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第8話 佐藤亮介

「それじゃあまずは体の汚れ落とそっか!」


 しばらくの間無言で二人抱きしめ合った後、美月はそう言って無理やり俺を立ち上がらせる。そういえば風呂にしばらく入ってなかったもんな……臭かったんだろう、申し訳ない。


 有無を言わさぬ勢いで俺の腕をグイグイと引っ張りながらダダダと階段を駆け降りて、「お風呂借りますねー!」と大声で俺の両親に告げる。


 両親もいきなりの出来事すぎてポカーンと口を開けていた。


 まぁ、美月は子供の頃に俺の家によく来ていたし、もちろん顔パスの勝手知ったる我が家でお風呂なんて当然のように使っていたから、声をかけるだけお行儀は良いと言える……かもしれない。


 そして脱衣所に着くやいなや美月もスポーンと勢いよく服を脱ぎ始める。


「い、いや、美月まで入る必要はないんじゃ……」


「んー?何さ、結婚してたときも一緒に入ってたし、なんなら小さい頃も入ってたじゃん。それに今はりょーすけは独身なんだからいいでしょ?」


 幼馴染なんだから当たり前、と言わんばかりの態度。


「それはそうだけど、今はタイミング的に違うかと……」


 そうやってささやかな抵抗を試みるも、ずっと引きこもっていた俺の体力ではなぜだかパワー全開になっている美月に敵うはずなく、背中を押されて浴室にぶち込まれる。


 ……そういえば、昔の俺たちはいつもこんな感じだったな。


 インドア派で内気な俺を、快活で明るい美月が俺の腕を引っ張って色んなところに連れ出してくれていた。


 俺はそんな彼女に憧れていたんだ。


 そんな当たり前だったことまで、いつから忘れてしまっていたんだろう。


「わー、シャンプー全然泡立たないね。どれくらいお風呂入ってないの?」


 ワシャワシャと俺の髪をこすりながら美月が俺に問いかける。


 もうここまで来ると彼女のなすがままだ。


「……わからん、もしかしたら10日くらいかも」


「あー、そのくらいになるとさすがに限界だよね。私は2週間くらい入らなかった時もあるよ」


「そ、そっか。美月もそういえばそんな時期があったんだよな」


「うん、あの頃は辛かったなぁ。比べられるものじゃないと思うけど、だから今のりょーすけの気持ちもわかる気がするよ」


 そうだ、美月も引きこもっていたんだ。


 でも俺とは違って、彼女はそれを乗り越えて、今こんなにたくましく生きているんだよな。


「……美月は強いな」


「え?全然そんなことないよ。ていうか、こうやって私が元気でやれてるのは、全部りょーすけのおかげだよ」


 そう言いながらシャンプーの泡を流して、次は俺の体をボディーソープでゴシゴシと洗い始めた。


「俺のおかげ?」


「そう。あの時の居酒屋で言ったと思うけど、りょーすけの写真ずっと眺めながら元気出してたって。私、りょーすけと一緒に遊んだ記憶とか先生との噂から私を守ってくれてたこととか、それがなかったらもうとっくにダメになってたと思う」


「……いや、守ったつもりはないんだが」


「ううん、りょーすけにそのつもりはなくても、私はそう思ってたの。それであの時再会してさ、居酒屋で私に手を差し伸べてくれて、やっぱり私が知ってる優しいりょーすけのままだったから本当に嬉しかったんだよ。結果だけ見たらうまくいかなかったけどね」


「それは……すまん」


「あぁ違う違う!責めたかったわけじゃなくてね。すっごい変な話だけど、りょーすけに浮気されてさ、もしかしたら良かったのかもしれないって思ってるんだ」


 う、浮気されてよかった?


 まさかこの世にそんなことを言うような人がいるとは思わず、首を傾げてしまう。


「だって結婚してた頃の私たちってさ、お互いに遠慮して何も言えなくなってたじゃん。でもそれは全部私の過去のせいだって分かってたから。それで、りょーすけが浮気してるかもしれないって状況になってさ、なんか全部私の中で納得がいったの。こんなことされても仕方ないやって」


 そんなに自分を責めなくても、と思うが、今の俺たちだとそれはお互い様なのかもしれない。


「本当に酷い言い方なんだけど、りょーすけは浮気してくれたことで、私と対等になろうとしてくれたんじゃないかって思っちゃうんだよね」


 そんなつもりは、と思わず口を出しそうになるが、繰り返しになるのでそのまま黙っておく。


「だからさ、今ならお互い何も遠慮せずに言えそうじゃない?この浮気女!浮気男!って罵り合うとかさ。もちろんお互いにちょっとは凹んじゃうだろうし積極的にそんなことはしないけど、そんな心持ちでいれば色々としっかり話し合えると思うんだ。だから、今の私たちはきっとうまくいきそうだなって。それがなんだか、たまらなく嬉しいんだよ」


