聖女と王
「神隠し事件の被害者…‼‼‼」
真由と誠司は声をそろえた。行方不明になった年代、神山第一高校の生徒、苗字のイニシャルと合致する情報が多い。これはもう確定としていいだろう。
「神隠し事件…君たちの街にはそんなことがあったのかい?」
静かに話を聞いていたクラノスがそっと尋ねる。そういえば神隠し事件のことは話をしていなかった。
「えっとね、私たちの街…神山市というか、世界では時折人が突然消えることがあったの。特に神山市が一番被害者が多くてね…。ちょうど23代目様が召喚された時期に、女子高生が行方不明になったの。多分、フユミ様じゃないかなって…。」
「ふむ、確かに合致している部分が多いのであればきっとフユミ様も神山市の方でしょう。まさか、接点が多いとは…。神山市は何か神殿があったりするのでしょうか?」
学院長の問いに二人はうーんと頭をひねった。例えば大きい神宮や外国にある寺院のようなものもない。だが、産まれてからずっと神山に住んでいる真由にはひとつだけ気になることがある。
「…実はさ、神山市のすぐ隣に先住民の聖地って言われてる場所があってね…。山と自然に囲まれた場所で今でも子孫の人たちが儀式をしているらしいよ。」
「あーあそこか…。そういえば神山って川とか地名とか結構その民族の言葉の名残が多いよね」
誠司の言葉に真由は頷いた。正直思い当たるのはそれしかない。神山は同じ県にあるほかの街と比べると昔の名残が極端に多いのだ。同級生にも子孫がいると聞いたことがある。
「真由と誠司って無宗教というか、そういうのとかあまり関わらない生活してると思ってたけど意外と身近にあったんだな」
「住んでた街そのものがってことだったのかな…気付かないよねぇ」
お茶のお代わりを注いでくれたアイラから紅茶を受け取り誠司はしみじみと口にする。この世界では常に女神に祈りをささげるし神殿や教会も多い。クラノスとアイラも毎回食事の前には祈りをささげている。最初スクトゥムと食事をした際、祈りをしている姿を見たときは思わず驚いてしまったのだ。現代日本では宗教に入っていない限り見ない光景である。
「とりあえず、神山の人であることは確実になったね…。そうか…。」
まず一つ、疑問が解決した。まだ気になることもある。幸いまだ時間はあるようだし学院長は協力的だ、誠司はここで思い切って気になることをぶつけてみることにした。
「…城で二週間過ごして気になったことがあるんです。ずっと疑問でした。これはクラノスも知ってたら教えてほしい。」
誠司の言葉に全員が視線を向ける。誠司は息を吸うとつづけた。
「…どうして城の記録やベルメール神官長達からフユミ様の話も、他の聖女たちの話を聞けなかったんでしょうか。僕が見れた記録は全然記録として機能していませんでしたし、一番長く働いている神官長は何度聞いても教えてくれませんでした。手紙でもぼかされています。…僕たちに不都合なことがあるのでしょうか。」
学院長はそっと目を伏せると息を吐いた。
「ベルメールは何も言えなかったのですね…。いいでしょう。私が知っていることをお話します。クラノス様、王家に近い貴方もおおよそのことはご存じでしょう。情報の補足をお願いします。」
「…わかりました。今は王都から離れているし周りに騎士団もいない。話をしていいでしょう。念のため、人除けと消音の魔法をお願いできますか?…アイラ、人の気配がないか確認してくれ」
学院長とアイラが頷くとすぐ作業に取り掛かった。ここまで秘匿事項なのかと真由は不安になった。用意が終わるとクラノスはそっと二人に申し訳なさそうな顔をした。
「真由、誠司。これから話すことはきっと二人にとってショックなことだろう。ただ、これだけは先に言っておく。神官長も、学院長も…そして私や兄さんや父上、王妃と王子はだれも君たちを陥れようとはしていない。信じてほしい。」
「…うん。信じるよ。皆さんずっと私たちのこと守ってくれているから。ね、誠司君。」
「もちろん、正直王様が何かやらかしたんだろうなって思ってたし。むしろほかの人たちは被害者だよね?」
真由と誠司の言葉に学院長とクラノスは思わず吹き出してしまうと、息をついて整えた。おそらく図星なのだろう。
「ではお話しましょう。あれは1673年、フユミ様が召喚されて間もなくの頃です。」
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1673年1月中旬。年が明け間もなくの頃に召喚の儀が行われた。
