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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
28/29

28.呪われた聖女(1)

 運命の女神ファタリテートを祀る教会を仲介し、人間族と妖精族が共存する神聖国グリツィーニエ。

 その神聖国グリツィーニエの建国が為された時代に、運命の女神ファタリテートの誓約を受けた一族が「ムッシェル・グラオベン」だとして。正直なところ、で? っていう。雪野の記憶も同意するように「だから?」と脳裏で首をもたげた。

 それが彼女を拘束する理由になるとでも? そんなものが言い訳の一つになるとでも? まさか……ムッシェル・グラオベンの生まれを、建国神話を知ったことを、……たったそれだけのことで理解してもらえるなどと本気で思っているのだろうか。笑わせてくれる。俺を馬鹿にするのも大概にしろって話だ。

 無言のままじっと見つめられるだけの状況をどう思ったのか。グラオベンの姓を持つ男は肩をぶるりと震わせて、「姉なんです」と言った。「おれの姉なんです」とか細い声でもう一度だけ同じセリフが吐かれる。



「あ、あの……」



 我ながら性格は最悪な。

 彼女以外の存在はどうでもいい。本当に、ただそれだけ。

 それだけと言うのも可笑しな感性だが、ゼノにとってはそんなもの。雪野も同じような感覚を持つゆえに、「だろうな」と同意する。だからといって彼女のためと言葉を大義名分に使うようなこともしない。当然だ、勝手に守りたいと思っているだけなのだから。

 サクラとグラオベンが出会ったのは、グラオベン一族へ聖なる力を宿した乙女が神聖国グリツィーニエへ訪れるという神託があったから。

 粘って粘って、あらゆる場所を探し回って博物館で『祈る』彼女を見つけた。朝も昼も夜も決まった時間ではなかったけれど、決まった場所でもなかったけれど、法則性なく彼女は祈りを見せたから。

 グラオベンは彼女を神託の乙女と認識し、王太子(幼馴染)に願った。姉を助けられる手立てがあるのなら、幻でも良いからその端くれに触れたかったのだ。

 それは、その願いがあるからこそ彼女の仲間であるゼノ・ルプス。つまりは俺を見張って人間性やら関係性やらを探って来るといいという王太子なりの気配りだったのでは、と思う反面、頭のどこかで「そうか」と一言だけで彼の言動を片づけてしまう。

 クエストのためでも生きる人のためでもなく、ただ単純に人質を取るような輩は信用できないと言ってしまおうか。遠回しの会話のお断りである。



「……本当にすみませんでした。姉が目を覚ましたら真っ先に怒られるのおれですね。迷える人を教え導く教会の信徒が、人を欺き騙すだなんて…。」



 終わったことをぐだぐだ言うのも言われるのもなんだかな…。

 彼女のことに関しては融通が利かない性質だと自覚はあるが。ふう、と息をつきながら、落ち込んだ様子のムッシェルのつむじを見下ろした。深く項垂れて「神官失格です…」とぼやく姿からは偽りを感じない。



「なぜ呪われた。」



 聖女なんだろう。言葉少なく問う。どのような意味であれ、聖女の肩書きを手にする乙女なのだから、大抵の闇魔法を弾ける膜があるはずだ。



「お、お詳しいのですね。やはり聖なる乙女の従者の方だから、でしょうか…?」



 従者ではなく幼馴染である。

 ゼノとサクラの関係はともかく、幼馴染である事実はどちらの世界でも変わらないし。ゼノが聖女に関する知識にやや詳しいのもさておき、―――便宜上、前の、と称するが―――前の世界で情報を知ったからなので。言ったところで無駄なような気もするから流した。そもそも説明できるような事象でもない。

 何はともあれ、グラオベンの方から話してくれると言うのであれば聞くだけ聞く。彼女は途中で放り出すような性格ではないから、不服ではあるけれど手伝う方向で。薬師として、薬を生成する手を止めぬままに耳を傾けた。



「その、…こ、恋……っ…に関係する呪いは……運命の女神ファタリテートさまが唯一干渉できないものなので、弾けなかったのです。」



 恋の? ああ、ラ・シェルタの世界観らしいと言えばらしい。主体となるのは乙女ゲームの要素であるはずなので、冒険アクションにありがちなシリアスな展開も「恋」の言葉がするりと出てくると安心できる。

