7.■レタ■■
獣人族には、それぞれのモチーフとなった動物での神話を有する。地球に存在する神話とは違う、世界スピラに存在する神話だ。
狼の獣人族を選んだ―――否、選んだ気がしただけのゼノはきっとそうなる運命だった。この世界に来たのも偶然……事故などではなかった。だって、こんなにもしっくりくるのだ。
階位一位の創世の刻、白と黒が混ざることで誕生した、神獣フェンリルの。
階位二位の蛇が天敵である鳥と相討ったときに誕生した、幻獣ドラゴンの。
階位三位の蛇に討たれた後に災厄を振りまく己らを反省したときに誕生した、霊獣フェニックスの。
神獣になるなと心が訴えるのに、その警告を無視するような形になってしまう。きっとゼノは、近くて遠い未来には”人としての己”を捨てる選択肢を選び取る。
この世界に来て、スピラで生活するようになって、そのような漠然とした不安がずっと胸の奥をすくっていた。今も消えていないそれは、きっと”そのとき”になるまで抱え続けるものだろう。
だからこそ、不毛が過ぎるこの不安は彼女には教えない。不安は彼女には伝えない。
俺は彼女の守護者だから、そのための存在だから。ゼノ・ルプスが生命体としての在り方を選びとれと抑えつけられるように、彼女もまた、役割を与えられたはずだから。
―――それまでの間、きっとどうか、ただの人の子として守らせて。
―――警告に従って、忘れたままでいるから。
祈るような思考に、ふと声が響く。
―――ならそれは、私が預かっておこう。
―――それまでどうか、楽しんでおいで。
―――私のかわいい気高き■■。
―――だけど君は敏いから、綻びを突き続けてしまうのかな。
―――きっと苦しい思いをするだろうけれど、それまでは■■に守らせておくれ。
ほう、と息をつけば静かに身体から力が抜けた。彼女を逃がした先で壊れ行くのを待つばかりの魂の一部を引きずってでもスピラへ持って来た声なのに。……何故こんなにも安心できるのだろう。
ずっと頑張った。頑張ってきた。そう、言って縋りたくなるのは……。否、此れは……この思考はダメだ。立てなくなってしまう。盾になるために積み上げてきた努力すべてが無に帰す。それはダメなのだ。
念じるようにコメカミを片手で押さえて指圧で物理的に意識する。忘れろ。そうだ、今考えたことすべて忘れるのだ。
―――あまり自分を虐めてはいけないよ。
苦く微笑むような人の声は、風が頬を撫ぜるようにふわりと沈んで行った。―――ような気がした。
……ダメだなぁ。私はどうも、あの子に言葉をたくさんかけたくなってしまう。
それでいいじゃないか、だって?
ダメだよ、干渉のし過ぎはよくないんだ。
ただでさえ君を亡くしてからのあの子は―――これ以上、私たちの意識が覚醒したままではあの子に負担をかけてしまうね。
さあ、眠りましょう。もっと奥深くで。