13.はじまりの森。
有益な情報をくれたことだし。彼らはそれが有益な情報だったことは伝わっていないが、他に手伝えることは、と尋ねるとツェーンはやんわり笑って首を振った。
「ありがたいことに、すべてルプスさんが手伝ってくれたおかげでありませんよ。」
それならば彼女の側で何か手伝おうとしゃがみ込んだままの姿勢から立ち上がった瞬間、アダルヘルムがおずおずと前に出てきて言った。
「も、もしも良ければ民家の強化をお願いしたのですが!」
「アダルヘルム様! 彼は旅人であって、木工職人ではないんですよ?」
アダルヘルムの言葉に、やや困惑したようにツェーンが首を振る。雇える職人はすべて王都に出払っており、素人でもかじっただけの人でも必要としているのだと訴えに木工師を開放したばかりのゼノはクエストを引き受けた。ツェーンの言うように、決して職人ではないから立派なことは出来ないと前置きもアダルヘルムにとっては有り難い言葉のようだ。
護衛が狼狽えながらも嬉しそうに頭を下げるので、切羽詰まった状況だったのだろう。修復クエストだからか、やはり資材はあちら持ちだった。
道具屋で木工師の道具を買って、壊れてしまった壁や天井、床の修復に取り掛かる。合計で十の小さな民家をなおすのは、移動距離も相まってさして苦労はない。やることが早すぎるのも問題だ。
人間の作業スピードに合わせていたら、何日もかかってしまうからそれもそれで嫌だが。陽が暮れる頃にはすべての民家を修復し終えた。おまけに強化もしておく。
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【達成クエスト】(ゼノ・ルプスの名声値:10)
『修復クエスト』
はじまりの村の施設修理:報酬としてEXP1,500、150×6Bs、スキルポイント+6、+名声10を獲得しました。
はじまりの村の民家修理:報酬としてEXP100×10軒、100×10Bs、+名声10を獲得しました。
『清掃クエスト』
はじまりの村の雑草抜き:報酬として50Bs、スキルポイント+1を獲得しました。10回ごとにEXP200獲得しました。繰り返し受注可。
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作業ばかりで一日を終えてしまった。修理を終えたばかりの屋根に腰かけて、くあ、と欠伸を零す。夕暮れから夜にかけると目が冴えるのだが、サクラと行動を共にするためやや無理に起床時間を早めた。
朝から昼間にかけてはやたらめったら眠気を誘われるのは早起き過ぎるからとも言えるが“その時間帯に活動しない種族”だからとも言えた。狼族は、基本的に夜行性だから仕方のないことだけれど。
懸命に運び込むものは村にとって良いものなのだろう。えっさほっさと汗水流し、何やら警備兵は忙しく何かを運び込んでいるようだ。
村長は有り難そうに運び込まれる物資を拝みながら手伝おうと立ち上がって、腰をおさえていた。彼女が来たから今はやめておこう。
「お、お待たせしました…っ!」
「…ああ、戻るか?」
「はい、明日はどうしますか? わたしはまた別のところで作業のお手伝いを、と思っているのですが…」
「運搬作業でもやる。」
じっと行きかう人を観察していたら、幼馴染が駆け寄ってきたので隣に降り立つ。縫う速度が上がったのだと意気揚々と語る彼女は、どうやらこの世界に馴染んでいるようだ。
スキルやレベルが普通にあり、会話の中に飛び込んでくるような内容であったことを知れたから少し気が楽になったとでも言うのか。何はともあれ、緊張で強張った肩から力が抜けたのは良いことだ。
運搬作業、と不思議そうに首を傾げるサクラに後方を見るよう促す。振り返ったサクラの目に映ったのは、大きな荷車から何かを一生懸命運び込む警備兵の姿だった。
「徹夜する様子はない。」ときっぱり断言したゼノの言葉を拾うなら、きっとあの作業は今日中に終わるものではないのだろう。がんばってください、とゆるり微笑んだサクラの応援にゼノはコクリと頷きを返した。
すり、と頬を撫でて「無理だけはするなよ」と注意すれば彼女は目尻を赤らめて頷く。平熱だから風邪ではないだろうが、精神的ストレスの影響を侮ってはいけない。気を付けながら二日目を終え、三日目、四日目は運搬作業に徹底したため何の会話もなかった。
