77 闇魔法好きの元影の命乞い。
王家の影が、また監視をしている。
王妃様は、何も言わなかった。彼女の指示ではないはず。
では、誰だ?
もう王家の影に付きまとわれる謂れはない。
なんのつもりだ。
私達には、存在がバレると、王家の影同士で情報を共有していなかったのか。
意味がわからない。
「……あなた達、一度玄関へ行きなさい。今すぐよ」
門番の騎士に命令を下し、この場を離れさせる。
ルクトさんは、人差し指と親指をゆっくりとくっつける仕草を見せて、確認してきた。
私はその通りだと、頷いて見せる。
【探索】範囲を狭めた。
見えない存在は、半径十メートル内にもいるようだ。しかも、敷地内の中にいることは、把握。
ルクトさんに目配せをしてから、手を空に掲げた。
「今すぐ姿を現してください。ここは我が家の敷地内。不法侵入者としても、私は正当防衛が許されます。さて……姿は見えないですけれど、そこにいる事実は変わりません。私達の広範囲魔法を受けたくなければ、事情を話しなさい」
闇魔法で見えないだけ。
確かに、そこに存在するはずだ。
私はバチバチと弾く音を鳴らす雷の魔法を、頭上に展開。
ルクトさんも、頭上に水を広げていき、空を覆うようにして、いつでも振り下ろせるように備えた。
ルクトさんが先に水魔法を広範囲に落とし、そして私が雷魔法を降らす。
答えがなければ、ルクトさんから動くはずだっただろう。
「――――ッ申し訳ございません!!」
透明な霧が晴れるかのように、ふわっと姿を現した。
ザッと、片膝をついて頭を下げる男性。
白のローブが地面についていても、お構いなしに必死に謝罪をした。
「悪気があったわけではないのです! た、ただ! 自分は、そのっ……長年の癖で、ついっ! 身を隠して、ファマス侯爵令嬢のそばにいてしまいっ……!」
「「癖で……つい……身を隠して?」」
「職業病です!! 人生の半分は、身を隠していたようなものなので!! 本当に申し訳ございません! 出るタイミングがわからずっ、不快な思いをさせてしまいましたが、どうかお許しください!!」
あたふたと謝罪をする彼をよくよく見てみれば、覚えのある人だと気付く。
「あなたは……シン・ホワイトさんですか?」
目が少々細めで、存在が薄いような顔立ちをしていて、顎下に届くくらいのストレートヘアーは黒いが、毛先が青色。
口は、フィットした黒のネックウォーマーをつけ覆ていたので、彼はそれを掴んで引き下げて、顔を晒した。
確かに、あの日見た彼だ。
「あぁ……会談でリガッティーの証人としていた監視の人だ」
ルクトさんも覚えていて、呑気に言いながら、水を蒸発させるように消す。
私も遅れて、雷魔法を発動中断し、消し去った。
かつて、シン・ホワイトの名を名乗った彼は、ホッと肩の力を抜く。
「なんの用でしょうか? また私のところにいることも、こうして本当に姿を現すことも、よくわからないのですが……どうしているのですか?」
出てこい。そう言われたところで、本当に出ていい存在ではないはず。
せいぜい、逃げると思ったけれど……。
しかも、私と一度顔を合わせた監視者。
王族殺害未遂の大罪の無罪を証明してくれた人。
王城勤めの魔術師として。王妃様の命令を受けての監視、という設定で、証言してくれた。
それで終わりのはずだったのに。どうして、こうして再会することになったのだろうか。
「その……えっと……」
視線を泳がしたあと、彼はバッと頭を深く下げた。
「リガッティー・ファマス侯爵令嬢にお仕えしたく、参じましたッ!!」
「……はい?」
こてん、と頭を倒してしまう。
「……イーレイに続いて、あなたも……王城から、私の元へ、転属、ということですか?」
「…………そういうことです、ね」
ちょっと戸惑いながら、確認してみる。
彼まで、ちょっと戸惑いがちにそう答えて、コクコクと頷いて見せた。
彼の場合、王城ではなく、王室からの転属では……?
いや、だめでは……!?
