ウィザドという男
オールバックにした金髪に、全身タトゥーまみれのこの男は、ウィザドと名乗った。真っ黒なローブを羽織っており、いかにもチンピラ魔術師の総大将といった出で立ちだ。
「オレがこのギルドのマスターだ。そんで、迷い込んだのか?依頼か?それとも…道場破りか?」
ウィザドは話しながら全身に魔力を貯めている。彼のタトゥーが鈍く発光するのと同時に、ギルド内がにわかに殺気立つ。
「待て待て!どうみてもそんなわけないだろ!こっちはいたいけな少女とか弱い青年だぞ!?(言い忘れていたが、オレは悪魔だが普段は普通の青年の恰好をしている)」
「そっちの嬢ちゃんはそうだろうが、お前は人間じゃねえだろ?その魔力、どうみても人間のものじゃねえぜ。」
「ぐっ…その通りだが、喧嘩しに来たわけじゃない!依頼をしにきただけだ。あと、近くに宿があれば教えてほしい。その、できればだけど。」
ウィザドたちはしばらく警戒を解かなかったが、こちらに敵意がないとわかるとフッと緊張を解いて
「今日は遅いから先に部屋を案内してやる。そっちの嬢ちゃんももう寝る時間だろ。おい!ティア!そいつらを部屋に案内してやれ」
そういうとウィザドは奥に引っ込んでいった。あー、ちびるかと思った。
「あんなに怖かったのに、よく泊まるとこを貸してくれたね…?」
ウルが不思議そうに首をかしげる。よかった、ウルもビビってくれてて。俺だけビビってたら情けなさ過ぎた。
「もしかして、あなた達ギルドに来たことないの?ギルドっていうのは宿屋も兼任しているのよ。」
そういって教えてくれたのはティアと呼ばれていた20代くらいの女だ。ほかの人間たちが悉くチンピラであるのに対し、彼女だけは唯一まともな恰好をしている(それでも放つオーラはできれば関わりたくないタイプの人種だ。良し悪しではなく、陰と陽的な意味で)。制服姿に身を包み、水色の髪を後ろに一つで結んでいるその姿はまるでギルドの受付嬢だ。
「まあ、最近は誰もここの宿を利用しないけどね~。こんな雪しかない場所に建ってるし、ギルド員たちはみんなあんな感じだし。おかげで受付嬢の仕事がなさすぎて困っちゃう。楽だからいいんだけどね。」
受付嬢だった。どうやらただのチンピラ集団ではなく、ギルドらしい。いや依頼とか言ってたからそりゃそうなんだけど。
部屋を案内されたオレたちは、ひとまずどっとベットに寝転がった。
それにしても、まだ召喚されて3人にしか会ってないのに悉く正体を見破られている。もしかして耳が出てるとか…?と考えて部屋にあった鏡をのぞいてみるけど、どこからどうみても普通の青年だ。
そこまで考えて、オレはウィザドの瞳周りのタトゥーが鈍く光っていたことを思い出した。なるほど、魔術印か。おそらく瞳近くの魔術印が【発見】に該当する魔術を行使したのだろう。
この世界は基本的に文字で魔術を発動する。ほとんどの場合それは詠唱による発動だが、物体に文字を書いて魔力をこめることで発動することもできる。そうすれば詠唱を覚えずとも魔術を発動できるし、何より唱えるためのタイムラグがない。その理論によってできたのが魔道具と呼ばれる、魔力を込めるだけで決まった魔術が発動出来る道具だ。
「それならなんでみんな体に魔術印を彫らないの?それがあれば詠唱なんて覚えなくていいじゃん。」
ウルは言う。おそらくこいつは勉強とか嫌いなタイプだったに違いない。
「いや、実際使われているぞ。主に魔道具だけどな。魔力自体はすべての生物がもっているものだから、日用品なんかにも使われているくらいだ。」
「それならますますなんで?」
「端的に言って、彫った魔術印の魔術が使えなくなるからだな。ウルにも教えた通り、魔術はただ詠唱すればいいってものじゃない。文字の意味を理解し、明確にイメージすることで初めて行使できるんだ。」
「魔術印ってのは例えるなら水路みたいなものだ。魔力をこめるだけで術式を構築してくれるが、それ以外の形にはできない。仮に魔術印と違う魔術を行使しようと思ったら、魔術印に一切魔力を流さず魔力を込めなければいけない。もちろん理論上はできるが、まあできるやつはごくわずかだな。」
それを考えると、ウィザドと名乗ったあの男はローブから出ている肌をみただけでも3つ以上の魔術印が彫ってあった。おそらく極めて上澄みの魔術師なのだろう。あの風体で。遊んでそうなのに。
そんな意味不明な妬みを彼に思いながら、オレたちは部屋のベッドで眠りについた。