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ラ・シェルタ 虹の乙女を探し求めて。  作者: 夜鷹ケイ
序章 現実≒幻想の世界
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1.わたし。

 唐突ではあるが、乙女ゲームはご存知だろうか。…簡単に言えば、わたしの幼馴染が好むジャンルのゲームのことをさす言葉だ。

 ちょっと語弊があるかもしれないが、わたしの認識ではそれ。多くの人が知る認識では、主人公すなわちプレイヤーが女性のゲームの総称。女性向けの恋愛ゲームのことである。

 わたしの通う学び舎でも、「乙女ゲー」や「乙女ゲ」「乙ゲー」と省略されて親しまれていた。

 しかし、数多くの少女たちが虜になるそれは、わたしにとっては悪夢のような時間であった。何故ならば、わたしはロールプレイング型の冒険アクションゲームを好むからだ。逆か。冒険アクション型のロールプレイングゲーム。どっちも変わらんか変わるか。

 それはさておきとして、ひんひんと泣き真似をしながら幼馴染をちらと見る。あからさまな「構って!」のアピールは、今日も見事に無視されてしまった。

 甘えた少女のような声を意識して、眠ったような姿の彼女に声を掛ける。わざとではないのだから性質が悪い。わたしが、乙女ゲームを嫌いになるのも無理はないだろうと言ってやりたいぐらいだ。



「てっちゃぁん、まだぁ? まだなのぉ~? 一緒にあそぶって約束したのに、ぜんっぜんわたしとあそんでくんないよぉー!」



 媚びるような声は低く、どちらかと言えば恨めがましい印象を受けるだろう。そうだ、わたしは乙女ゲームに嫉妬している。幼馴染の瞳に長く映り込むイケメンたちに滅びよと幾度となく胸の内側で唱え続けてきたものだ。

 だって、クールビューティーな美女から蕩けるようなふやけたふにゃふにゃの顔で見つめられるだなんて……ズルイ。わたしだってそんな顔を向けられたい。雪野の趣味は、かわいいものを愛でることだった。

 うわぁん、と泣き真似を繰り返すうちに本当に寂しくなって幼馴染の部屋を出た。仮想現実で楽しむべくヘルメット型のゲーム機でプレイしているのだから、しばらくは現実世界に意識は帰って来ないだろう。あーあ、せっかく一緒に遊べると思ったのに。拗ねたように唇を尖らせて、構ってくれませんでしたと彼女のご両親に降参のポーズをとった。

 あら。と頬に手を当てて困ったように微笑む彼女は、幼馴染の母親だ。

 穏やかな彼女は、あらあらと言葉を繰り返しながら紅茶を淹れてくれる。ありがとうございますと言いながらチマチマとカップから紅茶を飲み干す。猫舌のわたしに気を使ってか、紅茶の温度はとてもぬるくて飲みやすかった。



「ぷは、ごちそうさま。」

「ゆきちゃんごめんなさいねぇ。 あの子も楽しみにしてたんだけど……」

「や、わたしが誕生日プレゼントを先に渡したのがマズかった。てっちゃんのお母さん、せっかくの御馳走なのに冷めてしまうな。ごめんなさい。」



 乙女ゲームをそれこそ死ぬほど愛してしまった幼馴染は、新作をぶら下げられると人参を目前にした馬のように食いついてしまう。そんな彼女の習性を理解していながら、一緒に遊ぶと約束してるし今日は大丈夫だろうとちょっと早めの誕生日プレゼントを贈ったのだ。

 当日は親族を交えてのパーティがあるからと口ごもりながら教えられたので、彼女が好きな乙女ゲームを。


 それが、マズかった。


 誕生日プレゼントを喜んでもらえたことは嬉しかったし、心の底から良かったと言える。けれど、今日を逃せばしばらく幼馴染と遊べなくなってしまうのだ。わたしの心の安寧のためにも一緒に遊びたかったなあ。

