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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
二章 神聖国グリツィーニエ
17/29

17.旅立ち。

 夏の釣りや冬の薪と言った実用性のある誰でも作れる木工術の講座は、普通にクエストとしてあったようだ。

 この調子ならサクラの裁縫もあったのではないだろうか。そう言えば、会話では孤児院で子どもたちにハンカチの縫い方を教えたとか言っていたような気がする。面倒見の良いサクラのことだから、他にも色々なことを教えているのだろう。


 名声が上がれば上がるほど、噂の中で『人間性』に善悪が決定づけられる。

 サクラの『人間性』を尋ねれば、『善』だと返ってくるのは、住民たちの悩み事に対して親身に接してきたから。さして愛想も良くないのは自負しているが、それなりの距離を保って接してきたゼノは『一般の冒険者見習い』程度の認識だろうか。自分で聞くようなキャラではないので、噂の有無すらも分からないままだ。

 共に居ることで自分の存在がサクラの害悪になり得ない程度であれば、自分の評価なんて気にしなくていいか。



「ルプスさん、ありがとうございました。民家の強化だけでなく、危険のない技術まで教えて頂いでぇ!」

「アダルヘルム様、鼻水が。あとドン引きされております。」

「あの人は感謝の気持ちを全身で表現されているようですし、そこまで引かなくても…。」



 基本的に感情が表に出ないはずのゼノが雰囲気で感情を物語るようになってきた。と言うよりも、ゼノと雪野の人格がうまい具合に“融合”したと言うべきだろうか。

 俺とわたしの人格は、根本的な人間性は変わらない。たとえば、幼馴染が大好きで大事であることや子どもたちと遊ぶのが好きなことや人に頼られるのが好きこと。けれども、一方通行で頼られ過ぎるとイラッと来るところも。変わったことは、性別と種族くらい。それだけだと思える程度には変わらないのだ。

 この世界で、己がゼノ・ルプスであり、雪野である自覚をしたまま生活をして、もうすぐ一週間が経とうとしている。けれど、まだ元の世界に帰る気持ちが湧くどころか、此処が己の世界であるかもしれないという疑問が解消されることはなかった。ぐるぐると違和感を抱え続けているのはサクラも同じようだ。

 昼間は子どもや人と関わることで気が紛れているようだが、夜になると「どっちが本当の自分か分からない。」と不安げにしている様子が多く見えるようになった。どうにかして彼女の不安を取り除いてやれたらいいのだが、生憎と方法が思いつかない。

 幼馴染の不安一つすら取り除いてやることが出来ない。なんとも不甲斐ない己に対し、無表情のパッシブスキルがなければ、耳も尻尾も垂れ下げさせて子犬のようにクゥンと鳴らすぐらいにゼノも気落ちしていた。……実際には鳴らしてはいないが。



「おにいちゃん、おねえちゃん、サラーサたちと一緒にこの村で過ごそうよ!」

「そ、それは……」



 陽が登った頃に「いかないで。」と服の裾を引っ張って来る子どもたちに罪悪感をかられながらもサクラは出発の決意を示した。

 かたちのよい眉は垂れ下がり桜の花びらを閉じ込めたような淡い瞳をかすかに滲ませながらの宣言は、子どもたちの心に何か響くものがあったらしく彼女の裾をゆっくりと離してくれた。しわが残ってしまったことへシスター・ウェザーが謝罪を、そして旅の無事を祈ってくれる。

 スカートのしわをシスター・ウェザーに正され、しゃんと背筋を伸ばしたサクラは清く正しき聖職者らしく、ふわりと裾を掴みながら優雅なお祈りを披露した。



「はじまりの村の皆様にも、フリューリングの恵みがありますよう。」

「……じゃあな。」



 春を告げる美しき花のように、夜の闇を照らす空の月のように。

 俺たち(・・・)は『はじまりの村』を後にした。




 アバターとして認識するのはもう止めた。記憶が重なろうがなんだろうが、俺は俺のままである。うじうじと頭を抱えるだなんて似合わない真似をしてしまった。

 『はじまりの森』をチュートリアル・ダンジョンがある方向とはべつの道を進みながら出ると、『フリューリング草原』が広がる。紫の都グリツィーニエが有する土地すべては、その土地を管理する貴族たちの名が必ずつくようだ。

 フリューリングは春を意味する単語で、北方に位置する土地ながら何やら『春』やら『月』やらと温かな印象を受ける名前を多く見かける。名の由来など知りたいところだが、それは紫の都グリツィーニエの王立図書館や王立博物館で確認するべきだろうとツェーンがその存在を教えてくれた。

