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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
序章 現実≒幻想の世界
6/29

6.ノンプレイヤー。

 スキルポイント(SP)がクエストの報酬に出てくるのは、事前に調べた情報では「かなりレア」らしく、それを掘り当てたサクラは流石である。

 どれほどレアかと言えば「乙女ゲームの隠しキャラルートを開拓するレベル」。もしくは「古代武器のレアドロップを狙って周回するレベル」。10時間周回してもなかなか出てこない。頭を抱えて発狂するレベルのレア度だという。または、「ソーシャルゲームで目当ての星5(最大レア値)のキャラクターを単発ガチャでまさかの1発で当てるレベル」。絶妙に分かりにくいかもしれないが、とんでもなくレアなのだ。


 ゲームを始めたばかりの初心者が、そのレベルのレア度を誇る報酬がつくクエストをパッと受注できたのは凄く驚きものである。サクラのヒロインとしてのスキルが働いたのだろうし、元の面倒見の良さが発揮されたのだろう。ゼノの知る彼女は、困った様子の老人を放っておくような人種ではないから、その人の好さが全面的に出ているのかもしれない。


 ゼノはぴくりと耳を揺らした。

 ピコ、ピコ、と脳内で響く電子音は「クエストの受注」と「クエストの発生」、そして「クエストの達成」を教えてくれている。うるさいだろうな。とは思ったが、『アカウント共有』をしているからと言って『アバター共有』をしているわけではないからサクラの方では受注と達成のクリアはきっと一度きりだったのだろう。永遠とピコピコ鳴り(受注と達成を)続けるのは単純にゼノが作業を止めていないからだ。

 別々の人間として勘定されていると感じるのは、ゲーム公式ページの「アカウント共有にあたっての主人公と補佐役のメリットデメリット」という記述があったからだろうか。

 所持金、経験値、アイテムドロップ率などの優遇を受けられる補佐役。好感度上昇率アップの恩恵を受けられる主人公。そこでもう、別の「個体」として認識をしている。主人公のかわりに好感度が高くなってしまった補佐役の話もあったが、ヒロインが仕事をサボって全てをサポーターに任せたことによる代償であると発表があった。モードの抜け穴のようなそれがあるのならば、一人のプレイヤーが、一人でモードチェンジして遊べばそれで良かっただろうに。



―――そうしたら、雪野(わたし)だけがゼノ・ルプス(世界スピラ)閉じ込められる(ログアウト不可)になるだけだったのに。



 本当になんとなく、此処は夢ではなくて現実なのだろうなと思うようになった雪野はそんなことを思った。どうして『アカウント共有』システムを導入したのか。NPCがサポートにつくのでは、駄目だったのだろうか。たら、れば、が頭の中に浮かんですぐさま否定した。起きてしまったことは変えられないのだから無駄なことだ。

 『アカウント共有』システムを考案した人物はその様々な質問に対して、堂々たる態度で「たとえフラれても本物の人間が一緒に居てくれる方が、安心するからに決まってるじゃないの!」と豪語していたこともついでのように頭に浮かぶ。記憶を思い出すというよりも、記録を呼び起こすと言った方が……本の内容を呼び起こすような感覚だった。

 曰く、慰めてくれて、相談に乗ってくれる相手が、NPCであった場合虚しくなってしまったのだと体験談も語られるほど、精密な人格構成で繊細なメンタルケア能力を発揮したNPCは、多くの研究者たちの心を奪って行ってしまったのだとも。

 不思議な理由だが、もはやそれは気にしないで置いた方がいいのかもしれない。あの研究者は人間相手で恋愛感情を持ち込めず、己が創造した発明に胸を躍らせる類の人種であったから。それが、人間と同じ思考能力と感情を持ったAIの開発者だと言うのだから、相手が人類の夢そのものとなれば無理からぬことなのかもしれないが。



―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。

―――クエスト完了しました! 報酬が振り込まれます。

―――クエスト受注しました! クエスト内容をご確認ください。



 目も痛ければ耳も痛かった。本当にうるさい。

 繰り返し受注可能の依頼は、ゼノは目の前に現れた『継続』を了承した。老人の知人であると言伝を預かってきた門番に「夕暮れまで雑草の処理を行う」旨を伝えて、自動受注を開放すると雑草と向き合うのであった。

 『はじまりの村』で50ボヌス(金銭)とスキルポイント1の報酬を受け取ることが出来る『清掃クエスト』を繰り返すうちに、彼女の修行僧の装備と、自分の見習い剣士の装備を揃えられる程度には懐が潤った。つまり、しばらくの活動資金は稼げたということだ。

