外伝② アイラ・ツェクリの旅立ち
アイラさん外伝です。
「姉さんオックスから手紙来てるよ!聖女様召喚されたんだって」
アイラは駆け寄ってきた妹から手紙を受け取る。その背中にいる赤ん坊に笑いかけるのも忘れない。
差出人は弟のオックス。今はブルーボ王国騎士団員でブルーボ聖神殿近くの町の詰め所に配属している。
「まーた聖女様の召喚か…24代目の時すごい騒ぎだったのになぁ」
10年近く前の聖女召喚の騒ぎをアイラはよく覚えていた。当時はまだ騎士団に入って二年でシーノル配属だった。王都から近いこともあり、神官が発狂しただの呪いだの、噂がすぐに届いたのだ。その数年後王都に配属になった際にクラノスに聞いたが、苦虫をすりつぶしたような表情をしていたのだ。あの品行方正なお坊ちゃんの顔が歪むぐらいだ。ロクなことは無かっただろう。
「えぇオックスと同い年ぐらいかよ、ほぼ誘拐じゃねぇか…」
手紙を読み進め思わず言ってしまった。17歳なんてまだ親に見守られ自立に向けて色々と勉強する頃だろう。アイラは思わず親に同情していた。
「でも森の中の瘴気の核を浄化してくれたら助かるよね…」
「まぁ…な…」
妹の声に渋々同意する。今はアイラを始めとした数人の傭兵、それに毎日パトロールをしてくれる騎士団のおかげで死亡者は出ていない。だが今後手に負えなくなると村を離れてシーノルや他の町に避難するしかない。妹はこの前子供が産まれたばかりだ、正直一番先に避難してほしいぐらいでもある。
「最近また税金上がったし、どうなるのかなこの国…王都のスラムで暴動があったばかりじゃない」
妹―ベイルが不安そうな声を出す。アイラは騎士団を辞めたことを少しだけ後悔していた。騎士団は給料が良いので妹家族にも援助ができていたのだ。元々自分は酒と装備以外には金は使わない。貯金がまだあるが無くなる前にガードナー家に頭を下げて再入団しようか、弟はまだ入ったばかりだし給料は自分のために使ってほしい。最近ずっとそんなことを考えている。赤ん坊をあやしながらベイルと話をしていると、村人が走ってくるのが見えた。
「アイラ!魔物が出た‼‼森の方からだ‼‼」
「教会に逃げろ‼‼おっさんベイルと赤ん坊頼んだ‼‼‼」
「姉さん気を付けて‼‼」
アイラは頷くと素早く斧を手に取り駆け出した。
幸いこの日は瘴気を纏っていないただの魔物だったためアイラ一人で倒すことができた。
浄化ができないアイラにとって瘴気の有無が命に関わってくる。ほっと胸を撫で下ろしながら薄暗い森の先へと目を向ける。聖女が本当に自分たちを助けてくれるのか、23代目様が存命だったらいいのに。アイラは不安をそっと心の奥底にしまい、しばらく周囲を警戒していた。
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二週間と数日が経った。相変わらず魔物は村へやってくる。この村以外にも襲われている近隣の村まで救援に入ることが何度も続いた。体力には自信があるアイラもさすがに疲れてきた。
「姉さん大丈夫…?」
ベイルが心配そうにのぞき込んでくる。アイラは手入れをしていた斧を丁寧にしまい妹に笑いかけた。
「大丈夫だよ、今日シーノルから騎士団来てくれるし、任せて一日休むさ」
義弟も赤ん坊をだっこしながらいつもありがとうございます。義姉さんと頭を下げる。よしてくれよと笑っていると森の方から魔物の叫び声が聞こえた。
「騎士団まだ来てないのに…!」
外に飛び出したアイラは魔物を見て舌打ちをする。数が多いし瘴気を纏っている魔物も見える。おまけに今日はいつも共闘している傭兵がほかの村にいるのだ。
「教会まで走れ‼‼‼戻ってくるなよ、あと教会についたら狼煙上げろ‼‼‼」
姉さん‼‼‼と叫ぶ妹家族を背にアイラは走り出した。朝すぐ出発すると昨日騎士団員が行っていたので村の近くまで増援は来ているだろう。増援の中に浄化魔法使いがいることを願いアイラは魔物を戦い始めた。
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「クッソ数が多い!」
アイラは舌打ちをした。瘴気を持たない魔物はすぐ倒せたが、瘴気持ちの魔物は切っても切っても飛びかかってくる。おまけに飛んでいる魔物もいる。今は幸いアイラに全員向かっているが、もしも教会に行かれたら守り切れない。アイラは自身にヘイトを向ける魔薬の使用も視野に入れて戦い続けた。
早く騎士団来てくれ‼‼と心の中で叫んだとき、馬の走る音が聞こえた。
「助太刀する‼‼‼」
先頭の騎士団の旗を掲げる団員がアイラに向かって叫ぶ。助かった!
