ギルドを目指して
「精霊よ、その灯で燃やせ!【火炎】!」
ウルの前に小さな炎が現れ…魔物の前で霧散して消えた。
「あ、あれ…?」
魔物は一瞬驚いていたようだが、すぐさまこちらにむかって突進してきた。
猪の姿をしたその魔物は、しかしながら、成人サイズはある体と女性の腕くらいの牙をもって少女に襲い掛かる。
「精霊よ、その灯で眼前を燃やせ。【火炎】」
今度はオレが同じ魔術を唱える。
すると、激しい炎が一直線に魔物へと進み、魔物を丸焦げにした。
「詠唱が力みすぎだな。あと、方向の指定が抜けてる。使い慣れてる魔術ならともかく、初めて使う魔法は端折らずにしっかり唱えるんだ。」
オレたちは雪原地帯をまっすぐ南下していた。オレの記憶が確かならこの雪原地帯はノーザン大陸の最北、チル高原と呼ばれている場所のはずだ。
この世界は大きく5つの地方に分かれていて、ノーザン大陸は最北の大陸だ。その中のさらに最北なのだから、南に進めばなにかしらの村なりギルドなりがあるだろうという算段である。その傍ら、この世界に無知なご主人様を訓練している。
幸いなことにウルはなかなか才能があった。勇者たちの多くは詠唱という概念がないらしく、今まであった奴らはろくに魔術を使えなかった。
「会った時も言ってたけど、その、ゆうしゃってなに…?」
「ん?ああ、そういえば説明してなかったな。勇者ってのは、この世界じゃないところからきた奴らのうち、意図的に召喚されてきたやつのことだ。というか、その辺は教会から教わらなかったのか?」
ウルはかぶりを振る。そういえばこいつ、教会から逃げてきたんだったな。
「ずっと聞きそびれていたが、結局お前は勇者なのか?異世界人なのは間違いなさそうだが」
ウルは目を伏せて黙ってしまった。ふむ。どうやら訳ありらしい。
ここはちょっと特殊な世界だ。というのも、ほかの世界との境界が非常に曖昧なのだ。だからはるか昔から異世界とこの世界を繋ぐ門が自然発生していたし、そこから異世界のものや生物がよくこの世界に迷い込んでいた。
それとは別に、この世界では異世界に対する研究が非常に盛んだ。その最たる例が【召喚】である。
他の世界の人間がこの世界に迷い込んだとき、ときどき特殊な能力をもっていることがある。この世界の人間は基本的に魔術以外の技術を持ち合わせていないから、ほかの世界の人間は主に戦争に大いに役立った。
だから最初ウルも召喚された人間だと思っていたのだが…。どうやら迷い込んだ人間のようだ。
まあ、過去の事情はどうでもいいか。教会から逃げている理由もなんとなく想像がつく。
歩きながらウルと話を続ける。
「ともかく、当面の目標は魔術を覚えることだ。ウルはどうやら特殊な能力をもっていなさそうだが、その分魔力は高い。魔術さえ覚えれば一人でも生きられるようになるし、もしかしたら元の世界に帰れるまもしれないしな。」
ウルは頷く。うんうん、素直なガキは嫌いじゃない。ちょっと口数が少なくてつまらんが。
そんな感じで歩いていると、大きな建物が見えてきた。
三階建てのその建物はレンガでできていて、この雪原にポツンとひとつだけ立っていた。
「お、ギルドが見えてきたな。」
「これがネロの言っていたギルド?」
「そうだ。オレが最後にここに来たのは100年くらい前だったけど、案外変わらねえものだな。」
「前に数百年って言ってたじゃん…」
ウルがジロリとオレを見る
「なに、ちょっと大げさに言っとくのは物語の基本だぜ?そのほうが面白いからな。」
オレはニャリと笑うと、そのまま歩き出した。
「ここが昔通りなら、冒険ギルドのはずだ。ここで情報収集と今夜の宿を探そう。冒険ギルドってのはたいがいよそ者には厳しいから、しゃんと立ってろよ?」
ウルはこくこくと頷く。ほんとに大丈夫かね。
さて、そうはいってもオレも冒険ギルドにくるのは久しぶりだ。こういうところは舐められたら終わりだからな、毅然とした態度でいかないとな。
「たのもー!!」
オレは元気よくギルドの扉をあけた。すると中の人々が全員勢いよくこっちを向いて…
全員戦闘態勢をとった。
ふむ。どうやら入り方を間違えたらしい。どうしよう。
「なんだ?てめえらは」
近くの椅子に座っていたチンピラみたいなやつがオレたちに絡んでくる。いや、よくみたら全員チンピラだ。なんだここ。怖い。帰りたい。
「いや、オレたちは…」
「あ?ここがどこだかわかって来たのか?」
ダメだ、話が通じない。どこかに話のわかるやつはいないか。ダメだ、全員通じなさそうだ。だって全員顔と目に知性なさそうだもん。
「まて」
すると奥から一人の人間が近づいてきた。30代くらいの風貌で、目と顔には知性が宿ってる。
「ようこそ、デッドオアアライブへ。ここには迷い込んだのか?それとも依頼か?」
と、その男が言う。
なるほど、どうやら知らない間にここはチンピラギルドになっていたらしい。