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78 九日目は小悪魔な人魚と。



 三日ぶりの冒険者ギルド会館。


 予定通り、『ダンジョン』にて、下級ドラゴンが出没し討伐した事実が発表されていた。

 闇属性の下級ドラゴンが出没したため、冒険者ギルドで大掛かりで調査中。


 来る途中の街には号外を配られて、放送用の魔導道具で、アナウンサーが周囲にそう知らせていた。


 冒険者ギルド会館内でも、頭上には、魔導道具によって、号外内容が投影されている。

 それを見上げて、冒険者達は「一体誰が討伐したのか」と下級ドラゴンの出現に驚きながらも、功績者の名前がないことに不思議がり、「どのパーティーが調査に行ったのか」と憶測を飛び交わせていた。


 予定通り、と私とルクトさんも上の号外を見上げてから、手を引かれて、依頼掲示板の前に立つ。


「『コバルトサンゴ』? 絵具の材料の?」


 私が受けられる依頼の中で、ルクトさんは『コバルトサンゴ』の採取を指定した。

 絵具の材料となるサンゴなのだけれど、コバルトブルー色の絵具になるというわけではない。

 そのまま、粉砕して水を加えて、液状に変えて、特定の色を作るために、他の材料を投入して、仕上げるのだ。


 『コバルトサンゴ』の絵具は、ちょっぴりとだけざらついたラメが特徴となる。好む人は好んで使う絵具。


 この採取の依頼主は、知っている芸術アトリエの名前だったので、プロの画家のためだろう。

 中には、職人の手ではなく、自分自身で絵具を自作するこだわりを持つ人がいるから。


「サンゴとなれば……湖。『ターコイズ森緑(しんりょく)』ですか」

「行ったことは? ないよね?」

「ええ、ないですね。近くの街は、確か、『サボア街』?」

「うん。でも『グレイラーン街』に転移装置があるんだ」

「隣でしたね」


 今までとは違う、東方面だ。

 小さな街『サボア』が近いが、【ワープ玉】によって瞬間移動が出来る転移装置があるのは『グレイラーン街』の前か。

 『コバルトサンゴ』は、サンゴらしく、水の中。自生地は、主に湖だ。


 『ターコイズ森緑』は、そんな湖が大小あれど、多い森だったはず。



 冒険者ギルド会館の依頼掲示板。

 依頼板が、ずらりと並ぶ一つの板に、その依頼が浮かび上がる。


 Fランクの依頼内容を引き受けるために、下の専用プレートに、冒険者の証であるタグを当てて、ポッと青白い光りを灯す。

 依頼板には、依頼内容を覚えたかどうかの確認メッセージが浮かぶので、”はい”の部分をタッチした。


 引き受けた依頼内容の確認は、別の魔導道具が設置されているし、小型のものも販売している。

 でも、Fランク冒険者は、依頼を一つずつしか受けられない決まりなので、一つのみ覚えるのは容易い。



「おーい! ルクト! リガッティーちゃん!」

「おお、オリバー」

「『黄金紅葉』の皆さん」

「「リガッティーちゃん!」」


 そこで声をかけてくれたのは、Bランク冒険者のパーティー『黄金紅葉』の三人。


 薄茶の短髪を立たせた好青年が、リーダーのオリバーさん。剣士。