 行動を起こすためにもお金はなかったら困るが、あればあるほど助かる。サクラが一度でも受注してくれたおかげで、ゼノは自動的に継続受注を行えば同じクエストを何度も受けられるのだから正直かなり助かるクエストだ。

 作業効率は悪いから、ゲームの世界であればかなり不人気だっただろうが。まあ、ゼノは気にしない類の方だから黙々と作業を続けていられる。…ただし、受注と達成はうるさい。

 ぷちぷちと沈黙を保ったまま作業を続ける姿を見て何を思ったのか。人口総数12名程度の村では珍しく一桁代の少年少女がひょっこりと顔を出してきた。



「ぼくもするー!」

「わたしも!」



 子どもたちは、ゼノ・ルプスのことを“良い人”だと思ってくれたらしく、途中から手伝ってくれるようになった。あっちの世界(雪野だった世界)では散々サクラの兄妹を可愛がってきたため、ゼノも年下との時間は癒しだと思っている節がある。

 ゼノ個人としては、コミュニケーションを取ることがかなり億劫だが、それでも年下の相手は苦ではない。小さな身体を泥まみれに汚して、元気いっぱいに駆け寄って来る少年少女を片手で受け止めた。それより先はモンスターが出る危険区域なのだ。


 村をちらと見ても、からっぽだから今ゼノの側に居る子どもたちが全員なのだろう。子どもたちの人数は両手の指で足りてしまうくらい少なかった。視線に気づいたらしく、様子を見に来た警備兵は苦笑いを浮かべながら状況を聞かせてくれる。

 多くの若者は、外の街へ移住することの方が多く、『はじまりの村』の人口は年々減っているのだとか。若手が足りず、冒険者ギルドへ依頼を出してはいるものの、『雑草抜き』や『屋根の修理』と言った細々としたクエストは、名声稼ぎにもお金を稼ぐのにも不人気のため、村人同士で一致団結して助け合うように生きているのだという。

 『はじまりの村』から春の都と呼ばれる場所までの領域(エリア)を統治するフリューリング伯爵家の人間は、貴族の中でも平民に対して親身になってくれるタイプらしく、そのおかげで村は寂れながらも地図の上にある。村の守りに困っていることを相談したら伯爵家の警備隊の一部を巡回にまわしてくれるほどやさしい。

 補足するように老人は言った。村の警備にやってくる警備兵も気さくな方ばかりだ、と。警備とは無関係な修理にも、とても親身になって色々と手を貸してくれるので、フリューリング・伯爵の評判は平民の中でも最高峰に君すると言えるだろう。どこか誇らしげに唄うようにして、老人はフリューリング伯爵が掲げる言葉を口にした。



『人間の価値を高めるのは、身分ではなく、心だと思うのです。』



『王国のはじまりはかつて“精霊たちを崇める西方の王国”で偉業を為した人々が流れ着き、“人々が心豊かに過ごせる土地をつくりたい”という想いで建国が為されました。』


『そのため、王国の本質は“人のために何かしたい、誰かの役に立ちたい、という献身の心から様々な文明が発展してきた”のだと私は解釈しております。』


『私は、我がフリューリング・領地で息づく皆の心に寄り添う形で力になりたいと思うのです。皆もどうか、隣人や家族、そして隣人を、大切に過ごせる環境を、我らとともに作って参りましょう。』



 なんでも前フリューリング伯爵は御高齢のため、昨年、王国の学園を卒業した御子息の一人に家督を譲り渡したのだという。前伯爵も、今の領主と変わらぬお人好しだったらしく、領主でなくなった今も領民たちに慕われている様子が見受けられた。へえ、と相槌を打とうとして子どもたちの一人が晴れやかな笑顔で何処かへ駆けて行くのを見送る。



「アダルヘルムさまだ!」

「はうっ!? 見つかってしまった!? あわわ…っ!」



 腹に抱き着く形の少年を受け止めながら慌てる上品な装いの好青年は、お忍びだから内緒にしてほしいと口にした。「僕が此処に居るの、内緒ですよ。」と慌てながら告げる様子を子どもたちは面白可笑しく思ったのか、しーっと静かにするポーズを取り構ってほしそうに何度も青年の名を呼んでいた。

 はたして内緒の意味は分かっているのだろうか。騒がしくなりつつある光景を見守りながら、もうすぐ陽も暮れてしまう頃なので雑草抜きの作業を終了した。

 顔をあげるとちょうど門からちらりと顔を覗かせたサクラが見えたので手招きする。気づけてもらえたことを喜ぶように桜色の瞳を、ぱあっとまぶしいくらいに無邪気に輝かせた彼女は、素直にちょこちょことやってきた。藁で編まれた籠を背負っており、重たいのか足取りはよたよたと覚束ないものだ。

