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88 帰らないでください。


 王族殺害未遂の容疑もかかっているジュリエット・エトセトの裁判は、始まろうとしていたが、実際は始まらずに終わってしまったらしい。


 裁判所には魔法を封じる結界が張られている。しかし、ジュリエット・エトセトはそこに入る前に行動を起こしたという。

 祈りのポーズで白い光りを放った。王族だけではなく、大貴族が揃う裁判所で騎士達が構えた中、ジュリエット・エトセトは声を張り上げたのだ。


 ――私は聖女です!


 と。自ら宣言したのだ。

 それに反応したのは、立ち合いの一人、神殿の大神官長だった。


 ――聖女様を保護します。


 と。大罪の容疑者をあろうことか、聖女認定したという。


 一同が戸惑っている間に、大神官長の命の元、ジュリエット・エトセトは解放されてしまい、神殿へ連れ帰られてしまったそうだ。


「道理が通ってない……。大神官長が聖女認定したからと言って、大罪の容疑者を連れ帰るなんて」


 理解出来ないが、実際行われたのだから、戸惑いが強い。絶句ものだ。


「聖女は神殿が保護する権利があります。使命でもあると、大神官長は主張しておりました。容疑者の段階で拘束するのは許されないとのことです。例の……襲撃実行犯は捕まえましたが、自害をされてしまいまして……結局、口を割らなかったのです。容疑者と繋がりがあるのに、指示された証拠がなくて……」

「私のフリをした実行犯のことですね」


 ミカエル殿下に傷を負わせた張本人にして、私を貶めた実行犯は捕えていたのに、ジュリエット・エトセトの指示だという証言を取れないまま自害を許してしまったのか。


「決して口は割りませんでしたが、ジュリエット・エトセトに妄信的な様子だったそうです。少し煽れば、激怒するほどに」


 ジュリエット・エトセトに妄信していた信者……? 聖女認定されたことを考えると、嫌な予感が湧く。

 現に、テオ殿下の顔色は優れない。


「リガッティー姉様。頼まれた通り、聖女について調べていてわかったことがあります。いえ、まだ可能性の段階なのですが……恐らく、聖女と呼ばれた光魔法の使い手は『魅了』を使っていた疑いがあります」

「『魅了』? 精神干渉の類の魔法?」


 テオ殿下が口にすると、一緒に調べていたネテイトも顔を強張らせて重く頷いて見せた。


「聖女として認定された光魔法の使い手の女性が、容易く受け入れられた理由だと思われます。神殿で、100年前の聖女、三代目聖女の日記を読んだことで確信しました。当人も困惑していました。あまりにもすんなりと受け入れられていることに戸惑っていました。しかし、癒し手からすると患者の警戒心を緩めて治療行為をするために必要な効力、という認識になっていました」

「三代目聖女の認識はあくまで、患者の警戒心を緩める『魅了』という効力だと日記には書かれていました。しかし、その『魅了』のおかげで聖女認定の支持を得たのでしょう。つまり、聖女は『魅了』を持つ者だと推測出来ます」


 治療行為のために、患者の警戒心を解くために必要な力……という認識か。


 聖女と認定される光魔法の使い手は、『魅了』という精神干渉の効力を持っている。それは脅威だ。どれほどの威力があるかはわからないが、精神干渉なんて厄介この上ない。この王国は信仰が強く、聖女という称号は称号があるだけでも支持が集まるだろう。その上で、『魅了』が惹きつけるというなら、恐ろしい。脅威だ。


 ただでさえ、この世界の主役だという思考の持ち主の乙女ゲームのヒロイン転生者。嫌な称号を得てしまったものだ。神殿の保護下に置かれてしまっては、王族も手出しが出来ない。王族も神殿と対立が出来ないのは、先日の大叔父様と話をしたばかり。


「……聖女認定されたジュリエット・エトセトのその後の情報はないのですか?」

「……兄様と会いたいと面会を申し込んできましたが、私が危険だと進言して断るに至りました。今の兄様自身もジュリエット・エトセト嬢に嫌悪も抱いている様子で『魅了』にかかっている様子がありません。だからこそ、会わせられないと父、いえ、陛下が決定しました。王族は皆、『魅了』を警戒して聖女認定された彼女と接触しないことにしました」

