芸術の街 マンモル
ちょっと最初グロデスクな描写があります。苦手な方は早めにスクロールしてください!
真由は気づくと薄暗い中どこかに一人突っ立っていた。
自分はあの後ベッドに入って眠っていたはず。いつの間にこんなところへと疑問に思い周りを見渡す。すると後ろに誰かがいた。姿ははっきりと見えないが、黒い霧に覆われているような人の形をした何かだ。どこかで見覚えのある光景に真由は後ずさりする。直感が告げている。寄ってはいけないと。
『……憎い…ずるい…なんでお前は』
空気が震えた。声のような音が響いた。様々なノイズが混ざっているが不思議と言葉の意味が理解できる。人の形をした何かはゆらゆらとこちらに近づく。
『私だって…私たちだって……こんなこと……痛い痛い痛い…痛い‼‼‼‼』
突然語尾を荒げたかと思うと黒い手のようなものが勢いよく目の間に迫ってくる。
真由はかわそうとしたが、足が動かない。とっさに足元を見ると何かが足首をつかんでいる。逃げれないと悟ったとき黒い手が顔をつかんでくる。手をはがそうともがいてみるがビクともしない。息が苦しくなる。痛みより苦しさを感じる。
『お前もこちらに取り込んでやる』
耳元ではっきりと声が聞こえる。真由は必死に声を上げたくても声が出ない。いったい何なのか、混乱しながらも浄化魔法を放とうとすると顔から手が離れた。思い切りせき込み息を吸って顔を上げると、先ほどまでの薄暗い空間から一転、森の中にいた。そう、数時間前核を浄化したあの森だ。
だが地面はところどころ赤黒くなっており、上空にはあの怪鳥が群れをなして飛んでいる。地べたに伏している人が5人ぐらいだろうか、騎士団員ではなく自分たちのような旅人の装備だ。
その中に片足が膝から下が無い少女が、腹から大量の血を流している男性に縋り付いて泣いている。真由は治癒魔法をかけに駆け寄ろうとしたが足が動かない。また足首を掴まれている。上空の怪鳥たちのあざ笑うような鳴き声と少女の号泣する声が響きわたる。真由は思わず耳をふさいで目を閉じた。
怖い、聞きたくない見たくない…‼‼‼‼
『目を背けるな』
覆った耳に直接声が響く。直後、羽音と少女の絶叫が聞こえた。ぐちゃぐちゃと音が聞こえる。足元に赤黒い血しぶきが飛んでくる。真由は次は自分だと察した。怖い、逃げなきゃ、怖い‼‼‼
より近くで羽音が聞こえた瞬間、真由は泣きながらきつく目を瞑った。
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「真由‼‼‼」
目を開けると薄暗い部屋の中でアイラの顔が見えた。心配そうにこちらを覗き込んでいる。真由はバクバクする心臓を抑え何度も息を吸った。
「大丈夫か、すごいうなされていたぞ…?」
アイラがそっと体を起こしてくれて水を渡す。真由はかすれた声でお礼を言うとゆっくり水を口に含んだ。冷たい水が喉を通ると少し落ち着いてきた。
「……ごめん、起こしちゃった…」
「気にするな、トイレ行こうかなって起きたところだったし。それよりも怖い夢見たか?」
今までよりも戦闘大変だったもんなとアイラが頭をなでてくれる。
アイラの温かい手のぬくもりに真由は安心した。
「夢…なんかすごい怖い夢を見ていたんだけど…」
ここで真由は気づいた。先ほどまで見ていた夢の内容が思い出せないのだ。普段なら何となく覚えているのに全く思い出せない。不思議な気分だった。
「…とりあえず汗がすごいから体拭いて着替えようか」
黙り込んだ真由にアイラが優しく声をかける。真由はうんと頷くとゆるゆるとベッドから起き上がりバッグからタオルと着替えを取り出す。ふとカーテンの隙間から光が見える。少しだけめくって外を見ると美しい朝焼けが輝いていた。マンモルの独特な建築物がシルエットとなり幻想的な風景になっている。真由が思わず見とれているとトイレから戻ってきたアイラが風邪ひくぞ~と声をかけてきた。
真由は慌てて体を拭いて着替えるとベッドに入ろうとする。が、汗でシーツが濡れていた。