 細身の青年は、ダンダさん。魔法戦闘のみの魔法の使い手のはず。

 大型の身体の青年は、ロッツアさん。斧を背負っている。


 私がにこやかに微笑んで、小さく手を振ると、目をハートにさせるようにダンダさんとロッツアさんは声を弾ませて接近した。


 すると、ルクトさんが私の腰を掴んで引き寄せると、自分の後ろへと移動させる。庇うかのように。



「オレの恋人だから、むやみに接近禁止」

「「「……!!」」」



 独占欲、丸出しのルクトさん。


 唐突の恋人宣言。



「お、おおうっ……ついに、恋人関係にっ!」とポッと頬を赤らめて、口を両手で押さえるオリバーさん。

「やはりそうなるか!」と頭を抱えるダンダさん。

「クッソ! うらやまッ!!」と天井に向かって嘆きの声を上げるロッツアさん。



「あはは……そういうわけで、ルクトさんの恋人で相棒です。改めて、よろしくお願いしますね」


 照れ笑いつつ、そう挨拶をしておく。


「まぁ、どうせ? オレには無理だったけど? 羨ましいなチクショウ!」とぶつくさ言うロッツアさんを、ダンダさんが肩を撫でて宥めた。


「おめでとう! 今日は、ニュースばっかだな! 『ダンジョン』で下級ドラゴンだなんて、一体どういうことなんだろうな?」


 オリバーさんは明るく笑うと、頭上を指差した。映し出されている号外。


「さぁ? でも、メアリーさん達が行ったよ。あとは、調査チームが明らかにしてくれるさ」

「『藍のほうき星』が? Aランクパーティーに声をかけたっていうなら、『宝塔サハラ』も行ったかな?」

「かもな。オリバー達は、声がかからなかったんだ? 残念だったな」

「いやいや、ジョーダンやめてくれよ~。『ダンジョン』で下級ドラゴンの調査? 荷が重いって」


 ルクトさんがからかうと、眉を下げた顔でけらりと笑い、右手を振ったオリバーさん。


 指名となればいい実績にはなるけれど、下級ドラゴンの討伐経験がないオリバーさん達は、遠慮したいとのことだ。

 この三人は、石橋を叩くように無難に進み、実績を積み上げながら、唯一無二の秘宝を見付けたいという目標を持っているパーティー。

 『黄金紅葉』は、冒険譚のタイトルだ。たった一つの宝、黄金色の紅葉を、探し出す物語。


 そんな会話を軽く交わしたあと、『黄金紅葉』のパーティーと別れて、【ワープ玉】を購入して『グレイラーン街』の前へ。


 二人で触れた【ワープ玉】は、音もなく粉々になったが、次の瞬間には転移装置の上にいた。

 今までで一番の小型で、20人乗りぐらいのステージ型の土台だ。そこから、降りる。



 一番近い『サボア街』は横切る形で、借りた馬で移動。

 『ターコイズ森緑(しんりょく)』は、それほど危険ではないと認識はされてはいるが、並の馬では近付きたがらない。足を止めたところで、放してやった。



 青緑の森。

 青っぽい葉が生い茂る木々は、距離を開けて生えているので、広々としている印象を受ける。

 馬車道もあるので、一見、ピクニックも出来そうな、のどかな森だ。


 【探索】の範囲内では、もう生き物がいるが、鳥かリスなどの小動物だろう。