「あなたには、一生の絶対的忠誠が、王城の方にあるはずでは?」
王室、否、王家に命尽きるまで、忠誠を契約魔法で誓うようにサインされたはず。
それも、拘束力の強い契約魔法だという。昨日の私がサインした契約書とは、比べ物にならないくらいだと予想が出来る。
なんといっても、完全に姿の見えない闇魔法を使うのだ。王家秘伝の究極の闇魔法。
それを習得して、王家のために生まれ、そして生きていく。
そう言っても過言ではない者達が動く機関、だという認識をしていた。
イーレイとは、全くもって違うだろう。
「……それが……おかしなことが起きてしまいまして……不測の事態で、自分は…………”所属”を”除外”されてしまったのです」
「と、言うと?」
「…………魔法契約書の名簿から、名前が消えてしまいました……」
「……何故? そんな現象が、起きるなんて…………理由は?」
「はい……起きてしまいました」
ガクリ、と彼は肩を落とした。
とりあえず、立ってほしいと手を上げて、仕草で指示した。
ヨロッと、立ち上がってくれる。
「サインした名前が消えるって……死んでもないよな? どんな魔法契約書か、教えてもらえます?」
「機密ものでしょう? 出来る限りでいいので」
ルクトさんも困惑して、腕を組みながら、私と一緒に、彼へ尋ねた。
「”所属先”に、一生の忠誠を誓うものです。……過去に、名前が消えた方なんて、いません。オレが、初めてです」
「「……」」
私もルクトさんも、驚愕で言葉を失う。
一生の忠誠を誓う魔法契約書。
重々しい声音からして、隷属に近い拘束力があるに違いない。
それなのに、署名が消えた……?
「契約違反の場合、処罰を受けるだけで……名前を消されるなんて…………忠誠の契約を取り消された、ということになるのでは?」
「……そう、なのでしょう。もちろん、契約違反をした覚えがありません……。ただ、規則の抜け穴により……契約が無効になったのでは、と」
「抜け穴? どんな?」
「命を受けて、身を隠しての監視に務めていましたが…………明かされた者以外に、存在を把握されたことが、自分の……ある意味の規則違反となりましたが、処罰は受けず、ただただ、名前を消された、ということのようです」
ちらり、とルクトさんに、瞳孔が青い黒い瞳を向ける。
私は、所属先の王室の王妃様から、存在を聞かされた。それは許容範囲。
だが、しかし。
ルクトさんは、違う。
【探索】魔法によって、ルクトさんは存在に気付いた。
ひくり、とルクトさんは口元を引きつらせる。
全く無関係のルクトさんが、知ってしまった。
それが、原因だと、予想されているらしい。
「え、えぇー……オレの、せい? 監視者って、ずっとあなただったんですか?」
「いえ……でも……この春休みのほとんど、日中は、自分が担当してました……。あと、恐らく、顔を合わせたことが……決定打の原因だと思われます。だから、かと。自分だけが……」
「あっ、ああぁ~……。オレの認識が、原因…………あり得るなぁ」
苦々しい顔をしたルクトさん。
私もそれしか思えないと、困り顔でルクトさんと目を合わせた。
ルクトさんは、王家の影については知らない。
ただ、表には姿を現さない存在が、王室にいるという、漠然な認識をしているのだろう。
ただならぬ闇魔法を使うような存在だ。迂闊に触れていいものではないと、追及はしてこなかった。
でも、それでも。
ちゃんと毎日、【探索】魔法により、私の監視者としていることは、知っていた。
そして、先日、顔を合わせてしまったのだ。
秘密の存在、王家の影が――――部外者に、はっきりと認識された瞬間。
「な、なんだか……私のために証言してもらったのに…………申し訳ございません」
「いえ……命令に従っただけなので、ファマス侯爵令嬢に非はありません。ヴィアンズさんも、不可抗力です。存在を把握していたヴィアンズさんと、命令により姿を見せて顔を合わせたということで……完全に部外者に認識されたため、忠誠の魔法契約書の、ある意味の違反。しかし、前例のない発覚により、処罰を受けないまま……ということのようです」
処罰がないまま、事実上の契約無効。
「「…………」」
ずおぉん、と暗雲を頭に乗せたように暗い彼は、項垂れている。
「えっと……それなら、またサインを………………出来れば、ここにいませんか……」