 冒険者として活躍し、一定値以上の名声を手にすれば紹介状をしたためてくれるところもあるらしく、歴史て価値のあるものに興味津々なゼノとしては嬉しい内容だった。きっと彼女も好きだろう。


 マッピングを行いながら進んで行くと、どうやらフリューリング草原にはダンジョンが一つあるらしいことが分かった。ダンジョンの攻略が出来れば経験値を大幅に得られるだろうし、瘴気問題も抑制出来る。どうだろうかとサクラを誘う。

 緊張した顔持ちで「お任せします」と言うから彼女を誘導しつつ、フリューリング草原のダンジョンも攻略して行くことにした。何があるか分からないからとにかく街につくまでに多少なりともレベルアップをしておきたかったのである。




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『アーマイゼの巣穴』

 巨大な虫型の魔物の巣穴(ダンジョン)

 春の陽気に誘われて、今にも飛び出してきそうだ。


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 え、それだけなのか? もっとあるはずだろう、説明が。……待てども待てども何もなくてゾワッとした。それは、冬眠時期から目を覚ました大きな虫たちが地上に出てくる時期であるお知らせでしかなかったからだ。

 季節や時期によって、巣作りしている魔物は異なるようだ。

 攻略中ダンジョンのモンスター項目に影が浮かび上がってきた。気づけば『眼力』スキルのレベルはマックスに到達しており、スキル『進化』を今か今かと待ち構えている。迷わず進化のボタンをタップすると、ノイズが奔るようにして『眼光』スキルに文字を変えた。それって進化したのか。

 ダンジョンマップに浮かぶ影の形から察するに、どうやら対象となる敵対生物は『ゴブリン』や『スライム』、『アント系』の魔物が主に生息しているようだった。ゴブリンは何処でも扱いは同じらしく、女子どもを好むとか。冒険者の中では、仲間の女性を餌におびき寄せるのが主な手法のようだが、ゼノは絶対にそんなことはしない。するわけがない。ダンジョンの中であろうと外であろうと、俺にとって最も守るべきは彼女なのだから。



「き」



―――スッパァン!



「は、はやわざでした………。」



 当然のことだ。彼女を背に庇うように前進しつつ、魔物が出てきたらサクラが恐怖で悲鳴をあげる間もなく、目にもとまらぬ素早さで粒子化させて行った。

 レベルアップを目的とするならば、「魔物は出た瞬間狩る」のが俺にとっての当たり前。再出現した瞬間が最も狙い時だと発言した時の目は、狼の―――大自然の狩人の名に相応しく、まさしく獲物を狙う獣の目だったとサクラは語った。「怖かったか?」と質問に対し、彼女はゆるりと首を振る。



「怖くなかったけど、ゼノはゼノでした。」



 謎の言葉を頂戴した。でもなんとなくぶつけられる眼差しが「クラスメイトが言っていたレベル上げの鬼って、そう言うことだったのね」と言わんばかりのものだったから、本当に怖がってはいないのだろう。ならいい。



「そこに水溜りがあるから滑らないように気をつけーー」

「きゃうっ!?」



 パシャン、と見事に足を滑らせて尻から転んだサクラに生暖かい眼差しを向けた。言おうとしたのに「わかりました!」と進んでしまうところ、変わっていない。



「ぜ、ゼノー!」

「そういうところがサクラだな。」

「運動音痴って言いたいんですか!?」

「おう。」



 ショックを受けたように立ち上がったサクラの声に対し、ゼノは悪びれる必要など何一つないと言わんばかりにきっぱりと頷いて見せた。事実であるがゆえ、サクラも肩を落とす。しかし、そのテンポの良さに目をぱちくりとさせた。



「…まるで、本当の私(照美)あなた(雪野)のようなテンポの良い会話でしたね。」

「俺たちがそれだけ馴染んだか、染まったか。」

「それってどう違うんです?」



 馴染んだのは「緊張が解きほぐされた」ということであり、染まったのは「異世界転移した時に感じたもう一つの記憶と、元の世界の自分たちの記憶がいい感じに融合した」ということである。

 元をたどれば、同じところが多かったので、パラレルワールドの自分として考えれば案外受け入れられないこともない。帰りたいと思う気持ちは変わらないのだけれども。簡単な説明は、サクラにとっては受け入れがたく、考え難いことのようだった。

