79 お誘いと姉か妹かの服選び。
美しい湖の潜水を存分に楽しんだら、肝心の『コバルトサンゴ』を採取。
三つでいいと依頼内容に記されていた。
正しくは、三本、だ。枝のように伸びた十センチ以上の一部を、力を込めてへし折って回収。
湖から出れば、水魔法で水滴一つ残さずに身体から離して、元通り。
手頃な岩の上に、腰を下ろして、持参してきたバスケットを取り出して、ランチタイム。
今日の下級ドラゴンのお肉のランチは、肉団子状の串焼き。
その場にて、火魔法でやや焦げ目をつけて温めて、かぷりっ。
「美味しい……」「美味い……」
モグモグと、二人揃って咀嚼。
「これじゃあ、本当にピクニックになっちゃいますねぇ」
「んぅ~。でも、下級ドラゴンのお肉料理を食べながら、この景色は最高だろ?」
「全く最高ですね」
水面がわからなくなるくらいに透明な水が溜まっている湖を、眺めながらのランチ。
冒険とピクニックの線引き、どうでもよくなる満足感。
「…………」
「……?」
ルクトさんが何か物言いたげな雰囲気だと気付いて、首を傾げて横顔を見つめる。
「……リガッティー。テオ殿下に相談しようって思って、すっかり頭からすっぽ抜けたまんまだったんだけどさ……」
「テオ殿下に? なんです?」
テオ殿下に相談って、何事だろうか。
私達は大事な案件をいくつも抱えているのに、一体、新たに何が……?
身構えるように、揃えて畳んだ足に力を入れて、身体の向きを変えて、隣のルクトさんを向いた。
「……明日、着ていく服……考えてない…………」
暗雲を漂わせて顔を伏せるルクトさん。
あんぐりと開けた口を、串を持っていない方の手で押さえる。
「……すみません。私も、頭が回りませんでした」
両親と会わせるというのに、ルクトさんの服装について、一切考えていなかった。
「いや、謝らないでよ……流石にカッコつけたくて、テオ殿下に助言もらって、カッコよく決めて行こうと思ったのに……質問責めされているうちに、忘れた……」
カッコつけたかったのに、テオ殿下の無邪気な質問責めを受けているうちに、聞きそびれて忘れたっきりになったと……。
なんたる失態。
苦笑いをしてしまった。
「難しいところですねぇ。冒険者ルクトさんの姿をありのままに見せるか、今後、私の伴侶として肩を並べる覚悟を示す決めた格好を見せるか……。一緒に考えるべきだったのに、すみません、私も気付かず」
「いやいや。リガッティーが多忙なんだし、オレはオレでカッコつけたくて、カッコ悪くなっちゃっただけだから……いや、マジでカッコ悪い。”冒険者ルクト”で、大丈夫かなぁ?」
「私だって考えたいですよ。他でもない、私の家族と会うのですし、ルクトさんが想いを認めてもらうための武装じゃないですか」
立てた右膝の上に頬を置いて落ち込むルクトさんの髪を、整えるように撫でる。
「武装……」と、ちょっとおかしそうに微苦笑を零す。
「必要な装備です」と言ってやる。
実は、ルクトさんの服を手配させているけれど、明日にはとてもじゃないが間に合わない。
いつか、正装をする時に着てもらうために、この前の変装の際にサイズを把握したので、色々注文中なのよね……。
くっ! こんなことなら、冒険者仲間と買い物に行った際に、ルクトさんの服のサイズを把握して、もっと早くに用意させるべきだったわ!
……交際前に、それは、ちょっと気持ち悪がられそう……。そもそも、婚約解消前の浮気の証拠にされかねないので、アウトなのだけど……。
いや、それより、今!
明日の! 私の恋人が! 両親との! 大事な初対面っ!!
