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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
20/29

20.アルテス美術館(1)

 未だにきょとんとした様子のサクラには「此処へ来るまでダンジョン潜っただろうがよ」と無言の抗議を入れた。彼女はハッとしてから頬を染めて誤魔化すように笑みを浮かべる。ドロップした素材のことなど逐一覚えていないのは当たり前だが、せめて倒した敵の特徴ぐらいは記憶していてほしいと願わずにはいられない。

 スライムのほとんどの個体は身体が酸で出来ているから接近禁止であるとか。ゴーレムは魔核を潰す必要があるから遠距離でゴリゴリ壁を削って魔核を露出させてから倒すだとか。自分の身を守るためにも。

 覚えられるまで付きっ切りで勉強してやるから頑張ろうな、と視線で訴えれば彼女はコクリと頷いた。勉強得意な彼女ならモンスター図鑑を見ながらであれば覚えられるだろう。喧嘩慣れしているわけでもあるまいし、急にバトルは無理がある。「本で見たことあります!実物は初見ですけど…」系になってしまうのは、この際仕方のないことだ。

 



「それにしても流石は都会ですよね。人で賑わっていて、噴水がある広場なんてぎゅうぎゅうです。……窮屈じゃ、ありませんか?」

「気にしなくていい。」

「……うう、せ、せっかくですし、もう一つ依頼を受けてみてもいいです?」

「……行くぞ。」

「はい!」



 たら、れば、の話をしても仕方のないことだと分かってはいても、人のざわめきが多いところへ出ると思ってしまう。“雪野だったら”大はしゃぎして掲示板を確認しまわったのだろうなだとか、酒盛りたちに話しかけに行ったのだろうなだとか。あれは一種のコミュニケーション能力の塊だったから、とかつての己をそう評価する。決して過大評価とかではなく、わりとマジで人懐っこくて好奇心旺盛なイタズラ大好きな悪ガキだったのだ。

 それが冷静沈着なワイルド狼に染めたのは、ゲームだと思ったから。性格クリエイトすることによって、現実世界が食事中でも『オートモード』でプレイを続けても違和感をなくそうと思ったのが原因である。ゲーマーであることが、“雪野”の存在を曖昧にさせるとは思いもしなかった。


 そもそも、誰もこんな状況「想定の範疇だ」とか言いやしないだろうが。


 螺旋階段を降りるとワイワイと盛り上がる酒場が広がっていた。鼻がもげそう。アルコールの香りが充満した空間で、思わず無音で呻く。

 サクラも苦手なようで片手で鼻を覆って肩を縮こまらせた。しかし、そこは種族の違い。すぐさま慣れたようで、端っこを歩きながら依頼掲示板を目指して歩き出していた。



「すみません…。わたしが受けたいって言ったばっかりに」

「…いい。まず何を耐性つけるべきか分かった。」



 嗅覚耐性はなかっただろうかとスキル項目を探しつつ、依頼にも目を通す。正直、最初は何でもやってみることが大事だと思う。特に不慣れなサクラは、依頼選びの際にはどこを注視すべきかも今から学んで行くところなのだ。

 回数を熟すことによって、彼女自身の知識を増やしてあげたい。―――様々なゲーム世界にダイブし、伝説の称号を得ている身としては初心者育成に力を入れたくなるのは無理からぬ話であった。世界スピラもとい、ラ・シェルタに関しては俺とて例外なく初心者には違いないのだが、それはそれ、これはこれである。

 似たようなシステム環境でなら、何度でも体験してきた内容だ。

 討伐でも納品でも清掃だろうがお世話だろうが、何でもこざれ。もはや慣れたもんだ。

 好きなの取れよ、と視線で訴えれば彼女も真剣に掲示板を見上げ始めた。最初の宣言通り、サクラ(彼女)に合わせるつもりだ。

 好きなことをやって、少しでも気が紛れれば尚良し。博物館、美術館、図書館、インテリ系の趣味がメインである彼女が望む場所へなら何処だって連れて行ってやるという心意気である。

 そんなだから“イケメン幼女”もとい、「彼氏にしたい学生ランキング堂々一位」に君臨していたわけだが本人のみぞ知らぬ。照美がコッソリ表を入れていたことも知らない。

 おそらく知ったら知ったで「へえ、彼氏にしたいんだ?」とニヤけながらも可愛い子ぶって「デートしよ?」とあざとく小首を傾げて博物館デートに誘うだろう。自分にとって嬉しいことをしてもらったら喜んでもらえるようなことをする。はたまた、喜んでもらえるようにサプライズ企画する。雪野とは、そういうものだ。

