〈6〉姚燕
「お嬢様、陛下がお見えになっております。よろしいでしょうか」
あれから2、3日が経った頃の昼下がり、霍明蕨が訪ねてきたのである。李飛凛はというとあれから陵洸殿に匿われそこで生活をしていた。
陵洸殿での生活は何一つ不自由することもなく、食事も勝手に出てくるものだから散歩する以外なにもやることがないのである。病気もなくなり体も軽くなった李飛凛は動き回りたくてしょうがないのであった。暇を持て余していた李飛凛はその吉報に胸を躍らせてた。
(もしかしたら姚燕と会うことが決まったのかもしれない)
霍明蕨は部屋に入るや否や、長椅子に腰掛け話しかけてきた。
「ここでの暮らしは慣れたかい?」
「はい・・・少しだけ」
香の洗練されたなんとも言えないいい香りが空間を包む。霍家の人間は一際目立つ淡麗な容姿であったが、霍明蕨はその中でも圧倒的な姿であった。
しかし李飛凛は霍明蕨とは初対面なはずなのに、以前どこかで会ったことがある気がしていたのだ。
(一体どこで・・・)
全く身に覚えがなかったのだ。
すると霍明蕨は立ち上がり窓辺の方へと歩き出した。
「先日聞くのを忘れてしまったが、君のことをなんと呼べばよいだろうか」
「そうですね・・・私はいまだに自分が誰なのかよくわかっていません、なので好きに呼んでいただいて大丈夫です」
「無礼な話なのだがね、君は私の知っている蘭鳳月という女性にものすごく似ているんだよ。・・・君は」
「すみません・・本当に私何も覚えてなくて」
「まぁよい」
霍明蕨はため息をつきながら少し悲しげに話を続けた。
「蘭鳳月は私にとってとても大切な存在であったのだ。だからどうしてもこの問題を後回しにすることができなくてね。どうか許してほしい。・・そうだな君のことは"春霞″と呼ぼう。それでいいかい?」
すると李飛凛は「はい」と少し微笑み頷いた。蘭鳳月の名を名乗るのは少し荷が重かったのだ。これだけ色々な人に期待の目を向けられるのは初めてだったからである。
「それと時間がかかってすまなかったが今日ここへ姚燕を招く。それまでもう少しのんびり過ごしていてくれ」
霍明蕨はそう言うとそそくさと部屋を後にした。
「ありがとうございます」と李飛凛は深くお辞儀をし見送ったのだ。
李飛凛はついにあの姚燕から"春霞"のことについて聞けるかも知れないと思いを馳せていた。
◆
(彼女の記憶はなぜなくなったんだ)
霍明蕨が冥王殿へと到着すると霍雨軒が執務室の前で霍明蕨の帰りを首を長くして待っていたのだ。
「兄上、これを」
霍雨軒が懐から取り出した書物は今まで盧氏に支えてきた侍女の出生や生い立ちが記されていたものだった。
早速その書物を開き読み進めていくと、姚燕のことが書かれているページを2人は見つけたのである。
「そんな・・・」
その書物には他の侍女たちはしっかりと出生が記されているというのに対し、姚燕のページはかなり簡潔に書かれており、『14年前に盧双善の侍女として仕え始めた』ということと『出生は不明だが貴族のもとで育った』と言う短絡的な一文のみの説明で終わっていた。
2人は顔を見合わせ息を飲んだ。
「これは・・・」
「短すぎる。きっと何か隠蔽されているに違いない」
「盧双善のことだ、このような書物誰も目を通さないと考えたのだろう」
「もう少し彼女について調べる必要があるね」
「そうだな。あんなに慎重な盧双善が出生もよくわからない人物を侍女として使うとはありえんからな。あの怪しい女、一体誰なんだ」
そうボソボソと言うと霍明蕨は、書物を懐にしまった。
「宋明、盧双善の屋敷に行って姚燕の身柄をこちらに引き渡してもらうよう伝えてくれ」
「承知しました」
宋明は霍明蕨の優秀な護衛の1人である。宋明は足早に盧氏の屋敷へと向かった。
◆