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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
26/29

26.まもりかた。

 半ばサクラを人質にとられたような状況のゼノは考えた。

 今のまま薬師のレベルを上げて役立てるものを作れたとしても、彼女のような性善説を唱えられるような“オキレイな感性”はとっくの昔に放り捨てたも同然のものである。サクラさえ身も心も……何もかもが無事であればそれで良しとするが、少しでも傷つけられりゃ暴走モン。一ミリどころか一ミクロンも許すわけがなかろうなのだ。


 そんなわけで。


 奇しくも雪野と同じ思考回路を巡らせてしまうのは、器はともかくとして、肉体が内包する“魂が同じもの”であるが故だろうか。

 再び彼女のお人好しな部分と内気な部分を利用するような輩が現れる前に、一気に叩きのめせるだけの『名声』を手に入れてしまおうと思い至ったのである。雪野であった頃の主張は、「富あれば流れを作り、名声あらば人も動き、権力あれば誰もが平伏す! すなわちパワー・イズ・パワー。力こそ全て。」と言った弱肉強食説を激しく語った。その内容は獣人族に伝わる風習と何ら変わりなく、納得すら出来るものだ。


 富(金銭)はそれなりに稼げたとは言え、残りの名声や権力に関しては地道に冒険者ギルドでランク上げをするほかない。

 ゼノが先にランクを上げ過ぎては彼女が億劫な気持ちになってしまうだろうと思って遠慮したスロースタートプレイは、彼女の許可を得てサクラの身柄の安全を確保ために風を切るように目まぐるしく動き回る迅速プレイに切り替わった。

 その間、初手の交流でセクシャルハラスメントをぶちかましたプファイフェ率いる愉快な仲間たちと遭遇することもあったが、持ち前の素早さで全力回避する。一秒でもプファイフェのために割くのは惜しかったと供述しており、事実として、16歳を迎える年頃のゼノには精神的な余裕はなかった。一刻も早く彼女の無事を確認したかったのだ。


 ゼノが受注したクエストにもサクラの緊急クエストの気配が匂わせられた。

 聖女の容体を危惧した貴族たちがコゾってポーションを買い占め、神聖国グリツィーニエの物価は値上がりしてしまった。

 街中の薬師たちは日銭を稼ぐためにはポーションを売らねばならず、かと言って目玉商品となるポーションを作るのに必要な素材は物価高の影響で買えぬまま悪循環をたどる。冒険者ギルドで「ポーションを卸せ」と依頼を出すのは、市民や冒険者たちに行き渡らなくなった現状を憂う冒険者ギルドを運営するギルドマスターであった。

 太陽の如き脳天をさらす筋骨隆々な男は、その見た目に反して繊細な気配りを見せる。防音のバンダナを外したまま生活するゼノに驚愕しながら大きな声を下げ、人々の営みにやや協力的(ポーション納品)な姿勢をみせると、大助かりだと静かな声で言った。

 そんなわけで神聖国グリツィーニエの街中に点在する薬師たちのところへ冒険者ギルドから報酬が支払われることを前提にポーションを納品する簡単なお仕事はバッチリである。薬師として『納品クエスト』で多くのポーションを納品してきたので、実際に納品したゼノ・ルプス(単体)の名声はそれなりに上がった。

 彼女を迎えに行くにはまだまだランクが低かったが、名声だけで言えば「憧れの冒険者」と名があがる程度には浸透してきた。新人だが。

 猛スピードで冒険者としての知名度を上げるゼノは腰を落ち着けて作業することがあまりなかった。さて、効率的に薬師としてのレベルをあげながらクエストの受注と達成を繰り返せるものは他にもあるだろうか。



「狼の坊っちゃん。呼び止めちまってすまねぇな。…もしよければ、門番の詰所に気つけ薬の納品もしちゃくれねぇか?」

「……?」



 獣人族としての習慣が前に出て、人間族だった頃の習慣を感じられなくなった。「なぜ?」と無表情ながらに首を傾げる姿は年齢相応と言えるだろう。

 獣の戦士―――すなわち、獣人族は夜通しでも眠気も気絶もしない。生まれながらにして戦士の彼らにとってそれらは敵前逃亡と変わらないものとして扱う。それらに屈する者は未熟なものとして認識を受け、克服するまでは成人として認めることは出来ず、老年となってもそれらに負けるものは庇護下に在るべきと定められるのだ。

 また、ほかの要素で言えばゼノ・ルプスの種族は特別なものだった。灰狼族は昼間に2時間の睡眠をとって、残りの時間を活動する。階位第一位の名は伊達ではなく、少なく見えるそれで十分な休息を取ることが出来る身体をしていた。

 その種族柄、世界スピラで生活を送ってきたゼノもまた「睡眠」や「気絶」と言ったものに耐性も強く、気つけ薬の世話になったことなど一度もないのだ。



「人間は弱ぇもんだからよ。」



 つるりとした頭に触れながらギルドマスターは当たり前のように言った。

 ゼノの質問に対しての答えにならなかったが、雪野の理解に対しての答えになった。…そう言われてみればそうだった、ぐらいの認識だ。


 どんなものかと質問してから『無表情』で変わることのないはずのパッシブも上回る嫌悪感が湧きあがって思わず顔をしかめる。冒険者ギルドで待機する獣人族たちから送られる批難の眼差しを受け止めながら、ギルドマスターは腕利きの薬師からの返事を待つ。

