8.はじまりの村(1)
一瞬感じた頭痛を振り払うように瞬きをした。…なんだったんだ、今の。
それはさておき。
もし此処が『現実』だったとしたら、人として称賛されるべき善行だと言えよう。ゲームの世界でも、お人好しとにわか褒め言葉なのか判断の難しい言葉をかけられる行為だ。
宿をとって情報収集をしようと言った意図は、結局のところ『地盤を固めよう』という点にある。コミュニケーション能力が皆無になってしまったゼノの代わりに彼女が依頼を受注してくれるのならば、彼女が苦手とする荒事や力仕事はゼノの役割として引き受けようと言うのが現状だった。対人話術となると、ゼノ・ルプスは威圧感が強すぎるのだ。
一流の彫刻家が手掛けたような顔の造形美は、本来であればその表面に一ミリでも微笑みが浮かべば多くの人の心を惹きつけてやまないのだろう。雪野がふざけて取ったキャラクタースキル『無表情』を獲得した影響で、出会った人のほとんどを『自身のINTを下回る相手を硬直状態』に陥らせてしまうのだ。
そのおかげで、対人話術が得意なはずが、壊滅的に落ち込む。逆に、コミュニケーション能力皆無な照美は、清純派ヒロインを創造した結果、対人話術が得意となり、戦闘が苦手となった。
雪野だった頃は、喧嘩っ早くて子どものようなナリからは想像もできない拳や足技で、自身よりも大きな身体の持ち主を地面に叩きつけてきた。それ故、ゼノとなった今もやることは変わってはいない。男の身体になって、寡黙になって、ちょっと道行く人に威圧を与えてしまうだけで「幼馴染の用心棒」的な役割は変わらないのである。
とは言え、怪我でもしたら危険だと視線で訴えれば、サクラはしょんもりと眉を落とした。しかし、自身の防御力を目にした彼女はゼノの考えることを正しく理解したようだ。
「次からは籠を取りに行く。」
「…はい。」
やや恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに瞳をやわらげ頬を赤らめて頷いてくれたので良しとする。籠を受け取って、雑草を詰め込む動作をした。たったそれだけで、溶けるようにして「雑草」はアイテムとして認識されたようだ。
しゅわん、しゅわん、と泡のように光の粒子になって吸い込まれる姿はおそらく『冒険者モード』のプレイヤー限定のシステムなのだろう。アイテムから『素材』を開くと、『雑草』という項目が増えた。雑草の横に数値が現れて、加算されてゆく。
粒子になって消えていくのが面白いのか、子どもたちも「なになに~!?」と目を輝かせて自分のバケツの中のものを籠へとひっくり返す。すかさず『受け取りますか?』の選択が脳内に現れるので、『承諾』を選択した。籠の底へ着く前に、子どもたちが集めた雑草も粒子となって姿を消した。
「え、ええ!?」
驚愕したような表情を浮かべる好青年は、歓喜に満ちた表情でゼノへと詰め寄ってきた。何事かと疑問を抱きつつ、じっと見下ろす。きらきらと光を放たんばかりの眼差しから、やがて腹から出したような大きな声が響き渡った。
「冒険者の方ですか!?」
耳が死んだ。
ィーーーーーン……と耳鳴りがする。顔をしかめることも出来ずに、片手を耳にあてて無言のままフルフルと首を左右に振った。ズイズイと身体を近寄らせて来るのはべつに構わないとしても、その声量をどうにかして下げてほしいものだ。
「謙遜をなさらずとも、『アイテムボックス』を利用できるのは冒険者のみと伺っております!冒険者の方が訪れてくださるなんて、なんて光栄なことでしょうか………!」
やわく否定したゼノの手を両手で握りしめてつんのめりそうな姿勢のままアダルヘルムはまくし立てた。上品な口調だが、早口のうえに興奮した様子で、正直ちょっと仲良くなるのはご遠慮願いたい。耳が声量で飛ぶ。
とうとう堪え切れずに、ぶわわっと逆立った耳と尻尾を見て、慌てて警備兵がアダルヘルムを制止する。馬をなだめるような落ち着かせ方だが、グルルゥと警戒心あらわに毛を逆立てるゼノの様子に己の興奮具合を恥じたようだ。
一部始終を見ていた子どもたちも「アダルヘルムさまが興奮するから、兄ちゃんがびっくりしちゃっただろー!」とぷんすか怒ってくれた。情けない大人で申し訳ない。子どもたちにまで言われてしまったと情けない表情を浮かべたアダルヘルムは、ゼノの様子にようやく気付いたようで慌てながら謝罪を繰り返してきた。