「ルクトさんは、どうしたいのですか?」
「もちろん、リガッティーの両親に、少しでもいい印象を与える格好にしたい」
ちょっぴり湿っているけれど、サラサラした白銀色の髪に指先を通らせていれば、気持ちよくなっている猫のようにルビー色の瞳を細めた。
でも、声は真剣だ。
「んー……それでは、もう帰って、買いに行きましょうか?」
「貴族の店って、結構入店厳しいって聞いたことあるけど……いや、今はまだ、リガッティーの顔見知りの店に行ったら、マズいんじゃない?」
「はい。大抵の格式高い衣服店は、会員制で紹介がないと利用させてもらえないのですよね……。でも、いきなり平民のルクトさんが背伸びをするのはよくないかと。見栄っ張りにしか見えませんし、あとお父様は結構お洒落に気を張っていまして、最新の正装のデザインはむやみやたらと選べません……」
「おぉう……店に入れても、服選びも難関だったか……」
「だから、お父様が目を光らせていないお店で買いましょう」
スーッと頭の輪郭を指の腹で撫でていき、頬に手を添えると、すりっと私のその手に頬擦りをするルクトさん。
なんだか、その仕草は無意識みたいで、目はキョトンとして、どこの店を言っているのかと、尋ねている。
やはり、あなたは猫では……?
猫系カレシ…………好感度マックスのデレ全開の甘々な恋人。
「ファビアス通りのお店です」
「ファビアス通りって……あ。この前、シャーリエさんと話してたな。裕福層の平民向けの店が多いんだっけ?」
「ええ、その通りです。そこで買い揃えてみましょう? 一緒に選びたいです」
「……うんっ。そうしようか」
私の提案に、ルクトさんは眩しそうな笑みを零して、頷いた。
おやつに持ってきたマンサスの砂糖漬け菓子を摘んでから、冒険者ギルド会館に報告したのちに、買い物に行くことに決定。
だけれど、ふと【探索】の範囲にかなりの数の気配が入ってきたことに気付く。
しかも、こちらに近付いてきている。
「……人、か?」
「この森に、群れを作る魔物はいませんものね……。冒険者にしては、多すぎません? 水浴びスポットに来た人達とか?」
「いや、この季節にそれはちょっと……。人だな……なんだ?」
どんどん迫る気配は、魔物や魔獣ではないと推測する。
かといって、人だとすると、人数が多いと、二人して怪訝な顔になって、不審感を抱く。
冒険者パーティーは、多くても六人が基本だ。
でも、気配からするに……十五人ほどいる。大所帯だ。
パーティーが複数組んだのなら、あり得る人数だけれど、この『ターコイズ森緑』には、そんなパーティーを組む必要性は全くない。
だから、不審なのだ。
「……まさか……クランか?」
「クラン?」
「面倒だな……」
心底めんどくさいと顔に書いてあるルクトさんは、キョロキョロと周囲を見回す。
どうやら、別ルートを探しているようだ。会わないように、避けていこうと考えたらしい。
クランと言えば……ゲームやラノベだと、パーティーより規模が大きい集団、って感じだろうか。
今まで聞いたことなかった。冒険者ギルドでも、パーティーのことしか聞いていない。
まぁ、あとで聞くことにしようか。
ルクトさんは、避けたがっているようだし。
砂糖漬け菓子の箱を閉じ、バスケットに押し込んだところで、気配の三つが、急接近してきた。
どうやら、【テレポート】を使っているようだ。
避けそびれた。
ルクトさんが観念したように、肩を落とす。
「おー、やっぱりな。ここにいたか」
見知らぬ青年が、にこりと笑いかけて、軽く上げた手を振ってきた。
顔立ちは整っているけれど、にへらとしたそれは、胡散臭い笑みだ。
薄手の長袖シャツの袖を腕まくりした手は、腰の後ろに備えた、二つの大ぶりナイフに添えている。
プラチナブロンドのストレートヘアーは、左耳にかけるくらいの長さで、右目の方をやや隠す髪型だ。
もう一人は、ヒョロッとした印象で、バンダナを目ぶかに巻いた青年で、ガムをくちゃりと噛んでは、ぷくーと膨らませた。
もう一人は、太い腕を惜しみなく見せ付けるように腕を組み、仏頂面の大柄の男性だ。
「……どーも。奇遇ですね、こんなところで。オレ達は帰るところですよ」
「おいおい、待てよ。ホンット、つれないヤツだな、お前は。会いに来たんだよ。ここ数日見かけないと思ったら、ここでデートか?」
不機嫌な態度を隠さないルクトさん。
一応、敬語で話すけれど、形ばかり。敬ってはいない。それで一線を引いているという感じだ。
そんなルクトさんの態度には慣れた様子で、プラチナブロンドの青年が尋ねた。
「は? オレは別に会う理由なんてないんすけど」
ルクトさんはそう言って、背中に隠した私と繋いでいる手に力を込める。
