22.アルテス美術館(3)
『パーティーリーダーごとに異なる役割の方針』での衝突を避けるには、まずはパーティーを取りまとめるリーダーを決める。もしくは、見極める必要がある。
モンスターをまとめて狩りたがるパーティーリーダーなのか、堅実に各個撃破を心掛けるパーティーリーダーなのか、それとも仲間の好きなようにやらせてまとめてフォローする包容力のあるパーティーリーダーか。
それはパーティーリーダーの個性の出るものだから千種万別だが、パーティーメンバーとして「どのようなスタイルで冒険したいか」は個人の決めるべきことだった。
一度、入ったら抜け出しにくくなるのがサクラだ。
自分から言いだしたことだから、と変に意地を張ってしまうタイプなのだ。
そうならないように気を付ける必要があると、少しばかり過保護な気もするが。そうしなくては気が済まないほどの痛みを彼女は味わっている。そして、過保護であることを自覚しながらも止められないぐらいには、あの頃の彼女を支えてやれなかった過去を引きずっても居ることを自覚した。
様々なパーティーリーダーの方針を勉強し、彼女に体験させてやることも出来なくはないがゼノとしても、雪野としても、大事な幼馴染に辛辣な態度や横暴な態度はとりたくないと言うのが正直なところだ。
文章をなぞるような説明だけでも様々な文学を読み込んできた彼女であれば言いたいことを読み解いてくれるだろう。認識状態を確認しつつ、一緒に勉強して行く予定を立てる。
忘れがちだが、ヒーラーと呼ばれる回復支援型のジョブでも人によっては活動が異なる。攻撃メインだったりヒーラーの視点を確認するためだったり、助けを乞われることに悦を感じる人種だったり、多種多様なプレイスタイルがあるのだ。
彼女にとって動きやすい活動スタイルを見つけられるのが最適解だろう。そこから見つけてパーティーメンバーを編成するのも手だ。
結局のところ、そこに行きつくのだからある意味一途…。自分で言うのもなんだが。
「すごい……。映画で見たことのある廃墟になった博物館みたいです……!」
それにしても、戦闘面はともかく、知識面で彼女は生き生きとしている。怯えた表情も、不安な様子もなく、きらきらと活発的に動き回る彼女は幼馴染としてよく知る姿だ。
興味津々に装飾品に駆け寄って観察してみたり、香りを確認してみたり。けれど、彼女の知る博物館とはやはり異なるものだ。
同じように見たことのない品揃えに思わず目を奪われる。見覚えのあるようなもので少し雰囲気の異なるものだった。模様が紋様や家紋などではなく、魔法陣や魔法文字が刻み込まれていてファンタジーな印象を強くする。
『眼光』スキルによると、魔法陣や魔法文字の刻み込まれたコレは『魔道具』と言うらしく、普通の道具とは違ってそれぞれ魔法効果が組み込まれている。要は、『便利道具』のような存在なのだとか。
例えば、砂漠地帯へ旅行するときなどは『蓄えのツボ』を持って歩けば水に困ることがなくなるだとか。
蓄えのツボとは、指定範囲に水を沸かせる魔法陣を組み込まれた魔道具のこと。先の例えに出した通り、水を蓄えておくことが出来るので、水分が生死を分かつ砂漠地帯や乾燥地帯には必需品とまで言わせしめる“便利道具”なのである。
此処―――アルテス・ムゼーオの迷宮では、古めかしい骨董品の見た目をした『魔道具』がドロップするようだった。
(…ってことは衣装も魔道具なのか?)
