18.冒険者ギルド(1)
隠し通路を発見し、そこで巣どころか集落をつくっていたブリンたちを完全に掃討した。討伐クエストも達成したことにより、経験値を大幅に獲得できたのは良かった。しかし、推奨レベルが10個も離れているものをさっくり倒せてしまえるパラメーターの持ち主と言うのは爽快感。彼女からも「なんだかちょっと、すっきりしてます?」と尋ねられるほどには雰囲気に出ているらしかった。
ダンジョンを通り抜けた先は、『フリューリング草原』の一部だった。雪解けの影響で川が出来上がったのだろう。凸凹と盛り上がったり下がったり、忙しない道順をたどって水と一緒に小さな氷の破片も流れている。まだまだ冷える気候ではあるものの、温かい方へと向かってはいるようだ。
川沿いに下れば下るほど、氷は溶けてなくなって、ひんやりとした川の水が流れているとしか見えない。フリューリング草原を無事に抜け、途中の町村を無視する形で通過し、とうとうやって来た紫の都グリツィーニエ周辺の森林は何処か排他的であった。
雰囲気が“排他的な森”ってことは、エルフ族の集落でもあるのだろう。でなければ、人間族を主とする紫の都グリツィーニエ周辺の森が排他的になるはずもない。大自然で過ごす獣や妖精とは異なり、たとえ鍛え上げられてきた人間だったとしても、人間族は森の中に入るとより五感が鈍くなるからだ。
エルフ族が太陽を信仰せし妖精族であれば、月の化身たる白・灰・銀などの色を宿すゼノたちは問答無用で敵視されるだろうが。月を信仰せし妖精族であれば、通過するだけならば黙認してくれるはずだ。
だからと言って、不必要なことを確認するのも面倒なので森を横断する近道は除外した。人間が用意した道を無言で歩き続けるほかない。
「…ちょっと困ってますか?」
「………検問がある。」
「あぁ、それならアダルヘルム様からの紹介状をお見せするといいみたいです。」
普通に検問を通ろうものならばこの世界で生きたゼノ・ルプスとサクラ・フブキの記憶を呼び起こさなくてはならない。何故だか簡単に頭に浮かび上がって来るようになりはしたけれど、一緒になって同じ年頃の雪野の記憶が浮かび上がって来るのだ。
正直言って、ややこしいにもほどがある。片方にしておけ。頭痛を通り越して、胸やけとでも言うのか。脳内で情報処理が追い付かず、消化不良を起こして気持ちが悪くなるので、出身や成り行きを説明しなくて済むのは大変ありがたい。
スムーズに思い出せるようになったとはいえ、出身地のこととなると激しいノイズが頭に走るので“完全な記憶”とは言い難い。雑音が入り混じったり、記憶が朧気だったりするのはゼノだけだと言うから、ノイズ混じりの記憶に冒険者となるために、紫の都グリツィーニエへ赴かねばならなかった理由のヒントがあるのだろう。
冒険者になるだけなら、他の国だって出来るのだから。一つの国に拘るのは、ゲームのシナリオだから? それとも、ゼノ・ルプスの拘りか。それを知るためにも、記憶の雑音をさっさと取り除きたいものだ。
把握できている内容と言えば、以下の四点である。
一つ、雪野と照美はキャラクタークリエイトを終え、ゲーム開始と同時に激しい頭痛に見舞われて此処へ。
二つ、ログアウト不可であり、痛覚もある。ほとんど現実がゲーム化したものと考えた方がいい。どうやってだよ。
三つ、クリエイトしたキャラクター(ゼノ・ルプス、サクラ・フブキ)と雪野、照美の記憶、両方を保持している。
四つ、預言者曰く、何かしらの禍の中央に必ず居るらしい。冒険者となれば自由にもなれるし、巻き込まれることもある。
マジでそんだけの情報でどうしろってんだ。
運営呼び出しコールもなければ、システムを操作するメニューすら表示されない。俺たちが出来ることと言えば、世界スピラで『大司教』の名を賜った者が閲覧・解読の出来る『ステータス』の確認であったり、スキル・魔法の使用・習得であったり、レベルアップであったり、ゲームで行えるプレイヤーの行動のほとんどだ。
ゲームの世界だと認識し、命の価値を甘く見積もってしまったが最期―――なんてことがあり得ないように、今まで出来る限りのことを行ってはいるものの、何も分からない状況と言うものは恐ろしいものだ。
「索敵」なんかで状況が分かれば万々歳だが、そんなもので解き明かせる内容でもない。ふう、と浅く息をつけばサクラは目をぱちくりと丸くした。
「…難しいこと、考えてます?」
「…性に合わなかった。」
「ふふ、ギルド登録が終わったらまず博物館に寄りましょう? この国のことを知ってから、わたしたちが此処へ招かれた理由を探しても遅くはないはずですから。」
「“郷に入っては郷に従え”か。」