警戒。かなり、ルクトさんが身構えていると、伝わった。
「あるだろー。『デストロ』を叩きのめした新人ちゃん。オレが勧誘しないわけないだろ?」
ルクトさんの斜め後ろの位置に立つ私に、プラチナブロンドの青年は、青色の瞳を細めて見てくる。
狙いを定めた猫みたい。
ただし。
ルクトさんと違って、全くもって、惹かれない。
『デストロ』といえば、ちょっかいをかけたから、正当防衛と称して、一瞬で鎮圧したパーティーだ。
Bランクパーティーではあったけれど、Bランク冒険者はピンキリがあり、実力はまちまち。
ルクトさんに言わせれば、今朝会った『黄金紅葉』は上の中の実力なら、『デストロ』は下である。
つまりは、チンピラを返り討ちにした程度。そういう認識でいいと、勝手に思っていたりする。
「アイツら、新人に瞬殺されたって、王都に居づらくなって、別のギルド支部に行ったらしいぜ?」
くつくつと喉を鳴らして笑う青年。
活動拠点を移した、ということか。
それはそれは……お気の毒に。”その後、彼らの姿を見ていない……”という不穏な噂があったけれども、まぁ、自業自得である。忠告も無視して、私にちょっかいかけたくせに、嘘の訴えを冒険者ギルドにしようとしたのだから。
「初めまして、新人ちゃん。Aランク冒険者のハヴィス・フーランだ」
ひらり、と掌を開いて、私に名乗ってくる。
彼の後ろには、ぞろぞろと追いついた彼らの仲間が見えてきた。
「あー、あれはオレの仲間ね。オレ、クランリーダーやってんの。クラン名は『冠の宝石』って言ってね。もうすぐ50人になるんだけど……リガッティーちゃんもどうかな? 入らない?」
私の視線の先を追ってから、Aランク冒険者のハヴィス・フーランさんは、そう答えるとサラリと勧誘してくる。
ルクトさんは、ギュッと力をさらに込めた。
「ルクトだけじゃあ、知識が偏っちゃうからさ、たくさんの先輩から学ぶといいよ。オレ達、ちょっと遠征で留守にしてたから、リガッティーちゃんのこと、ついこの間、聞いたばかり。『デストロ』を倒したって聞いたら、すぐに勧誘したんだけど、タイミング悪いなぁ〜。でも、今日会えてよかった! 目撃情報を、基に会いに来てみたんだよ」
今度は、私がギュッと握る。
不穏だな。
捜された。調べられただろう。
……問題は、どこまで把握されたか、だ。
「そう警戒しないでよ〜。クランは、言わば組織化された冒険者パーティーの集団、みたいな感じ。育成にも、力入れてんだ。今日だって、新人冒険者を四人、指導しながら来たんだよ。ルクトもさー、一緒にリガッティーちゃんと入らない? 有益な交流が出来るよ。こっちも実力のある二人にいてもらえれば、いい刺激になるしさー」
前々から、ルクトさんに声をかけてきたのだろう。
ルクトさんの態度からして、勧誘は惨敗としか思えない。
「ご親切に声をかけてくださり、ありがとうございます。ルクト先輩だけで、十分です」
必要最低限の愛想笑いを作り、それだけ伝える。
「ちょっとちょっと。『ダンジョン』に下級ドラゴンが出没なんてするようなご時世だ。助け合う仲間になろうぜ」
胡散臭い笑みを、見定める。
「ニュース見たろ? ヤバいよな」とケラケラしながら、仲間に同意を求めた。
下級ドラゴンの件を出しても、私達とは繋げていない。ちょうど公表されたニュースを口実に、気になる新人を指導者ごと勧誘。
胡散臭い笑みも、自分が有利な事業や提案を持ち込むような小賢しい貴族達が浮かべるソレだ。いなせばいい小者。
安心していい。
私は親指でルクトさんの手を撫でて、大丈夫だと判断したと合図を送る。
「……じゃあ、戻ろうか?」
「ええ。念のため、あとでシンに調べてもらいましょう?」
ルクトさんが、顔を寄せて囁く。
私も耳打ちした。
軽く頷いたルクトさんは、【収納】から【ワープ玉】を取り出す。
「おい! 取り付く島もないのか? 期待の新人ちゃん、よく考えてよ〜」
引き留めようとする彼より、奥に視線を向けた。
何かが接近してくる。
騒ぎに気付くと、一同は振り返り、武器を構えた。
「あん? オピオタウロスが二体か? 新人達を、慌てさせんなよ。おい、サページ、加勢を……」
見てこい、と仏頂面の大柄の男性に指を差し示したが、魔物が近付く方が早いようだ。
二体? いや、まだ三体はいるはず。
でも、私も、見えない。直進するオピオタウロスが、二体しか見えない。
しかし、何かが、キラリと反射した。
「ココリョナでは!?」
「マズい! 防御だ!! 爆発するぞッ!!」
焦ってルクトさんの手を引けば、ルクトさんも咄嗟に彼らに向かって声を張り上げる。
バァアアンッ!
