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75 新治癒薬と光の治癒薬。


 ミッシェルナル王都学園には、部外者は少し長い手続きをしなければ、門をくぐる許可をもらえないのだ。


 門は大きくても、馬車は通さない。通行許可証や学生証を持っていない限り、ミッシェルナル王都学園が張られた結界は、三代前の学園長が魔導道具を作らせて設置した強固な壁となっている。


 馬車置き場は別にあって、そこに停車。

 学園内の用事は、長くても三時間に留めたい。

 先に帰ってもいいと言ったが、イーレイは一時間ほどは街を歩いていって買い物でもしていると答えた。

 付き添いのメイドとファマス侯爵家について話しながら、と。


 イーレイのことだから、話しておいた冒険者の服についての事業のリサーチもするだろうと思いつつ、それでいいと許可を出しておく。


「ところで、本当にお二人で闊歩してもいいのですか……? まだ公にしていい関係ではないというのに」

「並んで歩くくらい、学園関係者なら、まだ見られても大丈夫よ。()()()()()()()()()

「そうですね……()()()()()()()()()()()()()()

「んんー? 二人してプレッシャーを、わざとめっちゃかけてるのかなー?」


 部外者が入らない学園内なら、教師陣ぐらいの目しかない。

 ルクトさんも両親に認められることを信じて、このエレガントなマーメードタイプのドレス姿で並んで歩いても、そのうち交際していた事実を知って驚いてもらおう。


 ルクトさんは、有名人だ。無論、私も。

 最速ランクアップで最年少Aランク冒険者であり、平民の生徒。そして、婚約破棄騒動の侯爵令嬢の貴族の生徒。

 すれ違って何をしているのかと尋ねられたところで、レインケ教授の元へ行くと答えれば、魔物関連で何かあると予想するだろう。それ以上、下種な勘繰りはしないはず。



「早くリガッティーの制服姿みたいなぁ」


 白いブーツでかつかつと廊下を歩いていれば、ルクトさんがおもむろにぼやいた。


「見たことあるじゃないですか」

「遠目だもん。こうして並ぶところで見たい」

「ふふっ。私も、ルクトさんの制服姿が楽しみです」

「入学式の時に、お互い見付けられると思うけど……終わったら会う? いや、会いたいな」

「今のところ予定はないですけど……クラスメイトとお喋りを楽しんだら、冒険者活動に行きます?」

「そうだなぁ……ちょっとそこまでの依頼でもやって、日にち稼ぐか。それから、ギルマスに特例ランクアップの話を聞き出そう」

「性急ですねぇ……」


 新学期初日の入学式は、昼食前に出発し、どこかで済ませながら依頼を一つこなして終える。そんな予定を、ザッと立てた。



 レインケ教授の魔物研究室。

 白衣の中年男性。うねる黒髪のせいか、不健康的な白い肌とうっすらと目元の隈を目立たせる。

 前に会った時は、顎の無精髭が濃かったけれど、春休みもあと数日で明けるからか、教授は身なりを整えているようだ。

 それとも、新薬の件で、学園長であるディベット大叔父様と会っているから、整えるようにしていたのだろうか。


 レインケ・ドロイー。

 王都学園に勤務して10年は経っているそうだ。元卒業生でもあり、魔物研究者としては、王国内でも指折りの博士。


 魔物研究に関して、並々ならぬ熱意をお持ちだ。

 王都内の魔物について、一学年と二学年の生徒に、生態を教えるために勤務している。

 しかし、時折、研究成果の語りを始めてしまい、熱弁で脱線していくため、半目になる生徒が大半だ。正直、一般的な生徒にとっては、レインケ教授は、魔物好きな変人としか思われていない。