 難しい表情をしたまま彼女は頭を抱え唸り始めてしまう。守りながら戦うための勉強にもなるので、彼女の思考を邪魔しよう敵を片っ端から叩き切ってダンジョンを攻略した。


 俺はわたしであろうと、俺であろうと。どちらでも構わないのだけれど。

 割断の早さが異常なんだよオマエと言われた記憶はそっと放り投げた。


 ゲームでも現実でも当たり前のことだが、活動した者の方が得られる経験値量は多い。『アーマイゼの洞窟』を攻略し、その他にもゴブリンの巣穴を破壊し尽くした功績を称えた称号を受け取った俺はレベルアップしたステータスの値を目視して唸った。ナンダコレ。



「良くなかったんですか?」

「逆だ。」

「良すぎたってことです? 良かったなら、どうしてそんな嫌そうな雰囲気を…?」

「…レベルアップの速度が不自然すぎる。」

「???」

「おおよそゴブリン数十体程度で上がるような数値設定ではないはずなのに、レベルアップが早すぎるし、上昇パラメーターも尋常じゃない上がり方をしている。」

「見ても?」



 サクラは虹乙女をプレイする前に、ちょっとした勉強と思って他のRPG系統のゲームの実況動画や基本的なステータス計算の解説などの参考書を読み漁ってきた。ラ・シェルタのレベルアップに必要な経験値はレベル1でも1,000を超えるものだ。

 しかし、表示されているゼノ・ルプスの必要経験値は規定値を遥かに下回るものだった。サクラも似たようなものなので、おそらくバグなんかではないのだろう。幼馴染も一緒だと発言したことにより、ゼノにとっては些細なことへ変化した。必要経験値の減少は「此処(ラピス)へ来たことによって生じた恩恵である」と考えることにする。としても、レベルアップ毎に上昇するステータスパラメーターもかなりの鬼畜設定なのだ。

 俺のパラメーター上昇率は、どう考えても異常である。全部ほとんど上がってんだけど、バグか。バグなのか。異世界に転移した―――かもしれない状況で、予想と違うシステムの動き方を見てしまうと動揺する。転移したかもしれない、だからこそシステムとは違う動きをしているのかもしれないが。


 ラ・シェルタのレベル上げやステータスは廃人設定のため、通常のレベルアップでは全ステータスの中からどれか一つ。0~3程度のパラメーターの値が上がれば儲けものと言った設定のはずである。しかし、ゼノ・ルプスのパラメーター上昇はラ・シェルタの公式で発表された情報とは異なってしまう。1~10ぐらいだろうか。本当にナンダコレ。



「…RPG系統のことはよくわかりませんけど、計算式システムを考えると確かに可笑しいのかもしれませんね。私もINTやMNDの上昇率が可笑しいですし。」

「どれだ?」

「これとか、あとMPも。」

「恩恵か?」

「面倒になってませんか?」



 幼馴染も似たような境遇なら何でもかんでも「恩恵」で済ませようとする俺からは、表情こそはこれっぽっちも変わっていないのに雪野(お調子者)の雰囲気を感じ取れたようだ。サクラからの思わぬツッコミをもらった。

 「ちゃんと真面目に考えてください!」と軽く叱られてしまったが、「俺にとってお前と同じものがあるのは嬉しいことだ。」と素直な発言をして、幼馴染の顔を別の意味でさらに赤く染め上げたのは余談である。もっと照れてくれても構わないが。



「もう一回潜って、気になるところを殲滅してきてもいいか。」

「なかなか発言が凄いですけど、あなたの直感を信じてついていきます。私も覚悟が決まりました! 杖で、きちんと魔物を倒せるようになってみせます!」

「…あまり前には出るなよ。」

「はい!」



 運動を苦手とする彼女は先ほどと同じ水溜りで滑って転んだ。

 サクラの”うっかり”を見たゼノは迷わず魔物を彼女に近づけようとしなかったのは、言うまでもない。…人によってはそれを過保護と呼ぶのだろうが、サクラの防御力を考えての行動である。ゴブリンの一撃でも、彼女にとってはかなりの痛手となってしまうのだ。

 痛覚が機能する中で身体を斬られたり突かれたりしたら、温厚な彼女はきっと耐えられない。何より気づけば謎のやる気を出すので、過保護なぐらいで丁度いいだろう。…目を離したらやらかしてる気がするし。

 ―――せめて、この旅を楽しいものと思えるものであるように。小さな決意を胸に急かしてくる彼女の招きに誘われ、ゼノは彼女がついて来られるであろうギリギリの速度で再び歩き出すのであった。

ゼノ・ルプス

■星歴2217年

L◇アリエス(4月)の6日(見習い剣士Level.10↑)

『眼力』スキルがレベルマックスに到達しました。

『眼力』スキルは『眼光』スキルに進化しました。

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