15.イーリスの境界(2)
瘴気に満ちたダンジョンでの長居をするのは体力的に問題が生じてくる。「時間だ。」と声を掛けて彼女の背後に立つ。
「サクラ、乗れ」
「うう……! すみません~…!」
サクラ一人で登り切ることは出来ないだろうと彼女も同じ考えを抱いたらしい。ゼノの発言に申し訳なさそうに肩を落としながらも素直に従った。空いている方の腕に足を乗っけさせて彼女の足が届く距離まで腕をゆっくり持ち上げ、登らせる。その作業を繰り返し大岩で出来た階段を上がり切る頃には、彼女は息も絶え絶えだった。
「手伝ってもらっているのに体力がないい…っ」と悔し気に呻いている。そういう物事に全力でぶつかりに行って悔しく思えるところが好きだ。
応援するように頭を撫で、水を手渡した。はふりと息をつき、筒の水を口に含んだ彼女は幼い子どものように頬を膨らませる。「子ども扱いしないでください」とぷっくら頬を膨らまされても…。
「可愛いだけだな。」
「もうー!そういうところ、前と全然変わりません!」
「そっちもな。」
怒ったフリをしたところで結局は本気で怒っちゃいやしないのだから。可愛いと言われて照れくさくて子犬のように裾にじゃれつくが、さらに可愛がられてキャパシティーオーバーになるところは全くもって変わっていないのだ。
加えて、ゼノにとっては、からかっているつもりがこれっぽっちもないのだからサクラも悲鳴をあげる以外にやりようがない。
岩階段を登った以外の要素でも乱れたサクラの呼吸が整ったところで、ゼノは淡々とダンジョン内の罠―――トラップに関しての説明を行っていく。
道中、矢が飛んできたり、魔法が飛び出したり、大きな岩が転がってきたり、天井や壁が圧し潰そうと迫ってきたり。とにかく、様々なトラップがゆっくりと発動し、その一つ一つにサクラが驚いているところを観察しつつ、解説してはトラップを飛び越えて、再び階層を移動するための大きな岩の階段まで進行した。
「持ち上げて行く」
「お願いします………。次までには登れるようになりたいです」
「それは………―――やめとけ。体力づくりなら手伝うが。」
ガクリと肩を落としたサクラには申し訳ないが、凹凸が多く掴みやすい大岩へのしがみつき方に問題がある。もっと端的に言うなれば、サクラにはロッククライミングや崖上りの才能は以前からセンスがあるかないかの問題のような気がするのだ。
雪野の頃の記憶を引っ張り出すのならば彼女の両親ですら涙ぐみ、目を逸らすほどだったと言っておこう。腕立て伏せを繰り返して腕力を鍛えたとしても、筋力や耐久をあげたとしても、解決するような問題ではない。別の面で頑張ろうと気持ちを奮い立たせる姿は“どちらの幼馴染”も変わらないのだろう。どこかでそれを感じ取ったのかサクラは落ち込んだ。
「ダンジョンボスの階層に到着しました……?」
「そうだな」
「…周りに身を隠す場所ありませんね。相手はおそらく岩でしょうから、攻撃に当たったらひとたまりもなさそうです。」
きょろきょろと辺りを見渡したサクラは、中央で鎮座する巨大な岩人形―――ゴーレムを見つけて頬を引きつらせた。彼女の言うように見渡す限り平たい岩の地面と、中央のゴーレム以外は何も見えない。床も平坦で、足場の凹凸で姿勢を崩す危険性は低そうだ。
身を隠す場所がないということは、敵の攻撃を防ぐための盾となり得る場所がないということ。杖を握りしめる手は緊張と恐怖からか小刻みに震えており、必死に気持ちを奮い立たせようと力を込められた膝も小鹿のよう。彼女のやる気を応援すべく肩にトン、と手を乗せて緊張で強張った精神を解きほぐれるよう、なるべく柔らかな声色で言葉を送った。
「回避か防御系統のやつを使うんだろ。俺が突っ込む。回復支援任せたぞ」
「はい、お任せください!気を付けて!」
他にも言いようがなかったのかと自分に問いたくなるような応援ではあったけれど、サクラにとっては力強いと感じてくれるもののようだった。
パーティーを組んだ内部に回復支援に優れた仲間がいる。突っ込んで怪我をしても、後方で回復支援をしてくれる仲間が居てくれるから回復支援型の仲間であり、幼馴染の彼女が居るだけでも一度の戦闘での精神力は強くなってくれるものだ。是が非でも倒れない。
痛みを負った前衛は、「怪我をした時の痛みや辛さ」を知っている。仲間にそんな痛みや辛さを味合わせたくないという気持ちが芽生え、限界以上の力を発揮するのはザラだ。
前衛としての役割は、仲間から敵を遠ざけつつ、殲滅すること。しっかり役割を果たそうものなら、習得するスキルはまず回復魔法を習得するよりも、先に攻撃や防御系のスキル・魔法を優先したいと考えるのは当たり前のことだ。中途半端に回復支援スキルを習得すると防御や攻撃が落ち込んで、それだけ長く戦闘が続いてしまうことになる。ゆえに、前衛として最も望ましいスタイルは敵視を自身へ集中させている間に防御を固めて敵の攻撃を耐えられるようにし、攻撃力をあげて出来る限りバトルタイムを短縮する戦法だ。
