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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
29/29

29.呪われた聖女(2)

 運命の女神ファタリテートを祀る教会を介し、人間族と妖精族が手を取り合って生活を営む。それが、神聖国グリツィーニエという国だ。

 聖ファタリテート教会の頂に座ることを許されるのは、聖人、聖女のその人。女神ファタリテートの声を聴くことの出来る者だけ。その人間とは初代グラオベンをさす。

 女神ファタリテートのお眼鏡に叶った人間―――グラオベンの家名を持つ者から生まれ来る子ども―――その子孫の代にまで至る加護を受けた。神託を。すなわち、女神ファタリテートの声を聴くことの出来る子どもが必ず誕生するという加護だった。

 近くで加護を受ける瞬間を見届けた人の長と妖精族の長は、女神ファタリテートの加護を賜ったグラオベン一家を、国の平和の象徴として祀り上げる。そうして一丸となり、人間とエルフの共存を望む国家として成立した。円滑に進んだ異民族との共存国家の建国に、王は感謝を込めて加護をお与えくださった女神ファタリテートに敬意を払い、現「聖ファタリテート教会」を設立する。

 それが一般的に、教会内で伝わっている建国神話の一部、らしい…。まだまだ隠されている部分は山のようにあるだろうが。神話と言うには神の要素が少なすぎるような気がしたのだ、それは。


 そして、後の()。女神ファタリテートから加護を授かった初代グラオベンより数代を渡った頃の話だ。

 グラオベン一族は神の声を聴き、に伝える偉業を為したとして、数代を得て国とまでに至った神聖国グリツィーニエの、その王より貴族位を賜った。以降、グラオベン家へ結ばれた強制的な契約は「子孫」を残すこととなる。

 数十代を通り越し、数百代へと刻まれた歴史的な観点から、そうして国の礎の一つとして歴史を繋ぐのだろうと思っていたグラオベン姉弟は、姉の婚約時期を近くして神託を授かる。それは、長きにわたり傍観を務めてきた運命の女神ファタリテートの怒りであった。

 政略結婚のことを、かつてのグラオベンのように運命の相手を宛がうものだとばかり思っていたから瞬きの間は見逃してきたが、彼らの行いは「運命」を司る女神ファタリテートへの宣戦布告だ。加護を与えてやったというに恩を仇で返す行為。此れには女神ファタリテートは怒ったのだ。


 女神ファタリテートは荒ぶる怒りのまま今代の声を聴くことの出来る子どもたちへ言葉を下す。子どもたちは衝撃を受け、運命の相手を探すために神より優先するべき言葉は他にはないと王族・貴族たちからのアプローチをことごとく斬り捨てた。今も昔も、神託を正しく解するならば、そうして(政略結婚)で繋ぐのではなく、運命の女神(ファタリテート)のお導きに従わなくてはならなかったのだ。

 運命の女神ファタリテートの巫女―――聖女は、女神からの神託に従う。けんもほろろに婚約をお断りされた子息たちは、プライドも名誉もズタボロだった。募りに募った恨みが、魔力を以て形を成す。




―――それは、恋の憎悪(マジナイ)だった。



――――愛の愛憎(ノロイ)だった。




 加護を与えた(愛を与えた)人の子の身を守ることが出来なかった女神ファタリテートは、彼女の魂を守るために一つの運命を傾ける。運命を傾ける女神ファタリテートの管轄外。運命と出会うまでは、眠りにつくという運命を傾けた。恋も愛も、それは愛の女神の管轄だ。そして、再び神託を下す。




―――『聖なる乙女』と『貴き獣』がお前たちを救うだろう。




 その言葉をグラオベン姉弟に残して、もっとずっと意識の奥深くでグラオベン姉を守るため女神ファタリテートも眠りにつく。グラオベン姉は、いつか訪れる運命のお方が訪れる日まで美しい姿のままで眠り続けることとなったのだ。



(眠り姫……)



 王子様のキスが定番だが、流石に違うだろう。サクラ・フブキが相手になるだろうから―――百合になってしまうと思った。

 ムッシェル・グラオベンの好感度は見えても姉の好感度は見えなかったから、おそらくサクラ・フブキによる攻略ルートはない…とは思うが……。いや、まあ一応だけれど乙女ゲームだし…? 好感度を数値として可視化出来なかったのはマァ当然か。目の前に居ないのだから。混乱していた(継続)。