「リガッティーさん? こ、これはこれは……今日は着飾っていて、お美しいですね?」


 ポカンとした顔をするレインケ教授。


「王城から来たところでして。ドレスで来てしまい、すみません。昨日先触れしたように、学園長の伝言を受けて来ました」

「もらった改良版の試供品、試しましたよ。味は最悪でしたが、軽傷も一瞬で癒されて、身体がスッキリしました」

「なんと! 味かぁ、気にしてなかった……」


 新薬について。

 ルクトさんは、下級ドラゴンの討伐後に、使用した新治癒薬のことを話す。

 あの味は、本当に酷かったわ……。

 へらーっと力なく笑うレインケ教授は、頭の後ろを掻いた。


 鑑定魔導道具で効能がわかってしまうから、試飲をしなかったのだ。

 レインケ教授は、魔物研究者であって、魔法薬の研究者ではない。味に関しては、完全に考えが抜け落ちていたのだ。

 鑑定魔導道具に、味のレベルを調べる機能も追加してほしい。味が美味しいとか、不味いとか。甘いとか、辛いとか。


「今日は新薬についての話だけではなく、もっとレインケ教授の研究に携わりたいという話をしにきました。ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()と、レインケ教授の魔物知識、そしてルクト先輩の冒険者知識を合わせて、また何かを開発したいと思いまして。今すぐではないのですが」

「喜んで!!」

「……今すぐとはいきませんが、とりあえず、大まかに話をしましょうか」


 大いに、食いついてくれたレインケ教授。

 魔物知識が活かせるとあって、鼻息が荒い。


「ははっ、よかった。先にレインケ教授が進めたい開発研究があれば、教えてもらえるとありがたいです。オレも出来る限り、冒険者知識を絞り出すし、なんならその魔物を調べに行ったり素材を採取もするからさ」

「至り尽くせり!!」


 ルクトさんがおかしそうに笑うと、そう提案。


 レインケ教授は、感激で目を潤ませて、両手を組んだ。

 魔物研究が大好きなレインケ教授からすれば、直接魔物と接する冒険者の知識や経験は、価値の高いものだろう。


「それから、レインケ教授。()()()()。本当に()()()()としてくださっていいのですか? 確かに私が完成させたような技術ではありますが、レインケ教授もルクト先輩も、習得しました。レインケ教授が考案しなければ生まれなかった技術ですので、考案者のものであるべきかと」


 秘匿すべき技術。

 それは、魔物の独自の能力を素材から抽出するという方法だ。

 レインケ教授は、どうにか、トロールの高い自己再生能力を活かそうと研究をした。そして心臓から、その能力を引き出すことにしたのだ。心臓が、自己再生能力を出して、循環させていた。それ故に、トロールは皮膚が硬く、切りつけたとしても、すぐに自己再生能力で治癒してしまう。

 その自己再生能力を生かしての治癒薬開発。


「いやいや! それがね、リガッティーさん。確かに、僕が考案したもの。でも、机上の空論だったんだ。可能にしたのは、間違いなくリガッティーさんだよ。しかも、リガッティーさん。トロールの心臓から能力を抽出した技術は、結局、トロールの心臓だけに通用したものだったんだ」