 ううん、否。幼馴染の誕生日を祝うのだから自分のことを優先してはいけない。喜んでもらえたのだから結果としては善いものと言えるだろう。彼女が不在の間、学園での彼女の名誉を守るのわたしの役割だ。

 なんてことはなく、ただ彼女のお家とは無関係のわたしが勝手に引き受けた。やらなくてもいいとは言ってくれているが、わたしがしたいことなのだと自らを売り込んだのだ。


 彼女の家柄は、それはもうとても高貴なものである。市民の生活をより理解することで改善点を発見すると心意気でボディーガードもつけずに市民街へと越して来た御一家の長女が、ただわたしの家の隣だったから奇跡的に知り合えたといっても過言ではないやんごとなき家柄の御息女であり、わたしの幼馴染なのだ。

 ちょっと世間知らずなところはあっても、心根はとても優しくて素直だから、市民街で馴染むのも早かった。わたしのおかげだと言ってくれる彼女の言葉が嬉しくて、陽が暮れてもたくさん歩き回って捜索隊を組まれたこともあったか。

 大騒ぎになってしまったし、泥だらけのてっちゃんの姿には両親からは激しく叱られてしまったし、彼女も見知らぬ土地で疲れるばっかりだっただろうに嫌がらず、むしろ喜んでくれたことが当時も今も、わたしにはとても嬉しかった。

 当時の彼女より泥だらけだったわたしのことも案じてくれた御夫妻には、申し訳なく思ったがもっとじゃんじゃん連れまわしてねとゴーサインを出されるとは思わなんだ。

 わたしが彼女と仲良くなったのは、転校して2日目のことだったけど。あんなふうに喜んでくれる彼女一家のために何かをすることは誇らしかったし、満ち足りた気持ちになった。だからこそ、わたしは彼女を傷つける奴は悉く嫌いだし、と少ない語彙力で頑張って押し売りした甲斐があった。

 わたしは学校限定てっちゃんのボディーガード(仮)となったのだ、えっへん。



「あ~! それはそれとして、わたしてっちゃん足んなくなっちゃう! てっちゃんのお母さん、いいかな!?」

「ええどうぞ~。」

「やった! ありがとう!」



 しゅんと沈んだままでは彼女の家族の雰囲気も落ち込ませてしまうから、あえて声を張り上げた。彼女のお母さんに了承をもらって、約束をしたギリギリまでの時間を彼女の部屋で過ごさせてもらうことにしたのだ。

 てっちゃんと愛称で呼ぶことを許してくれた彼女の名は、「明野 照美(あけの てるみ)」と言う。明るいイメージばかりの名前だが、その名前とは反対に彼女はとてもクールでミステリアスな少女だった。人見知り、と気づけたのはわたしが容赦なく話しかけに行ったからなのだろう。


 わたしとてっちゃんが出会ったのは振り返ってみると小学生4年生の頃、思春期で子どもたちが色めき立つ春のことだ。

 その頃のわたしは、「わたし」ではなく「自分」と言っていて、見た目も可愛い印象を受ける少年のようだったと聞く。今でも言動は幼い少年のようだと聞くが、全力で媚びる姿は少女に見えるはずである。タブン。

 強い謎の弁明にはクラスメイトが「そういうところだろうよ」とこぞって微妙な表情をしていたが、わたしがそうだと言ったらそうなんだと思い込むことにした。……のはさておき。

 ともかく、小学生4年生の頃のわたしは完全に「少年」だった。

 そんなわたしは先生たちの間では転校生のお世話を任せられるほどにわりと優秀な類に入っていたらしく、ついでとばかりに学級委員もさっさと決められてしまった思い出がある。

 意思を問われぬまま委員長をやるのが嫌で、やだなあ、と愚痴を零せばてっちゃんからも「無理にお世話しなくてもけっこうです。」とツンと澄ました態度をとられて、クラスで冷たい少女として孤立してしまった。反対に、「私のことは見てくれるよね?」と迫って来たもう一人の転校性は親しみやすかったようで数日とせずにクラスに溶け込んだ。