 修羅場、と意味では顔をしかめたくなるのだけれど。



「姉も結婚の敵年齢ちょっとすぎたかな? ぐらいの年頃なんですが、お見合い相手を悉く振り続けてて……。」



 結婚活動中のグラオベン姉は選り好みが激しく、今の今までお眼鏡に叶った異性と出会うことが出来ずに婚約すらお断りしてきた。それはただの選り好みではなく、ある意味では、『グラオベン』らしいーーー信仰心の深い聖女らしい理由があったのだ。

 エルフと人間族の架け橋であるグラオベンは子孫を残すことこそ最重要な義務である為、大昔の祖先が貴族の位を賜った。平和の象徴。その証として子どもを捧げよ。そんな王命による一方的な結婚を繰り返してきた歴史を持つ。

 グラオベン姉もまた、政治のコマとして誰かに嫁ぐのだろうと女神に祈りを捧げる夜のことだった。姉弟の心に運命の女神ファタリテートが神託を下したのだ。

 最初のグラオベンのように『運命の出会い』を望むファタリテートの意向とは異なる方向で子孫繫栄を行ってきた。それでは女神ファタリテートの名を傷つけるも同然であり、運命を司る女神としての名を損なう行為である。



「おれたち姉弟に、ファタリテートさまは仰って下さりました。」




―――在りし日の人の子のように、



―――魂が揺さぶられるほどに存在を感じる己が運命を探せ。



―――でなくては加護を与えた意味はなし。



―――グラオベンに、我が寵愛を与える価値無しや。



―――我が目を欺く者なれば、娯楽の神を信仰せよ。



―――我が耳をざわめかせる者なれば、旅の神を信仰せよ。



―――我が声を疑うなれば、音の神を信仰せよ。



―――さすれば相応しき在り様になろうぞ。



―――ただ息をするだけで、我が加護()を受けたグラオベンの運命は傾く。



―――そのように加護を与えた(愛した)




 おそらく苛立ちは最高潮に達しており、死を運ぶ女神としての一面をのぞかせる。夢の中で出会った女神ファタリテートが身にまとう衣装は、普段拝謁いただける薄い桃色ではなく濃厚な紫色だった。

 そんな女神からの神託(警告)に驚愕した。今までそのあたりのお咎めをされたことがなかったのは、ただ見守っていただけ。政治的な結婚を今一度行えば、実質の見捨てる宣言のようなそれを受けたグラオベン姉弟は震え上がった。

 今までグラオベン一族が行った子孫繫栄は、運命の女神ファタリテートの意向に沿わぬものであっただけでも極刑ものである。王家に操られる形で結婚を繰り返した歴史はかえることは出来ず、事実として今の姉弟に引き継がれていた。ならば、今のグラオベンが出来るのは女神ファタリテートの意向に沿えるように、王命を神託で拒むことだ。



「先ほど姉が結婚適年齢であることはお話しましたよね…。」



 結婚適年齢であることは。……ああ、なるほど。

 王命で受けるお見合いの写真やお見合いパーティーへの参加。それらは神聖国グリツィーニエで生活する貴族は拒むことは不可能である。グラオベン姉も貴族の身分があるゆえに、参加はしたものの「運命」を感じることはなかった。だからこそ、あらゆる子息から声が掛かっても定型文のようにお断りし続けた。神聖国グリツィーニエに属する王族・貴族から日々送り続けられる上辺ばかりの婚約申し込みをキッパリ拒んだ。

 たとえ、そんなつもりはなかったとしても、結果として聖女の地位につく女性に拒まれた子息たちはプライドも名声もズタズタに傷つけられてしまった。貴族社会とは、そんな魔の巣窟なのだと震えながらグラオベン弟は語る。

 子息の家族やそんな彼らを慕う令嬢たち。グラオベン伝承を知らぬ人々からの、混沌とした状況を楽しむような瞳とウワサ話。否定しようにも人々の間で薄まってしまった信仰心のまま「運命の人に結ばれること」こそが、グラオベン家に与えられた女神ファタリテートの寵愛であると証明は出来ない。

 いっそのこと証明のために加護の剥奪を願おうとも考えてしまったことはあるけれど、グラオベン家にとって女神ファタリテートは第二の母。親不孝にも程がある。自分たちのために今まで見守って来てくれた母に「保身のために一瞬だけでも見限って、また愛情をくれ」などと口が裂けても言えなかった。

 結果として、とっくの昔にデビュタント(社交界入り)を終えて聖女として活動しているグラオベン姉が人々からの誹謗中傷を一身に受け取り、それすらも呪詛の種であると気づけぬまま今に至る。



「…恨みが募った結果、姉は呪われてしまったのです。」



 呪詛であることは判明しており、解呪の方法はその呪詛の大本となる術者の戦意喪失。最も簡単かつ迅速に事を済ませられるのは、生命力の剝奪。……すなわち、死を与えることなのだが。