ルクトさんが明るく解決案を出そうとはしたが、誰もが考えることなわけで、試した結果、解決せず、ここに来ているのだ。
彼は、重く頷いた。
「……事実上の、永久追放です…………。――――お仕えさせてください……」
めちゃくちゃ断りにくい。
こちらが原因で、誰もが不本意ながら、職場を追放されてしまった人が、来ちゃった。
「つまり……魔法契約の下じゃないと所属出来ない場所で、追放されたから……責任持て、と?」
「そういう言い方で、雇ってもらえるなら、ぜひとも自分を雇っていただきたいのですが……王妃様と先代王弟殿下の後押しもあり、リガッティー・ファマス侯爵令嬢の元が無難だと判断が下されました。事情は大方ではありますが、元所属場所 について知っていらっしゃる故、安心が出来る方だと」
ルクトさんが気まずげながらも、首の後ろをさすりながら尋ねた。
王妃様と大叔父様の推薦と来たか〜。
「ですが……結局、あなたの忠誠は、王室にありますよね? 一生の忠誠の契約をしたのですから」
「仰る通りです。なので、王室の最後の命令として、ファマス侯爵令嬢に忠誠を誓い、仕えろと下されました」
「あら? それは、確定では?」
懸念するのは、彼の忠誠心が、王室にあることだ。
何かあれば、こちらを裏切り、王室側に有利なるよう動く。
暗に信用出来ませんと言いたかったのに、すでに命令を受けている。しかも、最後のご命令だ。
「リガッティーに、拒否権が……」
「いえ。リガッティー・ファマス侯爵令嬢に、拒否権はあります。拒まれたら――――最期。自分は……消されます。この世から。ハハハ」
遠い目で宙を見つめて、乾いた笑いを零す。
いや、今、拒否権、消された。
拒否とあなた、どちらかを消すという選択肢しかない。
王家の影という特殊な機関から、事実上の永久追放をされてしまった。
主に、私とルクトさんのせい。
よって、転職先は私の元。拒否されれば、姿ではなく、命を消される羽目となる。
罪悪感しかない。
「あと……自分は、すでに事情を知っているようなものですので、役に立つかと」
「事情?」
「ヴィアンズさんの今までの功績と隣国に関して。幸い、自分しか知りません。自分だけが聞いていて、他言はしていないので」
「…………その話し方は、悪手ですよ?」
「口封じされたいんですか?」
仄かに、脅迫では? 確かに、彼は陛下達にも言っていない情報も握っているが……。
遠い目をする彼。
「もう五分五分です……消されようとも監視中に得た情報を他言するつもりはありませんが、手ゴマの一つで使っていただけるなら、幸いです…………オレの命を救ってください」
「あ、ああぁ~……直球」
潔く、命乞いだ。
そうするしか、彼にも選択肢がない。
「……あと、ぶっちゃけさせていただくと……」
俯きながら彼は、挙手した。
「七年の監視から、情があります」
「え? 七年も、ですか?」
「はい。婚約時から、監視者の一人でした。学園入学から、基本的には日中はオレが担当を……。そういうわけで……図に乗って言えば、リガッティー・ファマス侯爵令嬢を見守ってきたという情がありますんで。なんなら、将来は直属に配属される予定ではありました。今後、雇用してもらった上で、本来の忠誠を誓いますので、よろしくお願いいたします!」
グッと親指を立てる彼は、前向きに推してくる。
嫁いだら、私が動かせる王家の影になる予定でもあったのか。
そこは置いといて、七年。最初から彼も、監視者の一人だった。
驚きつつ、右頬に手を添えながら、小首を傾げて、感心して見つめる。
「少なくとも、四年は一緒かと思ってはいたのですが……それ以上の付き合いだったのですね。私が知らないだけで」
「普通は知られないはずだったんですがね……ハハ。とりあえず、その縁で、命救ってください」
「押しが強くなった……。まぁ、こちらも、証人になってもらった恩がありますし、元凶ではありますが……。とりあえず、意思はあるのですよね? 私に仕えて働くという意気込み」
命乞いが、かなり押しつけがましい言い方になってきた。
念のために、意思の確認。
「はい、もちろんです! 正直、急な人生計画変更となってしまって戸惑いしかありませんが……ファマス侯爵令嬢だって同じ目に遭いました。自分だって適応して、別の道を進んでいきます。この王国に忠誠があるのは変わりありませんので、例の爵位授与を穏便に済ませられるようにも、自分も尽力したい所存です」
