86 まったりと普通の初デート。
ルクトさんの教室にアポなし訪問したあと、テオ殿下達が捜していたというので、私も捜しながら自分の教室に戻ろうとしていた。
やっぱり、始業式が終わったあとでも、他の教室では生徒が残って談笑をしている。
廊下を一人で歩いている私の存在に気付くと、顔まで出して興味を示してきた。
ルクトさんのクラスメイトも、今巷で噂の令嬢が現れたと驚き一色だったものね。
もう帰るのか、廊下にはカバンを持った生徒の姿もチラホラ見えてきた。
教室のルクトさんって、人気者であっても高嶺の花のような位置なのね。あんなイケメンに、本当に告白すら出来なかったなんて。ルクトさんってば、孤高である。私としては恋敵にモヤモヤしないで済むけれど、もう少しだけ交流を持った方がいいと思う。まぁ、私とルクトさんの仲は明言せずとも寄り添って見せつけたので、今更恋敵が現れることもなければ、誤解を招くような言動をする女子生徒も現れないはずだ。
というか、ルクトさんのクラスメイトはいい人ばかりに見えた。
モテるくせに、冒険一途! それがルクト・ヴィアンズなんです!!
だって。ふふ、面白いご友人をお持ちね、ルクトさん。
自分の教室が見えると、テオ殿下とアリエットの姿を見付ける。また教室を覗きに来てくれたみたいだ。
「よかった、まだいらっしゃったのですね。リガッティー姉様」
「リガッティーお姉様」
嬉しそうに笑みを浮かべる二人に、私も微笑みを返す。
二人の後ろにはテオ殿下の側近のハリーくんもいて、ぺこりとお辞儀をした。
「ルクトさんから聞きました。私を捜していたとか。入れ違いになってしまったようですね、ごめんなさい」
「いえ! いいのです」
「わたくし達は明日のランチのお誘いをしたかっただけですから!」
「明日のランチ、ですか?」
目をパチクリしてしまう。
「はい。もちろん、ルクト先輩もぜひご一緒に」
アリエットはポッと頬を赤らめて、私を尊敬の眼差しで見てくる。
「単純にリガッティー姉様とルクト先輩とご一緒したいのと、ついでにアピールをさせていただきたいからです」
後半は声を潜めてテオ殿下は話した。
アピール、か。第一王子と婚約解消となった私が、王家と仲良くしている姿を見せつけたいのだろう。次期王太子になる予定のテオ殿下と王太子妃になる予定のアリエットは、私と友好的だと示すのは大事なこと。それぐらいお安い御用だし、ルクトさんも断らないだろう。可愛い後輩の頼みならば。
「わかりました。ルクト先輩にもお話しますが、きっと大丈夫です。では明日のランチはご一緒に過ごすということで」
「約束ですよ、リガッティーお姉様」
アリエットは嬉しそうに微笑みを零した。
「改めて、テオ殿下、アリエット、そして、ハリーくん。ご入学おめでとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
揃って笑顔を見せて会釈する三人。微笑ましい後輩だ。
別れを告げて、教室に戻った。戻りを待っていたのか、マティアナが真っ先に駆け寄ってくる。
「リガッティー様! あ、あのっ」
「マティアナ、ごめんなさい。デートがあるから、話は明日にしてちょうだい」
「っ! わ、わかりました……」
ポッと頬を赤らめてマティアナは、両手で口を閉じた。他のクラスメイトも、じっと興味津々に見てくるも、しぶしぶ引き下がる。
問い詰めたいだろうね。
婚約解消したばかりの私が、もう新しい相手がいる理由も、その相手がどこの誰かも。それはまだ明言はしないけれど、明日にはルクトさんの名前を出してあげよう。
私は置いておいたカバンを持って、また教室を出た。
初デート。初めての恋人と制服デート。ルンルン。
待ち合わせ場所は、学園の門。
先に来て待っていた制服姿のルクトさんが、片手を上げて笑いかける。
桜の花びらが舞い散る中に、白銀の短い髪が靡いていて、ルビー色の瞳を細める愛しい人。
「お待たせしました、ルクト先輩」
「オレも今来たところだよ、リガティ」
「そうなんですか?」
少し爪先立ちをして、ルクトさんの頭の上についた花びらを一つ取った。
ルクトさんは照れたように笑って自分の髪を撫でつける。緊張をしているのかな。
「じゃあ……デートに行こうか」
「はいっ!」
そっと手を差し出されたので、喜んでその手に自分の手を重ねる。キュッと握り締め合った。
ルクトさんは『ワープ玉』を買っておいてくれたので、そのままデート場所がある『パトラミ街』へ移動。
私は初めてだけれど、ルクトさんは人気カフェをよく利用していたらしいので、迷いない足取りで手を引いてくれた。