そうしてはじまりの村で五日間を何事もなく過ごした二人は、目当ての称号を得た。サクラの『聖女』への第一歩である。
「どうします? 移動します?」
「………冒険者として活動するなら、登録はするべきだろうな。」
サクラの起床に合わせ、ゼノも食卓につく。ぼんやりと今後の方針を考えるサクラの声に言葉を返しながらハッとした。唐突だが、装備にはランクがある。上からSからFまで振り分けられたそのランクは、『迷宮』と呼ばれるそれの攻略難易度に合わせたものだ。
世界に点々と存在する『迷宮』の構造はランダムで、中には入り組んだ迷路や謎、仕掛け、たくさんの魔物が横領跋扈する箱庭のことをさす。別名『生きた建物』とも名高く、何故だか何度も再登場する宝箱からは貴重なものから無用なものまで出てくるから、冒険者の間ではかなり人気な場所でもあった。
そして、確か初心者のチュートリアルとして、『はじまりの迷宮』が存在する。はじまりの迷宮では、初回限定で突破した場合のみ最高級品ランク―――つまり、Sランクの装備を一つドロップすることが可能だったはずなのだ。
最高級品装備を手に入れられるのなら、その機会を逃す手はないだろう。『不殺』の称号を得るまでの間、一度たりとも戦わなかったので身体が少し鈍りなこともあったし、ナイスな位置づけ。
「ちょ、挑戦しに行くんです…?」
「その方がいい。」
ゼノは戦闘系のレベルが上がったけれど、サクラは生産系のレベルしか上がらなかった。パラメーターの差は目に見えてかけ離れてしまったことも気になるのだろう。そんな彼女のためにも序盤でレベル上げに相応しいのは、はじまりの迷宮なのだ。
此処で経験値を稼がなければ、彼女はああやってコミュニケーションで活動範囲を広げるばかりで戦闘が出来なくなる。修行僧からクレリックへ進化するまでの道のりが遠ざかってばかりだと、それは彼女の望むところではないだろう。だからこそ、此処で逃すべきではないのだ。
ちょっと暴れたい、という本音も交えたらすんなり要望が通った。そんなこんなでゼノはサクラとともに、はじまりの迷宮を目指して森を抜ける。アダルヘルムとツェーンを言いくるめるための名目は「森の巡回」だ。
どこか不安げな眼差しをするアダルヘルムとツェーンに見送られながら、「雑草抜き」のエリアから少しずつ奥へ進んで行く。新しく『地図』スキルを開放し、残りのポイントで『獲得経験値量UP』を獲得した。
『はじまりの村』付近のフィールドだから出現するモンスターはどれもこれも柔い、と見せかけてなかなかエグイ倒し方をさせてくる。例えば、先ほど討伐したスライムの群れは、「ただ殴れば良かろうなのだ!」では倒せなかった。ゼリー状の肉体を叩き潰せど叩き潰せど彼らの心臓とも言える原動力。核と呼ばれる魔力結晶を破壊するまで再生を続けてきたのだ。
核を破壊するまで酸を飛ばされたり、体当たりをされたり、一撃でも当たればサクラは大怪我を負うそれを庇いながらの戦闘は―――わりと難なく突破出来たのではないだろうか。サクラの息切れは気になるけれど。
「すみません。体力作り…がんばらないと、ですね…。」
「…気にするな。」
木陰に隠れながら討伐したモンスターの総数を勘定した。そこで得られる経験値も気になるところ、彼女の体力に気遣いながら討伐するペースを考える必要があるだろう。ダンジョンを攻略するためにも、サクラにはまず避け方と逃げ方を身に付けてもらっておきたいところだ。
エネミーどころかそこかしこを『眼力』で見続けたから『獲得経験値量UP』の効果も相まって、『眼力』のレベルも大幅に上昇した。『眼力』(26/50)と半分以上になったからか、『眼力』スキルが進化することも教えてくれている。もしかしなくても、最終進化は『鑑定』スキルになるのではないだろうか。今のレベルで見ることの出来るエネミーのステータスは、名前だけなので予想はあながち外れではないような気がした。今からちょっと楽しみだ。
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《フィールド:はじまりの森》
■エネミー
『スライム』
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速度はかなりゆっくり目ではあるし、体当たりをしてくる前の力を溜め込む動作の間に徒歩で移動できてしまうし、相手がスライムだけではさしもサクラも回避行動を取りづらいのだろうか。
