まさかソロキャンで隣になった人が、元カノとは思わない
「ねえ、別れましょ」
「はい?」
唐突に彼女は言った。
「え? 待って、どういうことだい。あまり脈絡が理解出来ない」
「だから、別れましょって。別れる。分かる?」
「なんでさ。いきなり別れ話とか、状況が飲み込めないんだが」
それは放課後──高校が別であるため、放課後でないとイチャつけないのだ。もっともそれはどうでもいい事なのだが──デートで行ったカフェでの出来事だった。高校二年生の春。僕の彼女は急に別れ話をしてきたのである。
僕は啞然としていてその状況に追いつけなかった。
しかし時間は刻一刻と過ぎていく。
それは今日も変わらない。
「じゃあ、さよなら」
「……待ってくれ!」
◇◇◇
あれから一年後。
午後十時ごろの話である。
曇り空で、月も見えず、せっかくのキャンプなのに星々が輝く夜空見えない、あまり良いとは言えないコンディションの中の話である。
「なんでお前が此処にいるんだ」
「……さあ」
あるキャンプ場の、ある一角。僕は黄色いテントの真横で、地面に体育座りする少女のことを見つめていた。黒髪のショートボブに黒目の低身長、整った顔立ちの少女はまるでアイドルみたいだ。
彼女は、僕の立てたテントの隣──隣のテントを立てた──僕と同じように、ソロキャンが目当ての客である。
「あんたこそ、ここで何しているのよ。波木」
彼女は僕の名前を呼んで、そう威圧してきた。
「はあ……何でソロキャンを楽しむためにわざわざこんな、実家から遠く離れたキャンプ場に遊びに来たってのにさ。なんでお前と遭遇するんだ。びっくりしたぞ」
「それはこっちの台詞」
「むう」
僕が見つめる黒髪少女の名は、阿久津レナ。
彼女『阿久津レイナ』と僕『波木南』の関係というのは、一言で語ってしまえばそう、元『恋人』というものだった。
だからいわば、彼女は僕の元カノっていうヤツである。
一年前、訳も分からず振られてしまったのだ。
そしてそれ以来、一切の連絡が取れなかった。
「で、ここに何しにきたのさ」
「ここはキャンプ場よ。キャンプすること以外に、ここに来る目的なんてないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。まさか、僕に会いに来たとでも言うのかと思ってね」
「ふざけないで」
……すんません。
「冗談だよ」
「冗談いうより、除談してほしいわね」
「じょ、だん? なんだそりゃ」
「除く談。私が今考えた造語よ──まあそれは、いささかどうでもよくて──つまるところ、貴方と会話したくないってことよ」
「っ。相も変わらず、回りくどい伝え方だな」
彼女はたったいま、言葉遊びで僕に話しかけるなと言ってきた。
そこで思い出したのだ。そういえば、僕と彼女が付き合っていた一年前……高校二年生の時、彼女はよく言葉遊びをしていたなと。
悪く言ってしまえば、一々回りくどい伝え方をしてくる、ってだけなのだが。
それにしても。
「それにしても。というか、お前が……キャンプなんて珍しいな」
「私も、自分でも、今の自分は気が狂っていると思ってるからね。じゃなきゃインドア派の私が、キャンプ、それもソロキャンなんてしないわよ」
「そりゃそうだ」
「でしょう?」
「でもなんで、気が狂ってたんだよ」
特に空気を読まず、僕はそんなことを聞いてしまった。今日の空は若干曇り気味だった。
「……そうね、なんでかしら。自分でも分からないわ」
「はぁ」
「ただ、寂しかったのかもしれないわね」
すると彼女の口から、予想もしない言葉が飛んできた。まさか。あの阿久津がそんな乙女みたいなことを言うなんて──。
少なくとも、僕には予想出来なかった。
「寂しかった?」
「ええ」
「なんだろ」
でもなんだろうか。それは僕に喧嘩を売っていると言っても、同意義じゃないか? 嘘ではない。僕は本当に微かだがイラついていた。
その理由は単純だ。
彼女は僕との関係をあっさりと切った癖に、『寂しい』なんてほざいていたからだ。
「それさ、僕に対してちょっと。いやかなり、失礼じゃないか」
「……なんでよ」
「一応、僕たちは元恋人だっただろう。で急に関係を切ってきたのは君だ。僕じゃない」
「うん」
「僕だって一年前のあの時、信じられないぐらい理不尽な寂しさに直面したものだよ。君のせいでさ。──だというのに、君は随分と気楽だ。自分自身で関係を切っておいて、寂しくなったってさ、身勝手だろう」
僕はそう言った。
思いのままに。
彼女は特に感情的になるわけでもなく、視線を地面の芝生に落とした。
「それは、ごめんなさい……という他ないわ」
「そうだろうさ」
「でもね、私だって別れたくて別れを告げたわけじゃないのよ──」
「は?」
続いて出た彼女の言葉には、流石の僕でも一瞬、怒りを隠せなかった。
なんだって。
「それ、どういうことだよ」
「これは言い訳よ。でも聞いて欲しいの。──まず、おかしいとは思わないの? ここは私たちの家から何十キロもあるのよ。近場にもキャンプ場があるのに、なんでわざわざ私がここに訪れていると思うの?」
「え? いやそりゃあ、出会いを求めてるんじゃ」