転移装置を降りて『パトラミ街』の門をくぐると、すぐに噴水広場。噴き出す水が、爽快な空の下でキラキラしている。
平日の昼なので少しだけ並んだが、ルクトさんおすすめの人気カフェ店に入れた。
「やっぱり、ランチから注文する?」
「そうですね。ランチは……グラタンやパスタがあるんですねぇ。あ、ハンバーグも」
「ハンバーグはね、これが美味しいよ」
「じゃあ、そのハンバーグにします」
「オレも。デザートのパフェは?」
メニューを一緒に覗き込んで選ぶ。パフェのページを見れば、当店の目玉商品のチョコレートパフェが大きく描かれていた。超人気、の文字まで書いてある。
「このチョコレートパフェが食べたいですね。でもこの春限定の桜パフェも気になりますね」
「ならオレが桜パフェを注文するから、好きなだけ食べていいよ」
「いいんですか? じゃあ、ルクトさんも私のチョコレートパフェをどうぞ」
「いいね。そうしよう」
そういうことで、ハンバーグのランチセットとチョコレートパフェと桜パフェを注文した。
「今日はリガティ達の話でいっぱいみたいだったな。大丈夫だった?」
「想定内です。大丈夫ですよ。まぁ、明日は私に新しいお相手が出来ている噂で持ち切りになるでしょうけれど」
「ンンッ……」
また照れた表情をするルクトさん。
「あのあと、ご友人に質問責めでもされました?」と、ニヤリ。
「いや、ちゃんとまだ明言は出来ないってリガティも釘刺したし、一目瞭然だから問い詰めてはこなかったぜ?」
「ふふ、一目瞭然ですか」
「うーん……うん」
頬を掻くルクトさんは、やっぱり照れくさそう。バッチリいちゃついたものね。私だって照れちゃう。
初めての交際相手と人前でイチャイチャ。照れてしまうもの。
テーブルで向き合って座っているので、頬杖をついて見つめ合う。
「リガティ……可愛い」
ルクトさんが私の髪を掬い上げて、自分の指に絡めた。熱く見つめながら。
「そのままのリガティの髪色のまま……制服でデート。新鮮だ」
眩しそうに微笑んで、耳につけた赤いピアスを煌めかせた。
「私もルクト先輩とデートが出来て光栄です」
すりっと頬をその手にすり寄せれば、ルクトさんは頬を赤らめる。
「冒険デートもいいけれど、こういう普通のデートもいいね」
「私もです」
私もニコニコしてしまう。
「ルクトさんとだから、冒険デートも素敵で楽しいですから好きですし、こういう普通のデートも、ルクトさんとだから楽しくて好きです」
「っ……もう、リガティってば……。オレずっと照れっぱなしになっちゃうよ。オレだってリガティといるだけで好きな時間だからね」
なんだか対抗するルクトさんがおかしくて、クスリと小さく笑ってしまった。
デミグラスソースが香るハンバーグセットが運ばれる。いただきます、と食べ始めた。
「んー。なかなかいけますね。このデミグラスソース」
「ハンバーグもジューシーで美味しいよね」
確かにジューシーだ。満足いくハンバーグだった。
食べ終えた頃合いで、お待ちかねのパフェが届く。綺麗に盛り付けられたチョコレートパフェと、桜パフェ。
チョコレートクリームを掬い上げて、口に含んで食べた。うん、甘くて冷たい。
「美味しいです、ルクトさん」
「じゃあ、こっちの桜パフェもどうぞ?」
「あーん」
「あーん!? ンンッ……。リガティ、あーん」
淡い桃色のクリームをスプーンで掬い上げたルクトさんは、私の口に運ばせてくれた。
あーん、と私もパクリと食べる。ほんのり甘い冷たさが口の中に広がった。
「チョコのミニケーキも美味しいんだよ」
「これですか? んー、美味しいです」
「こっちの桜ミニケーキも半分しよ」
「ありがとうございます。じゃあ、私のチョコも食べてください。はい、あーん」
「……あーん」
そんな感じで食べさせ合いを続けて、パフェを堪能。まったりした時間が過ごせた。
他愛ない話をしつつだったのだけれど、何度かクリームが唇について、ルクトさんが親指だったりウェットティッシュで拭ってくれる。だけれど、ルクトさんはやけに見つめてきた気がした。見つめ合うのではなく、私の唇を見つめている様子だ。なんだか、唇を見張られている気がする。
「ルクトさん? 何か?」
「えっ? ううん、なんでも」
一瞬ギョッとしたけれど、首を横に振るルクトさんは誤魔化し笑いをした。
なんだろうと首を傾げたけれど、ルクトさんは話を変える。
「このあと、冒険者用の服の店も多いから行こうか?」
「そうですね、行きます。また選びましょう、一緒に」
「やった」
次は買い物デートね。
楽しみだと笑みを零してジュースを啜ると、またルクトさんは私の口元を見つめていた。
……んん?