 眉間に刻まれたシワはゼノ・ルプスが獣人族であるならば当然の抗議であり、長きに渡る無言の時間は葛藤の証。とうとう不機嫌さを隠さずに息をつきながら腕を組んで俯く。

 彼女ならば即決するのだろうなとぼんやり思う。…受けるにしても気持ちが乗り気になってくれない。届けるまでの距離もまた、気つけ薬を持って歩くことに他ならないからだ。

 『調合』した薬品を保存する瓶は素材の一つだし、『防臭』効果を付与した瓶を大量に購入するにはその報酬で得られる内容では割に合わなかった。なんとか防臭出来れば、と思ったが手持ちにそのような効果の素材も装備もない。

 不機嫌に身体の後ろで尻尾が揺れる。腰布の隙間から見え隠れするほど大きく揺れるそれと周囲からの獣人族たちの眼差しが更なる零度へ近づくのに気づき、ギルドマスターは表情を引きつらせながら「無理にとは言わねぇ…!」と慌てて弁明。……したと同時に、嗅覚が地獄を見る覚悟をするべきなのだろうとゼノの覚悟も決まる。



「運搬は」

「へ、ヘイッ!」

「……あんたがやれ。」

「それはそうよ! 獣人族(アタシら)の嗅覚なめんなってーの!」

「そうだそうだ!」



 ギルドマスターの逃げ道を塞ぐように、若者の決意で野次が飛んだ。

 素材からは激臭はしなかったのに、『調合』でちょっと手を加えると嗅覚がツンとするようになると聞き、防音のバンダナを装着した。野次も大きくなってくる。プファイフェが言った通り高位の獣人族の中では比較的に温厚な方ではあるけれど、もとは短気なのだ。

 名声を一定値高めたおかげで知らしめられたはずだし、もう防音を被ってもいいだろう。彼女を害せば灰狼族の若者が暴れるぞ、の意を表明することで抑止力となっていたのだ。

 冒険者ギルドのマスターを運搬役と定めたおかげで、ギルドの調合室を使わせてもらえることになったのは幸いと言えるのだろう。種族柄の嗅覚も相まって、時間が掛かったとしても言い訳できるし、作業を見られることもない。ガンガンレベル上げしつつ、他の納品クエストを持って来させることにした。新人冒険者の身でありながらギルドマスターを顎で使ったのは、何処の冒険者ギルドを探してもきっとゼノ・ルプスだけだろう。

 何処か委縮した様子で持って来られた依頼書を見下ろしながら手持ちの素材から調合回数を計算する。残りの素材の数から弾き出した回数ほど受注することを依頼書に明記し、調合室に引き篭もった。


 一つ言うならば。


 夕暮れまで調合室を占領した―――利用者数ゼロだった―――ゼノはぐらぐらと歪む視界で睨みつけるようにして唸った。ゼノを監視する王太子の手先に向かって。



「弱点などと思わないことだ。」



 調合室の換気を行ってから室外に出ると、その温度差と言うべきか湿度の差と言うべきか視界が歪み、それを嗅覚によるダメージを受けたのだと勘違いしたであろうギルドマスターへの訂正として発言のつもりだった。

 嗅覚体制を最大値まで引っ張り上げたおかげでダメージは通らなかったが、精神的に感じるぞわぞわと全身を虫が這いずり回るかのような嫌悪は止まらなかったのだけれども、弱点と言えば弱点ともなるそれを、そのままにしておくつもりもない。引き篭もった空間で嗅覚を慣らすために換気もせずに薬を『調合』し続けたのだ。


 嫌悪感は湧きあがっても、ただそれだけ。


 そのレベルに到達するまで永遠と「気つけ薬」を生成する作業はある意味では苦痛だった。嫌なものを克服するために、嫌なものをつくるのが得意となるのはゼノの中ではわりとよくあることだ。

 引きつった表情で「あんなこと申しておりますけど…」と困惑しきったギルドマスターの視線を受けた鳥族は「第一の方ですから。」と当たり前のように言葉を返した。獣人族は、階位で可能な範囲を見定めるのだ。


 ラ・シェルタで階位の第一位に君臨する獣人族は、お察しの通り「狼族」である。大抵の不可能を可能に変換する神話を持つのは、神獣フェンリルだった。

 ラ・シェルタで語られるフェンリルは地球で語られるフェンリルとは異なり、白銀の狼と黒鋼の狼の間に誕生した半血。すなわち、後の「灰狼族」と呼ばれるそれを指す。

 ある特定の条件を満たすと選んだ種族ごとに振り分けられた上位種に進化することが出来るシステムがある。獣人族は、その上位種を各動物の神話と結び付けて推測可能とした。その最たる例は、世界創造に手を貸したと云うフェンリルの存在だろう。

