90 十日目と十一日目と招待。
笑顔で威圧しているルクトさんと、私しか見ていないハヴィスさん。
「紫の髪、イメチェン? その髪色も可愛いね」
「はあ……」
ハヴィスさんが笑いかけて、私の素の髪色を褒めてきた。
恋人の手前、他の異性の褒め言葉に笑顔で対応するのも、気分を悪くさせてしまうだろうから、曖昧な反応だけでに留めておく。そうでなくとも、ルクトさんから放たれる空気は重苦しいので、すでに気分を悪くしているかもしれない。
ルクトさんは私の肩を抱いて、若干ハヴィスさんから引き離す。
「ハヴィスさん、こんばんは」
「なんだ、ルクトもいたのか」
バチバチと二人の間に火花が散る。
「リガッティーちゃん、オレのクランに入らない? やっぱり仲間が多い方がいいよ、サポートするし」
「結構です。前にもお断りしたように、そちらは新人育成で手一杯でしょう?」
「リガッティーちゃんも新人じゃん。一緒にクランで育てるよ。オレだって手塩に掛けて、手取り足取り教える」
「セクハラですかぁ? 気持ち悪いですよ」
ゴゴゴゴゴッ。
雰囲気が重苦しい。ルクトさんの嫌味をかわし、私にまた誘いをかけるハヴィスさん。そんなハヴィスさんの誘いに対して、笑顔で毒を吐き捨てるルクトさんだった。
私は口を出さない方がいいだろうか。ルクトさんに任せておくのが吉かな。
「ルクトには話してないんだけど? 過保護すぎ。てか束縛かよ」
ハヴィスさんが笑っていない目を、ルクトさんに向ける。
「オレは恋人を守っているだけですけれど?」
恋人宣言してマウントを返すルクトさんだった。
ピクリと眉を動かすハヴィスさんは、顔を強張らせる。
さらにバチバチと火花が散った気がした。
スゥヨンは二人を交互に見ながら、もう泡を吹いて倒れてしまいそうなほど蒼白の顔面で立ち尽くしている。イーレイだけは、無表情で静観していた。
堂々巡りしそうなので「ルクトさん、依頼を済ませましょう」と今日の用件を思い出させてやんわり背中を押す。
「何? 冒険者に依頼事があるの? リガッティーちゃん。Aランク冒険者のオレが引き受けようか?」
ハヴィスさんが食いついてしまった。
「新人教育で忙しいのでは? この前も無様でしたからね、大変でしょう?」
またもや毒を吐いて、ルクトさんは嫌味交じりに拒む。
「……やるのか? ガキ」
「オレに勝てると思ってるんですか?」
とうとうバッチバチに喧嘩腰になった二人。そんな二人をギルド会館にいた冒険者達は見ていたと思えば。
「お? 決闘か? いいぞ、やれやれ!」
「Aランク同士!? 見応えありそー!!」
「決闘、やれやれ!」
決闘コールが巻き上がった。Aランク冒険者同士の決闘が見れると、盛り上がってしまう。
血の気が多いなぁ。
見かねたギルド職員の男性が一人やってきて。
「決闘を行いますか? 私が立ち会います」
と提案してきた。冒険者達は、歓声を上げた。
当事者二人は、異論もない様子。決闘が決まってしまった。
「すぐ済ませるよ」と、ルクトさんは私にウィンクをする。
ルクトさんが負けるとは思わないけれど、すぐに決着がつくのだろうか。
「オレのこと、応援して? リガッティーちゃん」
私の応援を求めて、ハヴィスさんが笑いかけてきた。
ストン、と表情が削げ落ちるルクトさんを横目に捕らえた私は。
「ルクトさんが勝つと思いますので、応援は無駄かと」
と笑って言い退けておく。
笑みで引きつるハヴィスさん。ルクトさんは、ご機嫌で私の肩を抱いて歩き出す。
ぞろぞろとギルド会館の奥にある、決闘場に移動。観覧席もある十分の広さがある中、どんどん観覧席が埋まっていく。
「待っててね」
「応援しています、頑張ってください」
「うん。かっこいいところ、見せるよ」
私も前の席に座ろうと、ルクトさんと離れた。
強気にニヤリと笑って見せるルクトさんは、決闘場の真ん中に行く。
ルクトさんとハヴィスさんが対峙して立つ。立ち合いをするギルド職員の人は、観覧席そばの離れた場所に立っていた。
ギルド職員の合図で、決闘が開始する。
ハヴィスさんは魔法槍を召喚したけれど、その瞬間にはすでにルクトさんが間合いに入っていた。
構えられた拳には、闇魔法が込められて、それがハヴィスさんの腹部に叩きつけられる。闇魔法の波動が黒く散っていっては、ハヴィスさんを包み込む。そんなハヴィスさんの身体は、場外に飛ばされて倒れた。
野次馬の声が、ピタリと止んだ。
瞬殺だった。
同じAランク冒険者でも、レベルが違う。
ルクトさんは得意げな顔で、振るうった拳を天井に向かって掲げた。
それを見て我に返ったギルド職員が「勝者、ルクト!」と宣言すると、冒険者達は歓声を上げた。
「流石、最速ランクアップの最年少Aランク冒険者のルクトだー!!」