「もし復縁したいならば、近場のキャンプ場に行くでしょう」
「ぁあ、まぁ確かに?」
彼女は一体、何を言っているんだろう。
阿久津は続けた。
「一年前。
私は父の仕事の関係で引っ越したのよ──。だから例えあなたと復縁したくても、近場のキャンプ場には行けなかった。父があまり遠くへの外出は許してくれなかったから。だから」
続ける。
「だから私は、ここにいるの」
三度目の驚き。
そして、初耳のことだった。
「それは聞いたことがないな」
「ええ。それでね。それでそれでね。引っ越すと決まった時、遠くなるから貴方とはもうそれほど遊べないと分かった」
さっきも言ったように、彼女の父親は遠出を許してくれないらしい。
「だから、私は貴方に別れ話をしたの。ごめんなさい。ショックを受けていたあまりに、勢いのまま貴方に別れを告げてしまったの。気が狂ってたの」
「……」
ここで衝撃の事実が明らかになるのだった。ああ、心底頭が痛い。混乱する。さっきから驚いてばかりじゃないか、僕は。
「そんなことってあるかよ」
「今更言うのは悪いと思ってる。……でも、ごめんなさい」
僕は随分と俯きたい気分だった。
「ごめんなさい」
彼女は、もう一度謝った。
「───」
僕は何も言えなかった。言えるはずがなかった。どうすれば良いか分からなかった。
「……ごめんなさい」
彼女はそして、再び謝った。
一応これでも、僕は阿久津レナという人間をまぁまぁ知っていると思う。別れたとはいえ恋人関係だったし。信頼もまぁまぁ築けていた……とも、若干の偽りがあってもそう思う。
そうだ。そうだ。だから。
本音を言おう。
だから僕は、彼女を信じたい。
きっと彼女は、嘘をつかないはずだろうと。
──僕は正直、かなり怒っている。怒り。それはもちろんある。
でも、それ以上にやはり彼女との未練があったのだ。彼女が復縁を希望するのならば、僕はいつだって彼女ことを受け入れたい──。
「阿久津のことを僕は信じたい」
「……」
彼女は無言のまま、顔をあげた。
そこには初めて見る表情があった。非常に月並みで分かりやすいものだったけれど、やはり現実で遭遇してみると、感情というものは実に揺さぶられる。
彼女は涙目だった。
僕は初めて彼女の涙、雫というものを知った。
聞きたいことは沢山あった。
なんで僕に引っ越すことを言ってくれなかったのか。
なんで僕を頼ってくれなかったのか。
なんで僕に……。
しかしそんなことも、彼女の表情一つで全て吹き飛んでしまった。人間というものの構造は実に、都合が良いんだろう。
都合が良くなるように、できているんだろうか。
そして、僕はそんな吹き飛んだものたちを拾い集めようとはしなかった。
「僕はさ、さっきは確かにキツくいったが。……ありゃダメだ。都合良くいこう。僕は阿久津に対して怒ってる部分があるのは確かだよ、でもこの際それは無視だ」
僕は続けた。
続ける言葉は、きっと彼女も願っていることだろうと信じて。
「単純明快、僕は聞きたい。──もうこれ以上、裏切るようなことを君はしないか?」
更に。
「そう誓えるのならば、いささか上から目線になっちゃうけど、僕は君のことを全面的に信用するし、いわゆる復縁もしたい」
そう、続けたのだった。
「──もしそんなことが叶うのならば、叶って欲しいものね」
彼女はそう言った。僕は言った。
「叶うさ」
と。
こうして多少、いやまぁまぁ修羅場にはなったし、遠出のソロキャンが台無しにはなったけれど、それ以上のものを僕は取り戻すことになる。
気が付けば、曇っていた空は晴れ、夜空には星々が爛々と輝いて、金色の月が懸かっていた。
◇◇◇
「まぁ遠距離は無理なんだろう、阿久津はさ」
「ええ。もう一回やり直すとはいっても、中々遊べないわ……多分ね」
「いいや、君が僕の方に来れないのなら。僕が君の方に行けばいいだけの話だろう? いけるぜ。僕の力を舐めるなよ」
「本当に?」
本当かどうか、それが嘘か真かはともかく、そうさせるつもりだった。それを本当にさせるぐらいの力は、きっと僕にもある。
「ああ、本当だ。男子高校生の体力ってのは凄いんだぜ? ──たった数十キロなら、自転車で一瞬さ」
「それは、頼もしいわね」
あのあと。夜空の下で、僕と彼女は小さな声でそんな談笑を続けていた。小さな焚き火を囲ってキャンプチェアに座り、木々が風に揺れる音を聞く。
「じゃあ、これから大変になるだろうけれどさ」
「その分、良いことが大返されるわよ」
「え?」
「大きな良いことが、たくさん、大変な変わりに返ってくるっていう──私が今考えた造語よ」
「大きなものが返ってくる、か。へぇ。そりゃあいい」
僕は笑った。
やはり相変わらずの彼女だ。そして僕は今夜を通して、そんな彼女をずっと信じることに決めたのだ。
彼女の笑顔をこのままずっと見ていられるはずだと、信じることに。
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誤差報告してくれた方、ありがとうございます。
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