動揺せず余裕の表情も見せている。
「私も行きます‼‼アルベルトさんの動きを間近で見たいので!」
「俺も‼‼‼ね、カグヤもいこ‼‼忍者の動きもみたいな‼‼」
「えーそんな事言われたら頑張っちゃうじゃん??えへへ」
真由と誠司、カグヤはロイの静止も聞かずに武装した。アルベルトは少し驚いたがやる気満々の若者を嬉しそうに見つめた。
「ふふふふ、可愛い後輩たちに見たいといわれると嬉しくなりますな。よし参りましょう!」
スキップで部屋を出ていくアルベルトを追いかけ若者3人も走っていった。クラノスとアイラもロイとカイウスに挨拶をして追いかけていった。部屋に残されたロイとカイウスは頼られてハイテンションのアルベルトに若干嫌な予感がしつつも、無事に事態が収束するよう祈り部下に指示を出していた。
真由の家庭環境について暴露しちゃいました。詳細は外伝でストラスの浄化作戦後に出す予定です。
登場人物補足
〇アルベルト・ルークス
エルフ族の金髪で細身の長身、翡翠色の瞳を持つ連邦最強の戦士。23代目聖女フユミ・オノダの旦那。魔法に長けたエルフ族の中でもずば抜けて才能がある。治癒、浄化、攻撃魔法に加え槍での戦闘が得意。もうこいつ一人でいいんじゃね状態。奥さんと娘をずっと溺愛しており、フユミが亡くなった後も再婚はしていないし今後もするつもりもない。サクラ公国現公主のマサノブとカイウスとは仲が良い男友達。最近の悩みは娘が可愛すぎて変な虫が寄り付かないか心配すぎること。
〇カイウス・レトリバー
獣人族の長で狼のような姿をしている斧使いの戦士。毛の手入れを欠かさずしているためモフモフで肉球はぷにぷにしている。このおかげで子供たちやアルベルトの娘からモテモテ。アルベルトは悔しさで泣いた。身長はクラノスよりも大きい190㎝。物理だとアルベルトの次に連邦の中で強いと言われている。お酒が大好きでよくアルベルトとマサノブと呑んでいる。