「如何なるヒトであれ、更生の機会(チャンス)は与えられるべきですから。」

「……ああ、二度目に合わせる地獄(それには)同意する。」



 明らかに発音が違ったけれど、ムッシェル・グラオベンは気づかなかった。ゼノから与えられた初めての共感に興奮して気づけなかったのだろう。今のはうっかりたまたま本音が口からまろび出てしまっただけなので、そのまま気づかないでいてほしいところだ。


 義務を果たす意思はあっても、結婚適年齢の娘息子たちの恋模様はそうっとしておいてもらえないなんて貴族社会は面倒なのだな。

 羨むようなところなんて見当たらなかったけれど、なんで貴族社会を羨むのだろう。しがらみだらけで動きにくそうで、ゼノはあまり好きにはなれなかった。何処でそんな世界の場面を覗き見たのかと言うと、冒険者ギルドで、である。

 冒険者ギルドでランクを上げて最高位のランクに到達すると場面に応じて王族と同等の権限を与えられるシステムがある。「きっとすぐですよ。」とひそひそ話で教えられたシステムの利用は、受付嬢の言うように“すぐ”利用できるようになるはずだ。

 ランクアップを迅速に行えるように行動したのだから当然と言えば当然のこと。だから、小さな粗相で足元をすくわれぬよう、低ランク時代の期待を寄せる冒険者たちにちょっと早くマナーや貴族社会の裏事情を教わることは不思議からぬことだった。

 高ランク冒険者はいつだって不足しているので。



(運命、なァ……)



 ラ・シェルタとは、運命の輪を意味する言葉である。運命を輪として紡ぎ合わせ、新たな物語をつくりだす。冒険アクションのファンタジーライフ。

 世界スピラで「運命」の言葉は容易く耳に出来るわりには、「運命の相手」と結ばれたと言う存在は希少。見当たらなさすぎるお相手は、おそらくプレイヤーの好感度・親密度・恋心で振り分けられるそれに当てはまるのだろうな。乙女ゲームとしてのフラグ回収は、度々あるようだ。

 美人が相手で心躍るようで、彼女の安否を前にそんなもの(・・・・・)扱い。自分でもこんなに分かりやすい奴だっただろうかと思うほど、今のゼノは分かりやすかった。……当社比だけれど(雪野と比べて)

 思えば雪野もまたポーカーフェイスの使い手である。それが無表情ではなかっただけで、表情を繕うのは我が事ながら上手かった。笑顔は威嚇であると認識した上で、実の親にすらニコニコとあえて歯を見せて笑う姿は鬼畜である。アレ顔がぼんやり。輪郭をなぞるように浮かべてみても、人間の親の顔はなく別人の顔が浮かぶ。

 ゼノ・ルプスの両親だろうか。気が強そうで、優しそうで、自由な感じがする。記憶の中の雪野も「ああ、わたしの両親だ。」と思った辺りで雪野としての魂が引っ張られたことを自覚した。……そもそも世界が違うだろうが。

 感覚としては、雪野の魂とゼノの魂がひとつの身体に同居するーーーのではなく、前世()は雪野という人の子で、今世()はゼノ・ルプスという獣の子。……所謂、記憶を持ったまま転生した、という感覚が近いのだろうなと思う。当然のことながら転生したこと(そんな体験)なんてないので、あくまでも想像することしか出来ないのだが。

 まあ、“案内人”を仲間に加えた……ぐらいの認識でいておこうか。彼女のもとへたどり着くにはあらゆる条件を突破する必要があるだろうし、何よりも……聖女を呪った連中の顔は一度だけでも拝んでおきたい。王太子の考えはさっぱりわからんが、仲間の様子からサクラの為人を見ろと言うのなら、ゼノならば「ついでに餌になってこい」とも思うから。

 怪しい影、ムッシェル・グラオベン以外にも見かけたし。…あとは騎士の影も。きっと、ただ清いというだけではいられない。そう言うことなのだろう。



「行動をともにする。」

「えっ!? あ、っえっと、よろしくお願いいたします!」



 なら、王太子とムッシェルも幼馴染関係にあると言うのなら。しばらくは守ってやらんこともなくもない。大切な存在であることは分かるのだ。それでも、ゼノが守るべき第一は、比べるまでもなくサクラなのだけれど。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の17日

メイン:剣術士Level.12   サ ブ:拳術士Level.6

生 産:薬師Level.43↑

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