表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迫る悪が蘇るまで  作者: アスノヨミタ
第一章 終わりの始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/19

〈 十五 〉妖女


  夜が白み始める頃、陵洸殿は淡い橙の光に包まれていた。

 殿の回廊には灯が並び、風が通るたびに光が波のように揺れた。

 姚燕は足を進めながら、胸の奥が不思議とざわめくのを感じていた。

 この殿に足を踏み入れるのは〝二度目〟。

 

 ——けれど、今日は何かが違う。

 空気が張りつめ、見えない糸が肌を撫でていくような、そんな感覚。

 以前ここに立ち入った時は和やかな雰囲気が漂っていた。

 もうあれから十数年は経つだろうか。


 回廊の奥から流れてくる香は、沈香でも桂花でもない。

 甘く、どこか切ない。

 心の奥に沈む何かをゆっくりと掘り起こしていくような香りだった。


(——この先に、待っている)


 灯の光が彼女の瞳をかすめ、赤い衣を淡く照らす。


 やがて書院の前にたどり着くと、扉の向こうに人の気配を感じた。

 姚燕は小さく息を整え、指先で袖を正した。


 姚燕は宋明を通して入室の許しを得ると、静かに一歩を踏み入れた。 

 書院に入ると香のかおりが強まり、その先に霍雨軒が佇んでいた。

 机の上には巻物と筆が並び、まだ乾ききらぬ墨の匂いが微かに残っている。


 霍雨軒は筆を止め、穏やかに視線を上げた。


「来たか」

「はい。私が姚燕にございます」


 彼女は深く頭を下げ、静かに礼をとった。

 書院の中に流れる香が、緊張の気配をわずかにやわらげる。


「話は宋明から聞いている。君は寺院で見つかった彼女のことを『蘭鳳月』と言っていたがそれは事実なのか?」

 

 核心をつく問いに、姚燕の肩が揺れた。

 彼女が冷徹な視線を宋明へ向けると、彼は気圧されたように首を振った。

 すると焦ったように霍雨軒は弁明した。

 

「違う、違うのだ姚燕。宋明は悪くない。私が真相に気が付いただけなのだよ。匿名の通達を送ったのは君だと知ったからだ」

「そうでしたか。失礼しました。

はい、証明は事情がありできませんが彼女は間違いなく蘭鳳月お嬢様でございます。私の身を賭して誓います」

「なるほど。だが私が皇弟だと知っていても、その事情は話せまいと?」

「殿下。確かに話さなければ私の命は無きに等しいです。……しかし解決に導けば殿下にとっても益なきことではございませぬゆえ、どうかお信じいただきたく」


 霍雨軒の眉がわずかに動いた。

 

「それは……」

 何かを察したように、言葉が途中で止まる。


 書院の中を静寂が包んだ。

 朝陽が橙の光を放ち、二人の間に影を落とす。


 その沈黙の中で、姚燕は確かに感じた。

 

 ——霍雨軒は、何かを知っているのかもしれない。

 けれど、その唇は固く閉ざされたまま開かなかった。


「まぁ良い。そうだな、まずはこのまま玄冥殿に向かい蘭鳳月と面会してほしい。

 これは陛下の命令である。玄冥殿に行けば私の護衛が待っているはずだ」

「承知いたしました」

「では下がってよい。あぁ……それとしばらく私の管理下に君をおきたい。私の離れを使ってくれ」

「……それはよいのですが、盧様にはどう説明いたしましょう?」

「私から話しておくから問題ない」

「承知いたしました」


 姚燕は静かに一礼し、書院を後にした。


 その背を見送りながら、霍雨軒はふと窓の外に目を向ける。

 すっかり朝の光景となった庭の池面を見つめた。


(蘭鳳月……お前はなぜ、記憶を失った? そして——なぜ、生きているのだ……?)

 

 霍雨軒は困惑したように思いを放った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