 ニシシと笑いながらそう言う彼女の言葉には、妙な説得力があるように思えた。



 ※



 お風呂から上がって着替えた後、美月は彼女の両親たちを我が家に呼び寄せた。


 先ほど二人で話した、一緒に暮らすという話し合いをするためである。


 久しぶりの佐藤家、小川家の集合。

 とはいえ俺たちの間には色々とあったから、和気藹々とはいかない。


 当たり前なのだが、両家とも美月の提案には後ろ向きであった。


 まず最初の懸念が、俺の過去の不倫。

 また裏切られたらどうするんだという懸念はもっともで、わざわざ美月がまた傷つくようなリスクを負う必要もないしメリットもないだろうと。これに関しては俺は何も言う権利がない。


 そして金銭的問題。

 現在俺は仕事をしておらず、メンタルまでやられてしまっており、再就職の目処も立っていない。いくら美月が正社員になったとはいえ、ヒモ男を飼うような真似はやはり推奨できない。


 細かい懸念点は他にいくらでも挙がるだろうが、主な焦点としてはこの二つだった。


 しかし、ここからは美月の独壇場だった。

 これらの懸念に対して一つ一つ丁寧に回答を添えて行く。


 不倫に関しては美月自身が悪いと。


 過去の先生との関係で嫉妬させてしまい、その感情に寄り添えず、俺を追い詰めて不倫に至らせてしまったと。

 不倫してることに薄々気付いてはいたが、関係が壊れるのを恐れて追及できずにいるうちに、裕子の妊娠という結果を招いてしまったと。

 その前に自分が止めておけば俺は今こんな状態になってなかったから、今の俺の状況の原因も美月にもあると。

 そしてここまで痛い目を見たんだから、また浮気をする可能性は低いはずだと。

 そもそも俺たちは結婚するわけでも付き合うわけでもないから、別の女を抱いたって浮気にならないと。

 なんなら結婚してる間も、他の女を抱いてくれても良いから離婚したくないとすら思っていたから、また裏切られるというのは懸念にもならないと。


 金銭的問題に関しては、もちろん一生これを続けるつもりはないと。


 現在は毎月余裕をもって貯金できているくらいで、これまでの蓄えなども考えても贅沢はできないがしばらくは俺一人くらい養えると。

 それに貯めたお金の使い道が全くなかったから、過去に傷つけてしまった俺のために使いたいと。

 ただしずっとそんな生活は続けるつもりはなく、少しずつ前を向いてもらえるよう努力はしてもらうと。

 そもそも俺は紬に会いたがっており、仕事をしたがっているはずだと。

 ここ地元では就職の数も限られるし、それに紬に会える距離も近くなるんだから、そういう意味でも実家にいるより美月がいる都会に出た方がいいと。


 そうやって美月の意見を聞いているうちに、話し合いの場の風向きが変わってきた。


 内容に一定の妥当性があるのはそうなんだが、それ以外でも全員の中で新たな共通認識が生まれていたように思えた。


 ———美月も前を向けていないのだ、と。


 先ほど二人で話し合った時にも思ったが、話の節々から、俺への異常とも言えるような執着を感じられたのは、恐らく気のせいでは無いだろう。


 俺との結婚指輪をいまだに付けているのも大概だが、俺が渡した慰謝料を、あの時の封のまま机に出してきたときは俺を含めた全員が仰天した。


 先生との過去を起因に、全てを自罰的に考えてしまうようになっているようで。このような考え方を持ってしまっていては、何を言っても説得は難しそうだ。


 それなら、結果はどうなるにしても、もう一度俺と一緒に過ごさせるのが美月のためにもなるのではないか。きっと全員がその考えに至っていた。


 しかし話し合いが思わぬ方向に転がったこともあり、誰がOKを出すのかハッキリせず、モジモジとした雰囲気になる。


 それに痺れを切らしたのは、他の誰でもない美月。


 家族の面前であるにも関わらず、いきなり俺の頭を掴んできたかと思えばキスをかましてきやがった。しかも濃厚なやつ。


 それから唇を手の甲で拭い、唖然とする俺たちに向かってしたり顔でピースまでするものだから、もはやその場の全員が完全にお手上げだった。



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