 基本的には、安全だとしても、魔物や魔獣はいる。

 あちらからやってくるのだから、一般的に使用されている馬車道の利用者は、自己防衛のために武装したり、冒険者を護衛に雇うものだ。


 そんな馬車道から逸れて、あまり視界を遮らない木々の中を進んでいく。

 サクサクと草を踏み、茂みを避けて、歩いていれば、水溜まりを見付けた。

 青い苔を下の方に生やした白い岩に挟まれた中に、二メートルくらいの円形の水溜まりがある。


 『コバルトサンゴ』が、あった。

 コバルトブルーのサンゴ。三つほど、塊が中に見える。


「綺麗ですね……」


 池と称していてもいいけれど、あまりにも澄んだ水で、透明だ。

 若葉色の水草が、地面にも、側面も、ほとんどを埋めているから、『コバルトサンゴ』が一目瞭然。


 手を伸ばして、一番近くにあるサンゴを採取しようとした。


 だけれど、その手を掴まれて止められてしまう。


 真横でしゃがんでいるルクトさんと顔を合わせて、目をパチクリさせた。


「なんです? ルクトさん」

「奥にも、あるんだ」

「……また、奥に強い魔物がいたりするのですか?」


 首を傾げる。

 冒険者活動二日目と三日目は、奥の方が強い魔物が出てくる森だった。

 わざわざ、強い魔物と戦うために、奥の採取場所を口実に向かっていたのだ。これも、そのパターンなのか。


「んー? いや別に。手強い魔物と戦いたかった?」

「それはもう、近所では期待出来ないでしょう?」


 ルクトさんも首を傾げつつも、私の手を引くので立ち上がる。

 私は、噴き出すように小さく笑った。


 『ダンジョン』の魔物と巨大な下級ドラゴンと戦ったのだ。

 手強いと感じる魔物なんて、王国のど真ん中に位置するここでは、そうはいない。

 『ダンジョン』の魔物は、だいたいCランク。ゴブリンというFランクの魔物は、油断さえしなければいい程度。

 状況次第では、Bランクの実力のあるパーティーでなければ危険。

 そこをルクトさんと二人きりで難なく進み、さらにはAランク相当の巨大な下級ドラゴンと戦闘。


 それと比較すれば、手強い魔物と対戦なんて、無茶な注文だ。

 一番手強いとなれば、危険地域の魔物や魔獣の群れが襲い掛かる『黒曜山』だろう。


「よかった。次は10日目の冒険者活動になるじゃん? リクエストとかある? でも、新学期初日ってなるとぉ……半日で行けるとこ?」

「何か、あります?」


 10日目の冒険。記念日みたいに、何か特別にしたいみたいだ。

 記念すべき10日目だものねぇ……。


「ここから半日、半日……ん~」

「ルクトさんは、東南の方へよく行ってるって言ってましたよね?」

「あー、うん。飽きちゃってたけど……あ、行く? リガッティーとなら、新鮮だ。でも、【ワープ】で転移酔いするかも」


 ルクトさんがよく週末に冒険者活動へ行くのは、王都の真ん中より右寄りの地域。なかなか険しい山脈だそうだ。

 あまりにも遠いと【ワープ玉】を使って転移装置へ移動しても、負担により、体調不良を起こす。酷ければ、翌日まで身体に感じる揺れが治まることなく、嘔吐が止まらない症状になるとか。それほど、距離は遠い。