グッと握り拳を構える彼。
急な人生計画変更、か。
やっぱり、彼としては、一生、王家の影として生きるはずだったのだろう。
「意思表示はわかりました。では、自己紹介とアピールをしてください。自分に何が出来るのか、またなんの役に立つのかを」
「あ、はいっ」
立ったままで悪いけれど、こちらを心配そうに見ているファマス侯爵邸の騎士達を待たせすぎないためにも、面接を開始。
ビシッと背筋を伸ばした彼は、自己アピールを始めた。
「名前はシン・ホワイトです、二十七歳。経歴上、王城勤めの魔術師でした。得意属性は、闇と風。姿を消すことに、特化して極めてきましたので、隠密活動による情報収集が得意です。短時間で、集めて、届ける。お任せを。対人による戦闘技術にも、自信はあります」
情報収集要員、か。戦闘能力も兼ね揃えてはいる。
「潜入も得意ですが、まぁ、これは覚えておいてください」
「潜入」
「はい。変装により、他の職業の経験も浅くはあります。あ……神殿の調査はご存知の通り、難しいので、お役には立てないかと」
潜入捜査員……必要かしら。
昨日、大叔父様が残念がっていたように、闇魔法の使い手では、神殿では調査活動は出来ない人員。
「さっきの姿を消していた魔法は、監視時に使用していた闇魔法ですよね?」
「それに関しての質問は答えないように、口外禁止の契約を交わしました。今後、使用は許されました。役に立つのならば、と。特別に使用の許可が出されました」
「それは……本当に、特別ですね?」
「はい、特別です」
コクリ。
シン・ホワイトさんは、深く頷いた。
秘伝の闇魔法を使える人材か。
……気になるなぁ。その闇魔法。
「切実に解明することは、おやめください……」と心を読まれてしまったが、素知らぬ顔をして考えておく。
「どう思いますか? ルクトさん」
「え? オレの意見? リガッティーがいいって言うなら、いいと思う。なんか、オレが原因だから、罪悪感を拭いたいけど……リガッティーの補佐官になる感じでしょ?」
「そばにおいても、問題ないかと。ルクトさんが不信感を抱かないならば、そのまま雇いますが」
「不信感かぁ……んー、ある意味、オレ達と冒険したみたいだし、リガッティーを大罪から守ったし、なんか仲間意識の方がある」
考え込む仕草で首を捻るけれど、ルクトさんはへらりと笑った。
「ヴィアンズさんにそう言ってもらえると、涙が出そうです……ありがとうございます。『黒曜山』で魔物いっぱい出すぎた時より、泣きそうです」
「あっれ? オレ、実はかなりシン・ホワイトさんに迷惑かけすぎてる?」
「いえ、いいんです……不可抗力ですって。あと、オレのことは、シンでいいです。『ダンジョン』だけは無事には済まないと思って、行かずに済んだことに安堵したのですが…………ッ闇属性の下級ドラゴンは、めちゃくちゃ見たかった……!」
悔しげに顔を歪ませるシン・ホワイトさんが嘆く。
確かに、シン・ホワイトさんに一切の配慮なしに、冒険した。
『黒曜山』で、わんさか魔物と魔獣の群れを討伐していたわ……。彼は、あそこにもいたのかぁ……。
「えっ。本気ですか?」
「流石に、下級ドラゴンの時にいたら、マズいですよ」
「人生の最期に闇属性の下級ドラゴンを見れたら、御の字ですよ」
「闇魔法、好きなんですねぇ? じゃあ、リガッティーの最後の闇魔法は、見物でしたよ~。【闇のナイフ】を無理矢理剣に付与して、放ちましたんで」
「ええぇっ……震えますねぇ……!!」
「あははっ、この人好きだ」
私が目を点にしている横で、ルクトさんは肩を震わせて、笑った。
気に入ってしまったもよう。まぁ、上手く付き合っていけるなら、それでいいか。
「七年そばにいたのに、今更こういう人だと知るのは、不思議な感じですねぇ……。とりあえず、イーレイとともに、ネテイトと雇用契約について、話してください。表向きの経歴書は、用意済みですよね?」
「はい。イーレイ・コリン伯爵令嬢とは二度、顔を合わせたことがありますので、話も通りやすいかと」
「ネテイトも、証言について、感謝していますから、大丈夫かと。私が戻るまでに、契約書を整えてください。イーレイが見て、それから、ファマス侯爵家の次期当主としてネテイトにも話を通してください。両親であるファマス侯爵夫妻は、もう出掛けますので、軽い挨拶を」
