2.わたしの幼馴染。
世界的に有名な明野財閥の才女。明野 照美には、ちょっと変わった幼馴染が居る。可愛らしい少女のような顔をした、まるで中身は少年のような。見た目と性格はちぐはぐだけど、一貫した姿勢を魅せるカリスマある男前な幼馴染だ。
男のように両膝を引き、拳を握りしめながら天高く突き上げる少女は嬉しさのあまり、飛び跳ねる姿勢のことを指すのか「今の気持ちはスーパーボール!」と謎の単語を奇声のようにあげるので、照美は眉を潜めながら微妙な表情を浮かべた。嬉しすぎて飛び跳ねたい気分だと言いたいのだろうが意味不明な言動は昔から変わらない。一緒に喜んであげたいのに、なんとなく喜べないテンションだった。えへへ、と可愛らしく笑みが乗っかるのに少女らしい甘さを感じさせないこざっぱりとした爽やかな雰囲気だ。
「始めないのだったら私、帰るわよ。」
「待って待って! はじめる! はじめよ! なあ、一緒に遊ぼう!」
「ちょっばかっ!」
雪野は慌てて幼馴染に飛びつくようにベッドの上に腰かけた。自然な態勢で受け流すほどの衝撃もなく、ぽふりとベッドに押し倒された照美はズレた眼鏡をかけ直して腹の上で捨てられた子犬のように眉を寄せる雪野の表情を見る。
仕方ないわね。微笑みかけながら頬をくすぐるように撫ぜると、ちょっと変わった幼馴染はニコニコと上機嫌に笑顔を見せた。その笑顔が照美は好きなことを、幼馴染の雪野はよく分かっている。
「もう………。まったく、情けない顔ね」
「だってぇ………。」
甘える時ばっかりはしっかり少女の顔を出してくるのだから、見事な小悪魔美少年に育ってくれたものだとひとりごちる。他の少女と違うことは、とっくの昔に知っていた。少女でありながら少年の感性を抱くことは何も可笑しなことではない。そうしてあるがままを受け入れるうちに彼女の中では「宝」のように大切な存在として認識を受けていたのは、まったくの誤算である。
溜息をつくのは、了承の合図。幼少の頃から変わらないそれに「あそぼ。」と少年と呼ぶに相応しい爽やかさと甘やかさを宿してにっこり笑った。少女の割には低い声の持ち主は、ヴァーチャルリアリティ用のゲームをプレイするために必要な端末を引っ張り出して、無防備にゲーム端末を装着してからベッドへ転がる。「ね?」と再び、招き入れるような声を掛けられて、照美も上布団をお互いの身体にかかるようにして雪野と身を寄せ合う。
吐息が触れ合うような距離でゲーム端末の通信が開始したことを確認し、存在を確かめるようにそろりと握りしめられた小さな白い手の持ち主を見た。華奢な身体に相応しく小さな手だけれども、その手のひらは努力の証が幾つもある。たくましい子だ。
「わたし、てっちゃんと一緒にあそべるの好き。」
「………………私も、嫌いではないわよ。」
決して素直ではない言葉を吐くけれど、目を見れば、声色を聞けば、分かる。そんなことを宣った通り、雪野にはお見通しなのだろう。「好きなんだぁ」と共感を得てにんまりと喜ぶ顔を自覚したまま、照美を見上げてくる。
ゲーム端末で覆われてはいるものの、向こう側は透けて見えるから恥じらうように目尻を染めた表情だってばっちり確認されてしまった。可愛すぎるだろーと甘ったるい声が耳奥を揺らす。彼女の、こういう部分が、ちょっとだけ苦手だった。照美が止めてと言っても、彼女は「てっちゃんが嬉しそうならわたし嬉しい」と素直な気持ちをド直球に伝えてくるから社交パーティーで腹を探り合う世界を知る照美には眩しくてたまらないのだ。
「たのしみだねぇ」
「……そうね」
珍しく素直に同意した照美の声を最後に、二人の意識はゆったりとゲームの世界へと沈んで行った。照美は、大の乙女ゲームが大好きな夢見る乙女と言える。兄と弟に囲まれて育った彼女はさばさばしていて、素直な気持ちを引っ込めてしまうような性質だが、それすらも受け入れて少女のように愛されることを夢に見るのだと言った。幼少の頃の夢が「およめさん」だったこともあり、雪野はニマニマとその様子を見守ったものだ。
彼女に恋人が出来るたび、夢見がちな彼女が現実に叩き潰されていないかと本当に息を潜めるようにしてそっと見守った。無論、“出来るたび”という発言でお察しかもしれないが、ろくでもない奴らばかりだったので拳と口が唸りたい放題唸ったのは言うまでもない。
おかげさまで、「イケメン幼女」なる不名誉な称号を同級生から受けることになったが、幼馴染の騎士として見てもらえるのは雪野的にはばりばりウェルカム大歓迎で嬉しかったので問題はない。
雪野にとって照美とは、“大きな人をフルボッコして”泥だらけになってやってくる妙な幼馴染を、仕方なさそうにお風呂で髪を洗ってくれる優しき幼馴染なのだ。
わたしの目の黒いうちは、てっちゃん自身を見てくれない奴らになんぞくれてやるものか。潰してやるよ木っ端微塵になるまでな。