 学生生活をしながら、ルクトさんはそんな遠くへ行って、冒険してきた。主に、Bランクの魔物を見付け出すために、駆け抜けたとか。


 どうしよう、と悩む。

 結局、転移酔いをするかどうか、確かめた方がいいのではないか。

 そう言ったけれど、ルクトさんはしぶる。元パーティーの友人二人が酷い転移酔いにかなり苦しんだため、私には同じ目に遭ってほしくないとのこと。

 残念ながら、転移酔いを治す薬はない。あるのは、マシにする薬くらいだとか。


 恋人繋ぎで歩いていれば、【探索】魔法の範囲内に入って、何かがこちらに向かってきた。

 ルクトさんが繋いだ手を軽く揺らして離すので、私が討伐していいみたい。

 軽く頷いて、剣を抜いた。



 結構な早さだと思いきや、馬並みの大きさの魔物だ。


 ちょうど、邪魔な木がなかったため、直線を突っ走って来る。


 牛に見えるけれど、後ろ脚のあとには、蛇のような鱗に覆われた太い尻尾をつけていて、ブンブンとそれを振り回して猛突進。

 魔物のオピオタウロス。

 図体はデカくても、一直線に突進するだけしか能がないので、遭遇したら曲がって逃げればいい。

 討伐の仕方も、それを参考にすればいいだろう。


 曲がれない魔物を直前で横に移動してかわして、首を落とすために剣を振り下ろす。

 想像より硬かったため、剣を媒体に風魔法を放つ。鋭利にした風魔法の後押しで、両断完了。

 牛の頭を切り落とされた魔物は、ズシャッと地面を少し滑ってから倒れた。


 絶命を確認。それから【探索】魔法で、付近に接近する生命反応がないことも確認した。



「ルクトさん。この春休みは、私の面倒ばかり見ていて、退屈ではないのですか?」

「え? 何いきなり。オレがリガッティーといて、退屈するわけないだろ」


 怪訝な顔をするルクトさんを見ながら、剣を鞘に納めて、【収納】から解体用の短剣を取り出す。


「私といるのが退屈とかではなく……それを言われたら、私は傷付きますよ」

「オレも同じ。むしろ、死ねる」

「そこは死なずに改善しましょう? 私が言いたいのは、ルクトさんは討伐をこなし続けてきたじゃないですか。長期休み以外でも、週末は冒険で討伐三昧だったのですから。獲物を私に譲ってばかりで、物足りなさとか感じません?」


 本気さを感じる冗談を交えて、そんな話をしながら、ザクリと短剣を突き刺して、肉を切り裂く。

 心臓部を探ってみれば、魔物の【核】を発見。掴んで引き抜く。


 瘴気を宿らせる魔物のもう一つの心臓ともいえる【核】。魔物を食らった動物が、瘴気を得てしまうと【核】が体内に生まれて、魔獣と化す。

 魔物と魔獣が凶暴化するのは【核】の瘴気が原因だという。そして【核】の大きさと、強さは比例する。

 オピオタウロスは、思ったより小さい。黒と灰色に濁った歪な石。初めて倒した魔獣より、ちょっと大きい程度の拳サイズ。


 【核】は討伐数にカウントされるし、【核】はいわゆる電池の素材となるエネルギー源だ。回収は、必須。


「手慣れたね」とルクトさんは褒めてくれて、魔物の死体を私の代わりに焼却して片付けてくれた。


 魔物や魔獣の死骸を放置するのは、魔獣を増やす原因になるので、基本的に焼却すべき。

 私はあまり火魔法が強くないので、ルクトさんが買って出てくれる。


 もう400回は、やっている作業だ。もう慣れて、当然。


「『ダンジョン』行きで、散々暴れたじゃん。なんなら、トドメはオレにくれたじゃん、下級ドラゴン」

「あれは、初めての長期戦でしたねぇ。仕留めた下級ドラゴンの上に立つルクトさん、最高にかっこよかったです」

「あの時も言ってたけど……今言われると、かなり照れる。……あの時の幸せが、最高」

「泣いてましたものね」

「それ言っちゃう?」


 褒め言葉に照れ笑いしたあと、意地悪を言えば、ルクトさんは頬を赤らめて、ムッとした顔で照れた。


 涙は見なかったけれど、ちゃんと肩を並べる相棒宣言を聞き、私を後ろからきつく抱き締めていたルクトさんは泣いていたはず。

 ルクトさんも白状したもの。声を震わせるほど、ルクトさんは喜んでくれたのだ。()()()、と。


「ふふっ。ルクトさんだって、任せろって言ったじゃないですか」

「無茶したあとに、トドメさしてくれ、とは言わなかった」

「え? ……そうでした」

「んー。悪いわけじゃないけど、もうちょっと連携プレーはさ、リガッティーの負担を減らそうよ。あの時は、乗ったけれど……闇魔法のあとに、雷ズドンは、やっぱり負担でしょ」

「間のルクトさんの武器召喚を合わせた水魔法の三連打だって負担だったのでは? まぁ、これからは下級ドラゴンでもなければ、負担がかかる連携プレーなんてないでしょうが……想定しての訓練でもします?」

「それいい! 模擬訓練したい! 『黒曜山』から『ダンジョン』までも実践してたけど、もっと違う感じで……学園の模擬訓練ルームでも、どう!?」


 ぱあっと笑顔に戻ったルクトさんは、ルビー色の瞳を輝かせては、楽しげに声を弾ませた。


 ぐっ……! 可愛いッ!