「そうですか……。まだ彼女はミカエル殿下に執着しているようですね……」


 神殿の保護下を得てすぐに望んだのは、ミカエル殿下と面会だなんて……。王族冒涜罪になるけれど、この際、ミカエル殿下に囮になってもらって『魅了』の効力を確かめさせてもらいたい。しかし、今落ち目だとしても王族の一人、しかも第一王子が『魅了』にかかるのはよくないことだ。王族が操られては、惨事。


「大神官長は、『魅了』にかかったということですか?」


 その問いに、テオ殿下と両親は顔を合わせた。そこに困惑が見える。


「わかりません……」

「あの光りが『魅了』だとすると、浴びた私達が『魅了』にかかっていないのはおかしいのではないのかしら」

「うむ……。恐らく、あの光り自体には『魅了』の効果はなかったのではないか? 大神官長は、驚いた反応もしていたようだが、満足げな笑みで聖女発言をありのまま受け入れたように私は見えた」


 テオ殿下に続いて、お母様とお父様が答えてくれた。件の光り自体には効力はない……? そうだろうか……。魔法封じの前に使ったのなら、きっと関係があると思えるのだけれど……。

 でも実際、光りを浴びたお父様達が『魅了』にかかっていないのならば……。

 いや、待って。『魅了』もハッキリしたことがわかっていない。どこまで精神干渉が出来てしまうのか。未知数。少なくとも、一人。妄信的にジュリエット・エトセトに従って、自害までした者がいる。強烈な可能性があるのだ。油断大敵。


「『魅了』に警戒をしないと……まだ未知数な効力です。どれほど人を虜にして操れるのか……脅威ですね。そして、彼女がこれからどう行動するのか、身構えないといけません」


 自由の身となってしまった大罪人。ヒロイン思考が抜けていないのならば、聖女として返り咲くつもりかもしれない。そうなると、ミカエル殿下が心配だろう。テオ殿下は、難しそうな表情で眉を垂らした。


 はた、と気付く。彼女が敵視しているのは、私。復讐するのではないだろうか? そして、少し調べれば私とルクトさんの仲を知ることが出来る。私は手に入れかけていた彼女から、ミカエル殿下を奪ったような形だ。


 歯に歯を。私への復讐に、恋人のルクトさんを『魅了』したら、どうしよう!?


 想像を絶する恐ろしさに襲われた。こんなの、公衆の面前での婚約破棄の非ではない!


 バッと立ち上がった私は「ルクトさんに連絡をします!」と皆に一言断りを入れてから、通信魔道具のピアスを人差し指で跳ねた。


[何? リガティ]

「ルクトさん!? 今どちらにいらっしゃいますか!? ご無事ですか!?」

[え、無事だけど……どうかした?]

「すぐに私の家に来れますか!? いえ! 迎えに行きますわ!!」

[お、落ち着いて!]

「落ち着いていられませんわ!!」

「落ち着いてくださいませ、リガッティー様。Aランク冒険者なのですから、あの方から全力で移動してもらった方が早いでしょう」

「それですわ! ルクトさん! 誰に話しかけられても無視をして、今すぐ全力疾走で我が家に来てくださいませ!!」

[!! わかったよ! すぐに行くから!]


 ソファから立ち上がった私はオロオロと右往左往しつつも、ルクトさんの声が響くピアスに訴える。イーレイに宥められて、確かにルクトさんの全力疾走ならば誰も止められないと気付かされて、そうしてもらうことにした。


 テオ殿下も家族も目を点にしているけれど、落ち着けない私は玄関前で右往左往し続ける。敵に『魅了』される恋人なんて嫌だ。ルクトさんを奪われてたまるものですか! やっぱり迎えに行こうかしら!?


「リガッティー様。すれ違っては大変です。待ちましょう」


 イーレイが冷静に止めてくるので、ヤキモキしながら玄関で待つこととなった。


「お邪魔します! リガティ、どうしたの……!?」


 ルクトさんは、五分ほどで到着。本当に全力疾走でもしたのか、肩を上下に揺らして荒い呼吸をしていた。ルクトさんの赤い瞳と目を合わせた私は、うるっと泣きそうになって抱き着く。