 頼りない足取りに「代わるか。」と無言のまま腰をあげかけた腰を止める。ふらつく彼女を支えたのは子どもに発見されてあわあわとしていた“アダルヘルムさま”だった。

 お互いに顔を赤く染め上げて照れた様子のままお礼と謝罪の合戦を始める姿は初々しい。サクラがお礼を伝えると、アダルヘルムさまが謝罪。そのことにサクラも慌てて謝罪をすると、アダルヘルムさまも慌てて謝罪。深々と腰を90度まで折って繰り返し続けられる謝罪大会は、どちらともなく噴き出した笑い声で終結を迎えた。



「申し訳ございません。わたし、幼馴染へ籠を持って行く途中なので失礼致しますね。」

「え、ええ、僕の方こそ、引き留めてしまって………。」



 ふんわりと柔らかな笑みと共にお辞儀をしたサクラは、再び危うい足取りで門から少し出たところまでやって来る。ほんの少しの運動でも、彼女にとっては重労働なのかマシュマロのような白くてふわふわとした肌は上気していた。



「……お疲れ。」

「いえ! ゼノが頑張ってくれているのですから籠を運ぶことぐらいは、わたしにお任せくださいませ。」



 両手の拳をぎゅっと握りしめて目をきらきら輝かせながら言ったサクラは、真剣だった。ツンデレ気質の照美はサクラとして活動し続けることを苦痛に思ってやいないだろうか。

 雪野としての意識はすっかり“ゼノ・ルプス”と言うキャラクターして構成したアバターと同一してしまっていて、昔ならば大はしゃぎしただろう自称に対して冷静に対処できている。しかし、“気持ちの切り替え”がやたらめったら早いゼノと違って、幼馴染の彼女はとても引きずるタイプ。羞恥心と照れが爆発して発狂しているのではなかろうか。ちら、と横目でサクラを見ると「大丈夫ですよ。なんだか記憶が2つある気がしますですけど、賢女(照美)わたし(サクラ)という感じです」とゼノが抱く懸念をやんわりと解くように微笑んでくれた。


 要約すると、「最初は困惑したが、幼馴染が一緒ならば大丈夫」だと。

 なんとも彼女らしい発言だ。


 しかし、そうか。サクラも同じ結論に至ったか。

 ゼノも、記憶が2つあるだけで、ゼノ・ルプスとして生を受けて、今まで成長してきたような感覚なのだ。



―――そんなこと、あるはずがないのに。



 キャラクターとして作った記憶もあれば、瘴気に包まれた隠れ里で過ごした記憶もある。実の父親は魔族に惨殺されて、実の母親は王国の人間に殺されたなどという壮絶な過去も、体験したかのように心に刻まれているのだ。

 それでも彼女と幼馴染、という関係が変わらないのは助かった。

 瘴気に包まれた隠れ里の長の娘であるヒロインは、聖女の秘跡を読むことの出来た唯一の巫女である。彼らは瘴気を浄化するための術を探し求めて、サポーター(幼馴染もしくは用心棒)を連れ、様々な土地を歩き旅くのだ。

 その旅の中で、世界を滅ぼそうとする『邪神』が復活してしまう。かつての英雄の足取りをたどる中で攻略対象と出会い、恋に落ちてゆく。恋人を想う力(『乙女』の称号)がヒロインの中に眠る『聖女』の力を呼び起こし、奇跡をもたらし、世界を救う。―――というのはゼノが知る、大雑把に解説したゲームイベントの全体的な流れだった。


 此処で注目するのは、最も初心者のログイン数が多い『はじまりの村』でプレイヤー(・・・・・)一切見かけなかった(・・・・・・・・・)ことの一点だ。

 人通りの多い王都でプレイヤーを見かけることがなければ、考えたくはないが。非常に考えたくはないが、エラーやバグでもなければ『異世界へ転移した(・・・・・・・・)』可能性を考えなくてはならない。情報収集や状況のすり合わせと言った活動をしやすくするためには、住民たちの印象を良くしておくのは手だろう。サクラのように積極的に依頼や相談事に乗っかって行くのは、良いことだ。


 …彼女のことだから、そんなことは一切考えていないのだろうけれど。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の1日(見習い剣士Level.1)

『庇う』を習得しました。

『眼力』を習得しました。

『清掃クエスト:はじまりの村の雑草抜き』を累計20回 受注、達成しました。

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