「そうです。」
「まず従うべき伝統や仕来たりを頭に叩き込むんだな、わかった。…その間、俺は力を蓄えておく。」
方針がまとまれば、ある程度は動きやすくなる。人間族が集まる街では、ゼノ・ルプスのような狼人族は物珍しく見世物のような扱いを受けること間違いなし。そう思った俺は、引き寄せパンダになってしまわないように調べもをしている間は彼女のそばを離れ、レベル上げに励む方針へと決めた。
「わかりました。…そうなってくるとノートやペンが欲しいので、町についたら雑貨屋さんも探してみても構いませんか?」
「ああ、行きつけを見つけるのは後でゆっくり。……“とりあえず”で構わないなら、広場で屋台を出しているようだからそこで買えるはずだ。」
「え、どうして知ってるんです?」
さあ、と首を傾げようとして。ノイズ交じりの映像が頭に浮かんだ。
ゼノ・ルプスと同じ、灰色の狼族の男性。ザザッと割れるように痛むそれは、雪野の人格から見ると思い出すことを拒絶しているように感じた。
「…行ったことが、ある。」
不意に思い出した言葉を本能のままにするっと出せば、サクラはやっぱり不思議そうに首を傾げて「それは…、明らかにゼノの記憶ではなさそうですね。詳しく思い出せそうですか?」と真剣な表情へ切り替える。彼女の言葉に従い、ゆっくりと記憶を引っ張り上げようとしたが、脳裏で何かが弾けるようだった。
「すぐ記憶が遮断される。霧の中を手探りで歩いているような…」
「あやふやなんですね。ぱっとゼノが行ったことのある場所の景色が浮かんだ、ということでしょうか。…あまり気を落とさないで? わたしだってあやふやなところありますし。」
彼女があやふやだと称したのは、出身地にある『聖女の碑石』から読み取った内容のことである。ゲームのシナリオを何度も読み返し暗記した内容と、サクラ・フブキが読んだであろう内容は、どうやら少しばかり異なるようだった。
『聖女の碑石』だけではなく、他にも読み解いた石碑があったはずだとか。その内容をどうしても思い出せないらしく、やや萎んだ声でそう言った。ゼノが歩んだ記憶を詳しく引っ張り出すことの出来ない俺を気遣って、励ましてくれたのだろう。
「一応は、導通りに進んでみましょう? それでもダメだったら、普段通り身体を動かせばいいんです。」
「……ああ、君が一緒なら何処でも生きていけそうだ。」
「も、もうっ!」
頬を赤らめて肩を怒らせたサクラだったが、すぐさま俯きがちに呟く。「わたしもです」と細々とした声で告げられてゼノは気持ちが軽くなった。
「ゼノのおかげで、もうすぐそこです。行きましょう?」
「ああ。」
指し示された道標を追う形で、彼らはグリツィーニエ地方の名を代表する王国へと足を踏み入れる。それは、若者たちが自由に生を謳歌する一歩であり、俺たちの運命を変える一歩であった。
「わぁっ……」
サクラから感嘆の息が零れる。名前と同じ色の瞳をきらきらと無邪気に輝かせて彼女は辺りを見渡した。辺境の村から出たことがなかった彼女にとっては、見るものすべてが物珍しいのだろう。
活気にあふれるレンガ造りの城上町。踏みしめてきた大自然とは異なるレンガを敷き詰められた地面。開店中の屋台や老舗などで販売する武器や食べ物から漂ってくる香りは、人々の商いが通っている証拠だ。
人通りも多く、ざわざわとした大勢の人の声も聞き取れる。獣人族である俺は、バンダナで耳が守られていて良かったと安心した。…嗅覚は守られることはなかったが。
そのおかげで、敏感に辺りの臭いを認識してしまう獣人たちはぎゅうと尻尾の付け根辺りが力む。ぶわわ、と逆立った尻尾の毛は腰布で覆われて見えることはなかったのが幸いだ。俺と付き合いの長いサクラにはバレてしまったようで苦笑を浮かべられた。
何事もなかったかのようにゼノは『地図』スキルを使用した。『紫の都グリツィーニエ』内部エリアの地図を脳内で広げ、今後の活動に地理が有利であれば、困ることはないだろうと考えたのだ。
そして、地図スキルから派生した『地図精製』をしてみて分かったことがある。
冒険者ギルドや役所のような主要な場所はスキルを活用すれば地図へ自動的に表記されるようだが、他の細々とした店の名や場所などは自分で登録していくことで個人的な趣向が加わった地図となるようだ。
だから、このスキルも「生成」ではなく、もともとあった地図から改品を意味する「精製」が名前なのだろう。
「あ、もしかしてここが冒険者ギルドですか?」
「冒険者ギルド本部で合っているはずだ。支部はもう少し小さい。」
