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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
23/29

23.報告は雑談で。

 ゼノ・ルプスの記憶は掘り起こせなかったのに、なんだか変な記憶を思い出してしまった気がする。微妙な気分になって立ち止まった俺の様子に首を傾げ、どうかしたのかとサクラが問うてきた。何でもない。



「そう、ですか?」



 首を傾げながらも、ゼノもサクラも。雪野も照美も。お互いに全面信頼関係にあるため、納得したようだ。

 ある程度の人形を討伐したことで、サクラのバトルスタイルも安定し始める。ゼノが攻撃を回避するタイプのタンクなので攻撃に専念しつつも、魔法で補助するスタイルを身に付けたようだった。他のメンバーでダンジョンを進む場合は、今のスタイルの合間に回復魔法を入れ込む必要があることだけは念頭に置きながら馴染ませるために連戦を繰り返す。体力を気にしながらガンガン進むと、一気に五層まで降りることが出来た。



「はふぁ……ゼノが一緒だと気持ちが楽ですね。」



 休憩無しでノンストップに進み続けてしまった。火照った身体から熱を逃がそうとサクラはパタパタと片手で顔を仰ぐ。



「もう五階層まで来ちゃいました。…先ほどの方々は何処まで進まれたのでしょうか?」



 追いつくのも夢ではないだろうかと目を輝かせる彼女には悪いが、今のペースではあの人数とメンバー構成的に遭遇することはもうないだろう。早くて十階層、遅くても八階層、九階層辺りに到達していても可笑しくはないはずだ。



「分かるんですか?」

「勘。」



 ゲーマーとして培った長年の勘である。むしろ、べつの意味でサクラの方こそ俺の言いたいことが分かったのか。口に出していなかったのに、それはそれですごい。

 美術品にうっとりする彼女を連れまわしてしまったのは俺なのだけれど、ダンジョンの中と外では体感時間が事なる。ダンジョンの中で「一日を過ごした」と感じても、外に出たら「まだ一時間しか経過していなかった」なんてこともあったと聞く。『アルテス美術館』は外の時間より10分ほど早く進むようだし、他のダンジョンならばその現象とは逆のこともあり得るだろうし、ダンジョンに突入したら迅速に外へ出ることを心掛けたいところだ。

 てなわけで。



「暗くなる前には街へ戻りたい。さっさと探すぞ」

「は、はい!」



 その後、ドロップした骨董品に喜んだり、内装から歴史を想像したり、依頼の品をドロップしたりと、様々なダンジョン要素で彼女も楽しめたようだった。




…………

……


 ほくほく顔の彼女を連れて、『紫の都グリツィーニエ』の冒険者ギルドへと帰還する。何処か満足げな表情で、彼女は熱の篭もった息をはふりとつく。



「やっぱりお外の空気はおいしいですね。」



 そうだな。無言の同意を返した。

 古木の香りが漂うダンジョンから場所は変わって、活気あふれる冒険者ギルド内部に無事帰還した。冒険者ギルドで受注した『初クエスト』だったこともあり、祝うような表情でやいのやいのと騒ぐ先輩冒険者たちに促されるがまま依頼達成の報告を行く。

 街へ戻っても興奮が抜けきらず、『アルテス美術館』にあった骨董品の数々を語った。年季から艶の入り方。結構マニアックな部分まで攻め込んだ語り部は、合間にあのダンジョンで体験したことを報告する。

 可憐な花のようでいて、自由な蝶のように跳ね上がる言葉尻に受付嬢も慈悲深い瞳をしていた。他の男性冒険者たちも、無垢な姿で喜ぶサクラを見てそわそわしている。その気持ちはとても分かる。勇敢な冒険者の女性たちもとても魅力的だが、俺の幼馴染は一段と無垢で愛らしい乙女なのだ。

 人はそれを身内贔屓と言うのだろうが、真面目にそう思う。事実、彼女は可愛い。何処までも幼馴染を全力肯定するスタイルは変わらなかった。第二の人生らしき今もそう思うのだから、きっとしんでもかわらんのだろう。

 ダンジョン内部の情報は、時にお金になる。なので、攻略済みであろうと未踏破であろうとダンジョンを攻略した実歴のある冒険者たちには“報告の義務”が生じる。ああして報告するのは、子どものような「みてみて!」と言ったアピールではなく、冒険者としての義務の一環なのだ。


 冒険者からの「ダンジョン報告」を聞くことは、冒険者ギルドの職員たちの仕事である。冒険を生業とする者たちの命綱となる情報を一つでも多く集める冒険者ギルドで働く職員たちなりの『冒険者へのサポート』の一つなのだ。

