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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
27/29

27.国が建つに至るまで。

 銀灰色の柔らかそうな髪がふわふわと揺れる。トップの立ち上がりや襟足の毛流れが狼のようだ、と思ったところで己の頭部で主張する獣の耳が、そう言えば狼なのだったと認識を改めさせられた。

 疾風の如き素早さで瞬きの間に消えたり現れたりを繰り返すうちに空は薄暗くなり、冒険者ギルドから帰路につく人々も多く、目に見えて気配は減っていく。その中から“一定距離を俄然と保ち続ける気配”を探るのは獣人族にとっては安易に出来てしまうことで。

 ゼノが宿をとって温かな室内でほくほくと一晩を過ごす中、外でしとしとと春の冷え込む風に当てられる哀れな存在に気づき、溜息ひとつ。まだ彼女を人質にとるような真似をした連中を許せる気はしないが、それはそれ。これはこれ。今は混乱気味でなかなか出ていないが、本来は世話焼きな性格なのだ。ゼノは。

 彼女が居たならきっと同じことをしただろうな、と思って男の背後に忍び立つ。ぶつぶつと現在の境遇を憂うような愚痴は憐れみをさらに誘った。ウソだろ、この距離で気づかねぇのかよ。……かわいそ。

 戦士としての意識が強く出るからか、あわれみを感じる部分が変わってしまった。雨風をしのげるような場所での監視でなく、槍が降ろうが矢が降ろうが監視を全うするつもりの姿勢を見せるのは好ましかったが。結構な距離を詰められて未だ気づけぬままひとり自分の世界に飛び込んでしまうのは、致命的に偵察をするに不向きだった。



「一体おれが何をしたって言うんですかでんかぁ……あの犬族を見張れって絶対に犬族じゃありませんよ犬族が平伏するようなお方が犬族なわけないじゃないですかご自分で一度でも見てみたらいいんですそしたらおれの苦労もわかってくれ……る……ひ、っえ!?」



 やっとか。自分がお仕えする主人に対して何やら不敬極まりない発言のオンパレードだったような気もするが、ゼノには関係のないことだ。

 ようやく自分を見た男の瞳を、屈んだ姿勢のままじっと見つめる。まるまると見開かれた瞳は驚愕であふれており、見つからない自身でもあったのだろう。獣人族を相手に認識を改める機会が出来て良かったな。皮肉まじりに無言のまま硬直した男の首根っこを掴み、猫をつまみ上げるような形でぶらりと宙に足を浮かばせる。

 まだ再起動しないのか。もう動き出してもいい頃合いだろうに。

 驚きのショックを引きずっているようで、ぽかんと間抜けな表情をしたまま硬直状態の男を持ち運ぶと曲者ぞろいの冒険者たちを相手取ってきた宿主ですら「おや?」と目を丸くしていた。



「あの、ええっと、……お連れ様でしょうか?」

「……そうだ。」



 沈黙ののち、ゼノは肯定した。

 ゼノを監視するために派遣されたであろう、外で不審者になりきる哀れな男である。そもそも見え見えなんだから、とっとと観念して宿屋で宿泊してしまえ。隣の部屋を借りて隣接する部屋から音を盗み聞きするでもーーー推奨するわけではなかったが、彼女が戻ってきたときの心情に掛かる負担を軽くするためにも、あまりにもじろじろとした眼差しが鬱陶しくなってきたストレス軽減のためにも、目に見える範囲に置くことにしたのだ。

 報告内容もより緻密なものになるだろうし、彼女と合流するタイミングを早めるにも男を利用するのが丁度良かった。薬師としてのレベルを上げてもマップが表記されなかったことを考えると、彼らのもとへ行くには特定の条件が揃わなくてはならないのだろう。

 解呪薬を作った辺りで男の気配が歓喜のものに染まったから御所望の品はそれだ。サクラの手を借りたくなるのも、彼女の初期ポイントのほとんどを利用して習得した『祈り』スキルが『解呪』の役割を果たすからだろう。

 毎日の日課として祈りを忘れるなと忠告した甲斐もあって、彼女の神聖な力は微々たるものであれど、日々増え続けている。祈る際に手を組んで力を込めるから、その際に手のひらにでも『祈り』の力が宿りでもしたのだろう。

 その癒しを宿した手で、手厚く看病を受けたのだから『運命の聖女』とやらの容体がやや緩和するのも不思議からぬことだ。



「ハッ!?」



 男が意識を取り戻した頃には、ゼノが湯浴みを終えてからの頃だった。日は沈み、完全に夜の世界が空を支配する。人々の意識は眠りの世界に旅立ち、ゆるやかな静寂と夜の動物たちの息遣いが響く。