まるで来たことがあるかのような口ぶりに表情には出さないが驚く。此処にも来たことあるのかよ。知らんがな。他の記憶を引っ張り出すことは出来ず、口を閉ざした俺に向かってサクラは別の話題とまでは行かずとも話を振ってくれた。一拍置き、通常通りに言葉を交わした俺は幼馴染のわくわくを隠さない表情に和んだ。
「……はわぁ、民家や施設と比べてもひときわ大きな建物ですね。絵本で見た城塞クラスの大きさでしょうか?」
「―――入るか。」
「はい!」
「お城クラスとまでは行きませんが、」と小声でささやかれた単語は修学旅行で立ち寄った西洋のお城を思い出しての発言だろう。
彼女の言うように、確かにあそこまでの大きさはない。王国内の民家が10階建てのマンションや煙突ありの一軒家程度の大きさだとすると、冒険者ギルドの大きさは都内の高層ビルが3軒繋がって立っているようなものだ。
植物の太い蔦で縁取られた扉をくぐり抜けると、どうやら建物内は窓から差し込む光が少ないようで薄暗く感じる。
入り口正面には『クエスト受付カウンター』が数席並んでおり、その左手には『参考資料』として幾つもの本棚が壁を埋め尽くしていた。右手には『道具屋』と上下へ移動するための螺旋階段がある。
バンダナで音を遮断されてはいても、神経を研ぎ澄ませれば音は普通に聞こえてきた。『地下』は冒険者ギルドらしい『酒場』で賑わっており、冒険者同士の情報交換の出来る掲示板もあるようだ。
『依頼書』の貼り出しは、どうやらその地下で行われているらしくて一階では見当たらなかった。逆に二階には依頼者を接待するための『応接室』や『ギルドマスタールーム』、『ギルド職員の休憩室』など部屋がたくさんあるようだ。
『クエスト受付カウンター』でクエストを受注する冒険者の手元が見えた。それなりの身長はあるから見下ろせば大抵の距離は見えるのだ。
依頼名、期間、依頼者、内容、報酬。その5点の表記自体は、脳内に浮かぶ『クエスト』通りで大した差はないようだった。唯一の違い言えば、冒険者ギルドで発行される依頼書には「危険ランク」の表記がある程度か。
それは脳内に浮かぶ『クエスト』にはないもので、第三者の目線で確認された危険度の決定づけはサクラを連れて行くに当たって助かるものだ。
安心して登録できると足を踏み出せば、男に絡まれた。誰だお前。
「おうおう、兄ちゃん綺麗なお嬢ちゃん連れてデートにしちゃ来る場所間違ってんじゃねぇか?」
「や、やめーや!そのあんちゃん、香りから察するに獣人族と一緒……いや、もっと高位の獣人族やで!少なくとも、犬猫やない!」
「ギャハハ! 綺麗なお嬢ちゃんを連れてる男が、高位獣人族なわきゃねぇだろうが!」
仔猫のような少年は男性冒険者を必死で止めようと試みているようだが、パーティーメンバーの制止も虚しく男性冒険者は俺たちへ歩み寄って来る。やっぱり絡んできてるよな、コレ。
負ける気などこれっぽっちも感じていない顔の男性冒険者と、絶望だと絶叫しそうな顔の猫耳少年の形相に、他の冒険者たちも野次馬根性でなんだなんだと様子を見守った。
「ダン、ボクらのように人間族と過ごす獣人族は少なくはないんや…。っ言うても、聞けへんか…。ボクは止めたからな、あとで文句言わんといてくれよ。」
成人男性の2倍以上もありそうな厚みのある大剣を背負っており、ダンと呼ばれた男性冒険者の強さを伺わせる。しかし、それだけの強さを見せつけるヒトが相手でも不思議と恐怖はなく、俺は『無表情』のまま男性冒険者を見下ろしてみることにした。
「お、おう。」とタジタジになる男性冒険者は、静かに向けられた“肉食獣の瞳”に本能が恐怖で震えが止まらなくなる。じわじわと男性冒険者の手に汗が滲んできたところで、ゆるりと瞬きをしながら目を離した。
目を合わせただけでたじろぐと言うことは、敵対するほどの脅威を感じないということ。常時発動する『無表情』の効果は、自身よりステータスパラメーターの低い相手は恐怖を感じてしまう的なパッシブなのだ。
完全な敵意失くして、排除する害悪と判断はしない。だからこその“無視”という手段に出たのだが、相手は表情を引きつらせ、汗水流しながらも近寄ってきた。プライドを傷つけてしまったか。
男性冒険者の腕にはプレイヤーのアバターで設定の出来ない刺青が彩られている。―――と言うことは、彼はスピラの住民のようだ。
分かりやすく言えば、ノンプレイヤーキャラクター。
スピラという世界にもともと存在する住民ということだ。
初めての冒険者、スピラの住民だった。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの6日(見習い剣士Level.10)
『地図精製』を獲得しました。『地図』で記したマップを『地図精製』で紙面に出力できるようになりました。