ルクトさんの称賛の嵐が吹く。
「ルクトさん、かっこよかったです。流石ですね」
私も駆け寄って労うと、ルクトさんは私の腰を抱き上げると、その場にクルリと回った。
それを見て、冒険者達は「ヒューヒュー!」と冷やかす。
そんな冷やかしに動じることもなく、ルクトさんはちゅっと私の頬に口付けをした。
「スッキリしましたか?」
と、こっそり尋ねてみると、至近距離で微笑まれる。ご満悦だ。
それに私も笑みになる。
ハヴィスさんにはクラン仲間が駆け寄ったが、起こされても動けない様子。闇魔法のデバブが効いているようだ。身動きが出来なくなるえげつないデバブだろう。流石、ルクトさん。
年下のAランク冒険者に瞬殺で負けたハヴィスさんは、これで懲りただろう。
「さぁ。用件を済ませましょう」
今日ギルド冒険者に来たのは、ティヨンの確保の依頼をするためだ。
受け付けに行って、手続きをした。
推奨、Cランクパーティーでの捕獲。暴れる危険あり。生け捕り、厳守。
捕獲理由としては、我が家の使用人が命令違反の逃亡したという罪状で依頼が出来た。
王都に入る前に確保をすれば、大金を報酬とする。
ギルド職員の方から、該当する冒険者に依頼を引き受けないかと声をかけて、すぐに向かってもらうとのことだ。
ティヨンの件は、冒険者に任せて、帰宅。
ルクトさんも一緒に、家族と夕食を取って、別邸に帰る彼を見送った。
心配はしていたけれど、神殿にいるジュリエットからの接触はないまま。
新学期の一週間目が終わった。
土曜日の休日に入ったので、冒険者活動十日目に向かう。
今日も【変色の薬】で髪色を変えることなく、冒険者の格好で出掛けた。
今日の服装は、黒の短パンとニーソ。レースで透けた春用上着と、髪色に合わせた紫のタンクトップ。
本日の冒険者活動は、どちらかと言えば、デート寄りの計画だとルクトさんから聞いていたので、お洒落をした。
別邸から馬車でやってきたルクトさんは、あの新調した襟が立つデザインで裏地が深い紫色とラインが入った黒のジャケット。ラフな冒険者姿だ。かっこいい。
「素の髪のままのリガティーと冒険に行けて嬉しいな……。可愛い」
下ろしている私の紫の髪をひと房取って、口付けをした。
ちょっと照れてはにかむ。
「ルクトさんは、いつもかっこいいですね」
「ありがとう。リガティ、大好き」
「私も大好きです」
玄関先で、イチャイチャしてしまう。見送りに来てくれたお母様が微笑ましそうに見ていた。
イーレイ達、使用人は見て見ぬふりで佇んでいる。
「では、いってきます。お母様」
「二人とも、気を付けていってらっしゃい」
「はい、お義母様。リガティも一緒に、無事に帰ってきます」
挨拶をかわして、家から出発した。
冒険者ギルド会館に顔を出して、目当ての依頼を受注。
『ワープ玉』で移動した先は、北方面にある街『トゥクルシ』である。
ここで依頼されているのは、名産品である巨大人参の畑を荒らしに来る魔物の討伐だ。
名産品の畑だけあって、広大である。魔物侵入対策はしているが、人参の香りに誘われて襲撃が来るので、それを間引く依頼があるのだ。
丸々肥えたようなずんぐりむっくりの体型の猪姿の魔物の群れ。
ルクトさんは私に任せてくれたので、【雷槍】で一掃した。
魔物なので、【核】を取り除く作業をする。それは、ルクトさんも手伝ってくれた。
後処理も済ませて、トゥクルシ街へ戻った私達は、昼食をとる。
「トゥクルシ名産品の巨大人参、食べたことある?」
「聞いたことはありますが、実食はないですね」
「美味しいよ」
ルクトさんが勧めてくれたのは、巨大人参のステーキだ。
いい具合に焼き上げた巨大人参のステーキは、通常のステーキのようにナイフで切り分けて、フォークで食べる。塩で味付けを整えただけなのに、人参の旨味が口の中に広がった。甘みもあって、美味しい。
デザートは、キャロットケーキをひと切れ。これも美味しかった。
「本当に美味しいですね」
「ここの依頼を受けたら、やっぱり人参料理を食べるんだよ、皆」
魔物は討伐されるし、経済が回りますね。
そんな盛んな街、トゥクルシには名所の花畑もあって、デートスポットで有名だ。
もちろん、手を繋いでデートをする。色とりどりのチューリップの花畑を散策。
「明日は『黒曜山』で暴れる感じでいい?」
「はい。久しぶりに暴れましょう」
そんな明日の計画を立てつつ、笑い合って鑑賞を楽しんだ。
日曜日は、魔物がわんさか溢れる『黒曜山』で魔物と戦闘をしに行く。
王都で一番、身近にあって危険な山。その麓で冒険者活動らしい戦闘が出来るということで、こちらも楽しんだ。ルクトさんと一緒に、魔物を討伐する数を競っていたけれど、またルクトさんに負けてしまった。残念。でも、楽しかった。