 当然のことながら、本人の前で誤解をさせるようなこと口にしたわたしは帰宅して当日のことを話すと叱られた。自分に言われたらどうなのか、とコンコンと叱られて「やだ。」と言えば両親も「彼女も嫌だったでしょうね。」と言ったから、わたしも言い方がマズかったと思って、後日てっちゃんに謝りに行ったのだ。


 事態がそれで終われば良かったが、もう一人の転校性はちょっと悪質なことを思いつく子だった。謝りに行くその途中で、“ヘンな光景”を目撃したのだ。

 うっかり盗み聞きしてしまったとも言えるが、学校の階段は誰もが通るし、その踊り場は広くてもわりとひらけた空間だから誰が居るとかは丸見えである。意地悪な顔をして一人の転校性が、黙り込んだまま本を抱えるもう一人の転校性にこう言ったのだ。




―――「あなたのおかげで私はクラスの人気者になれたわ。」

―――「ずっとそのまんまでいてくれるわよね。」

―――「あの子(雪野)に気に入られるのは私なの。」




 それを聞いたとき、わたしは思わず口を挟んでしまった。

 両親曰く、好き嫌いのはっきりとした性格は正義感がほどほどにある。仲間と認識すればとことん溺愛するくせして、敵と判断すればあっさりと全て斬り捨てる残酷な性格だった。つまり、わたしはそこで一人の転校性に見切りをつけてしまったのである。

 心の底から「ダッセェの。」と吐き捨てるように口にしながら階段を駆け上がって、てっちゃんの手を引っ張りながら図書室に逃げ込んだのだ。

 俯いたまま手を振り払われて、転校2日目の彼女の境遇を抱えられた荷物で察した。前の学校から持ち込まれたはずの教材は全て古びた雑巾のようにボロボロだったし、学校指定の上履きではなかったそれは落書きだらけ。ガリベン、とへたくそな文字で大きく書き込まれたそれは前の学校での彼女の評判だったのだろう。

 困惑する彼女を前に、彼女が逃げられるように入り口を彼女の背中側にして、わたしはすぐさま頭を下げた。



『昨日はゴカイさせるようなこと言ってごめんなさい。』

『ゴカイ……?』

『自分、…えっと決めつけられるのか、決めつけるの、キライで…先生にこう…こう、こうするんですよ!って言われるのすごくイヤで…』



 モダモダ口を動かしながら誤解の部分をどうにか説明しようと頭を働かせていると、彼女はとても聡明な少女だった。不幸中の幸いとでも言おうか。その現場に居合わせたからこそ納得したように、わたしの言いたかったことを言葉にまとめてくれたのだ。

 つまり、わたしは意思確認もせず勝手に決めつけられたことが嫌であって、お世話自体は好きな変わり者である、と。教室でのわたしの噂は「世話好きのアイツがやだって言うなんて」と驚愕に溢れたものだったから、それほど転校生がキライだったのか、べつの理由があるのかと思い至ったのだと言う。

 ちょっとの願望もあったらしく、そのちょっとの願望は、彼女が言い当ててくれた言葉の通りであったことはわたしにとっての幸運だ。

 以降、わたしと彼女は友人関係になり、わたしは彼女が学校に慣れるまでナビゲーションをしっかりと務めた。わたしが嫌だと言った理由も明らかにしたことで、先生も今までわたしの意思を一切聞かずに「やってくれますよね。」攻撃の所業を改めてくれたのは、とても嬉しかった。

 もう一人の転校性は、それが気にくわなかった。自分で言うのもなんだが、わたしは結構な美少年面をしている。そんな美少年面をずっと連れて歩くてっちゃんのことが目障りで、彼女はしてはいけないこいとをしてしまった。


 てっちゃんにいじめられたと、まわりを味方につけててっちゃんを孤立させ―――ようとした。わたしが側にずっといたことで、彼女の作戦は悉く失敗に終わったが。それでも、してはいけない領域に手を出した。