土偶のようなモンスターやアンティークドールのようなモンスターに襲われながらも、俺たちは目当てのものを探し続ける。ドロップする宝箱の中身は、トレジャーハンターが好みそうなほど価値のあるものばかりだ。
予想は大当たりらしく、迷宮事態を鑑定すると『トレジャーハンターの穴場』であることが分かった。ただしサクラやゼノのように全体的なパラメーターが高いわけではないので、レイドボスにでも行くのではないだろうかぐらいの大型パーティーで狩るのがセオリーのようだがけれども。
「……わたしたちのような二人だけのパーティーって珍しかったんですね。さっきの人たちに驚かれちゃいました。」
ダンジョン内ですれ違った同業者(冒険者)のパーティーが驚きつつも、そうやって説明してくれた。ちなみに相手のパーティー人数は、ぱっと見24人程度。
8人パーティーが大半だとしたら、3組ほどあったことになる。一つのダンジョンで此処まで大型なパーティー構造をするのは、定期的な大型ボスが出現する『ボス迷宮』や約数十フロアにも渡る階層の深いダンジョンぐらいだ。
つまり、『アルテス・ムゼーオの迷宮』もかなりの深さがあることになる。古き美術館と名だけはあって、階層を降りるたびに歴史を感じた。もしも予想通りならば、此処は大昔にフリューリング伯爵と同盟を組んだ盟主の城だった場所だろう。冒険者ギルドにあった書物から読み解けた部分でも、軽く30層以上はある気がする。
「…予定変更だ。今回は最後まで進まず、依頼を達成した段階で街へ戻るぞ。」
「わ、わかりました」
二度と足を踏み入れないわけではないのだから、捨てられた仔猫のような眼差しで見ないでほしい。何が何でもボスを潰して永遠とダンジョン巡りをしたくなるじゃないか。
有言実行をモットーとしてきたため、やると言ったらやる。そんな自己分析を踏まえ、レイド戦と言わんばかりのパーティー構造を頭に浮かべ、思いとどまった。“今回は”と言ったので、納得してもらえる要素を付け加えるように考えを伝える。
「依頼書には、他のフロアで出没するモンスターの素材を納品するってのもあったはずだ。依頼に合わせて少しずつ階層を進んでく方が気は楽だろ。」
「はい!」
危なかった。
あやうく彼女のためにレイドボスなんざ知ったことか潰す。と、猪突猛進に走り込むところだった。
雪野だった頃は、「わたしてっちゃんのためなら、大ボスだって倒せちゃうよ!」などと豪語し、無謀にも突っ込んで行ったところだが。ゼノには“思いとどまる”という選択肢が浮かぶ程度には理性があった。
―――― キャハハハハハッ!
「はぁうっ!!!? ほ、ホラー映画でも見ている気分です」
そう言えば、アンデット系統に弱かったか。彼女は。
スプラッタも、ホラーも、苦手だった気がする。
雪野は両親から愛されていなかったわけではないが、放置されて育ってきたから、愛情に餓えていた。あの頃は恐怖を共有したら仲良くなれると何故だか思っていて、家族で見たことはあったけれど両親がイチャつく以外の収穫はなかった。その後もよくわからないけど、彼女が一緒に見てくれた。そこで彼女の弱点が露呈したわけだが。
そんな積み重ねを受けて、雪野は“彼女を害する敵”以外はどうでもいいスタンスだった。
彼女が周りと仲良くしろと言うから、頭の中を空っぽにしてクラスメイトとバカ騒ぎした。
彼女が経験するのも大事だと言うから、色々なところへ行って見聞を広めることを覚えた。
彼女が声を失くして泣くから、敵を断つ術を覚えた。
クラスメイトは「ヤンデレ」だとか、「依存」だとか言ったが。彼女が幸せであるのなら、雪野は何時だって照美から離れて行った。
それは、とてもあっさりとしたもので。異常なほどの友情愛を照美へと向けることを知るクラスメイトは、雪野へ嫉妬心を煽ってみたり、あらぬ噂を口にしてみたりしたが、雪野は決して折れなかった。
「お前らの目ん玉は洞穴か? 照美が幸せなら、友人であるわたしの気分も最高潮に決まってんだろうが。」と言って、あらぬ噂を立てた輩どもの居場所を割らせたり、排除したりしたが。まぁ、その程度。
クラスメイト達は、当たり前だと呆れていた。
意固地になってるんじゃないかと言われたこともある。だが、その都度きっぱり言い返してやったら性別のことを悔やまれた。「雪野が男ならっ!」と血の涙を飲み込みながら悔やむ少女たちを横目に男の友人たちはふと疑問を零してきた。
『なんでそこまでアイツのことを思ってやれるんだ? 俺だったら友人取られて寂しくなるけど…。』
そんな疑問に、雪野は言った。
大事な人が幸せだと魂から言うように笑った顔を見ることが出来たら、自分だって嬉しくなる現象がある。雪野にとって、照美が喜楽の感情で笑ってくれることは、雪野にとっての幸せでもあったのだ。