 恐る恐ると言った態度で逃げ腰になる男は、すぐさま両膝を床に打ち付けるようにして手のひらを膝前に添えた。ゴチン、と痛々しい音を立てながらぶつけられる額は床の上。子ウサギのように震える身体のまま「お命と情報だけは勘弁を!」と叫んだ男の頭上に、すかさず拳を振り下ろしたくなったのは此処だけの秘密である。

 顔の横を指で突き、意識をゼノの瞳に向かわせたところで窓の外を指す。困惑したような男は「窓から飛び降りろってことですか!? あれ窓!?」と混乱のままに騒ぐ。

 室内に入ってきたことすら気づかなかったようだ。それはそれでどうなのか。本当に監視としてゼノに付けられるだけのことはある人物なのだろうかと疑問を抱きながら、ある程度の硬直タイムはあるだろうなと思って、宿主に先んじて用意してもらっておいた彼お手製のサンドウィッチを小さな丸机に置く。



「あ、あの……?」



 並べられたサンドウィッチは一人分にプラスして一個。わざわざ余分に追加してもらった一個を手に取って、当たり前のように咀嚼して男を一見する。一応の毒見だが、何故だか口を開く気にはなれなくて無言のまま見つめた。

 あ、と震える手でサンドウィッチに手を伸ばした男は丸机の前に置かれた椅子に腰かけ、おずおずと遅めの食事を取り始める。…それでいい。

 “今のところは”男からサクラの情報を聞き出すつもりもないので、一貫して無関心を……貫くと人間族は悲しくなるのだったか? 雪野の頃も似たようなことをして彼女に叱られたことがある。どうでもいい人間相手に無関心な態度をとられたってどうでもいいからなにも思うことはないんだが、彼女曰く、そう言うことではないらしい。

 気まぐれに宿泊する部屋を用意して食事を取らせはしたが、…うーん。彼女を誘拐した一味の仲間が相手なら激情を抱えてしまうから雪野ですら放置するな。

 胸の前で十字を切り祈るように手を握る。ギュッと込められた拳からやわやわと力がほどけて、男は緊張した面立ちでゼノを見つめて言った。



「…美味しかったです。ファタリテートの巡りに感謝を。」

「……遠くからじろじろと見られるのは不快だ。」

「や、やはりお分かりでしたか。」

「何かあるなら隣の部屋を尋ねろ。」



 ズバッと会話をぶった切るよう一方的に言い放ち、ゼノは窓枠から腰を上げる。ああ、と名残惜しむような悲鳴を聞き、思わず視線を向けると男は初めて意識を覚醒させたときのように流れるような土下座をかました。



「か、かのお方は悪くないのです。おれが彼女の力を見抜き、依頼書は看病でと押し通してしまったのです!」



 男の言う、かのお方とやらはサクラから紹介を受けた王太子殿下のことだろう。ぺらりと薄っぺらな冒険者カードを手遊びながら、詳細を聞く姿勢を見せる。不当な依頼書を作成してそれを受注させたのは、この見るからに気弱そうな男だと言うのか。…言うのだろうな。彼女はどんなときでも誰かを助けることを義務付けられて育ったのだから。

 持てる者こそ与えよ。ノブレス・オブリージュ。最高峰の権力者の御令嬢であった照美と同化したサクラも、また、治癒魔法が人よりも抜きんでたことで回復やら看病やらに関することでは、与える者側に立ってきたのだから。

 己の私財を投げうってまで慈善活動を行う彼女たちの在り方は、ともすれば史実に刻まれる聖女のようだとすら思ったことがある。改革させるための政策を練る姿を間近で見て育ったからと言うけれど、見て育っただけではそうはならない。助けることは当たり前。だって力があるのだから。なんて思えるのは、彼女のヒトトナリが見て取れる発言だ。

 傲慢だと吐き捨てられることもあったが、ゼノも雪野も彼女の言葉には同意見である。だからこそ、ゼノも雪野も彼女を守り側に立てる力を欲したのだ。


 男は「ムッシェル」と名乗った。なるほど、言われてみればすぐさま身を縮こま世てしまう姿は貝のようにも見える。びくびくと一ミリたりとも変わることのない顔色を伺う姿は、まるで小動物を連想させるのだからなんとも言えない。

 雪野だった頃ならば、手本としたであろう濡れ細った子犬のような表情には、ああきっと彼女は断れなかったんだろうなあと気がしてくる。もう分かった。此れで怒ったらわたしに怒らなくてはならなくなるから不毛な感情はそっと捨てておく。