あまりにも見られて気になってしまうので、お手洗いに行かせてもらった時に、リップを塗って整えておいた。
でもそのあとも、チラリと視線を向けられたと気付く。服を選びながらも、意見の交換をしながらも、会計中も、何故か視線をそこに感じる。
「……ルクトさん。絶対に私に何か言いたいことありますよね?」
「えっ? い、いや?」
キョドってますけど……?
んー? 自分の唇に人差し指を当てて首を傾げていれば、ルクトさんは「ンンッ……」と咳払いしてそっぽを向いた。
「それより、冒険者用の衣服を手掛ける話を続けようよ」
また話を逸らす。ルクトさんから感じ取られるのは照れ隠しみたいだから、まぁ追及しないようにする。
「イーレイがシャーリエさんと連絡を取り合って、女性冒険者が好むものを勉強中ですから、すぐに最適な案を出してくれるでしょう。出来れば、『藍のほうき星』のメアリーさんにダリアさんにルーシーさんとも連絡が取りたいですけどね」
「ああ、メアリーさん達にも意見聞くため?」
「そうですね。現役の女性冒険者達から聞くのがいいですから。イーレイも参考にしたいかと。……例の調査はまだ終わらなそうですね」
謎の巨大下級ドラゴンの出没を調査に行った『藍のほうき星』の冒険者メンバーは、まだ戻っていないとのことだ。
「あの崩落した洞窟の長さにもよるからね。何週間もかかるかも」と、ルクトさんは肩を竦めた。
長期任務ね。必要な任務だし、しょうがないか。
メアリーさん達との再会が遠くて残念だ。
「まぁ、リガティもその現役女性冒険者なんだから、色々着て冒険に行こうぜ」
「あら、なら次はどこに連れて行ってくれるのですか? ルクト先輩」
「フフフ。記念すべき10日目の冒険は、ちゃんと計画済みだから、楽しみにしてよ」
冒険活動10日目は、週末だと決めている。
ルクトさんが記念として特別な冒険にしてくれるらしい。楽しみだと微笑み返しておく。
それからは、ルクトさんが連れて行きたい、ちょっとしたおすすめスポットの冒険場所を教えてもらい、私が興味を示したところを残りの20日の新人指導の予定に組み込むという話を聞いた。
ウィンドウショッピングをしつつ、楽しい会話が出来たデートだった。本当に新鮮で楽しい一日だったと満足。
夕方になったら、『ワープ玉』で王都へ帰還。
手配した通りに、入り口には迎えの馬車に乗ったイーレイとシンがいた。
二人と軽い挨拶をして、ルクトさんはこの場で解散だ。
家の近くまで送りたいのは山々だけれど、例のクランのメンバーの見張りがいないとも限らない。
私を侯爵令嬢だと知られるにはまだまだ時期が早すぎる。
それにルクトさんが嫉妬で怒り狂いそうだから、避けないとね。
「……リガティ」
「?」
両肩に手を置いてきたルクトさんが、じっと見つめてきた。
夕陽を浴びた彼は、無言で見つめ合ったあと、顔を寄せてきてチュッと頬にキスをしてきた。
「また明日」と、足早に帰っていくルクトさんは逃げるような様子に見える。
頬を押さえてポカンとした私はようやく、彼がずっと私の唇を見つめていた理由に気付いた。
まさか、初キスのタイミングを計っていた……!?
初めてのキスで今日ずっと頭いっぱいにしていたのかと思うと、顔が熱くなってしまった。
パタパタと手で仰いで馬車に乗り込むと、シンに生温かい眼差しを向けられる。やめて……。
イーレイは流石というべきか、しれっとして見ないフリをしてくれていた。
先月、小説家デビュー10周年を迎えていると気付きました。(遅い)
こちらの作品も書籍化してくれたらいいなぁ〜と願いつつ、書き書き頑張りたいですね!
次回からは、急展開……するのか!? かも。
よかったら、いいね、ブクマ、ポイントをよろしくお願いいたします!
2024/04/18