 怒れるわたしは、まず己の性別を認識させるために「わたし」と一人称を変更に踏み切った。あんなにもスカートは女装するみたいでイヤだと駄々を捏ねまくって得た少年服から、涙を飲み込みながら愛らしい少女趣味の衣装へシフトチェンジ。

 爽やかに切り揃えていた短髪も冬にかけて伸ばし、わたしは幼少の頃から自分は男だと言わんばかりの態度で過ごしてきたものだから流石にぞわぞわと悪寒が凄かったので武士のように髪を縛ることで精神統一。てっちゃんが武士のようでカッコイイと言ってくれなければわたしは生涯、心に傷を負ったままだっただろう。

 全体的に少女らしさを主張する見た目にシフトチェンジしたわたしは、それでもなお向上心を忘れなかった。“少女”であることを全面に使って周囲を味方付けるなら、わたしだって負けてなるものかと女の子らしさを研究したのだ。前の学校での問題(・・)を抱えるてっちゃんを巻き込んで。


…彼女が乙女ゲームにハマりだしたのも、ちょうどその頃だった。


 彼女が見せてくれたのは少女と見紛う少年ばかりではあったけれど、少女らしさを学ぶには丁度良かったので参考にした。そうして研究するうちに、仕上がったものが今のわたしである。アレ? わたし、少女って言うよりもきゃぴっきゃぴに媚びる女装癖のある美少年だったのか。ちょっとホッとした。女の子は好きだけど、自分が女の子になるのは嫌なのだ。いや、身体は女の子なんですけども。

 そうして悪鬼撃退したことで、わたしとてっちゃんの間には更なる友情が芽生え、16歳の今もなお、友好関係が続いている。たったの6年ぽっちの関係だけど、わたしにとっては好き嫌いをはっきりさせるには十分な期間だ。


 もちろん、わたしはてっちゃんが好きだ。これははっきりと言える。

 だからこそ、てっちゃんを追いかけてどん底に突き落としてやろうって魂胆が丸見えな連中は地獄を通り越して奈落の底へ叩き落してやりたくなる。わたしは好きな子をめちょんめちょんにされそうになると過激派にジョブチェンジするタイプなのだ。

 入学したばかりの私立の高校も、全世界学力試験で1位をとったことで、2年生や3年生から選ばれるはずの生徒会役員への推薦を国から受けた彼女は、要らぬやっかみを受けていた。わたしが蹴散らそうにも、わたしの全世界順位は50位以下だったので名前が浮上することはなく、名声がなければ効果もない。泣く泣く実力を少しずつ見せつけて牽制する程度のことしか出来なかった。

 だが、彼女が長期の休みに入る間、そんなことは言ってられない。是が非でも彼女の評判を落とそうと躍起になる人は多数いるし、計画だって耳にしたし、だからこそ、わたしは全力ですべてを抑制し、押しのけるつもりである。


 そのためのパワーとして、幼馴染と遊びたかったんだけどなあ。

 意図しなかったとは言えども一度でも彼女を窮地に追いやってしまった身としては、彼女が幸せならそれがいいと身を引くしかないのだけれど。つん、つん、と眠ったままの彼女の頬を突きながらわたしは顔を眺めた。

 才女と名高き彼女らしからぬ締まりのない顔で「でへへ。」と笑う姿はちょっと面白くて、そのうち「うぇへへ。」と言い出してしまったのでそっとしておく。彼女の部屋から出る前に「げへへ。一匹オオカミちゃぁん♡」と聞こえた声は、何も聞かなかったことにしてあげた。

 前言撤回。やっぱりやめた。「彼女の好みは一匹狼キャラ」と、心のメモ帳にちょっとだけ残しておく。彼女と一緒に遊べるとしたらきっと冒険アクションと乙女ゲームの合体作品だろう。

 そんなの、あったっけと記憶の中から引っ張り出しながら彼女のご家族に「お邪魔しました」と爽やかな笑顔で挨拶して別れた。

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