近くに獣型のエネミーもいるっちゃいるのだが、兎型では彼女の闘志を引きずり出せない。むしろ小動物型は彼女と顔を合わせさせるには難易度が高すぎる。何せ、彼女は大の動物好きなので、顔を合わせたら討伐するよりも愛でる方向に思考がシフトチェンジしてしまうのだ。
視界の隙間に、緑色の肌の小鬼を見つける―――というよりも気配を察知する。舌なめずりをしながら彼女を見つめて涎を垂らすエネミーは確かに醜悪な気配をしていた。獣人族ゆえにマジックポイントこそは少ないが、永遠と『魔力操作』を続けたおかげで制度は上がっている。風の刃を創造し、ゴブリンに向かって放つ。
アイテムストレージに素材が振り込まれた。…獣人の嗅覚とは言えども村の中にいてゴブリンのにおいがする程度の距離には近くに来ているとは思ってはいたが、村の中から強者の気配が消えて活気づいてしまったのだろうか。もしかすると、近くにゴブリンの野営地があるのかもしれないと思うほど結構な数が居たようだ。
「少し見てくる。」
「は、はいっ」
村からやや離れた洞窟にダンジョンがあることは、サクラが村長から聞いてくれたおかげで判明したことだった。彼女の情報を頼りに地図を広げてみたけれど、此れならばダンジョンまでの距離は半分まで切ったはずだ。
結構な速度での進軍と討伐を繰り返したため疲労した表情を見せる彼女を切り株に腰かけさせながら、ゼノは周囲の探索を行う旨を伝えた。了解の声を掛けられると同時にサクラの前から姿が消える。木々の隙間を縫うように蛇行しながらゴブリンを見かけた周辺に降り立つ。
足跡はあるけれどすでに移動したあるのようだった。激臭が漂う野営地の跡は、何故だかゴブリンのものであると認識できる。故郷で散々ゴブリンやオークと言った鬼系のエネミーを倒して来たからなのだろうか。
帯剣ベルトから木製の片手剣を引き抜き、警戒態勢をとった。抜身の刃は潰れていて、あくまでも練習用であることが分かる。斬撃だと思ったらこれは打撃攻撃に部類するようだったから、おかげでスライムを討伐するときも手こずったものだ。
頬を撫でる風に乗っかってやってくる敵のにおいを覚える。やはりというか、なんというか。ゴブリンの群れが、思った通り村に向かって進軍を開始していた。世話になった彼らの傷ついた姿をサクラが見たら悲しむし、世話になっておきながら何も返せないと言うのはムズムズする。
―――…潰すか、ゴブリンの群れ。
先ほど『風魔法』で討伐したゴブリンの群れは、斥候部隊だったのだろう。本隊はすでに出立し、斥候部隊が戻って来なかった場所を回避しながら足を進めているようだった。捨て身の戦法である。ゼノほどの脚があれば、先行する本隊を叩くのは容易に出来た。ゲーム意識が抜けないという難点はあるものの、ゴブリンの群れを討伐したことはあとでアダルヘルムに知らせておくべきだろうと考えは浮かんだ。
『庇う』スキルは一定の距離を離れてしまうと意味がなくなってしまうから、村へ向かう魔物の群れは他にもないかと探索する。先のゴブリンの群れだけのようだったから早々に彼女のもとへ帰還した。
「どうでしたか?」
「群れを討伐した。あとで報告せておいてくれ。」
「……わかりました。スライムの群れですか?」
「ゴブリン。」
「あら……」
苦手だろう、と無言のまま見つめると彼女は青ざめたまま神妙な顔をして頷く。当然いざとなれば守るが、今の最優先事項はダンジョンを攻略することである。連れて行かなかったのは比較的に安全地帯と呼べるような場所で休息を取らせる彼女に、更なる疲労を重ねさせたくなかったことやゴブリンを苦手とする女性が多いと聞くからと理由を汲み取ってくれたようだった。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの5日(見習い剣士Level.4↑)
称号『不殺』を獲得しました。5日間、住民と関わりながらなにも戦う意思を見せなかった者に送られる称号です。
『地図』を習得しました。これにより、行ったことのあるフィールド・エリア・ダンジョンなどの地図を作成することが出来ます。
『獲得経験値量UP』を習得しました。スキルレベルに応じて獲得経験値量がアップします。(1/10)




