11.修繕クエスト(2)
ログアウトも出来なかったし、帰る方法も分からなかったから、一日を過ごしてみたが、地球と文明が異なる以外では大して差分がないような気がする。ひとりの生き物として生活するサイクル流れは、早々に変わるものではないということだろうか。宿で一泊したことで、日記は一ページ進んだ。
なにはともあれ、この『修復クエスト』はなかなか美味しい。経験値やBs(お金)の獲得量が、最後に見た攻略掲示板に書き込まれたものよりも幾ばくか増量されている。昨日のクエストのおかげでゼノ・ルプスのレベルは上がり、その分パラメータも補強された。最初の村近辺を探索しても、一発でやられるようなことはまずないだろう。
『修復クエスト』では、必要素材はすべて依頼者側が負担してくれるのが有り難い。神聖系の『特殊職業』を解放するための称号を得るには、あと四日間はモンスターの討伐をしてはならないから討伐せずに済んで安心した。
これがもしも『生産クエスト』ならば、レシピから素材まで用意しなくてはならないようなので、『修復クエスト』の発生は非常に有り難いクエストであることが良く分かる。
宿の食事は、質素ではあったけれど儲けのない村では当たり前の食事を振る舞ってもらった。野菜と果物は様々な国の呼び名になり、肉は魔物や獣が混じっているようだったので、そこらの違いはあるが。食材の名前は“あまり”変わっていなかったことは助かった。未知の世界での労働後に、未知の料理を口にするのは流石に精神的に堪えるものがある。
適当に身体を動かす。起床直後の鈍い思考を働かせるための日課だ。
目が覚めても“ゼノ”であったことが長い夢なのか。雪野であったことこそが夢なのか。それとも本当に異世界へ転移してしまったのか。
夢であってくれと願うあたり、まだまだあきらめが悪い。切り替えの早さが長所だとよく言われるが、それにしたって許容範囲というものがある。幾らなんでも、急に「今日からあなたの生活圏は異世界」などの状況を受け入れられる態勢を取れるはずもない。耳をたてなくとも聞こえてくる隣室の様子に、カウンターの上に自由に伝言を書き込めるボードへ言葉を預けてから外へ出た。
まだ陽が昇ったばかりの時間に、すよすよと心地よさそうな眠りに身をゆだねる幼馴染のことを叩き起こすつもりはない。疲労した分、休めるときにはうんと休んでほしかった。進行中のクエスト具合を確認してみると、昨日完了した作業項目は破壊された様子もなく完了したままのものがある。タスクのやり直しも覚悟したのに良心的だった。
村に吹き込んだ朝の風を身に浴びながらゼノは今後のことを考える。音を立てずに穴を掘るためにも、魔法やスキルを習得している方がいいだろう。今後の戦術としても役立てられるだろうし、『サバイバル知識』があれば非常に便利だ。
人里を追われてしまっても、独立して生活して行けるだけの力をつけておくと何があっても狼狽えずに済む。また、何かの厄介事に巻き込まれても幼馴染を連れて大自然の中に駆け込めば良くなるだろう。そのために清掃クエストの雑草抜きで散々スキルポイントを荒稼ぎしたのだ。
現時点で必要なものは、対象を罠に嵌める『落とし穴』と、形を整え隠蔽するための『地魔法』、そして今後の生活サイクルを考えて『サバイバル知識』だろう。習得して顔をあげると、門番と視線がばちりと合った。
「ルプスさん、おはようございます。」
「…ああ。」
「デコイの場所をご覧になるんですね? ご一緒しても?」
彼はフリューリング伯爵の側仕えだっただろうか。村に配置されたのであろう警備兵とは異なる装いの人物は、そう言えば昨日は伯爵の側でずっと控えていた人物だったような気がする。見るからに門番の位ではない人間が外回りをしたがる意味は一つだろう。…修繕作業へ手を貸す旅人の監視役だ。
村に被害を加えるような動きがあれば、すぐにでも切り捨てるつもりだろう。当然と言えば当然のことだ。
群れに危害を加えるような輩を発見したならば、獣人族なら速攻で嗅ぎ分けて叩き切る。その点、人間族は罪状にランクをつけて罪状別に処罰を与えるのだから温厚な方だろう。
一応伺いながらぐいぐいと押し込んでくる姿勢の男は、ツェーンと名乗った。一方的に話しかけてくるものの、獣人に対して深い理解がある男のようだ。
話しかけてもゼノの言葉を求めてはこない。騒がしすぎる声の大きさでもなく、ラジオ番組をバックミュージックに作業をしているような気分になる。雪野ではなくなってしまった今、それが非常に心地良い。時折、興味のある内容で相槌を打てばその内容を細やかに話してくれた。