「あれだけ汗酷かったらそうなるわ、あと二時間ぐらいで起床時間だし一緒に二度寝しようぜ」
アイラが恥ずかしがっている真由をなでて軽く笑いながら自身のベッドに入るように促す。真由はいそいそとアイラと共にベッドに入った。
「アイラ、ありがとうね」
「気にすんな、さ、起きたら休息がてら観光と行こうぜ」
アイラはにっこりと微笑み真由を抱きしめる。真由も心地よいぬくもりに安心してすぐ眠りについたのだった。
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朝食後、服とベッドシーツの洗濯を詰め所で働く女中にお願いしてから早速街へと繰り出した。まずは誠司のマスクの修理だ。事前にカリッドに教えてもらっている工房へ足を向ける。
「芸術の街っていうだけあって建築物の意匠が他と違うよね」
「確かに…なんだろ、装飾がほかの街より細かいというか…」
真由と誠司は通りに建っている建物をまじまじと眺めながら歩く。
アイラはよく見てるなぁとほめながらも二人が転ばないように見守っている。
「マンモルには腕利きの建築家や建材屋が多いし劇場もあるから王都より豪華、なんていわれることもあるんだよ。」
「王都より豪華って…あ、もしかして王都は神殿を守護するのが目的だから作りが神殿とか教会風に引っ張られてるってこと?」
誠司が道中聞いた話を思い出しながらクラノスに問いかける。クラノスは嬉しそうに何度も頷くと誠司の頭をなでた。誠司はえへへ~と照れながらニコニコ笑っている。
「まぁ何気マンモルが観光地だったりするからド派手にいかないとな!」
アイラも笑うと豪快過ぎない?と真由も笑った。今朝の不安から一転、とても落ち着いて過ごせている。ストラス方面のことは気になるが、今はこの時間を楽しもう、真由はそっと不安に蓋をするのだった。
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工房へはすでに騎士団から連絡が入っていたようで、すぐに修理をしてくれ、明日の夕方には仕上げてくれるというので現物を渡しお願いをして一行はさらに観光することにした。露店には珍しい装飾の品々や怪しい魔装具などが並んでいる。
「せっかくだし劇場で観劇しながらお昼にしようか」
「え‼‼食べながら見ていいの‼‼‼?」
クラノスの言葉に怪しげな指輪を並べていた露店を見ていた真由が驚く。
「あぁ。特別席で食事と共に観劇していいそうだよ。瘴気浄化のお礼にと劇団のオーナーからご招待があったみたいだ。」
今朝出る前に聞いたんだとクラノスはチケットを渡してきた。もう浄化の話が届いているのかと真由は驚いた。電話もSNSも無いのに伝達が早い。
「基本的に王族や他国の来賓しか入れない特別席だろ…!?すっげぇ…」
アイラもチケットを何度も見て目が輝いている。
「どうしよう俺テーブルマナー基本的なことしか知らない…王子に聞いておけばよかった!」
誠司が焦りながら真由に顔を向ける。真由もハッとして恐る恐るクラノスを見る。
クラノスは笑いながら大丈夫だよと二人の背中をたたき劇場へと足を運んだ。
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劇場はテレビで見たことがあるオペラハウスのようなつくりをしていた。
劇場のオーナーが大変喜んで出迎えてくれた。ほかの客に見えない最上階中央の席に案内され、一行は着席をした。横一列に座り真正面には舞台が見える。今日は王国に伝わる昔話を題材にした演目だという。
「救国の王子と騎士か…。へー、どんな話なんだろ⁉」
誠司がパンフレットを見ながらわくわくして横のクラノスに話しかけた。
クラノスはんんっと軽く咳ばらいをしてからそうだね…と言葉を濁した。
「騎士のフルネーム聞いたら爆笑すると思うぞ~なぁ~~ガードナーの坊ちゃん?」
アイラがにやにやしながらクラノスを見る。その言葉に真由と誠司はあっとすべてを察した。