 呪われた身であるはずなのに聖女として行動するグラオベン姉を許さない者たちが居た。―――否、居る。

 それは、恋に振られた男たちの母親、姉、恋する乙女。彼女に、日に日に憎悪を募らせてきた女たちはさらに聖女呪った。完全なる呪詛(憎悪)となったそれに傾けたばかりの運命の加護では耐え切れず、聖女を蝕む。

 人知を超える力を有する神は、人々から向けられる信仰で息づき、人々から向けられる憎悪によって苦しめられる。反発する神聖なる力と邪悪なる気配が聖女の体内を暴れ、かろうじて繋ぎ止めていた彼女はとうとう耐え切れなくなって意識を手放した。


 呪われた聖女が倒れたそこに、運命の女神ファタリテートの神託通り可憐なる乙女が現れた。

 かの乙女は目の前で倒れた女性として認識したのだろう。聖女を抱き起して、献身的な看病の末、聖女の身を巣食う呪詛を緩和させた。

 呪詛のことは気づいていないようだったが、それを見たムッシェル・グラオベンはひたすらに懇願する。冒険者ギルドへ依頼書を作成してまで何も知らぬ乙女に姉の看病をしてくれと情けなく縋りつく。それ以外に姉を救える手立てを、彼は知らなかったからだ。

 そんな懇願が功を奏し、サクラ・フブキに看病を任せる運びとなる。同時に、一人の狼より怒りを買うことになった。

 ゼノの存在を知っていたら知っていたで嫌だけれども。相手の無知に付け込んで契約書を書かせるのは悪徳商法と何ら変わりがないと思った。何も知らないということを、彼らは知っていたのだから。



「今でこそ、見知らぬ人の姉のために行動してくれているあなたたちに今更ながらとんでもないことをしてしまったものだと後悔が……。」



 本当に今更だなとは思ったが“口には”出さなかった。

 騙し討ちをするような形で冒険者のサクラ・フブキを雇ったムッシェル・グラオベンは、ひしひしと肌身に伝わるゼノ・ルプスの気配に深く項垂れる。彼の目を離したすきに幼馴染を誘拐されたという怒りは正当なものだし、信用できないとムッシェルが疑うよりも早くに彼の方から拒絶を受けるのも当然のことだし、何も言えなかった。

 何よりも正道や情を誰よりも重んずる“高潔な獣人族”から、ムッシェル・グラオベンの言動を何一つも言われなかったことの方がムッシェルにとっては恐ろしいものだった。

 「実はパッシブスキルで無言になってまァす。」とは露知らず。たとえパッシブがなくなってもゼノとなった今では口数は少なくなっているだろうが。

 雪野のときはそれ(少女)を望まれた。彼女の転校を機に、少女の皮を被るようになってからは両親から手のひら返しのように構われるようになったのはなんとも言えなかったと記憶もある。

 多少のワガママ……? は許されていたのだから、彼らの間に生まれた子どもとして愛されていなかったわけではない。なんなら雪野が少年のような頃も何も言われなかった。しかし、それ以上に雪野は少女のような見た目も相まって、両親は男のような性格は受け入れられなかったのだろう。彼らの「女の子なのに」と言われるのが、耳に胼胝ができるほど聞かされた口癖だった。

 あのとき(雪野)は、幼馴染の件もあって女の子として振る舞うことが、“口数が多かった(見た目に合った)方が自然”だった。だからそうした。けれど今は……ゼノ()は此の見た目も相まって、寡黙であることに“違和感がない”。だから彼女以外には無口になっても良いだろうと思っている。一種の甘えだとも理解はしているけれど、彼女の側を離れるつもりは毛等もないから良いだろう。今の状況は離れているうちに入らないからノーカンだ。

 個チャ出来るし。…―――なんてことは露知らず、ムッシェルはずぶずぶとネガティブの沼に落ち込んで行く。言うつもりはないからべつに構わないのだが、雰囲気怪しさ満点なので少し離れて歩いてほしいような気もする。



「聞けば我が国に到着したばかりだったってお話じゃありませんか!」

「……それがどうした。」



 ぐずぐずと唸ったムッシェルは、ふと顔を上げながらそう叫んだ。本当に、だからどうしたと言うのだろうか。



「観光を楽しむ前にイヤな想いをさせてしまいました…! いや、観光してからだったらというわけでもありませんが!」



 サクラ・フブキは観光のつもりで博物館を堪能しに行ったのだろうけれど、彼女が喜ぶだろうと思って博物館を予約したのだけれど、言われてみれば神聖国グリツィーニエ内を探索しなかった。義務的にマップを埋めることはしたが、観光する間もなく、国の騒動に巻き込まれたとも言えるだろう。