 相棒と連携プレーの模擬訓練が楽しみすぎるのですね、わかります。そうやって喜んでくれるので、私はクセになりますよ。

 ホント、可愛い恋人さんである。

 もっと喜ばせたくなるじゃないですかぁー、もーぉ。


 今まで全然気付かなかったけれど、私は好きな人に尽くしたいタイプだったもよう。

 ただし、独占欲により、腕の中に閉じ込めた状態で、何もかも与える感じ。


 ルクトさんは、私だけの人ですので。



「私といれば退屈ではないのですね、よくわかりました。好きですよ、ルクトさん」

「えっ。なんで急にデレるかな……可愛すぎる。オレも好き」


 ルクトさんの左腕に、自分の右腕を絡ませて寄り添う。ルクトさんは左手で恋人繋ぎをし直した私の右手の甲に、ちゅっと口付けをした。


「リガッティーって、小悪魔だよなぁ……」

「私がですか?」

「無自覚? 全部可愛すぎるけれどさ、時折、胸の中を鷲掴みしてくる言動してくるじゃん……」

「例えば?」

「例えば、かぁ……んー。ガーターベルトをわざと見せ付けたり、素足の感想まで求めたり……()()()()()()

()()()……。ガーターベルトの方は、ルクトさんの好みを確認しただけですよ。素足は……ちょっとした意趣返し」

「意趣返し? ……意趣返し??」


 『ダンジョン』行きの道中で、お馴染みになった黒ニーソを、ガーターベルトで留めていたあれだ。

 明らかに釘付けになっていたのに、必死に目を逸らしていたルクトさんに、好みかどうかを確かめただけ。


 素足の件のちょっとした意趣返しに、ルクトさんは首を捻る。

 どうして意趣返しをされたか、わからないのか。または、意趣返しになっているのかどうか、という疑問か。



 そんな話をしながら歩いている間に、鬱蒼としている背の高い茂みの中を、突き進むような形になってきた。

 いきなり、見晴らしが悪くなってきたが、ルクトさんは行くべき場所がわかっているようで、迷いなく進む。


 ずっと【探索】でも、そばには生き物がいないので、遠慮なく腕を絡めていたのだ。警戒は薄いまま、歩き続けた。



「もう少しか。リガッティーは水魔法が得意だし、魔力操作も繊細で上手いから問題ないと思うけど……水に潜ったことある?」


 ルクトさんが尋ねてくれば、足元が斜め上を向き始めてきたことに気付く。

 坂道を上っている、みたいだ。


「水に潜る…………残念ながら、ないですね」


 言われて気付く。学園に水泳の授業もないし、水に潜るってこと自体がなかった人生だった。びっくり。

 ルクトさんの口ぶりからして、水魔法を使っての潜水をするのか。


「深い湖にでも入るのですか?」

「当たり。リガッティーなら、簡単だよ。得意属性だし、魔力障壁を挟んで身体を包む感じ。濡れても、自分で乾かせるだろうから、気にならないなら頭だけで」


 ルクトさんは手を繋いでいない方の手で、顔部分をくるりと指差した。


 水魔法で、自分をコーティングか。間に魔力を挟むことで、濡れないようにすることも出来るし、多少空気も確保が出来る。


 なるほど、と頭の中でシミュレーションをして見た。うん、出来そう。


 そうこうしているうちに、ルクトさんは足を止めた。

 崖のように突き出た岩の上。



 周囲には同じように、突き出た岩があって、ルクトさんが覗き込むように顎で差すから覗き込めば。


 四つの岩に囲まれた湖の中。

 これまた、透明な水が満ちた空間があった。

 若葉色にほとんど覆われているけれど、コバルトブルーの光りも、あちらこちらでキラッとしている。


「……何故、上に? 飛び込む必要があるのですか?」

「え? ビビってる?」

「…………」

「えっ……本当に? ごめん……」


 しゃがんで覗き込むと、ルクトさんも手を握り締めたまま、隣にしゃがんだ。

 意地悪に笑いかけたけれど、言い返さない私に、心配して顔を覗き込む。


「あー、いえ……正直、わからなくて……。水遊びも、まともにしたことないので…………飛び込んでも、平気かどうか……」

「うーん……。ごめん。そうか……水遊びが初めてなら、ゆっくり入るべきだった。ごめんな」


 ルクトさんは、しょぼんと眉を垂らして肩を下げる。


「そう謝らなくていいですよ。ルクトさんは楽しめると思って、連れてきてくれたのでしょう? やっぱりビビっていると思うので、ちょっと覚悟を決めさせてください」


 申し訳なさそうにしないでほしいと、微笑んで見せた。


「何事も経験ですけど……歩くことをすっ飛ばして走るのは、ちょっと躊躇します」

「うん……じゃあ、やっぱり、下から行く?」

「そうですねぇ……どうしましょう。ルクトさんは、飛び込みに慣れているのですか?」

「まぁ、ここは水遊びスポットなんだよ。一昨年の夏休みに、近所に住んでた子ども達を連れてってくれないか、って指名依頼してもらって、遊んだ。ちゃんと三人の男の子を面倒見ながら、一緒に飛び込んで遊んだんだよ」


 水遊びスポット。ほうほう、と私は頷く。


 冒険者と来てくれれば、楽しんで遊べるだろう。

 夏場に人気のスポットだろうけれど、春の今は、他に誰もいないようだ。


「それって、()()()()()()()()?」

「? こんな風、って、うおっ!?」


 左手でルクトさんの肩を掴み、繋いだ手を引いたまま、崖から落下。


 水面は迫り、そして。



   ズボンッ!