そんな雪野の好き嫌い判定は、前後の温度差がエグイと評判である。ふふーん、と鼻歌でも奏でそうな上機嫌な様子で電子世界に身を委ねた。
今回、一緒に遊ぶために用意したのは、VRMMORPGだ。
運命の輪を選択する乙女ゲーム「ラ・シェルタ」は、サブタイトルの「虹の乙女」を回収するかのように7人のメインヒーローたちの好感度をあげ、親密度をあげ、ようやくのことで開拓される「恋心」を上昇させることによって攻略が進む鬼畜型の乙女ゲームであると同時に冒険・アクションも楽しめる新感覚のVRMMORPGである。
VRとは、ヴァーチャルリアリティのことをさす。脳に認識させる擬似的な世界。人によっては、仮想世界と呼んだり、仮想現実と呼んだりするそれだ。
そんなヴァーチャルリアリティシステムを導入したファンタジーな世界を舞台とした好感度シミュレーション、プラス、ロールプレイングゲーム。視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などの細やかな再現により、まるで異世界に生まれ変わったような錯覚を起こすほどのリアリティを追求したゲームが昨年から流行り出したのは、有名な話題だ。
人間のアイドルを廃止し、ヴァーチャルリアリティのアイドルが活動することによって「アイドルとは、排泄を行わない!」というファンの夢を実現することに成功したという謎の話題もニュースに上がるほどまた有名。
あれ、それはべつの話題だったか。それはさておき、高性能なAIを搭載することにより、念願の電子アイドルなるものが完全に完成した時代で男性が大盛り上がりする中、「そのシステムを使えば、乙女ゲームも作れちゃうじゃないの!!」と歓喜の悲鳴をあげたのは××××会社という名の小企業だった。
小企業と侮るなかれ。かの会社は、数々の乙女ゲームの名作シナリオを手掛けた社員を抱え込んでおり、また乙女ゲームとして欠かせないキャラクターデザインでも、多くの紳士淑女の心を射止めてきた実力派の会社である。
電子アイドルを完成させた会社と、世界が注目を置く乙女ゲーム専用の会社が手を組み、開発したものが「シミュレーション(乙女ゲーム)×王道ファンタジー(MMORPG)」であった。しかし、そうなると売れ幅は女性限定に絞られてしまう。どうしたものかと頭を悩ませた企画者は、「なら、冒険モードと乙女モードを分けりゃいいじゃない。もしくは、女の子を攻略できちゃうモードとか!」と発案し、これをユニーク賞として受賞していた。宣言通り、冒険者を楽しむ王道ファンタジーモードのパッケージから乙女ゲームも楽しめる冒険&シミュレーションパッケージの他にも女の子を攻略できる成人&冒険パッケージの3つにパッケージを分けることによって、企画者の案は採用されたのだ。
照美と分けっこして買ったのは、照美が乙女ゲームモードを、そして雪野が冒険者モードを楽しむためのパッケージであった。
一度、ゲームのカセットをダウンロードしたら1つのパッケージで2人分までライセンス承認してもらえるらしく、公式で「2人まで同時プレイ可能です」と発言したことから、2人で1人のアカウントを同時にプレイするスタイルが主流となった。てっちゃんと雪野も、それに乗っかって2人で1つの『アカウントを共有』してのプレイをすることにしたのだ。
見慣れた保健室のような場所の、見慣れたベッドのようなものに雪野は堂々たる態度で足を組んでその場に座るポーズを取る。初期で選べる種族は、4つだ。
その中でも、獣人のみが細分化されており、好きな動物を選びたい放題なのである。もふもふを前に心が躍らされるうとにんまり口角をあげて雪野は動物の種類を検索した。
うわぁ……。
「うわぁ……」
カーテン越しにてっちゃんと声が被った。どうやら種族選びで難航しているようである。おすすめの種族はあるかと聞かれて、お好きにどうぞと答える。何を選んでも、彼女が望む道筋への案内を完璧に行う予定なのだ。
攻略掲示板を片手間に、雪野も選べる種族をじっと見下ろす。ぴ、ぴ、とカーソルを合わせてみるとステータスのふり幅が酷かった。
---------------------------------------【種族選択 ▼】--------
人間族:平均的なステータス。可もなく不可もない。
妖精族:術者に長けたステータス。筋力や耐久は低い。
悪魔族:攻撃に長けたステータス。回復は壊滅的。
獣人族:素早さと攻撃に長けたステータス。被術ダメージが痛い。