召喚されたのは小野田冬美、17歳。高校生3年生と言っていた。夜空のように深い色をした美しい髪の毛、雪のように白く美しい肌、おびえながらも自身の状況を冷静に紐解いていく黒い瞳と知性に溢れた美しい女性だった。召喚の儀に立ち会っていたその場の全員がその美しさと知性にくぎ付けになっていた。……もちろん、当時王太子だったイノケンティス王もその一人だった。
王国では代々貴族の中で一番魔力量が多い女性を王妃にする習慣があった。当時まだ未成年だったエレナ王妃は婚約者候補の一人だった。ただ、当時の王、ギルギス王はここ数年召喚した聖女の中で一番魔力があり、何より美しい小野田冬美を王妃にしようと画策したのだ。幸い息子は彼女に惚れていたので好都合だった。謁見の場でその旨が本人に伝えられた時、彼女は大変王と王子を軽蔑したという。当たり前だ、いきなり異世界に召喚され王妃になれだのふざけたことを言ってくる男どもなど吐き気がする。王とイノケンティス王子は激怒し、聖女を部屋に監禁状態にしてしまった。
監禁してから一週間がたったころ、夜聖女が監禁されている部屋にイノケンティス王子が訪問した。いまだに態度を変えない聖女にしびれを切らしたそうだ。聖女はここでもきっぱりと王子を拒絶し、関係を強行するというのであれば自害すると言い出した。衛兵は聖女を止めなんとか王子に落ち着くよう求めるも王子は怒り狂い衛兵を殴り飛ばしていた。怒号が響き渡る中、駆け付けた神官長と騎士団長は王子を気絶させて聖女に土下座をしていた。
「いえ、あなた方は私をこの部屋に入れるときも丁重に、申し訳なさそうに扱ってくださいました。この世界に関する本や情勢も王家にばれないようにこっそり教えてくださいました。…そこだけは救いです。」
本だけで覚えた治癒魔法を衛兵にかけながら聖女はそう答えたという。彼女の心の美しさに感動した一同は自身の首が飛ぶ覚悟で聖女を城から、王都から出す決意をした。そこに騒ぎを聞きつけた亜種連邦とサクラ公国の使者―アルベルトとマサノブが駆け付けた。一連の話を騎士団長から伝えられるとすぐに二人は聖女を護衛して王都から脱出すると申し出てくれた。すぐ荷物をまとめに入るとアルベルトは神官長に声をかけた。
「神官長、今回の件は連邦と公国から聖女へ暴力を働こうとするギルギス王とイノケンティス王子への抗議として報告するように。のちに国から抗議の書簡を送るようにする。そうすれば誰も処罰されないだろう。」
「アルベルト殿、マサノブ殿…ご配慮、まことに痛み入ります…。フユミ様、本当に申し訳ございません、どうか王都からお逃げください。騎士団の通用口に馬車をつけるようアーマルド騎士団長が伝令を行っております。」
「えぇ、ありがとうございます。ベルメール神官長、皆さん…」
その後すぐ支度を終えた聖女と使者は駆け付けたカツヒデ部隊に案内され騎士団用の通用口から脱出した。馬車には一週間分の旅の荷物と護衛として同行が決まっていたカタリヤが待機していた。その後、王都を脱出した一行はブルーボ聖神殿から森を抜けて亜種連邦へと越えていったのである。
聖女が王都から逃亡したと知らせを受けた王と気絶(さらに朝まで起きないようアルベルトが魔術をかけた)から起きた王子は部下に対して大層激怒した。関係者全員を処刑すると言い出したが、王国への抗議である報告と書簡が届き当時の王妃が夫と息子に対して激怒したため処刑は免れたのである。
またイノケンティス王子が聖女を汚そうとしたという噂が貴族や議員に伝わり、批判が加速したのである。王は口封じに金をばら撒き無理やり閉じさせ、腹いせに聖女に関する記録を処分と口外することを固く禁じた。今でも23代目について神官長達が話せないのは、イノケンティス王の命令で常に見張りをつけられている。……口にするとむち打ちの刑にされるそうだ。
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クラノスと学院長から当時の話を聞いた二人は絶句した。前王、そしてイノケンティス王による暴走の結果今に至るという。
「手紙にも書けないのは見張りがいるから…ですか?」
「えぇおそらく…と言いますか、もはや怨念とも言うべきでしょうか、口にするのも手紙に書くのも、前王の呪いで手が震えるようで…ベルメールとは古くからの知り合いですがすっかりやせ細りましてな…」
「それにしても記録まで消すなんて、結局自分たちで首を絞めているだけのような…」
誠司はうーんと頭を抱えた。呪いまで出て体調に支障が出るとは、今度の手紙で謝罪しようと誠司は決意した。
「あぁ…私ブスで助かった…いや妻子いるからもう対象外だろうけど…」
「はぁ~~~?????もしかして王になんか言われたか?こんなかわいい子を貶すなんてどういう神経してんだあのクソ王??」