 突き破った。


 空気の泡が蔓延して、視界を悪くする中、バッと水上に顔を出す。



「ッ、リガッティー! 躊躇はどうしたんだよ!?」

「あははっ! ()()()()()()()()()()って、言いましたけど?」

「もうッ! プハハッ!」



 同じく顔を出すルクトさんは、顔を拭いながら、私に驚きながらも苦情を言う。でも、おかしそうに笑っていた。

 私も笑い声を上げて、しれっと言い返してやる。


 ちゃんと覚悟を決めた上で、飛び込んだだけだ。


 ひとしきり笑うと、ルクトさんは繋いだままの手を引っ張ると、私の腰にもう片方の手で掴む。

 ルクトさんに支えられるように、浮かんでいる形となった。


「んで? 水、大丈夫? 浮かんでいられるなら、大丈夫か」

「はい。水魔法を使ってみますが……そばにいてくれます?」

「もちろん」


 にっこりと微笑むルクトさんに、手を繋いでいない方の左腕を、ルクトさんの肩に回す。

 バタバタと動かしていた脚を止めれば、ズブン、とまた水中に沈んだ。


 水の中のくぐもった音を聞きながら、目を閉じたまま、水魔法を発動。技を使うとかではなく、水を出したりする操作のために。


 んん? なんか違う。



 ぷはっ、とルクトさんが、がっしりと掴んだままの私と一緒に水面に顔を出した。


「違うよ、リガッティー。オレが手本やるから、いい?」


 水でびっしゃりしていて、上手く目を開けられないまま、コクコクと頷いて大きく息を吸い込んだ。


 ルクトさんに引きずり込まれる形で、水中に戻る。


 ポッと私の身体を突き抜ける感じで、魔力が通り過ぎた。

 肌に、水を感じない。目を開けば、ルクトさんがクリアに見えた。


「こんな感じ。どう?」


 互いにびしょ濡れで、髪はぺしゃんこ。

 そんな格好のまま、湖の中にゆっくりと沈み続けていく。


 ルクトさんの魔法で、湖の水を押し退ける形で、二人だけの空間がある。


 おかげで周囲が、はっきりと、鮮やかに、見えた。



「わあ……」



 様々な形の水草が揺れている。若葉色に艶めく、青々とした水草。

 岩の欠片や砂が見えるけれど、圧倒的に水草が多く覆い尽くしていた。

 その中のところどころで、コバルトブルーのサンゴがラメを煌めかせていて存在感を出している。


 幻想的な湖の中。


 ほぅ、と感嘆の息を零してしまう。



「気に入った?」

「ふふっ。はい。ルクトさんが連れてきてくれた理由が、よくわかりました。素敵です」


 ルクトさんと繋いだままの手に、頬擦りをして、ルビー色の瞳に向かって微笑む。


「いや、それ可愛い……。むぅー。ご褒美のために、癒しに最適で、そうやって喜ぶと思って、連れてきたのに、ヒヤッとさせて……この小悪魔め」

「あら。ビビっているかって、意地悪を言うからですよー」


 ルクトさんがむくれているだろうけれど、私は周囲を見回す。

 うっとりと眺めてしまう。


「存分に楽しんで。まぁ、息はそう長く持たないけど……」

「え? でも、これ……水中の酸素を集めていけば、結構な時間を保てるのでは?」