スピードアタッカー&タンクとして確実に役割を果たすことで、パーティーメンバーの安全確保をはかろうというのはゼノの考えだった。
タンク―――盾職としての役割も回復支援型と組み続けるなら必要だから、仲間が得意とする回復系統を習得するよりも先に、仲間が苦手とする攻撃&防御を高めるのはステータスやパラメーターを成長させる王道な過程である。得手不得手を補い合うことこそが、ゼノにとってのパーティーへの理想像だ。
とは言え、たった2人だけでパーティーを回し続けるのは体力面でもメンタル面でも、サクラにとってはしんどいのだろう。冒険オープンワールド型のVRアクションゲームをさんざんやり込んできた廃人の記憶があるから全く堪えていないゼノとは違って、彼女はほのぼのとした農作運営系のゲームだったりとか、乙女ゲームだったりとか、そちら方面を楽しむ可愛らしい少女だったから。回復支援型………言わば、怪我を治癒したり、敵の攻撃を妨害&防御するヒーラーへの精神的負荷は多大なものだ。
大切な幼馴染へそんな重たい負担を押し付けるつもりはないから、初期で獲得できるジョブはすべてレベルマックスに上げ切る予定ではあるが。それでも、最低でもあと一人はパーティーメンバーが欲しい。
その考えが頭の隅をよぎってしまうのは、仕方のないことだろう。
身体が崩れたままのゴーレムの方へと足を進めていくゼノは、腕に盾を顕現した直後に、堂々たる態度で目の前に立ちはだかった。此処から先は通さない、と言わんばかりの姿勢で体験ベルトから片手剣を抜刀すると、崩れた岩々の間で輝く結晶が眩い光を放つ。
地響きのような音を響かせながら、岩々は少しずつ人型を模していく。形作られると同時に振り上げられた棒状のような形の岩は、おそらくはゴーレムの『腕』だ。
回復支援の魔法は、一つ一つが敵視率高いのであえて初撃を受け止め、『挑発』して敵視をゼノの方へ向けさせる。岩と金属のぶつかり合う音が耳から飛び込んできて、神経を震わせた。揺れかけた肩を押さえ、ゴーレムの腕力を受け止めることだけに集中する。……ゴーレムと対峙したことで、分かったことがある。コイツ普通に殴っても倒せないぞ。第二のスライムか。
ゴーレムの正式名称は『魔核岩人形』。名前の由来は、そのまんま。魔力を蓄えた核を中心として、入力した行動命令の通りに活動する岩で出来た人形であるからだ。
人形相手に意思疎通は不可であり、良心が痛まないという点では、初心者のメンタルでも比較的に殺りやすい相手だとは思う。
ゴーレムの防御力は硬く、なおかつ耐久値がえげつなく高い。何度もスキルや魔法を行使することを考慮したダンジョンは、『初心者が冒険RPGを覚えるためのチュートリアル』として圧倒的な防御力の高さを誇るゴーレムをダンジョンボスに添えることで今後のボスバトルの修行の相手としてはメンタル面でもプレイヤー技術面でも、最も適任だと言えるのだろう。長期戦は嫌だけど。
横に向かって薙ぎ払われた成人男性一人分はあるだろう岩腕を踏みつけ、盾で殴り壊す。
接続部分を叩き壊したところで、ゴーレムは魔力を蓄えた核を心臓として活動する岩人形。叩き壊した部分を回収されたり、周辺に岩があれば、そこから修復可能である。
では、ゴーレムはどのようにすれば討伐達成となるのか。
答えは簡単だ。何度も出てきた文章がある。
ゴーレムとは、『魔力を蓄えた核を心臓』として活動する岩人形。つまり、『魔核』を破壊すれば討伐達成となる。そのためには、岩を一定数引っぺがさなくてはならない。第二のスライムか。
「簡単だな。」
ゼノは「簡単」と口にしたが、一般兵が居たならば悲鳴をあげたことだろう。動かないように取り囲みつつも、巨大な投石を用いてようやくゴーレムの壁を崩し、ようやくのことで魔核を露出させることが出来るのだ。
しかも、その魔核もかなりの強度を誇っており、5回以上は同じ作業を繰り返さなければならない。だから、簡単なんてことはありえない。人間族の常識から遠ざかって行くばかりのゼノは、そのことに気づかぬまま慣れた様子で魔核を覆う硬い部分を破壊した。
「破壊する。援護を」
「水よ!」
露わになった魔核へ一度蹴り込み、震える岩々が魔核を覆う壁として再生のために震えるのを視界にとらえる。再生しても蹴り壊せば問題ないが、という考えがよぎったところで、水魔法が放たれた。ずぶ濡れになった岩々は地面へと転がり落ち、再びカタカタ震えて再生を目論む。
サクラが作ってくれたすきを逃さず、露出したままの魔核へと追撃すると、ゴーレムはぴくりとも動かなくなり、光の粒子と化した。ストレージボックスには、先ほど討伐したゴーレムの素材が増えている。