 ギルド職員たちは、受けた報告をまとめ上げて地下の酒場にある掲示板に必要最低限の情報を張り出す。そうして張り出された情報から読み取れる情報から、地下の酒場で内容を確認した冒険者たちは自分のレベルに合わせたダンジョン選択する。つまり、依頼書を選ぶときの判断材料するのだ。

 判断するための材料が多ければ多いほど冒険者たちの生存率が上がり、自由とロマンを追い求める冒険者ギルドは「若者の生存率」をあげることによって稼働を円滑に出来るという流れを作り出す。

 しかし、冒険者の中には生きるために情報を集めて売りに出すことを生業する人たちも居るため、基本的な報告は遮音空間を作り出す『魔道具』が設置して行われる。『魔道具』が発動する間は空間内の音は数メートル程度の距離には漏れず、そう言った生業の人たちは、安心してギルド職員にダンジョンの内容を話せる仕組みが作られたのだ。


 例外は一つもあらず、サクラがダンジョン内部のことを語りだした時点で受付嬢は慌てて遮音空間を作り出す『魔道具』を設置していた。

 小型のスタンド式ライトのようで、デザインは女性ウケの良さそうな可愛らしい花がモデルになっている。グリツィーニエ……藤の名に相応しく、透かしガラスを彩るのは藤の花の形だった。後付けされたのであろう装飾品もふわふわと綿あめのような見た目で、さぞかし女性の心をくすぐったのだろう。

 プライベートでの話題が主にギルドの話となるギルド職員たちにとって、遮音空間を作り出すその魔道具はなくては生きていけない大事なもののようだった。―――つまるところ、仕事でも使えるただの私物である。



「可愛らしいライトですね…」



 骨董品について熱く語っていたサクラは、ふと藤の形をした透かしガラスを見つめながらそう言った。きれい、と感嘆の息を零しながら素直に喜ぶサクラの言葉が嬉しかったのか、受付嬢も流れるようにスタンド式ライトのことを説明してくれる。サクラが「冒険者としてお金が貯まったら」と購入を検討すると旨を口にすると売り場まで教えてくれた。受付嬢の最推しは、藤の花だった。

 サクラも骨董品をたくさんドロップしたダンジョンがよっぽど楽しかったのかして、受付嬢への土産として人形のリボンを取り出した。薄っすらとした紫色のそれでライトの茎のような部分を結ぶと、さらに美しくなることだろう。「素敵ね…」とうっとりとした眼差しで息をつく受付嬢の言葉に興奮が再発したようだ。

 女性のショッピングトークを終えて、すぐさまそちら方面の話題で白熱している。『アルテス美術館』からドロップするオシャレアイテムとは。所々分からなくなると必ずサクラや受付嬢からヘルプの視線を受けるので、地図や用語の補足をしてやった。



「100匹ぐらい倒したらドロップした。」

「ペアで!?」

「いえ、ほとんどゼノが倒していたんです! わたしがやったのは、治癒と補助でした!」

「ソロで!? いや、治癒と補助って!!……そ、そうでしたか~!」



 嘘だろお前!? って顔をしていた。顔が正直な受付嬢だ。

 しかし、サクラがうきうきとした様子で語りを始めれば受付嬢の表情は次第にでれっとしたものへと変貌する。「うんうん、そうなのねぇ。」恋人や己の子どもへと向けられるのであろう甘ったるく気の緩み切った顔から、そっと目を逸らした。気持ちは分かるけど流石に見てられん。

 うら若き女性の緩み切った顔なんて流石に恋人でもあるまいし。じろじろ見過ぎては逆に失礼だろうと獣人らしくヘルプの視線を寄せられるまでは知らん顔しておいた。


 ヒマのついでに、せっかくだから持ち物整理でもしておこうか。入手した順で見るのは結構しんどい。語順か、種別順に並べ替えられないかストレージボックスを確認する。異空間でもなんとでも呼べばよかったのだが、もう頭の中では『ストレージボックス』で固定してしまった。何事も、分かりやすいのが一番である。