「……え? なんて?」

「ここ、陽射しもよく入ってくるので、水草も光合成で酸素を作っていると思うので多いかと。最初に多くの空気を入れてから潜って、徐々に水中の酸素を取り込めば」

「待って? 魚のエラ呼吸みたいに、水中の酸素を取り込み続けるってこと???」


 頭上を見上げれば、神々しく差し込む陽射し。

 ルクトさんが焦った声を出すので、私の両足を挟むように足を広げているルクトさんと顔を合わせる。目を点にして、呆けていた。


「そうですね。まさにエラ呼吸を参考に、水魔法を動かしていけばいいかと」とケロッと言えば、ルクトさんは難しそうな顔をしながら、私を見つめてくる。


 キョトンと首を傾げていれば。



「――――リガッティーは、実は人魚?」


「ぷっ……!」



 物凄く真剣な形相でおかしなことを言い出したので、噴き出してしまった。

 片手で口を押えて、笑いを必死に堪える。ここでは、ちょっと文字通り、窒息しかけるので、笑わないようにしないと。


 人魚。

 海の人型の種族。海に住んでいるだけあって、水魔法の扱いは最強。



「いや、絶対に人魚だ。こんな繊細な水魔法を使うんだから、絶対に人魚だな。あれ、でも細い脚のままだな」

「やっ、わ、笑わせない、でっ……!」


 真剣な表情を崩さないルクトさんが、深刻そうに頷いては、首を傾げる。


 かと思えば、私達を包む水魔法が、ぐるりと右に回り出すから、私達も回ることになった。


 ルクトさんが、操ったのだ。

 ルビー色の瞳を目を合わせれば、ニッと笑って、見せてくる。



 くるくると、踊るみたいに回る。


 幻想的な美しい湖の中で、私達は破顔一笑した。



 


久々、冒険回!

最早、冒険デート回!

初々しくも、お互いに愛が重い最強カップルの、冒険回……

残念ながら、二章は少ないです……!orz

なんとかねじ込んでいきたいですがっ! 両親への説得やら学園生活やら、第二ラウンドやらが中心です!


あっ! レビューをいただきました! ありがとうございます!

私も楽しくて楽しくて、しょうがないですね。個性的な登場人物達を描写していくのは……!

ついでに、この作品を投稿し始めてだったからか、句読点で強調していくブームが始まりまして……読みやすさ重視で控えめにしておきますね!


ストックも残り僅かになってしまいまして……読みやすさ重視として、短い文字数更新ということで、分割して更新話稼ごうかと、せこいこと考えてはいるのですが、

略称『令嬢と冒険者先輩』は、一話最低8,000文字がいいような気がしてなりません……。


次回更新は、多分、6/10かもしれません! それまでにストックが増えたらいいな★

前話のいいね、ありがとうございました!

シンさんの命乞いに、いいねをありがとうございます!←

今日の冒険デートにも、いいね、ください!

よろしくお願いいたします!

2023/05/29

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