「ゼノ! ゼノ! お疲れ様です! わたしもボスを……ゴーレムを倒せました!」
「ああ。おめでとう。」
廃人級の難易度に合わせた初心者用ダンジョン『イーリスの境界』を見事突破した。途中、懸垂が出来なくて躓いてしまうところはあったが戦闘面ではじゅうぶん修行を積めたのだろう。レベルアップの通知が頭の中で無感情に流れる。
『……流石は乙女と守護者と言ったところじゃな。』
「ど、どなたですか!」
喜びを分かち合う空気の中しわがれた老人の声がフロアに響き、サクラは怯えながら杖をぎゅっと握りしめた。不安がる彼女の気持ちを落ち着けるため剣を構えながらも警戒する。けれど、…どうにも危険性は薄いと認識が抜けない。ゼノが形ばかりの緩めの警戒を行っていることを察してか、しわがれた老人の声はくつくつと愉快気に笑いを響かせた。
「わ、わたしたちを食べても美味しくないですよ!?」
子どもを太らせて喰らおうとする悪魔のような笑い声だと受け取ったのか、すっかり怯え切ったサクラは謎の方向へ走った言葉を放つ。
『わしとて人を喰らう趣味はないわ!…まったく、奴らの末裔は相変わらず笑わせてくれるもんじゃの。』
奴ら…複数形の見知らぬ末裔などと言われても困る。
『おぬしらの未来は『邪悪に喰われて』おるようじゃ。現況を絶たねば、未来永劫おぬしらは数奇な運命をたどることになろう…。』
「そ、そんな………っ」
すでに現状が奇妙なんだが。地球から世界スピラに飛ばされたのだろうかという現状も、ものすごく奇妙な状況なのだが。悲痛に顔を歪めるサクラとは異なり、もの言いたげにぐっと言葉を堪えた。
ずっと無表情だから多少外れたことを考えていても、ツッコミさえしなければバレることはない。そのおかげで言いたいことが全て顔に出ていた頃より、幾分かは思考を巡らせることは出来ている。レベルアップ制度やスキル制度があるおかげで、まだラ・シェルタの世界がゲームかもしれないという認識の穴から抜け出せていない。ある意味、油断を誘う最大のトラップだ。
『…ほんに運命の輪とやらは、残酷じゃ。』
痛みを堪えるように老人の声は言った。神々は枯木行くばかりの世代ではなく、今まさに芽生えようとする若葉に過酷な運命を背負わせたがる。そう遠からぬ未来、世界に大いなる災いが訪れるだろう。
『その災いの中央に、おぬしらは何があろうとも必ず立たされるはずじゃ。』
「ど、どうしてですか?」
『わしにも分からん。じゃが、未来は裏切らんことだけは分かっておる。』
「………―――未来は?」
努力は裏切らない。ではなくて未来は裏切らないとはなんとも可笑しな話。思わず零れた疑問に老人の声は呻きながら肯定した。
『親子じゃのう…。ジークと同じように鋭い子じゃ。』
「父さんと…?」
自然と知らぬはずの名が父のものであると認識出来た。わたしの、雪野の父親の名前ではないはずなのに、俺の父であると。ぞわりとイヤな予感がした。まさか。そんなまさか。俺が“わたし”であった頃の記憶は、ラ・シェルタと幼馴染限定するもの以外なんにも思い出せなくなっているとは思わなかった。
異世界転移…と呼ぶには記憶の構築具合に穴がありすぎる。サクラに話すには早すぎるだろう。気づかれぬようにじゅうぶん気を付ける必要がありそうだ。
父を思い出す息子の姿に見えるのか、老人はゆったりと言葉を紡ぐ。それはチュートリアルにありがちなアドバイスのようなものだった。
『わしは『未来を追体験』出来る力をもってしまってな、余計な争いを招かんため此処へ隠れ住んどるんじゃよ。未来のことは詳しくは語れぬが、世界救済を掲げるにしろ、滅びから逃れるにしろ、ひとまず冒険者となるがいい。」
「………え?」
話しの流れからして「世界スピラを救え」とでも言われるような気がしたのに、予想外の言葉を掛けられてサクラはきょとりとしたし、ゼノも少し驚く。老人はしゃがれた声で、力無く笑ってから「若葉に過酷な運命を背負わせるぐらいじゃったら、王族貴族の存在価値なんぞないわ。」と豪快に言い切った。
騎士に聞かれでもしたら不敬罪でしょっ引かれた発言を躊躇いなく言えてしまった老人は言いたいことは言い終えたらしい。もう話す気はなくなったらしく、それ以降どれだけ話しかけても言葉が返ってくることはなかった。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの5日(見習い剣士Level.8↑)
称号『不殺』を獲得しました。
『地図』を習得しました。
『獲得経験値量UP』を習得しました。
◇迷宮『イーリスの境界』を踏破しました。
ダンジョンクリアおめでとうございます。
追加報酬として、ジョブ専用の装備がランダムに振り込まれます。