 記憶を掘り返してみても、ゼノと雪野が被るところはかなり多かった。

 幼馴染に喜んでほしくて内緒で山に入ったり、川に飛び込んで珍しい魚を発見したり、敵を倒したり。ファンタジーな世界線なだけあって、スピラの方が何ランクも難易度は高めではあるものの、やらかしていることはぶっちゃけ丸被りしていた。意外なところで変わらぬ人間性(せいかく)が伺えたと言えるだろう。再認識させられたとも言う。


 流石にもう幼い見た目ではないから、幼馴染の胸に突き刺さるような可愛い子ぶれはしないのだけれど。

 日頃はオラオラ俺様系であったから猫を被って過ごしていたわけではないし、ゼノとして過ごしてみても中身が変わらないのであればさして影響が出るはずもなくスムーズに生活出来てしまっている。



(………―――あった。)

「ありました!」



 俺は耐性スキルを、サクラは興味の惹かれた依頼書を発見した。『嗅覚耐性』を取得し、スキルポイントを利用してガンガン耐性レベルを上げる。コレは、「臭わなくなる」のではなくて、「どんな臭いでもダメージを受けなくなる」ものだ。

 臭いものは臭いし、臭うものは臭うので精神的疲労やストレスは溜まるには溜まるが、獣人族の弱点として香水や吐息、人々の生活で生じる香りでHPを削られなくなるのである。だからと言って、臭わなくなるわけではないから生理的な嫌悪感はあるのだが。

 獣人族の優れた五感は、人間たちの生活環境ではダメージを負うもののようだった。そのため少なくとも人間の国で過ごす獣人族には何かしらの耐性が備わっていると知ったのは、あの猫耳少年のステータスを『鑑定』したからである。

 一気に鑑定レベルの上昇が加速したし、何故あの『嗅覚耐性』『聴覚耐性』スキル系統の耐性スキルだけが表示されたのかも理解した。人間族にとっては取るに足らないものだろうが、人間社会で暮らす獣人族には必要不可欠なスキルのようだ。



「ゼノ、ゼノ、これ行きたいです!『魔導人形の衣装集め』!」

「…ああ、古美術品(アンティーク)系統のもの好きだったよな」



 持ってきた依頼内容をさらっと目を通して納得した。古美術品系統―――すなわち、骨董品が主に宝箱ドロップするダンジョンへ潜り、『ビスク・ドール』の衣装を集めてきてほしいという内容のものだ。

 アンティーク好きなサクラにとったら依頼は二の次で、正直なところダンジョンに潜って宝箱に眠る古美術品を片っ端から見ていきたくて仕方がないという気持ちなのだろう。それにしても、変わった依頼を持ってきたな。

 ドロップするモンスターは、依頼書に記された通り『魔導人形』だ。

 ガチャの確率で言えば、0.0001パーセントのSSR級。もはや幻想伝説と言える。「ほんのわずかな確率でドロップする衣装を集めろ。」なんて依頼はよっぽど運気に自信のある奴か、レベル上げをメインと考えたパーティーぐらいだと思っていたが…。


 そうか、サクラは変わっている(そっち)タイプだったか。楽しめそうだ。



「何か変でしょうか? そ、それとも難しいです?」

「………いや、問題ない。」



 あえて大事な部分は口を噤み、確認させてもらったステータスを思い出しながら頷く。彼女の『幸福を運ぶ者』があれば運気が上昇し、レアドロップ率や通常ドロップ率がそこらのアイテムを使うよりも上がるだろう。

 加え、俺の戦闘能力が揃えば、効率的な狩りが出来る。彼女が古美術品を観察して回るのならゆっくりと滞在することになる。そうなればレベル上げも簡単に出来るし、個人的には大歓迎だ。



「いいの見つけたな」

「はいっ!」


「いいのって言った……」

「いいのって言ったぞ…」



 あのかおで、と囁かれながら彼女をエスコートしながら螺旋階段を上がってクエスト受付カウンターへと足を運ぶ。期間は設けられておらず、衣装の数に応じて報酬が豪華になる仕組みのようで最初は人気だった依頼だと受付嬢は言った。

 しかし、なかなか狙った品がドロップ出来ず、3件までしか依頼を受注できないからコスト削減のためにキャンセルしたり、ドロップ率の低すぎる品に苛立ちを覚えてパーティー内部で喧嘩が勃発したりと問題になったこともあり、積極的に受注する冒険者が減ってしまったのだと苦笑気味に付け加えられた。