二体のオピオタウロスのそばで、爆発が起きた。
水色の小さな刃が四方八方に飛び散り、クラン『冠の宝石』のメンバーに向かっていく。
グサッと刺さったメンバーが、何人か痛みで声を上げた。
私とルクトさんの元まで飛んできたけれど、接触はしないと見極められたので、動かないまま。
「クソ! 何やってやがんだ!」
「リガッティー。『ターコイズ森緑』に、ココリョナがいるってよく知ってたな。去年から現れたのに」
「はい。聞いていましたので」
悪態をつくハヴィス・フーランさんは、ルクトさんの声で、ハッとしてこちらを振り返った。
去年の魔物の授業で、レインケ教授から聞いていたもの。
ココリョナは、鱗のような尖った羽根を無数につけた蛾のような姿をした魔物だ。
水っ気の多い場を好み、繁殖する。
「ココリョナは、半透明の魔物だ。他の魔物に引っ付いている場合が多いし、命の危機を感じれば自爆する」
「今みたいに、ですね。撒き散らしたのは、鱗でしたね。微量の毒が含まれているとか」
「見ての通り。痺れもあるから、動けなくなる」
半数が座り込んで苦しがっていた。
傷付いた自分の仲間を冷静に観察されているせいか、それとも、見事な失態を見られたせいか、彼はカァッと赤面。
「育成も、大変ですね。手こずっているのに、オレ達までお世話にはなれませんよ」
私の腰を抱き寄せたルクトさんは、フッと嘲笑を浮かべて、嫌味で言い放つ。
「それに、オレ達にはオレ達のペースがあるんで。もう勧誘は、結構です」
「ここは新人の育成に相応しい森なので、私達の助けは必要ないでしょうけれど、足りなかったら使ってください」
ルクトさんの持つ【ワープ玉】に手を添える前に、腰のポーチから解毒薬の小瓶を三つ、あるだけ投げ渡す。
ひらりと手を振ってから、【ワープ玉】に手を置いて、音もなく砕いた。
王都の防壁前の転移装置の上。
二人で顔を合わせて、肩を竦め合った。
「ルクトさんったら。口説かれているって、どうして教えてくれなかったのですか?」
「いや、普通に断ったし。もう終わったと思ったの。口説かれたのは、リガッティー」
「いいえ。私を餌に、ルクトさんを口説いたのです」
「そんなライバルに、施しをあげたのはなんなの? 普通にいい子にしか見えなかったよ」
「ルクトさんの評価だと、私は”いい子”のはずでは?」
「ライバルには、だめー。愛想よくしないでー」
グリグリーと、ルクトさんは私の手を握り締めたまま、頭を擦り付けてくる。
どっちのライバルなのやら……ふふっ。
門をくぐって、ひょいっと【テレポート】で短縮移動で、冒険者ギルド会館に戻った。
列に並んでいれば、ルクトさんは「あっ! そうだった! 手紙! いい返事が来たよ!」と【収納】から取り出したのは、代わりに受け取ってくれたであろう『ネロウスワン』の手紙を渡してくれた。
私が内容を読む前に、ルクトさんは話してくれる。
「リガッティーの持っている【新・一画映像記録玉】を嵌めて、映像記録を別の玉に移す魔導道具を最優先で作ってくれるって。あの【記録玉】くらいには、小さくして、それからネックレスチェーンをつけられるように金具もつけてくれるから、きっと冒険者タグと一緒に身につけられるよ」
「まあ。楽しみですね」
ふふっと、笑ってしまう。ルクトさんは、大はしゃぎだ。
本当に、思い出の品を身につけられることが、楽しみなのだろう。
「最優先って、どのくらいかかるんだろうね」とルクトさんは、コツリと頭を重ねて、手紙を覗き込む。
「んー……私にはわかりかねますねぇ。新発明なのですから。でも、急いでくれるでしょうね」と、微笑む。