振り込人形のように頭が上下に振り続けられる様に更に尻尾を膨らませ、姿勢をかがめた姿に警備兵は頭を抱えた。「そりゃそうなりますよ。」 呆れたような声色に落ち着くべきだと分かるが、 どうやらアダルヘルムさまとやらは“雪野はともかくゼノが”苦手な善属性で思い込みの激しい人種のようだ。
否、マァ、会話が出来ると言うだけで雪野とて彼のような人種はやや苦手なのだが。唸りすら上げそうな幼馴染の異変を感じ取ったサクラが身体を滑り込ませて、事情を説明してくれた。
「恥ずかしながら、私が長距離歩行に慣れるまでゼノは旅立ちを待っていてくれたんです。ようやく山道を超えられるようになったので、故郷を離れ、冒険者を目指して二人で旅を始めたばかりなので、まだ人里で暮らす”人間族”に慣れていないんです。」
獣人族は、10歳を迎えると狩人として認められて試練を受けられるようになる。受けた試練を見事に突破した若者たちを「成人」として扱い、経験を積ませるためにも独り立ちさせる習性があった。あえて引き延ばしてくれたことで人族に合わせる意思がある感謝と、人間族に不慣れである主張を通すことで、サクラはある程度の無作法を許してくれないかと願い出たのだ。
ゼノの知識によれば、アダルヘルムの最初の行動から頸と胴体が別れを告げていても可笑しくはない習性の種族のようだった。蛮族、と言われるまでもある。だからこそ、相手方の理解を得られたのだろう。
「ああ、そうだったんですか。本当にすみません………」
「お兄ちゃん、あっち行こ! あたしたち、いっぱいいっぱい草あつめたの!また籠の中にポイしていい?」
「……あぁ。……サクラ。」
「ええ、こちらはお任せください。ゼノは子どもたちをお願いしますね。」
そうして子どもたちの気遣いで離れられたことに安心し、尻尾も耳もゆっくりと落ち着きを取り戻す。子どもたちが籠の中に光となって消える雑草を見たいと言うのも本当らしく、「もっとたくさん集めるー!」と大はしゃぎの様子で内緒話でもするかのようにアダルヘルムのはしゃぎ様を面白可笑しく語りながら『はじまりの村』近隣の雑草を毟り始めた。あんなに周りの人を振り回す領主の姿は初めて見た、と。普段はもっと大人しいと言われても納得しかねる姿だ。
『清掃クエスト』の自動周回でも始まってしまったのか、相変わらずクエストの完了と受注を知らせる音が激しかった。頭の中でずっとリンリン言うのだ。
通知音を着ることは出来ないのだろうか。頭の中で通知オフと浮かべた辺りで、リンリン鳴り響く鈴の音が止んだ。
(止められるのか………)
他にも隠れシステムの利用方法がありそうだった。検証する必要はあるだろう。
少し離れた場所では、ゼノは対人コミュニケーションが苦手であることまた、そう言った種族であることをサクラが説明してくれているようだ。
人間とは異なり、獣人には『獣種』によってコミュニケーションが異なる。獣人同士であれば『そういうもの』だと受け入れられるところだが、人間はやけに『平等性』や『共通』であることを求めるため、価値観の違いでよくぶつかる問題だ。
大抵の権力者ならば、金や権力でいうことをきかせるところだが。サクラに連れられたアダルヘルムは、恐る恐ると言った風に謝罪を口にしてから手を差し伸べてくる。何事かと見下ろせば相手が困惑したことが分かったが、何故困惑するのか利用が分からなかった。
じーっと見下ろし続けると、こそっと、けれども隠しきれていないトーンの声でサクラが「仲直りの握手、ですよ。」とフォローを入れてくれる。雪野ならば喜んで握りしめて振りまわしただろう握手に、ゼノはさしたる感情を抱くことすらなかった。無表情のまま見下ろしても怯えた様子はないので、レベル1のゼノよりもパラメーターは高いのだろう。と言うことは、サクラのためにも力で押し負けてしまうだろう“今は”従うべきだ。
「本当にすみませんでした。ええっと、………その、僕はフリューリング・領地の領主アダルヘルム・フリューリング・と言います。」
「……ルプス。見ての通り、灰狼族だ。」
差し出される右手に向けて握手は出来ない。右手を差し出すと、今度は見るからに困惑したアダルヘルムにサクラがフォローした。
「冒険者は利き手を預けることはありません。志願者としても、預けるわけには参りませんから…。」
それは、全国どこでも当たり前の知識とあったから「無礼」には当たらないはずだ。
「ええと…。」とおどおどした様子に後押しするように「わたしとも左手(利き手以外の手)で握手しましたでしょう?」とサクラから放たれる微笑みに、アダルヘルムも謝罪をしつつ左手を差し出し直した。
「いやぁ、申し訳ないです。我が領地にはあまり冒険者が訪れることがなく、冒険者のしきたりには疎くて…。」