―――ある意味では自分から飛び込んで巻き込まれに行ったんだった。いっそのことお礼に観光案内を、と言い出したものだからゼノは仏頂面のままちらとムッシェルを見た。

 観光案内は俺がするが? 不要だが? デートの一つにも誘わなかったのかと喧嘩を売られたような気分だった。流石に見方が穿ちすぎなんだわ。

 ただ生まれ故郷を案内してくれるだけかも―――サクラに対する好感度の高さから拳を唸らせなくてはならないかもしれないということだけは分かった。

 姉のためとは言えど、彼女の存在を利用するためだけにギルドまで使って呼び寄せて騙し討ちした野郎を相手に? 俺の大事な幼馴染(彼女)の時間をまた割けと? ああ? ふざけてんのか、と認識した。おくびも出さなかったが、教会であろう場所に戻ってすぐ彼女へデートのお誘いしやがったら許さんからな。とは頭に浮かべながらムッシェルの独り言に付き合った。



「ぼ、冒険者の皆さんは神聖国グリツィーニエをどう思われたのでしょうか。」

「…さぁな。」



 巻き込まれたことに対しては彼女の方針もあったから気にするなと言うつもりだったが、終始自分の世界に入りっぱなしだ。

 冒険者が国をどう感じたかなんて考えは、サクラを騒動の中心から「帰せ。」もしくは彼女を守るために今すぐ俺を前線へ「連れて行け。」のどちらかしか頭に浮かんで来なかったから。ゼノ・ルプスも確かに冒険者ではあるのだけれど先入観が邪魔をする。ふと問われた言葉にはぼんやりとした沈黙を返した。

 それに、新人の意見を冒険者の総意ととられかねないのは不本意なので。冒険者ギルドのためにもゼノ・ルプスは黙っておくべきだろう。…協調性は一応ながらにあるのだ。

 信用問題には関わってきているだろうけれど、サクラの件で教会側が一介の冒険者を指名するために騙し討ちのようなことをしたのは受付嬢の様子から伝わっているはずだ。

 通りで窓口行くたびに「大丈夫ですか。」と聞かれるわけだ。発散させるのにダンジョン潜りに行きたくなってきたが、今回は街中で潜伏する。溶け込むようにして情報収集を遂行するのだ。

 そのためにムッシェルを万全な状態にさせた。……わけではなかったが、正直なところ顔と名前を一致させるには姉の婚約者候補を知るムッシェルが居てくれるのは便利なことだった。とても効率的に調査が出来ている。

 基本的に会話をするのはムッシェルで、仮初めの護衛として彼の側で佇むだけで情報はポロポロとまろび出た。ひとりで行っても何もなかったのに、と言うけれど、ただのパッシブスキルです。ハァイ俺様よりINT低かったのなァ? と無感情に淡々とした声が頭の中で再生された。怖ぇんだわ温度差が。

 幾人もの屋敷を渡り歩くにつれ、聖女様とやらはどれだけの相手を断り続けてきたのやらと軽く首をすくめる。その呼称を頂くのだから聖なる力はそれなりに強かったろうに、と考えも、あの(・・)人数ならば納得ものだ。千年城の城壁も貫通するってものである。



「お、驚かれましたか……?」



 一日だけでは回り切れなかったので、西部地区を即座に探索できるよう宿主のすすめで小さな古民家に宿泊させてもらうことになった。

 彼の親戚。叔父の家である。足を悪くしたから家の修理も大変で、人手として家の修理を手伝うことが家賃代わりだった。呪われた聖女を助けるための一環とは言え、適度に息抜き出来る環境で正直助かる。

 彼女の方も、そうであってくれと思うけれど、王太子がウマイこともてなしてくれているようだった。ドコ目線なんだ? マァいいや。試しに個チャで話しかけてみても「本をたくさん読ませてくださるので退屈してはいませんよ。」と、なんとものほほんとした返答が来た。

 ああ、ウン。それならいい。彼女がのんびり息抜き出来ているのなら、ゼノもまたやや自由に行動する。宿主にはまだまだ世話になる予定だし、恩返しの一つや二つや四つや六つをしても良いだろう。

 情の(獣人)一族、恩返しの数が増えすぎる傾向にある。木工師としての腕の振る舞いどころだとゼノは張りきって修繕作業に取り掛かるのであった。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の18日

メイン:剣術士Level.12   サ ブ:拳術士Level.6

生 産:薬師Level.45↑ 木工師Level.21↑

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