受け付けカウンターの列が、終わる。
一番右奥のカウンターは、大抵、同じギルド職員の女性が担当してくれていた。
レベッコ・ヘアルムさん。
金髪をまとめて結った物静かな雰囲気ながらも、常に小さな笑みを保って、プロの対応してくれるギルド職員。
「レベッコさん。こんにちは」
「こんにちはー、レベッコさん」
「こんにちは。リガッティーさん、ルクトさん」
私もルクトさんも、冒険者登録を担当してくれた彼女に懐いているようなもの。
笑いかけると、レベッコさんはにこやかに応えてくれた。
「その後、どうですか?」
「問題は生じていません」
レベッコさんだけに見えるように、上を指差す。一階のフロアホールの頭上に浮かび上がったニュース。
『ダンジョン』の下級ドラゴンについて。
話題は、持ち切り。しかし、肝心の功績者は誰なのか。
問い合わせられても、答えない姿勢を取っていると聞いていたが、そうして守ってくれているらしい。
「先程、『冠の宝石』という名のクランに勧誘されました」
「……ハヴィスさんが束ねる一団ですね。期待の新人には、声をかける方です。遅いくらいでしょう。申し訳ありません、もっと早くに知らせるべきでした」
「いえいえ。ただ、その……目撃情報を基に、私達を見付けに来たので、その点が心配です」
「『ターコイズ森緑』まで、来たのですか? ……彼の傘下の冒険者は、50人ほどいます。この中に配置されれば、見付かってしまいますね……」
そっと声量を落として、尋ねるとレベッコさんは私達の肩越しから、ホール内に目をやる。
「傘下、ですか……」
「はい。彼は冒険者ギルドとは別に、冒険者の立派な組織を作り出して、頂点に君臨したいのでしょう」
「『冠の宝石』……被りたいんだろうな」
他の冒険者を傘下にして、冒険者の王になる、ということか。
「野心家なのですねぇ……」と呟いて、報告手続きを終えてもらった。
依頼完遂の報告。そして討伐のカウントと、新人指導のカウント。
新人指導の冒険者活動は、これで9日目完了だ。
「あ。レベッコさん。これから、ルクトさんの服を買いに行くのです」
「そうなんですか。ん? この前も、他の冒険者仲間と行かれませんでした?」
「はい。でも、今日は二人きりです。それに、明日私の両親と会うための服を選ばないと」
「あら……。それは張り切らないといけませんね」
「そうなんです。レベッコさんは、ルクトさんには何色がいいと思います?」
「服? ……大変気に入っていらっしゃるようですし、その色はどうでしょう?」
掌で隠すように、こそっと尋ねてみる。
レベッコさんは小首を傾げて、ルクトさんのジャケットを指差した。
私色のジャケット。
ルクトさんは、目をパチクリさせると、ジャケットをスッと整えて、鼻を高くする。
「参考になります。ありがとうございます」と笑みを零せば、レベッコさんは「大した助言ではありません。買い物、楽しんでください」と言ってくれた。
それから「明日も、頑張ってください」と、応援してくれたのだ。
ひらりと手を振って、冒険者ギルド会館から出る。
そして、ファビアス通りへ、向かった。
ルクトさんと手を繋いだまま、店を回る。
ルクトさんは、ちらりと何度か後ろを振り返った。
「大丈夫ですよ。尾行はないです」
「わかるの? 街中の【探索】は、よくわからなくてさぁ。魔物の動きなら、判別が出来るのに」
「冒険者ギルド会館から、同じ人はついてきていません。ここまで来る冒険者っています?」
「んー、確かにな」
さらっと後ろに視線を走らせても、同じ人はいない。
裕福層の平民が通う店が並んでいるのだ。あまり冒険者がやって来ない通りだろう。