 和気藹々と女性特有のトークが続いているのを横目に『ストレージボックス』の中身を種別に整頓する。




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《 素材一覧 》

ホルン・ヒースヒェンの足×79

ホルン・ヒースヒェンの皮×24

ホルン・ヒースヒェンの角×93

ホルン・ヒースヒェンの肉×95

ホルン・カニーンヒェンの足×32

ホルン・カニーンヒェンの皮×61

ホルン・カニーンヒェンの角×74

ホルン・カニーンヒェンの肉×27

ゴブリンの牙×69

ゴブリンの腰布×99

ゴブリンの角×72

ゴブリンの棍棒×91

スライムの粘液×51

魔核の破片×60

春告げの雫×62

春告げの若葉×45

春告げの花弁×80

春の雑草×2,250

薬草×51

???×4


……その他、アーマイゼシリーズ、アルテス人形シリーズの素材など

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 ところどころ『眼光』スキルで情報を見抜けなかったものもあるが、以上だけでもぱっと見かなりあるって分かる。確認しながら並べ替える作業が徐々に面倒になってきた頃に顔をあげると、サクラは報告内容に満足したようだ。

 ふんす、と鼻息を荒げて目をきらきら輝かせた彼女は初めてのおつかいに成功した少女のような顔をしている。そんな彼女に最後の辺り…特に薬草辺りの整頓を適当に操作し、名前を並べ替えてみると大切なことが判明したことをコソッと教えた。

 フリューリングは春、グリツィーニエは藤、スピラはラテン語なら希望もしくは螺旋。言葉の混ざり用からまだ何かありそうだが、少なくとも『紫の都グリツィーニエ』では一つの国がモデルとなっているのだろう。



(此処はおそらくドイツを参考にした場所だ。)

(そんなこと分かるんですか?)

(音や響き方からして、間違いない。) 趣味でちょっとだけ単語を勉強したことがある。

(普段の勉強はおざなりなのに……。でも、どこか分かっただけでも有り難いです。西洋の伝統を参考にしていけば、失礼にはならないはず、ですよね?)

(俺たちの常識が通じるとは思えない。)

(で、ですよね……)



 そもそも先天的にケモミミ&ケモ尻尾を生やした人間がそこかしこに居なかったのだから辺境の出と言うことで、勉強中と言ってしまえばいいかもしれない。

 きっぱりと例題どころか分かりやす過ぎる体験談を提示しつつ小首を捻れば、サクラは肩を落としてか弱く笑った。獣人族の身体ゆえ、謎の常識を植え込まれた幼馴染(雪野)の説得力は本人の体験談なだけあって効果抜群だ。

 ゼノを幼馴染に持つサクラの常識と、平和な世界で生まれ育った照美の常識と照らし合わせても、合わない部分が必ず存在する。それでも常識が通じないというのは大変だ。

 やっぱり当初から実行中の「常識が通じないと思って行動しろ」のスタイルを崩すわけにはいかないのだろう。平和的に過ごしたいのであれば、スピラという世界の常識に合わせた行動を取るべきなのは分かるから彼女の気になるところは分かった。



「この後はどうなさる予定ですか?」



 ニコニコと微笑ましそうな受付嬢の言葉に、「もう一度アルテス美術館に潜ります!」と宣言しようとしたサクラの肩をポンと軽く叩く。その片手にはダンジョンへ潜る直前に申請した結果の通知書。もとい、博物館へのチケットがあった。



「あっ」

「知ってる。」



 忘れてたんだろう。あの興奮の仕様だったからすぐさま分かった。

 ダンジョンには何時でも潜れるが、博物館のチケットは年間パスポートを作れる特別なものだった。そのレア度に『ビギナーズ・ラック』で獲得できたと言うしかない。有効期限は今日までなので、今を逃せばあと数ヶ月は踏み入れることが出来なくなるし、年間パスポートの発行も数年後になってしまうと聞く。



「中には図書館もあるそうだ。」

「はうっ!」

「貸し出しもしてくれるそうだ。」

「あううっ!」



 本、歴史、骨董品、紙面、インク、重み、文字、文章、気持ち、香り。それらをひとまとめに「知識」として愛する彼女にはかなり魅力的な知識への切符だ。すっかりチケットに視線がくぎったけ…。

 そろりとチケットを隠すように腕を組み、不遜な態度でグッと首を傾げてみせた。無表情であるはずなのに、口の端っこは勝手に持ち上がり、眉も悪戯気に潜む。



「どうする?」

「ぴゃーーーっ!」



 だよな。それでこそ君だ。

 スンッと再び無表情に戻ったゼノだったが、しばらくは幼馴染と受付嬢が悶える姿を見つめることになったのは無理からぬことだった。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の6日(見習い剣士Level.14↑)

『地図精製』を獲得しました。『地図』で記したマップを『地図精製』で紙面に出力できるようになりました。

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