「もし、無理そうだと感じたら遠慮なく受注キャンセルをお申し出くださいね。その場合、キャンセル料が発生しますが、ランクアップなどには影響しませんのでご安心を。」

「わかりました。ありがとうございます。………では、行って参ります!」

「お気をつけて、ご武運を。」



 楽しみです、と素直に口にした言葉通り、彼女の瞳は桜の花びらが陽だまりを舞うような輝きを宿していた。「そうか。」 軽く一言だけを返し、すぐさま迷子になりそうなサクラを先導してダンジョンへ向かった。



「博物館はよかったのか。」



 ギクリと肩を驚かせて彼女は目を逸らしながら言った。



「……は、博物館は後です。忘れてませんよ?」

「幾ら楽しみが目の前にあるからと言え、君が目的を忘れないことは知っている。手続きは依頼受注と一緒に終わらせたから心配しなくていい。帰ってきたときに寄れるだろう。」

「いつの間に!?」



 予想通りの反応だった。

 ぎょっと目を開きながら、もじもじと手を合わせる彼女は大変愛らしい。照美だった頃の素直じゃないデレ方も好きだが、照れた様子を素直に伝えてくれるデレ方も好きだ。

 ゼノ・ルプス並びに雪野は、懐に入れた相手のやることだったらわりとありだと許容するタイプの人種であった。


 ゼノたちが冒険者ギルドの依頼で潜ったダンジョンの名は、『アルテス・ムゼーオの迷宮』。分かりやすく言えば、“古き美術館”の名を有するダンジョンだ。

 モンスターが跋扈する生きた建物(迷宮)と化した歴史ある美術館だからこそ、古美術品をドロップするのだろう。逆を言えば、ダンジョンとなる前は「歴史ある美術館だった」わけだが…。ダンジョンの仕組みに関する研究は進められているとは言えど、その多くはやはり謎多き存在だ。

 ダンジョンが出現する場所、位置、時間、その他の法則性を提言した学者も居たが、その数日後には記述全てを覆すようなダンジョンが現れてしまったので残念な結果であった。


 結論から言えば、「ダンジョンに人間たちの法則性を当てはめることは不可能である。」という記述で、現在は落ち着いている。

 納得できない学者たちは今もずっと研究を続けてはいるようだが、戦闘に優れた者がおらず、加えて冒険者たちにも鬱陶しがられるようなレベルの追及や夢のぶち壊し方に依頼を出しても人気がなく受けてはもらえない。ダンジョンへ潜ることを生業とする冒険者たちに依頼を受けてもらえなければ、学者たちはデータが取れず、研究は難航する。悪循環を繰り返しているようだった。

 サクラも研究内容には興味を示したが、ダンジョンを解明するか否かに関しては、わりとドライな対応であった。ゼノも同意見ではある。拒むサクラの姿に、照美の姿を見た。




―――興味ありません。

―――間に合っています。

―――申し訳ございません。




 ファンタジーは、ファンタジーだからこそ夢溢れる世界なのだ。

 そう言わんばかりの眼差しで学者によるダンジョン考察に関する話題を叩き折っていた。話題を振ったのはゼノだが、そこまで拒絶しなくたって。

 さて、他に何か興味のありそうな話題はあっただろうか。と首を傾げた頃には、目的のダンジョンが目の前にあった。どうやら無事にたどり着けたらしい。



「行きましょう、ゼノ!なんだかちょっと楽しみです」

「魔物も出ることは忘れてはいないな?」

「うっ!」



 そこは忘れるなよ。ニンジンをぶら下げられた馬のような猪突猛進っぷりである。モンスターの撃退に関しては一任してくれても構わないが、“役に立てない”、“寄生状態”を嫌うサクラのことだ。

 戦うのは苦手でも、何かしらの要素でフォローにまわろうとしてくれるだろう。ならば、彼女のジョブを活かしたフォローをしてくれた方が大変ありがたい。

 幸いとは言ってはなんだが、神聖(回復支援型)系統のジョブである彼女はアンデットや幽霊系統に強い。持ち得るスキルポイントのほとんどを『祈り』と『光魔法』に振り込んでもらって、ゼノ自身へ光属性のエンチャントを頼むことにした。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の6日(見習い剣士Level.10)

『地図精製』を獲得しました。『地図』で記したマップを『地図精製』で紙面に出力できるようになりました。

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