「ご先祖様のお話⁉きっと今のガードナー家みたな人なのかな⁉」
「ね‼‼‼きっと今のクラノスとスクトゥムさんみたいに爽やかでスマートで思いやりのある人なんだろうね‼‼それかアーマルドさんみたいな豪快だけど品性を兼ね備えた最強の人とか⁉」
やや興奮した様子の誠司にド直球で家族諸共褒められクラノスは照れていた。
アイラは思わず爆笑しながらよかったな~とクラノスを褒めている。
「と、とにかく、ご飯を頂こうか…」
咳ばらいをしたクラノスが顔を真っ赤にしている。珍しい顔だ~~と真由は整った顔立ちをまじまじと眺めながら配膳してくれるスタッフにお礼を言う。会話が聞こえていたのだろう、スタッフも吹き出すのを堪えているようだ。まさかガードナー家が来ているとは思ってなかったのだろう、有名人に遭遇した感じだね!誠司はウキウキしていた。
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「……あの、すごい…パワフルなご先祖様だったんだね…」
「あぁ…ちなみに劇中で出てきた一刀両断した岩は今も王都北の山にあるよ…」
まさかの情報にジュースを飲んでいた真由は吹き出しそうになった。
劇は大変豪華で素晴らしかった。体が弱かった王子が、騎士見習いと出会い切磋琢磨しながら王都に侵略してきた魔物を打倒しその後国を繁栄させるという話だった。だが、騎士見習い―クラノスのご先祖様はなんと大男で怪力自慢だったのだ。いや今もガードナー家の面々は怪力だし体も大きいが。
「剣が折れたなら拳で相手の鎧を貫け、相手の兜は投擲武器、男たるもの巨岩ごとき砕けなくてどうしましょう…いや人間やめてるだろ」
アイラが爆笑しながら酒を煽る。アイラが言った内容以外にも拳と力技で攻略する場面が多く、騎士道はどこに行ったのかと誠司は子孫をそっと見つめた。きっと代を重ねるごとに騎士道が発展していったのだろう、そう感じたい。デザートも食べて一行はオーナーにお礼を言うと劇場の外へと出た。
こちらに来てから小説は読んだが劇まで見れるとは思っていなかった、文化に触れることができた誠司と真由はとても満足していた。
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その後、街を見て回り夕食を済ませて詰め所へ戻ってきた。本当は街の大衆浴場にも行きたかったが、誠司の予備のマスク盗難されたことを考えると不用意に荷物を放置する場所には行けないという判断になった。仕方ない事ではあるが、某古代のお風呂を題材にした映画のような荘厳な浴場は見てみたかった。
「あ、お帰りなさい皆様!」
門番と会話をしていたカリッドがこちらに気付いて駆け寄ってきた。
「カリッドさん、今日休みじゃなかったでしたっけ?」
「休みでしたよ~!ちょっと魔法学院に顔出してたんですけど、学院長に聖女様一行の任務に同行したって話をしたらぜひお会いしたいって言われまして!」
「学院長が直々にか…」
真由は少し驚いた。わざわざ会いたいと言ってもらえるのは嬉しいが緊張する。
「そんな緊張することないですよ!なんか、直々にお会いして渡したいものがあるって言ってましたよ。学院長、すごい真由様と誠司様のこと気にかけてましたし!ぜひ会ってあげてください!」
明日図書館で待ってるって言ってましたよ~とカリッドは伝えるとそれじゃと颯爽と帰っていった。
「ふむ、せっかくだしお会いしようか!学院長は魔法学者で、立場上数多くの来賓たちとも会っているそうだ。二人が気になっていることもきっとご存じだよ。」
クラノスが手を叩いて提案をする。誠司と真由も顔を合わせてそうだねと頷く。これで明日の予定は決定だ。魔法について教えてほしいのも山々だが、何よりもしかしたら歴代の聖女のことも聞けるかもしれない。真由はいっぱい聞くぞと意気込むと仲間と詰め所の部屋に戻り、今晩はゆっくり熟睡できますようにと願って寝る支度を始めるのであった。