「騎士団か‼‼住民は教会に避難している‼‼‼」
アイラは全力で叫んだ。アイラの声に騎士団の一部が教会の方向へ走るのが見える。
「遅れてすまないアイラ殿‼‼‼浄化できるお方もいる、もう安心だ!」
「助かったぜ部隊長‼‼頼むぜ‼‼‼」
見知った顔の部隊長と素早くアイコンタクトを交わし魔物を切り捨てる。
相変わらず飛びかかってくるが、そこに浄化の魔法が飛んできた。近くの騎士団員が聖女様と感激の声を上げる。驚いて背後にいるであろう魔法の使い手に目を向けると、なんと弟と同い年ぐらいの子供ではないか、それも二人。もしかして例の聖女か⁉
「アイラ久しいね!腕は相変わらず最高のようだ‼‼‼」
驚いているアイラを横目にクラノスが盾で魔物の脳天に一撃入れる。
いや盾の使い方それでいいのかよと毎度ツッコミを入れていたのを思い出した。
「お前もさらに筋肉ついたろ‼‼救援助かるぜ‼‼」
「そりゃあ父上の勲等を賜っているからね‼‼一気に行くぞ‼‼」
クラノスの声に合わせてアイラは魔物に目を向ける。騎士団と聖女のおかげでその後無事に片付いたのだった。
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「で、なんで聖女がいるのに護衛がお前しかいないんだ?」
戦闘後住民の無事に安堵しながらアイラはクラノスと会話をしていた。
実はかくかくしかじかで…と理由を聞くと頭を抱えた。思い付きで召喚しておきながら二人を追い出したと。王はどこまで馬鹿なのか、王子よりも歳は上だが今まで戦闘なんて経験していない子達だ。かわいそうすぎる。
「そこでアイラ、頼みがある。君も同行してくれないか?報酬は弾むよ」
「馬鹿いえ、アタシがここを離れたら村の護衛はどーすんだ?」
「シーノルの騎士団の部隊を在中させるよう頼んでみるよ。」
できるのかぁ?とアイラは疑った。甥っ子が産まれたばかりだし正直離れたくない気持ちもある。
ただお互い手を取り合って寄り添い合ってるあの子供たちを見ると何となく放っておけないのだ。
―両親が亡くなり産まれたばかりの弟と幼い妹と寄り添いながら教会で生活していたあの頃の自分たちを思い出す。あの時はシスターや周りの大人たちに助けてもらって生活していたなぁとアイラは感慨にふけっていた。
「……まずは森の瘴気を取り除いてからだ。とりあえずあの子らに挨拶しに行かなきゃな」
そうだねと頷くクラノスと共にアイラは子供たちのもとへと向かった。
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まさか浄化できるとは。訓練を始めてたった2週間というのに。
アイラは戦闘後すぐ驚いていた。誠司の機転を利かせた行動も賢いと素直に感心したが、真由の頑張りにも感動した。こんな細い子が足を踏ん張って全力で魔法を撃っているのだ。
アイラは帰りの馬車の荷台で爆睡している真由に膝を貸しながら頭をなでていた。
「一応聞くけどお前たちの世界って戦闘に出ることないんだよな?」
水を飲んでいた誠司はうんとうなづいた。
「怖くないのか?」
誠司に問いかけると誠司はまっすぐこちらを見つめて返した。
「怖いよ、ものすごくね。でも元の世界に帰るために与えられた仕事をこなさなきゃ。こっちにきてから良くしてくれたみんなのためにも。それにね」
誠司は真由を見つめて穏やかに微笑んだ。
「真由ちゃんと綺麗な世界を見てから帰るのが俺の目標!」
元気よく笑う誠司の横でクラノスが慈愛に満ちた表情で見つめている。