新学期が始まってからの二週目。
朝のホームルームで担任の教師から、知らされたのは聖女からのパーティーのお誘いだった。
「ジュリエット・エトセト子爵令嬢が、進級パーティーを台無しにしたお詫びに、神殿でパーティーを行うそうです。参加は自由ですが、聖女として盛大にお披露目されることが予定されているそうです。聖女様と縁づくりをしたいなら、今回が絶好のチャンスでしょう」
進級パーティーの台無しとは、婚約破棄騒動のことだろう。
そのお詫びに、代わりのパーティーを開くなんて、何を企んでいるのだろうか。本当にお詫びとは考えられない。
「どうします? 参加しますか?」
ホームルーム終わりに、マティアナがやってきて問われたが、まだ返答に迷う。
すると、聖女のパーティーの話題で賑わっていた教室が、静まり返った。
どうしたのかと思えば、教室の前方のドアから顔を覗かせるルクトさんがいて、クラスメイト達は注目していたのだ。
「リガティ」
「ルクト先輩」
朝も一緒に登校してきたから、挨拶を省略。
ルクトさんも、ジュリエットのパーティーを危険視して来たのかと思えば、彼の手には手紙があった。それに、他の生徒も何人か引き連れている。誰だろうか。
「例の聖女のパーティー、聞いた? オレだけ個人宛に招待状が来たんだけど……」
「は……?」
それを聞いて思わず、低い声が腹の底から出てくる。
ジュリエットが、ルクトさん宛に招待状を送った。
中身を読ませてもらえば、要約するとこうだ。
『ルクト・ヴィアンズさんにも迷惑をかけたお詫びがしたいです。パーティーでエスコートをしてください』
だった。
私の恋人に粉をかけようとしていることに、純粋に殺意が湧いてきてた。
私がまとう空気は、氷点下まで下がっていき、手紙は瞬時に凍り付く。パリンと粉砕して跡形もなく消し去った。それを見て、ルクトさんの後ろで生徒達が青ざめている。
誤魔化すつもりもなく、私はただ優雅に微笑んだ。
「婚約者だけではなく、恋人に粉かけようとは……ふふっ」
間違いなく、私の恋人だと知っての狼藉だろう。これは私への挑戦状だ。
受けて立とうじゃないか。
「リガティ、受けて立つ気? リガティも、神殿に行くと体調が悪くなるのに」
ルクトさんは声を潜めて、私のことを心配した。
そう。私は神殿に行くだけでも、体調が悪くなる。そんな場所に行くだけでも、不利。
確かにそうだけれど、言い方が気になった。
「私も、とは? 後ろの生徒と関係があるのですか?」
「ああ、うん。神殿に行くと体調が悪くなる生徒達だよ。あと、オレと同じく『ポーション』を受け付けない体質の生徒もいるよ。この際、相談しようと思って、ついてきてもらったんだ。魔族の血縁者とか、闇属性持ちとかだよ」
「なるほど……結構いらっしゃいますが、これでも一部でしょうね」
一部だとしたら、どれほどいるだろうか。
聖女のパーティーに参加出来ないと、顔色が悪い。理由が理由だ。
デリケートな問題だから、こうしてルクトさんはつれてきたという。
この前、大叔父様と話した時のように、『ポーション』を受け付けない体質ではなく、『ポーション』の方が拒んでいる可能性があるかもしれない。そんな陰謀の可能性があって、大叔父様は解明に乗り出してくれている最中だ。
この際、彼らと話をしてみようか。でも今は時間がない。
「またお昼休みに集まってもらっていいでしょうか?」
「そうだね」
「ところで、ルクトさん。お知り合いに、ネクロマンサーはいますか?」
「ああ、いるよ? なんで?」
気を取り直して、私は笑顔で聞いてみた。
交霊術を持ち合わせているネクロマンサーの知り合いがいないか、ずっと尋ねようと思っていたのだ。
「『賢者』と会いましょう。かつて『聖女』の仲間である彼から聞けることを聞き出しましょう」
『聖女』について知るには、関わりのある当事者から聞き出す手段を取るのがいいだろう。
ジュリエットのパーティーは、週末。それまでに情報を掻き集めて、対策を練る。
今回も、負けない。絶対に、ルクトさんを奪われてたまるものか。
ヒロイン、動く!
受けて立つ悪役令嬢!
第二ラウンドは、週末!!
お楽しみに!
よかったら、いいね、ポイント、ブクマをください!
よろしくお願いいたします。
YouTubeチャンネルでは『執筆配信』もしております。別作品を書いていますが、ぜひ見に来てくださいませ!
次回(5/16)が完成予定の短編を書いている最中です。募集したお題で書きました。
終わったら、質問に答える雑談配信の予定です。
募集したリクエストのマシュマロに、この『令嬢と冒険者先輩』の更新リクエストもありました。ありがとうございます! 更新しましたよ!(*^ω^*)
2025/05/15◇