格好から見ても、顔を見ても、他に冒険者らしき人はいないし、尾行もない。
「この店、見てみましょう」
すぐに目に入った紳士服の店に、ルクトさんの手を引っ張る形で、足を踏み入れた。
貴族向けの店と違って、いかにも平民という服装だとしても、拒まれることはない。
店内を一周するように見回したあと、先ずは、ワイシャツ選びから始める。
サッとストライプのワイシャツを色別に、ルクトさんの身体に当てて見比べた。
それから、ルクトさんに試着を促す。
その間に、ルクトさんのサイズの背広を探してみた。
「リガッティー」
「着ました? あ。襟、立ててみてください」
試着室を覗いて、ルクトさんの襟に手を伸ばして、立ててみる。
「あれ? 立てるもの?」
「いえ。自由ですよ。ただ、ルクトさんの好みかと」
「あー……そうかも」
あまり自覚がなかったようだけれど、ルクトさんは私が立てた襟をそのままにした。
ルクトさんに着てもらったのは、ダークレッドのストライプ柄。
「ねぇ、さぁ……リガッティー?」
「なんです?」
私の手を掴んで止めるルクトさんに、小首を傾げて見上げる。
「リガッティーって、妹分気質? 姉貴気質?」
「どういう意味です?」
「さっきのレベッコさん、妹を可愛がっている感じだし、メアリーさん達にも妹分みたいに可愛がられてるし、リガッティーだって懐いているじゃん?」
「ええ、まぁ……そうですね?」
懐いている自覚があるので頷く。そんなことを、何故尋ねるのだろうか。
ルクトさんは試着室の戸口に肘を置いて寄りかかる姿勢で、怪訝な顔をする。
「でも、リガッティーって長女でしょ。ネテイトくんを始め、テオくんとアリエットちゃんにも、姉呼びされて慕われている」
「そう、ですね。それが?」
そばに店員さんがいるので、あえてテオ殿下をテオくん呼びするルクトさんを見上げて、首を捻った。
「……どっちのリガッティーも可愛いです」
「そう……ですか。ありがとうございます?」
「ぶっちゃけ、オレに、ちょっとネテイトくん相手にするみたいな口調で話してくれない?」
それを頼むための前置きだった……?
「ルクトさんをネテイトと話すみたいに、ですか? でも、年上ですので、ちょっと躊躇します」
「えー? でも、スゥヨンさん達にはタメ口じゃん。上に立つ立場だからだってことはわかるけども……そんな感じでもいいよ」
くすっと笑ってしまう。変な要求だ。
「い・や・で・す」
「えっ……!? なんで!?」
「嫌だからですよ。気軽に話したくなったら、そうしたいですけれど…………私に、嫌なことをさせたいのですか?」
きっぱりと断ってみれば、思いもよらなかったと、ギョッとしたルクトさん。
そんな彼に、シュンとした上目遣いで、しおらしく問う。
「え、ええぇっ。違うよっ。ご、ごめんっ」
ルクトさんは、慌てて私の頭を撫でて宥めた。
「いいですよ。では、これを試着してくださいね」
「…………小悪魔」
「うふふ」
コロッとしおらしい雰囲気を打ち消して、選んだ背広を渡す。
「また弄ばれた……」とルクトさんは、しょげながら受け取っては、試着室を閉じた。
声を出さないように笑って、私は別の組み合わせも選ぶために、店内をまた歩き回る。
男性店員が選んだ服を持ってくれたので、女性店員が話しかけてきたので、ルクトさんのネクタイを意見を交えながら選んだ。
甘々な買い物デートして、
明日のご両親への挨拶!
思ったよりも、予定がいっぱいいっぱいで、
ストック書けそうにないので、
来週も更新出来るかどうかわかりません……。すんません!
2023/06/10