瘴気に満ちて王の心が腐っているこの世界を綺麗にするというのかこの子は、アイラは思わず笑いだした。誠司は少し恥ずかしそうにしている。そうか、この子がオックスが手紙に書いていた素直で賢くて、他人を気遣える優しい子か。アイラは腑に落ちた。そして膝枕で眠っているこの子が、おびえているが確かな決意を宿した強くて心優しい子であることも。
「クラノス、さっきの話乗るぜ。報酬はたっぷりつけて村に騎士団をしっかり在中させろよ」
「アイラ…!感謝するよ‼‼‼誠司、彼女を同行者に誘っていたんだ‼‼」
クラノスが感激して興奮した様子で誠司に話す。誠司もやった‼‼‼と両腕を上げて喜んだ。自分が同行するだけでここまで喜ぶとは、面白い子だとアイラは笑った。
「真由ちゃんも絶対喜ぶよ、これからもよろしくね、アイラさん!」
「さんはいらねぇよ、楽しい旅にしようぜ!」
誠司の満面の笑みを見てアイラもずっと笑っていた。真由もどのくらい喜んでくれるだろう、アイラは優しく真由の頭をなでた。
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「と、いうことでしばらく旅に出る。悪いが留守中何かあったら騎士団を頼ってくれ」
「わかったわ姉さん。ふふ、すごい嬉しそうな顔してるね」
真由が同行することに大感激した翌日。アイラは村へ戻っていた。
ベイルと義弟に旅のことを話すとあっさり了承してくれた。それと同時に嬉しそうと言われアイラはずっと顔が緩んでいたことに気付いた。
「なんかさ、あの子ら見てると昔を思い出すよ。放っておけないしさ、アタシが同行するって伝えたらすごい喜んでくれんのよ。もう可愛くて可愛くて」
アイラは笑って妹たちに話をする。もちろん自分の家族も甥っ子も大事だ。でも世界のために立ち上がるあの子達に何か惹かれるものがあるのだ。
「聖女様の旅に同行するってオックスが知ったらどんな反応するかな」
「きっと誠司殿と真由殿の関係性を詳しく教えて~~って言ってくるだろうよ」
そう、手紙には二人の初々しいやり取りに脳が焼かれたのか、興奮した様子の字でその時の様子が書き綴られていたのだ。我が弟はこういう話が大好物なのである。
「そのうちまとめて本にしそうだよね」
「絶対するなあいつ…いやアタシも気になってるけどさ」
アイラは豪快に笑った。ベイルと義弟も笑いだし、甥っ子も大人たちの様子をみてつられてニコニコしている。アイラは赤ん坊の頬を優しくなでるとさてと立ち上がった。
「そろそろ行くわ。急にバタバタしてごめんな、家のこと頼んだぞ」
「気を付けてね姉さん、手紙もちゃんと出してね」
分かってるよと家を共に出る。外に出ると村の住人が見送りに来てくれていた。
「アイラ、守ってくれてありがとうな、これ持っていきなさい」
おじさんが保存食を渡してくれたのを皮切りに、次々と住民達からあれもこれもと渡された。
アイラはバックの容量なくなるわ!と笑いながらもありがたく受け取った。
そして村の門まで来た。しばらく帰ってこれないだろう。でも不思議と楽しみな気持ちが勝っている。ベイルとハグをして甥っ子の頬にキスをするとアイラはシーノルに向かう騎士団の馬車に乗り込んだ。
「そしたら行ってくるわ‼‼‼報酬で村にでかい酒場でも建てようぜ‼‼」
アイラが住民に声をかけるとほぼお前が飲みたいだけだろ‼‼設計図書いておくぞ‼‼などと大歓声が上がった。騎士団員と笑いながらアイラはゆっくりとシーノルに向けて出発した。
さて可愛い子達は何が好きだろうか、野営の時にできる限り作ってあげようとアイラは空を眺めながら微笑んでいた。
ということでアイラさん外伝でした。
ものすごく慈愛に満ちた人です。アイラさん。皆のママです。
ちなみに召喚初日の夜に誠司にヒューーと言っていたあの同年代の騎士団員がオックスです。その後姉からの手紙でさらに脳を焼かれることでしょう。