「いえ、わたしたちも故郷の外の常識には疎いのですからお互い様ですよ。今、お勉強中なんです!」
あくまでも善意でのフォローなのでサクラに悪意はなかった。領主と冒険者の関わりが薄ければ、確かに知識から離れてしまっても仕方のないことだろう。貴族としてのプライドがあるらしく、やや情けないと眉を落とした彼は人の好さが滲み出ていた。
「アダルヘルムの兄ちゃん! みてみて! あたしたち、村長のおつかいで雑草抜きをしてたのよ! あっちのお兄ちゃんも手伝ってくれたの!」
「わぁ、本当だ。よく集めたね、すごいよ!」
喧嘩していたわけではないが、大人が和解したことを肌で感じ取ったのだろう子どもたちはこぞってアダルヘルムのもとへ集まった。英雄の功績を称えるよう優しい笑顔と共に称賛の言葉が浴びせられた子どもたちは、一段とやる気を出して再び雑草毟りへと戻る。そうして雑草を蓄え込んだバケツを籠の上でひっくり返して、雑草がしゅわしゅわ溶けて粒子化することを楽しんでいるようだ。
村から外側の範囲を毟ろうとする子どもたちを内側へと誘導しつつ、ゼノも終了させた『採取』作業を続けた。半日も雑草と睨めっこした甲斐あって、『眼力』スキルをレベルアップさせられたのは僥倖だ。
村の中で小さく燃える松明が唯一の灯かりとなりそうな景色を見つめて、ゼノは作業終了を言い渡した。流石に子どもたちは村の中に戻さなくては危険が過ぎる。不服そうな子どもたちと瞳を合わせながら約束事を持ち出す。
「もう暗くなる。黄昏時になる前には戻る約束だったな?」
「ええーっ!?」
子どもたちの不服そうな抗議が重なるが、はなからそう言った約束でゼノは護衛を引き受けたし、親からも外に出る許可を受けていた。渋々、と言った様子で背を丸めて雑草を毟った子どもたちはぶーっと頬を膨らませながら門をくぐって『はじまりの村』へと戻る。
ひい、ふう、みい。門をくぐった子どもたちの人数を確認し、夕陽が沈みだしたのでサクラとアダルヘルムも一緒に『はじまりの村』へと入った。
「流石は獣人族って言った感じですねえ。おかげさまで、予想以上のペースで雑草が抜き取られて、見晴らし良くなりましたよ。無駄のない動きで子どもたちも最初は圧倒されておりましたし、自分たちの出番がまるでありませんでした。」
人間族と獣人族の差異は、驚異的な身体能力にある。魂が受け継ぐ獣種によって特出する能力は異なるが、大雑把に言うと人間族の数十倍の速度でまるっと一週間は活動を続けられるだけの体力を持つ。まさしく、驚くべき『体力馬鹿(STRとVITとAGI特化)』の種族なのだ。
しかし、その代わりとして『魔法攻撃(主に炎)』に弱く、人間離れした五感は、時に獣人族にとっての弱点となってしまう。だから、獣人族は基本的に街ではなくて森などの大自然に居を構える。
街へ降りてくるのは、人里慣れした冒険者や職人などの類。はたまた、人間の世界でよく見かける獣種と同じ獣種(たとえば、犬や猫、馬など)の獣人族のみだろう。
警備兵を務める彼らは、冒険者として活動する猫や犬の獣人をみても“狼”は物珍しくてついつい仕事ぶりに見入ってしまったと言った。とても素早いわりに手つきは丁寧だし、引っこ抜かれる速度に反して土が飛び散ったりしない。しゃがみ込んで文句たらたら零すわけでもなく無言で淡々と続けられる作業は、一ミリとも動かない美貌も相まって一種の芸術品かと思ってしまったほどだと。
不快に思ったわけではなく、しかし、会話が面倒だと思ってしまったゼノの気持ちをくみ取ったかのようにサクラが警備兵に微笑みかけて言った。
「ふふっ、それはね。わたしもゼノも、故郷の雑草毟りはよくやっていましたもの。寂れた村ですから、修繕やお掃除は得意分野なのですよ。」
「そうでしたか…。」
どの辺りかと尋ねられても記憶を辿ると、冬になると雪が積もって春が短く夏がない土地であるとしか。「冬の領土の出身なんですね。」 サクラの言葉に激しく頷かれる。フリューリングの名の通り、彼らの言い方に変えるとこちらは春の領土になるのだろうと思った。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの1日(見習い剣士Level.2↑)
『庇う』を習得しました。
『眼力』を習得しました。レベルが上がりました。(6/50)
『清掃クエスト:はじまりの村の雑草抜き』を累計51回 受注、達成しました。
★見習い剣士のLevelが1上がりました。これにより、ステータスが上昇します。