民が好む冒険者像や、市名声を高める方法の説明。寡黙で無表情なゼノは、おおよそ一般市民が依頼を頼み込む冒険者像としては恐れ多すぎるのだとか。もっと雰囲気を柔らかくしてみろと言われるのではなくて、紙面でのやり取りをすすめてくるあたり、本当に獣人族に対する接し方というものを理解しているようだった。
雪野の頃は人間族だったが、ゼノの身体になってからは何故だか『獣人としての常識』が備わってしまった。そのおかげで、人間族とあまり衝突せずに済んでいるのだと思うが。やはり常識として当たり前のように抱える知識を優先してしまうため、ゼノの精神は『獣人の当たり前』に引っ張られてしまうのだろう。
たとえば、人間族の挨拶は『おはよう・こんにちは・こんばんは・さようなら』と多種多様だが、獣人族の挨拶は親しき者と顔を合わせたら身体の一部―――尻尾や翼などを接触させて挨拶をするが、その他とは何も交わさない、など。
「ですから、ルプス様のように“人間族の挨拶”をしてくださる方は珍しいんです。」
人間族のためではなくとも、幼馴染のために行われるそれが。
挨拶だけでも、文化を合わせてくれる姿勢が嬉しいのだと、ツェーンは言った。
冒険者像としては、“そのまま成長”してくれることが望ましい。初心を忘れた者から軽率な行為に走りやすく、また短気になりがちなのだ。
そう言った短気なものは人に八つ当たりしてしまうなどの暴力沙汰を多数起こしてしまうなど、事件を起こしてしまうと。だからこそ、貴族たちは“実力と良識ある冒険者”には初心を忘れぬまま成長してほしいと願うのだ。
冒険者としての名声をあげるには冒険者ギルドで発光されるクエストを受注し、達成する。また、『討伐ボード』という指名手配犯の捕縛もしくは討伐。何よりも大事なのが、その行動の“過程”であると言った。
「過程…?」
「…っええ! 実力主義の獣人族とは異なり、人間族は非力ですから。道や家など壊されてしまうと大変なんですよ。」
「そうか。」
その行動をした場合、周囲へ与える被害なども考慮して活動してほしいという願いは激しく理解できた。心得たことを示すように、ゼノは静かに頷く。今のところ器物破損をしたことはないにしろ、気を付けられるのなら気を付けておくべきだろう。
雪野の知識をたどれば田畑の柵をくみ上げる過程で人を驚かせるようなことをした自覚はあるものの、「それぐらいのことで本当に驚いているのか。」という疑問がゼノの中にあるのは若干否めない。「そう言えば、人間は道具を使って杭を打つのだったか。」程度の認識になってしまったのだ。
ツェーンの案内を受けながら子どもたちの遊び場を避けて、なるべく監視の目が薄れた場所に『落とし穴』を掘った。確認だけと考えて朝の散策に出たのだから、当然シャベルは持っていない。だからこそ、穴を掘るために目印をつけるだけにするつもりだったのだが……。
しかし、目印をつけた瞬間にツェーンが控えめに腰からぶら下げる剣のようにシャベルを取り出したのには目を丸くした。表情は変わらなかったけれど。ベルトは帯剣するためのものだと先入観で腰のそれは剣であると認識していたから、驚かされたのだ。
先入観とは恐ろしいものだと感情を抱く。当たり前を、ただの当たり前として行動するのは、とても危険なのことだ。
あれがもし、サクラと一緒で、彼の取り出したものが毒物だったり、暗器だったりした場合、人間族であるサクラへの痛みは相当なものとなったことだろう。“そういう”可能性もあるのだと、認識を改め直さなければならないと思い直した。
適当に穴だけを掘ったら次は『地魔法』で地盤を適当に平坦過ぎず、凸凹過ぎず整える。
その作業を似たような条件を満たす場所で幾つか続けていると、小鳥の囀りが耳にちちちと“人間族の朝”を報せた。真面目な性質であるサクラが寝過ごすことはないだろうが、彼女のメンタルはか弱い乙女だ。
“照美”だった彼女も、“サクラ”である彼女も。裁縫師としての作業に没頭したのには、そのメンタルが壊れないようにと彼女自身の本能が働いた結果なのかもしれない。彼女は怖かったり辛かったり、精神的な苦痛を感じるとすぐさま何かの作業に打ち込む質だから、本能が働いた可能性も高いだろう。だとしたら、異世界へ来たかもしれない日の翌朝だ。
精神的疲労が溜まっていたらもう少しゆっくり起きてくると思う。…予想でしかないが。村の方へ視線を向けると、ツェーンは「戻られますか?」と微笑を携えていた。
「…後は設置するだけだ。」
「なるほど。では、朝食をとってから作業を―――いえ、材木を揃えておきます。」
律儀に「休憩は必要があればとる」という発言を守って、作業を進めるという意思をくみ取ってくれたようだ。