ちょっと大げさな言い方だったかもしれないが、しかし、クラスメイトたちに伝えたのは嘘ではない。
“照美の幸せは、雪野にとって喜び”。
“雪野の幸せは、大切な友人や仲間たちで形作られるものだ。”
『当然お前たちもその友人や仲間に含まれる。おめでたいことがあれば言え。盛大に祝ってやる。』
『お、おお…。恥ずかしげもなくそういうこと言えるのって、やっぱユッキーって感じする』
『ふふん。素直なのは、わたしの長所ですから!』
『乙ゲーの俺様も、こういう俺様タイプだったら、惚れちゃうかも……。』
『なに、プレイしてんの?』
『姉貴ゲーム下手だから………。させられてる感じです…。』
『そっち系統のジャンルはてっちゃんが得意だぞ。行き詰ったら聞きに行け。あの子なら喜んで教えてくれるぞ。』
『ううっ』
『……ちなみにわたしはライバル令嬢をオトすのが好きです。ゆるふわ系のヒロインも好きだけど、ツンデレ系も、意識高めのプライド高山も好きです。美味しく頂けます。』
『わかる』
『激しく同意する』
乙女ゲームに登場する女性たちが魅力的すぎるため興奮のまま「攻略させてくれよー!」と叫びは今や同胞を増やすばかり。異世界学園系の乙女ゲームで、ライバル令嬢ルート(そんなものはない)を好む友情は固く結ばれたのである。
お互いに見つめ合って、コクリと頷き合うのは男子友達にしか見えない。ぱっと話題を戻すように突っ伏しつつも上目がちに覗き見てきた友人は、雰囲気だけはしょぼんとさせた。
『けどさ、ユッキーはさ、ユッキーの手で幸せにしてやりたかったーとか、その場所はユッキーのものなのにーとか、思わないの?』
『そんなこと思うわけがないだろ。』
『即答の上に呆れた顔で溜息つかれた!?』
『まぁ、想定内だな。』
『寺島まで!?』
『『当たり前だろ』』
『ユッキーだぞ』
『わたしだぞ?』
丁度いい機会だ。
友人たちからクラスメイトへと視線を向け、きっぱりと宣言する。いい加減、無粋な目で見られるのはうんざりしていたところだったのだ。
聞きたいことがあるならば正面から来やがれってんですよ系なので、回りくどく永遠と付きまとわれるとストレスが溜まっていた。あくまでも“女の子友達として”照美の側に居たいのだ。
友人として、幼馴染として、確かに特別な感情を抱いていることに変わりはないが、分かりやすく言えば“親友”の領域の頂点。限界突破。まさしく、心を許すことの出来る、心を開き切った友ってわけだ。
『お前らがどうしようもねぇほど不純な目で見てきてんのは知ってるが、不愉快だ。すぐさま恋愛に持って行きたがるの、どうなんだ。』
『ひぇ』
『片っ端から恋仲って頭の中ドピンクの夢娘か。それこそ乙女ゲームでもプレイしていろ。わたしと彼女を巻き込むな。同性愛を否定する気はないが、周りが囃し立てて悪質な野次を飛ばすのは違うと思うぞ。』
『ひぃ、辛辣…だけど正論……』
『俺もユッキーに同意見だ。』
『お、おれはやじ飛ばしてたわけじゃないって! ただ友達取られるのってフツーに妬けるじゃん…? え、やけない?』
教室が沈黙した。一気に生暖かい空気が友人の一人へ注がれる。その視線の一つでもある雪野は「おうおう」と頭を軽く小突きながら激しく和んだ。
べつにお前に言ったのではなかったのだけれど、なるほどね。色恋沙汰以外だと、小さな子どものような嫉妬心もあるわけだ。確かに昔は似たような感情を抱き、大暴走もしたが、今はそうでもない。だから、温かい眼差しを向けて言ってやった。
『懐き度フルマックスの飼い主がある日突然おニューのワンワオ仲間連れ帰ってきて“今日からお前の弟か妹になる子だよ~!”って言ってきたときみたいの飼い犬みたいなことを言うじゃないか。可愛い犬だなお前。友達に“信頼できる友達”が増えるのは良いことだろ。』
『ユッキー…たとえが分かりにくいようで分かりやすいうえに、ミッシーのことナチュラルに犬扱いしてるぞ…。気持値は分からんでもないが』
『やだ、この子イケメンなんだけど……。』
『ああ、ユッキーはあの子の前以外では男前だ。』
その後、クラスメイト中に男前ナンバーワンなどと囃し立てられて気分良くなってドヤ顔したり、ノリノリになって演劇部の口説きの台本を手本に友人たちをオトしてみたりと楽しく遊んだが。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの6日(見習い剣士Level.13↑)
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