「おれの生家……ええっと、グラオベン家は、聖ファタリテート教会を立ち上げた“神々を信じる一族”なんです。

 だから神々のお声を賜ることの出来る聖女さまをお見つけし、聖ファタリテート教会へとお迎えし、お仕えすることを宿命として邁進して参りました。それが、運命の女神ファタリテートさまから与えられたグラオベン家の唯一無二の使命だからです。」



 聖ファタリテート教会の歴史は神聖国グリツィーニエの建国当初から為る。

 かつて第七の大陸・グリツィーニエ大陸は、瘴気を緩和する藤の花が咲き乱れる美しき土地であった。鬱蒼と生え渡る木々の木漏れ日から差し込む太陽の恵みを受けて生活を営む。そんな妖精族たちだけの名もなき楽園こそが、在りし日の神聖国グリツィーニエの原となった森である。

 初代グラオベンは、その森の近くで木こりを生業とする人間族の一家の息子だ。その家で生まれた健康的な子どもは男ひとりだけで、年老いて生まれた子どもを抱えて子育てをするなど老夫婦には困難なことだった。痩せ細った子どもの姿は、森で久遠の時を生きる妖精族たちには不憫でならなかったのだろう。森の守護者である彼らは、その種族柄ゆえの長寿で子宝には恵まれにくいから総じて子ども好きなのだ。

 健康的に生まれながら不健康に育った子どもと、その親である老夫婦を引き取った妖精族は自分たちの里へ連れて行った。エルフの里だった。布ではなく大きな葉を不格好に紡いで作られた服を纏った美男美女の園では、人間族はとても目立った。あまり馴染めなかった彼らのことを思ってか、引き取ったエルフの夫婦は一つの約束を取り付ける。

 子どもであるが故に虐げられることはなかったけれど、時間の問題だろう。それほどまでにエルフと人間の間で生まれた溝は深かった。

 人間族の傲慢さに森を焼かれてきた彼らはグラオベンが大人になる頃に、里から追放すると誓約を結んだのだ。



(身の上話……?)



 一体何が始まったのだろう、と思ってみれば何故だか神聖国グリツィーニエの建国神話を語られる。

 結んだ誓約通り、グラオベンが大人になった頃に彼の一家は追放される。森の外へと放り出されて美しき藤の木々を抜けた大地へ。

 エルフの里を模倣するように、グラオベンは人が住めるような環境作りを行った。小さな村からはじまり、それなりの人が住みつくようになってからはエルフの里と商いのやり取りをするようになった。商売の発展に伴い、エルフには布で作られた衣装の文明が、人間族には階級制度の文化が生じる。

 人間とエルフの架け橋であるグラオベンに恋をしたエルフの少女は、それぞれの同胞たちの手を借りて縁を結び、やがて彼の子どもを身籠る。同胞を妻として迎えたことでグラオベンは、人間の中で初めて異種族と契りを誓った人間として語られることになった。

 人間とエルフの夫婦を誕生させた乙女の同胞は里の長で、グラオベンの同胞は村の長である。生まれ来る子どものために今後グラオベンの名が世にある限り、双方を尊重して生活を営む旨の誓約を結ぶ。

 グラオベン夫婦―――平和の象徴を守るために人の長は国を造り、エルフの長は己らの神へ懇願し赦しを得て人の街に教会を立てることにした。



「誓約を守るために人の王は大地の名を国に頂くことにしたのです。」



 それが、神聖国グリツィーニエの建国神話。何処に神の要素が? と疑問は聞き慣れたものなのだろう。先まわるようにしてムッシェルは言った。



「その言葉が、すべて神の啓示(神託)だったんです。初代グラオベンがエルフの保護を受けられたのは、女神さまのお導きがあったからだとエルフの方が教えてくださったので、おれは真実を知ることが出来ました。

 今お伝えしたことはほとんど神の登場はありませんが、一つだけ目に見える御加護を運命の女神ファタリテートさまはお与えくださりました。」



 グラオベンの名を継ぐ者に神の声を聴く耳を与える約束を、神がなさった。噓偽りを必要としないから神々の言葉に人の世で蔓延るそれらは存在しない。運命の女神ファタリテートが神の声を聴くことの出来る力を与えると言ったので、神聖国グリツィーニエは神の加護を得た国として繁栄した。



「なので、神聖国グリツィーニエ建国神話になるのです。」



 ムッシェル・グラオベンは、言葉をそう締めくくった。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の16日

メイン:剣術士Level.12↑   サ ブ:拳術士Level.6↑

生 産:薬師Level.42↑

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