言葉を発せずにも伝わるのはとても楽でいい。ゆるりと頷き、ツェーンと共に『はじまりの村』へと戻る。起床したばかりなのか人間族の動きは緩くふわふわとしたものだが、店を構えたり、働き始めたり、田畑の世話をするものは生き生きとした様子だった。早起きは年寄りの特技ですわい、と鍬を構えて畑を整えて行く姿は見事なものだ。
足腰がしっかりとしていて、バランスが崩れることなく、土が盛り返されていた。猪避けを見つめる眼はとても嬉しそうだ。
ぴるっ、と自分の耳が揺れる。彼女が起きた。
サクラや子どもたちが起きる前には、デコイの設置は完了した。ツェーンが証人として『デコイの設置』の完了をアダルヘルムへと報告する姿に門の番を交代した警備兵たちが目を丸くし、慌てて場所の確認も兼ねて餌を設置しに行くほど驚かせてしまったようだ。
「徹夜、されたんですか…?」
まるまると驚きに見開かれた眼は純粋で、「僕なら徹夜しても完成できません。」と顔にありありと描かれてある。早すぎる作業は受け入れがたい事実として彼の頭にそのような疑問を浮かべたのだろう。
笑いを堪えながらツェーンが徹夜説を否定した。朝早くから共に村を巡回しながら作業を終えたところまで確認したことを報告するとアダルヘルムは目を瞬かせた。餌の設置と確認を終えた警備兵たちが敬礼をとり、それぞれ順に報告を終えてゆく。
ようやくのことで現実と受け入れられたアダルヘルムは、作業達成を認めてヘコヘコと「僕はまたとんだ失礼なことを!」と振り子人形のように謝罪を繰り返しながら報酬の受け渡しを行ってくれた。コイツ、どうにか出来ないのか。無表情ながら何かを訴えるような眼差しを聞き入れたツェーンはにこりと笑って主人の尻を引っ叩いた。
「あいたぁ!」
「怖がらせないでくださいよ、アダルヘルム様」
「こ!? ごめんなさい………」
困惑しただけで別に怖がってなどいない。しかし、否定しようものなら言葉を交わす必要がある。面倒になったゼノは、もうそれでいい、と丸投げした。
露骨な視線をぶつけられるのを感じながら、ゼノは次の作業へ取り掛かるために作業項目を見下ろした。目の前でクエスト画面やパラメーター画面を出しても何も見えていない人間の振る舞いだったことから昨日実感したが、ゲームシステムのような画面や数値などは、スピラの住民たちにはこれっぽっちも見えない、聞こえない、認識出来ないようだ。
何かしら見えていたのだとしたら、素直な子どもたちのことだからリアクションを取ったはず。それもなかったから、きっとゲームシステムの機能はゼノやサクラにしか見えないのだろう。クエストメニューを確認したなんて、口が裂けても言えない。ぼろがでないように画面を消してから、作業内容の確認を取りながら、必要性と優先度も尋ねる。
尋ねると言っても…
「教会は」
「日々のお祈りや迷える子らの拠り所として機能しています。雨漏りや崩れた壁からの吹き抜けが心配なところですが、今は天幕の布で穴を塞ぎやり過ごしているようです。」
「投石器」
「遠方にゴブリンなどの魔物が見えたら、牽制用に1つ設置しておりました。ですが、少し前に大量の冒険者がこの村を訪れ、壊れてしまったんですよ。」
「……銅鑼」
「ああ、やはり耳の優れた獣人の方は嫌がられますよね。害獣や魔物が近くまで来た時の牽制や危険を報せるためのものです。連絡手段として、大きな音の出るものは重宝してるんですよ。」
「他は」
「ありません。以上がお願いしたい作業です。」
ご存知の通りゼノ・ルプスのコミュニケーション能力は皆無である。単にアダルヘルムの側近ツェーンの瞬発力を試しているような雰囲気になってしまった感が否めなかった。
ゼノ・ルプス
■星歴2217年
L◇アリエスの2日(見習い剣士Level.3)
『落とし穴』を習得しました。落とし穴を掘れるようになりました。
『地魔法』を習得しました。地属性の魔法を使用できるようになります。
『サバイバル知識』を習得しました。サバイバルに関する知識が増えるようになりました。
『修繕クエスト:はじまりの村の施設修繕』を進行中です。
①バリケードの修理(4/4) +250EXP +150Bs
②教会の修繕(0/1)
③デコイの設置(12/12) +250EXP +150Bs
④投石機の設置(0/2)
⑤スタン銅鑼(0/1)
⑥害獣対策(4/4) +250EXP +150Bs
◇―――報酬―――◇
1.1タスクにつき、250EXP
2.評価により獲得Bs100~150変動
3.全タスク完了にて、別途スキルポイント6及び名声10を獲得。