「ルクトさん……!!」

「うわっ? どうしたの?」

「もう帰らないでくださいっ!」

「ンンッ!?」


 ビクリと震え上がるルクトさんの身体を、ギュッと抱き締めて胸に顔を埋めてシクシクと泣いた。


「ルクトさんを奪われたくないです……!」

「え? な、何? なんの話? オレはリガッティーのモノだよ」


 よしよしと頭を撫でつつも、もう片方の手は背中に添えて軽く抱き締めてくれるルクトさん。戸惑いつつも、私を安心させてくれる優しい声をかけてくれた。


「ルクト先輩」

「あれ、テオ君も来てたの? 何事?」

「それが……」


 余裕のない私の代わりに、顔を出したテオ殿下が簡潔に今日の出来事をルクトさんに話す。

 話を聞くにつれて、ルクトさんが私を抱き締める力が強くなり、最後にはギュウッと抱き締めてくれた。


「オレはリガッティーのモノだよ」と、力強く耳元で告げてくれる。


「帰らないでください……ルクトさん」

「ンンッ」


 またビクリと震えるルクトさん。


「困らせないの、リガティ。交際を匂わせただけの時点で、彼を我が家に泊まらせては外聞が悪いわよ」

「うう……ですが……」


 お母様に窘められても、不安が大きくて引き下がれない。安心するためには、もう家に住み着いてほしい。同居しましょう。離れないでください。

 むぎゅーっと腕で締め付けて、顔をルクトさんの胸に押し付ける。


「ルクト君。我が家のタウンハウスから、しばらく学園に通うといい」

「え? タウンハウス、ですか?」


 お父様の提案に、よしよしと頭を撫でるルクトさんは聞き返す。


「地方の親戚などに王都滞在中に貸してきた家があるんだ。管理する使用人もいる。快適に過ごせるだろう」

「私もタウンハウスに泊まります……」

「落ち着きなさい、リガティ。彼がタウンハウスに滞在する理由は、お前と一つ屋根の下で夜を過ごさないためだぞ」


 情けなくぐずる私に、お父様が静かに窘めた。わかりますけれども……ううっ。


「騎士も配置して、無用な客の侵入を警戒してもらう。それで安心しなさい。いいかね? ルクト君」

「あ、はい。義父様。リガティが安心するなら、そうさせていただきます」


 ルクトさんが承諾してしまった。顔を上げれば、優しい眼差しのルクトさんが笑いかける。


「タウンハウスに匿ってもらうから安心して。押しかけられても絶対に接触しないから。ね?」


 ルクトさんの右手が、すりっと私の頬を撫でた。


「オレが本気を出せば、捕まりっこないって」


 なんて明るく笑い退けるので、ちょっと気が紛れてきたみたいだ。


「オレも復讐に狙われかねないけれど、一番はリガティだよな? リガティも接触を避けないと。対策が取れない今は」

「そうですね……前回は攻撃を受けましたし、次はどんな攻撃を受けるか予想もつきませんから」

「問題は、対策を立てるために情報を得られないことですね」


 そう言ったのは、ネテイトだった。ルクトさんに引っ付いたまま振り返ると、難しそうな顔で考え込んでいた。


「神殿で調べ物は、もう出来ません……」


 聖女となったジュリエット・エトセトがいる以上、神殿へわざわざ行くのは危険すぎる。『魅了』対策をしたいのに、『魅了』を持つとされるジュリエット・エトセトは神殿にいるのだ。立ち入ることがあまりにも危険。


「一度集めた情報を整理しておきましょう」


 ネテイトとともに調べていたスゥヨンが、そう提案した。

 その中でヒントを見付けるしかないだろう。


 私達はまだ『魅了』の効力があるとわかっているだけで、全容を把握しているわけではない。未知の敵に挑むなんて無謀は冒せない。だから調べないといけない。


 ルクトさんはちょうど家に帰る前に冒険者ギルドに寄ろうとしていたらしく、まだ今日は家に帰っていないそうだ。念のため、護衛の騎士をつけて馬車でルクトさんの家へ荷物を取りに行く。絶対に接触をさせないことを騎士達には頭に入れてもらった。すでにお抱えの騎士達は王族殺害未遂の容疑を吹っ掛けた悪女だという認識を持っているので、ジュリエットの特徴も把握していた。


 タウンハウスの執事に、ルクトさんのおもてなしを徹底するようにと頼んでいたら、イーレイに「もう帰りますよ」と引きずられるように連れ帰られてしまう。ルクトさんは苦笑して手を振った。


 その際、赤いピアスに触れて”通話しよう”という合図をしてくれたので、その夜は寝落ち通話とやらを体験したのだった。



 まとめられた聖女についての情報を読み、私は一つ、答えを得る案を思いつく。

 恋人のルクトさんを守るために、必要だろう。



 


悪役令嬢vsヒロインの第二ラウンドが迫る……!


2024/09/29

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