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その扱い辛さから多くの人は“人間族”を選ぶのだろうなあと雪野は見つめる。冒険者モードが廃人レベルなのはコアなファンであれば食いつくだろうと対策だろうか。一度食いつけば飽きるまでのスパンが長引くこと間違いなし。なんてたって極めたいからこそ、極めたからこそ、廃人と呼ばれる存在となるのだから。
他のゲームでもよくあることだが、ステータスの上がり方は最初の段階でけっこう分かるもの。全ジョブを育てたいのであれば、多くの人は「人間族」を利用するはずだ。
何せ、何をやっても何でもできるのだから盾も持てるし、術でもバカスカ打ちまくれる。獣人族は術系の攻撃を喰らったら致命的だし、悪魔族は攻撃力こそ高いが回復魔法がもはや攻撃になってしまうし、妖精族も弓や槍なんかを夢見るプレイヤーたちには不向きだ。しかも、説明文も明らかに上級者向け。廃人クラスのプレイヤーしか居ないのだろうか。
販売されてから4年も経つから、確かに難易度を古参の人たちに合わせて高めていても可笑しくはないが。公式画面では、しっかりと新人向けのサポートが盛りだくさんだったから両方のサポートはかなり充実したものなのだろう。
とりあえず、雪野は「獣人族」を選んだ。
雪野の個人的な趣味趣向により、ケモ耳尻尾族になる予定である。その中で何にしようかと動物の種類を確認しつつ、チェックボックスから印を抜いて絞り込んでいく。翼を持つ動物もいいけど、大地を駆ける自由な獣の姿もいい。迷いのない手は、それでも好きな動物は多数存在するものだから、途中で止まってしまった。
うぎゅう、と唸る中、イヌ科かネコ科に絞ることにした。イヌネコ好きの対決が頭に浮かんでしまったが、どっちも好きなので、どっちにも属さない。それでもあえてあげるとしたらと聞かれたら迷わず幼馴染をあげるだろう。好きなモンは好きなんだよ、と豪語するともいうが。
幼馴染曰く、「あんたって一見人懐っこそうなワンコに見えるけど、………仲のいい子を虐められたら牙を剥くわよね」という。自他共に認める“気まぐれ”な性質ではあるが、よくよく例えられるのは犬系だ。男だったら危うく惚れていたかもしれないわ、と真剣に呟く幼馴染が当時見つめていた画面は「一匹狼系」の美青年であった。
そう言えば。
彼女は、一匹狼系男子好きだったか。迷わず種族を決定した。
よしよしよしよし。わたし―――否。……俺は狼に、なる!
『ラ・シェルタ(運命の選択)』とタイトルのシミュレーション(乙女ゲーム)×王道ファンタジー(MMORPG)ゲームは、初回限定課金。赤字覚悟なのは、別売されている道具やサービスなどが売れると確信しているからだ。
事実、その通り売れているし、4年経っても新規契約者や継続契約者が増え続けている。基本的に他は無課金。学生の財布にもお得だし、攻略掲示板もずらっと出回るレベルで発売日からも時間経過しているため、進行に躓いても掲示板を覗き込んで有利に進めることが出来るようになった。
ただ乙女モードや攻略モードは掲示板を当てにすることは出来ない。何故ならば、「生涯あってこそ恋愛は燃えるのよ!!」とディレクターの趣向により、好みのライバルを課金することによって、乙女モードではライバル女性が出現したり、攻略モードではライバル男性が出現したりするからだ。
総称して、『恋愛モード』と呼ばれるゲームモードでプレイする場合のみ、オフラインとなる。オフラインで恋愛モードを楽しめるポイントは3点ぐらいだろうか。
①豪華声優
②理想の男性or女性との恋愛
③攻略対象と結婚してから土地や家を購入することで『一種の家庭シミュレーション』
この3点? 照美は、オフラインモードに胸をときめかせて夢を見た。悔しいが。悔しいことに。本当に悔しいけど。何せ、彼女が大好きな声優が参戦したのだから。
爽やかボイス、ショタボイス、イケおじボイス、エロボイス、清楚ボイス、真面目ボイス、中性ボイス選り取り見取り。中でも、幼馴染が好きなのはエロボイス担当と言われる「ナカムラすぁん」。流し目の多いキャラクターの声を担当することが多く、現実世界の彼自身もイケメンであることから、乙女ゲームの世界から飛び出した人間だとささやかれるほど。キャラの担当は何度も言うがフェミニストもしくは、俺様ばかりのお色気担当。声優界の色気と言えばナカムラすぁん(若気の至りでふざけてつけた芸名。元はお笑い芸人の小物用意だった。)とランキングで叩きだす実力者だ。
彼が担当してきたゲームで腰を抜かせる女性は数知れず、「もう地声聞くだけでも絶対に鼻から忠誠心を起こすレベルで耳が孕むぅぅうう~~~!」とは、てっちゃんの発言である。わたしも負けないぞ。負けてられないぞ。雪野はキャラクタークリエイトに意気込んだ。こうなったらてっちゃんの心をがっしり掴んで離さない絶世の美青年をクリエイティブしてくれる。首を洗って待っていて、わたしのかわいい幼馴染。