〈 十四 〉迫り来る赤の番人
盧双善が応接間に到着すると、すでに宋明は長椅子に腰を下ろしていた。
「盧丞相、遅かったではありませんか」
「あぁすまないね……」
盧双善はお気に入りの椅子に腰掛けると、いつも通り嫌味まじりの言葉を並べ始めた。
「陛下の遣いと聞いていたが、殿下の遣い宋護衛ではありませんか。まぁ私はどちらでもいいのですがね。しかし一体このような時に何用です? この忙しい時に」
「そちらの侍女が伝え間違えたのではありませんか」
盧双善は歯を食いしばった。
「まあいいですよ。殿下の護衛が今日はどの様なご用ですかね? 近頃体調が芳しくないのでしばし休暇をというむねを、陛下に伝えさせて頂いたはずなのですが」
「急用なのです、どうかお許しを。早速ですが、盧家に長きに仕えている『姚燕』という侍女に話を聞きたいことがあるのだ」
すると露双善は顔をしかめ、横目でこちらを見ると何かを疑うように周りを見回した。
「私の侍女が何かしでかしましたかね?」
「そういうわけでは。その侍女に聞きたいことがあるのです」
「ほう……その内容は私めには話せないというので?」
「いえ……。数日前、何年も前に火災で亡くなったとされてきた蘭家の人間と疑わしき人物が生きていることがわかったのです。そしてその人物が攫われ毒殺されそうになった。……その攫われる前の屋敷に姚燕がいたという証言があったのです」
すると盧双善は机に肘をつき手で口を軽く隠しながら答えたのだ。
「まさか……姚燕は私の侍女です。そのようなことはありえないと思いますが……大体その蘭家の娘と疑わしき人物というのは一体誰なんです?」
「その方は毒殺されそうになった身。なのでその名は言えませんが……ん? 今、娘と言ったか? なぜそれを知っている」
すると盧双善は開いた口が塞がらない様子で額に脂汗を滲ませていた。
「そ、それは……蘭家には娘しかおりませんでしたでしょう」
「いや……」
宋明は何かを言いかけて、ふと思い出したように言葉を飲んだ。
「まぁよい。……その娘のためにその侍女をしばし陛下の元に預けてほしいのだ」
盧双善の眼差しが一瞬氷のように鋭くなる。
先ほどまでの態度とは一変し、どこかイラつきを隠せていない様子だった。
「他の侍女ならまだしも姚燕は……」
「その蘭家の人物は記憶喪失なのだ。手がかりも姚燕しかない……どうか手を貸してやってほしい」
「……記憶喪失?」
盧双善は拍子抜けしたような声を出し、少し考えた後どこか納得した様子で頷いた。
そして自分の目論見がばれていないと知り、口角がわずかに緩む。
それを隠すように咳払いをした。
「姚燕の件に関しまして、三日ならば良いでしょう。……その彼女の記憶が早く戻ることを私は願っておりますぞ」
喜びに満ち溢れた後ろ姿にはそのような祈りなど微塵も宿っていなかった。
「あとで遣いのものと共に玄冥殿まで送ります」
「いや、まず先に陵洸殿に送ってほしいのだ」
「それは……なぜです?」
「宮廷内で妖女と噂されるような女をなにも調べることなく陛下の元に移送することはできませんから」
「そうか……それもそうだな」
「むしろこのまま私と同行してもらっても構わないのですが」
「なるほど……それほどまでに私のことを疑っておられるということですな。問題ございませんよ。心配するようなことには及びませんから。なにがともあれ自ら不利な方向へ行こうとする人間はおりませんでしょう」
「それはそうだな」
「もう夜も遅いですし明日また改めて移送いたしますのでご安心を」
盧双善は顔を掻き、納得がいかない様子ではあったが、姚燕の引き渡しに応じたのであった。
宋明が応接間から出ていくのを見送ると盧双善は焦ったように立ち上がる。
額に汗をにじませ、深く息を吐いた。
「……その時が来たようだ」
わずかな微笑みが唇をかすめた。
彼は廊下の闇へと消えていったのだ。