真由が息をつくとすぐさまアイラが怒り、誠司とクラノスまで同意していた。いや、言われたわけではないけど…と仲間達を宥めつつ、城にいたとき夜間もずっと部屋の外で廊下や階段までも見張りをしてくれていた衛兵たちに感謝をしていた。きっと王が再度同じことを繰り返さないように見張って守ってくれていたのだろう。
「これだけの出来事があっても王国を、世界を救ってくださったフユミ様にはいくら感謝しても足りません。それに、今も世界を救うため必死に努力をされているお二人にも、我々一同本当に本当に感謝しておりまする。」
少し仲間たちが落ち着いたところで学院長は改めて頭を深く下げた。もしも自分がフユミと同じ出来事を体験したとしたら、世界を救おうなんて考えただろうか。真由はふとそんなことを思ってしまった。
「さて、ひとまずフユミ様についてお話できるのはこれぐらいですね。…少しはお役に立てたでしょうか?」
「はい、話しにくいところまでありがとうございました。」
真由がお礼を言うと学院長は微笑みながら一冊の本を渡してきた。表紙に草木の模様が描かれている本だ。少し色あせている。
「これはカタリヤが旅の間フユミ様に魔法を教えていた時の本です。フユミ様が亡くなった後、遺品としてアルベルト殿からいただいたそうです。きっと旅に役立つでしょう。」
本を開くとそこにはびっしりと日本語とこちらの世界の文字で書き込みがあった。きっと23代目が生きるために必死に努力したのだろう。
「カタリヤさんの遺品でもあるのに…私たちが受け取っていいのですか?」
「構いませんよ。きっとカタリヤも生きていれば同じことをしたでしょう。それに後ろの方に紙をつけ足した白紙のページがあります。何かを記したようなペンの跡が見えますが我々には解読できません。きっとフユミ様が後に召喚されるお二人へ向けたメッセージかと勝手に予想しています。」
言われてみてみると確かに白紙のページがある。角度を変えてみるが何も見えなかった。賢いと評価されていたフユミが意味もなく白紙のページをつけ足すことはしないだろう。誠司と真由はお礼を言ってバッグへと丁寧にしまった。外はもう夕焼けが見える。もう時間だ。
「本当にありがとうございました、学院長。」
「いえ、わざわざお時間を作っていただいてありがとうございました。そうだ、これからストラスを抜けて亜種連邦へ向かうのですよね、私からアルベルト殿とエルフ族長のオーロラ様にお手紙を出しておきます。エルフ族から魔法について教われますし、何よりフユミ様や歴代の聖女様について詳しくお聞きできるでしょう。」
「そこまでしていただけるんですか?助かります、ありがとうございます。」
エルフ族は寿命が他種族より長いという。23代目よりも前の聖女のことも知っているだろう。
学院長の配慮に何度もお礼を言いながら一行は外へと向かった。
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見送ってくれた学院長に挨拶をして誠司のマスクを受け取りに向かった。工房の職人は約束通り仕上げてくれさらに予備のマスクまで作ってくれていた。代金を支払いお礼を言って工房を出て詰め所へ帰る。
「それにしても、王様が一時の感情で記録消すとか暴走するのって君主としてどうなんだろうね…」
誠司のボヤキにクラノスは苦笑するしかなかった。エレナ王妃やウィリアム王子、神官長達の処刑を止めてくれた前王妃がいなかったら王国はどうなっていたのだろう。とても不安になった。
「まぁ一応イノケンティス王は心入れ替えて10年前まで名君だったけどなぁ。…エレナ王妃が心血注いでくれたのもあるけど。」
「そうだよね…。なんでイノケンティス王は暴君になっちゃったんだろうね…」
真由は空を見上げながら思いをはせる。老夫婦の話でもあったが本当に以前は名君だったという。何故こんなことになってしまったのか、考えても結論は出なかった。
「…とりあえず、フユミ様や仲間についての情報も貰えたし、色々と整理できそうだよ」
サクラ公国について聞くの忘れた、と誠司は心の中で落ち込むが気持ちを切り替えた。どうせ後々公国へ向かうのだ。何よりアルベルト殿に会えれば教えてもらえるだろう。今は前進したことにしておこう。それから色々無遠慮に聞いてしまったことを教官と神官長に謝罪して、守ってくれたことへのお礼を書こう、誠司はそう決めると仲間達と詰め所へ足を進めるのだった。
イノケンティス王を一撃で気絶させたのはアーマルド騎士団長です。それはもう鍛え抜かれた鮮やかで素早い手刀だったとか。俺でなきゃ見逃しちゃうね