 なら誰もが狼を選んだのでは、と疑問は雪野も当然抱き確認した。写し身をつくる前に、まずプレイヤーの情報スキャンが行われる。スキャンで得た情報をもとに写し身のデフォルトが確定するのだが、同時に、“生まれ持った素質”も当てはめられてしまうのだ。

 雪野は最初からたくさんの動物が表示されたし、選択出来るものとして認識していたが、ほかのプレイヤーには「プレイヤーに合った」種族のみが表示される。「猫耳いいなあ。」とぼやきが多く見られたのは犬族を選ぶしかなかったプレイヤーの嘆き。すなわち、そう言うことだった。

 どうして“わたし”にはたくさん見えたのか。悪魔族や妖精族を見ても一つのほかに種類があるはずなのに何も選択肢がなかったことから、単純に“わたし”には獣人族に適性があったのだろう。そう思うと、ある意味ではなるべきして為ったとも言える。…今の肉体がありのままの自分で在るとすら錯覚を覚えるほどに。


 “今は”深くは考えるな。そんなものはあとでも充分考えられることだ。

 ぐんと落ち込んだ精神状態を自覚し、自分を叱咤する。

 ところでものすごく話は変わるのだけれど、サクラを連れ去った王太子が必要とする薬はもしかして「解呪薬」のことだろうか。だとしたら彼女の解放のためには、事件解決―――呪いの根源を断つ必要が出てきた。


 やはり初心者らしく街中の探索から行うべきだったのだろうか。

 聖女の噂からしらみつぶしに原因を探そうにも、そもそも『運命の聖女』のことを露ほど知らなかったことに気づく。その患者の居場所へ招き入れてもらって実際に確認しないことには対策も何もない。

 神聖国グリツィーニエでは格好の客寄せパンダ。別名『フェンリルの末裔』―――などとも呼ばれる灰狼族は縁起が良く、教会と言った場所では更に神聖視される存在となる。あとからあとから少しずつ情報が追加されるのは、ゼノ・ルプスと雪野の意識がゆっくり、でも確かに同化しつつあるからなのだろうか。

 どちらかの意識が消えるものだとばかり思っていたけれど、うまい具合に双方の良いところをぶん取って合わさっているような気がする。元の性格はどちらも大差なかったものとして記憶が刻まれるのは、ベースがゼノ・ルプスになるからなのかもしれない。

 違和感があったら乖離して崩壊する、と漠然とそんなことを思ってしまったから。“わたし”はきっと無意識のうちに記憶や人格にセーブを掛けているのだろう。通りでキャラクタークリエイトしてるときに、迷わず容姿を決められたわけだ。

 雪野とゼノが唯一相容れなかったのは、幼馴染の幸せに対する考え方だ。雪野の「幼馴染の幸せのためならば自分が消えることも厭わない」に反対するように、ゼノは「彼女の幸せへの道に全力でサポートする」と言った思考の変化があった。喧嘩すんなよ。

 最終的に彼女を幸せにすると着地点に到達するからすぐさまエアで握手を交わしたが、補佐する者としての認識があるゼノと殲滅することに力を注いできた雪野では、そう言った相違は度々あるかもしれなかった。

 何があろうと彼女を幸せにするってことは変わらないのに、自分と敵対するって不思議な気持ちだった。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)14日(メイン:剣術士Level.11↑ サブ:拳術士Level.5↑)

◆『薬師』のレベルが上がりました。(41/100)

Level.001『ポーション』の『調合』レシピを習得しました。

とても苦く、「気つけ薬」の代わりにも使用されることがある飲み薬。

HPを小回復する。小さな傷を治療する。


Level.005『マナ・ポーション』の『調合』レシピを習得しました。

とても苦く、「気つけ薬」の代わりにも使用されることがある飲み薬。

MPを小回復する。


Level.010『気つけ薬』の『調合』レシピを習得しました。

ニオイがきつく、味も苦く、一気に精神を覚醒させる薬。近づけるだけでも目を覚ますが、一般的には飲み干させることでしばらくの「気絶」や「眠気」を遠ざける。


Level.015『解毒薬』の『調合』レシピを習得しました。

作成した『薬師』と同じレベルの毒を解毒することが出来る飲み薬。

毒は当然のことながら、麻痺・石化・魅了(媚薬)と言った効果も解除可能。


Level.020『量産(小)』の技術を習得しました。

此れにより、一回の調合で得られるアイテム数が三個に増えました。


Level.025『薬草の気持ち』のパッシブを習得しました。

此れにより、『調合』で使用する薬草の品質がワンランク上昇します。


Level.030『薬草の知識』のパッシブを習得しました。

此れにより、薬草・毒草の見分けがつくようになりました。


Level.035『ハイポーション』の『調合』レシピを習得しました。

苦味が薄く、お茶のような感覚で飲み干せる薬。

HPを中回復する。それなりの傷を治療する。


Level.040『解呪薬』の『調合』レシピを習得しました。

作成した『薬師』と同じレベルの呪いを緩和することが出来る飲み薬。

あくまでも緩和であり、完全なる解呪ではないため問題解決にはなっていない。

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