「かしこまりました。……あの、自分に敬語は必要ありません。ただの、シン、と呼んでください。ヴィアンズさんも」
玄関先に、イーレイが佇んで私の指示を待っている。私は手を上げて見せた。そして、彼を頼むと指を差し示す。
私とルクトさんは顔を合わせた。
「では、私も名前で呼んで構わないわ。シン」
「あ、オレも、名前でいいですよ。でも、敬語を抜きかぁ……歳上相手にはちょっと躊躇する」
嫌という反応を感じなかったから、私はそうすることにしたけれど、ルクトさんの方は、あまり歳上に敬語を抜くことに気が乗らないようだ。
「そうですか? 歳上の冒険者相手に、タメ口でしたよね?」
「あれは敬っていない相手だからでしょう」
「あぁー……確かにそうでしたね」
キョトンとしたけれど、すぐにシンは納得したと頷く。
敬う必要のない相手だったから。あれは。
「ですが、身分も上がりますし、慣れた方がいいかと。あと、差し出がましいとは思いますが、必要最低限の貴族マナーも、教えられますが……そこはリガッティーお嬢様に判断をお任せします」
「お嬢様?」
やけに、すんなりとシンが、私をお嬢様呼びしたので、目をぱちくりさせてしまった。
シンは、ギョッとした顔になり、身体を強張らせる。
「だ、だめでしたか? ファマス侯爵邸で、お嬢様呼びばかりを聞いていて……自分の中でも、お嬢様呼びが定着をしていたようで……。そもそも、初めてお目にかかった時は、10歳でしたので…… 」
「いえ、だめではないわ。元々家に仕えていない人に呼ばれることが意外だと思っただけ。好きな方で構わないから」
「はい、ありがとうございます」
別に悪くはないと微笑めば、ホッとしてくれた。
前に会った時は、かなりポーカーフェイスだったけれど、職務全う中だったからだろう。
私を10歳から監視していたのなら、お嬢様呼びも致し方ない。
ファマス侯爵邸にいれば、家族以外が私をお嬢様呼びだったのだ。聞き慣れすぎて、心の中では、すっかり定着していたのだろう。
「変な登場の仕方になってしまい、申し訳ございませんでした」
「ホント、ここでバレなかったら、どうしたんですか? あ、違うか……どうしたの? また冒険についてきた?」
「いや、それは流石に…………交際を正式に始めてから、初めての活動でしょうから、遠慮して帰りを待ちましたよ……」
頭を下げてシュンとした様子で謝るシンに、なんとか敬語を抜く言葉遣いを心掛けるルクトさん。
シンが、気まずげに視線を泳がした。
「「…………なんか、ごめん」なさい」
「……いや、謝らないでください……オレが謝りたいです……」
互いに気まずい。
交際前から、ルクトさんと甘い雰囲気に度々なっていたところを、ずっと見てきたのだ。居た堪れなかっただろう。
否定しない辺り、大変だったろうな…………監視も楽じゃない。
「それでは、お帰りをお待ちしています。いってらっしゃいませ」
「ええ、行ってくるわ。……あ、例の闇属性の下級ドラゴンのお肉料理、食べられるから、遠慮なく食べて」
「な、ん、で、す、と!? いただきます!!」
下級ドラゴンお肉料理が、試行錯誤で作られているから、今なら食べ放題。よかったわね。
「食べ物は効果覿面」としみじみとした風にルクトさんが零した。
再び、一礼をしたシンに見送られて、改めてファマス侯爵邸から出掛ける。
気を取り直して、9日目の冒険者活動に、出発だ。
究極の闇魔法を習得した王家の影、諸事情により、不可抗力の追放状態となり、元未来の直属先に、泣きつきました。
23話の影その一の人です! 会談で証人を務めて終わりのはずが……再登場!!
補足として。
王家の影は、一生の忠誠を誓うサインをする闇魔法の使い手ですが、全員が全員「命捨てます!」と潔く命を捧げるわけではないので、普通に生きる道があるなら縋りついた次第。
また、闇魔法の使い手としても、一目置かれていたリガッティーの直属の影候補争奪戦は、凄まじかったらしい。
『ダンジョン』で闇属性の下級ドラゴン出没には、王家の影の皆さん、キャッキャしていたり。
そんなキャッキャしている最中で、自分の名前が王家の影の契約書から消えているという晴天の霹靂の事実を告げられて、人生計画が崩れ落ちた影その一が、シン・ホワイトさん。
……二章のストック、残り僅か……
更新はまた来週!
いいね、ポイント、ブクマ、ありがとうございます!
2023/05/22