「他は、不可能だったと?」

「うん。だから、恐らく、リガッティーさんの繊細な魔力操作で試行錯誤をしていかないと、特定の素材から能力を引き出すことが難しい、かと……」


 あらぁ、と右頬に手を当てて、困り顔で小首を傾げる。


「リガッティーが伝授してくれた技術だけでは、上手くいかないわけかぁ……。困ったな。それだとやっぱり、リガッティーの負担がなぁ~」


 ルクトさんも、困り顔で首を捻った。

 そうなると、新しい研究素材を選ぶ度に、私が試行錯誤の魔力操作で、能力を引き出すコツを調べなくてはいけない。

 魔物素材による研究開発は、難しいかも。負担が大きい。


「そこはリガッティーには及ばなくても、魔力操作に長けた人材を雇えないかな?」

「それなら、王城勤めの魔術師から選別したらどうだろうか」


 そこで研究室に入ってきたのは、先代王弟殿下のディベット様。私は、大叔父様と呼んでいる。

 オールバックにした金髪と優しい目付きの青い瞳の初老の男性。今日は、ストライプの背広姿。


「大叔父様っ。あ、学園長ですね……学園ですもの」

「はは、そうだね。今日はとても素敵なドレス姿じゃないか。……ああ、王城に行っていたのかい?」

「はい、その通りです」


 王都学園内なら、ちゃんと学園長と呼ばないといけない。

 彼は二十年近く前に奥様を亡くしたため、独り身の余生のために、ミッシェルナル王都学園の学園長を趣味と称して務めている。

 妻との子どもにも恵まれなかったため、独りが寂しく、子ども達を見守ることを選んだのかもしれない。いつか、そう誰かが、囁き声で話していた気がする。



「こんにちは、学園長」

「やあ、ルクト君」


 にこにこーっと、ルクトさんと大叔父様が、笑顔で対峙した。


 ルクトさんを阻む大叔父様。実の父親より先に、牽制しているらしい。

 ほんのりと険呑さを感じるのよねぇ……。


「あの、先程、テオ殿下に明かしましたが……」

「オレ達、恋人関係になりました」


 部屋にいることをいいことに、ルクトさんはぴったりと頬を私の頭に押し付けて、グッと腰を引き寄せてきた。

 ……うん。牽制返し。



「あ、そうなんだ。おめでとう」



 にこーっとしたままの大叔父様の目が笑っていなかったけれど、レインケ教授がケロッと祝福の言葉を口にするから、そちらに注目してしまう。


「あっさりしてますね……レインケ教授」

「え? なんで? ルクト君なら、Sランク冒険者になるのも時間の問題だろうし、名誉貴族になれるから一応は貴族の身分になれるじゃないか。格差はあれど、この新薬の功績で多少は反対意見も黙らせられるのでは?」

「「「……」」」


 不思議そうに首を傾げたレインケ教授が、意外と考えていて、びっくりしてしまった。


 魔物研究以外、ポンコツだと思っていたわ…………とても失礼だけれど。

 それは私だけではなく、ルクトさんと大叔父様も、目を点にしていた。


「ルクト君の得意分野として、貴族の身分を授かった冒険者活動で、さらに活躍すれば他の貴族だって認めるでしょ? そのために、僕の魔物研究も役に立つのでは?」

「あー、んー、その通りです。前向きですねぇ、レインケ教授」

「魔物研究が進むなら、なんのその!」


 前向きだ。本当に。

 私とルクトさんの仲を特段気にすることなく、やる気満々にレインケ教授は、新治療薬についての素材確認をした。

 むしろ、清々しいほどに、私達の恋仲について触れない。眼中のなさに笑ってしまいそうだ。極端すぎるわ。

 大叔父様も、今後の生産のためにも、必要素材について、いくつか問う。

 ルクトさんが答えてくれたおかげで、問題なさそうだと大叔父様は判断した。


「あとは、味ですねぇ……」

「まぁ……それは、あっさり解決する問題だよ。あっ、ルクト君。冒険者活動に役立つだろうから、改良中に作った新薬、もらってくれないかい?」

「いや、レインケ教授……今、味について言ったのに、味を改善していない薬を押し付けます?」

「嫌だなぁ。飲まなければいいじゃないか。傷にかければいいんだから」

「あ。そっか……じゃあ、もらいます…………って、多い!?」


 ドーンッと出された改良作業中に作ったであろう薬の小瓶は、100本近くの数。


 ええぇ……。下級ドラゴン相手に、多少の掠り傷を作った私達では、きっと使わないのだけれど……。


 ルクトさんと困って、顔を見合わせた。


「学園長、これはサンプルなどに使用したりは」

「すでにもらっているよ。十分にね」


 サンプルを提出しても、この数を余らせているのか。

 他に押し付けることに、あっさりと失敗。


「私達も使わないと思うんですよね……」

「”()()”?」

「あ。()()冒険者活動をルクト先輩としているのです」

「わ、わあ…………それは、ビックリ」


 でしょうね。普通の人は、そうやって驚きますよ。レインケ教授。

 侯爵令嬢の冒険者活動に、今日一番の反応。


「いっそのこと、味改良前のサンプルとして提供したり、または宣伝代わりに、冒険者ギルドに試供品として配るのもいいかもしれません。学園長、どうですか?」

「うむ、それは別室でゆっくり話そう。例の伏せている話は、もう聞かせてくれるかい?」

「そうですね……はい」


 私の案には、賛成姿勢に見える大叔父様が、尋ねる。

 ルクトさんの顔を見てから、私は頷いた。昨夜のうちに、ルクトさんとは話をつけている。


 一先ず、ルクトさんと15本ずつだけ【収納】に入れて、あとはレインケ教授に、引き続き保管してもらうことになった。


「あら? レインケ教授は、研究室に残るのですか?」

「え? ああ、僕は魔物研究以外ポンコツだから、新薬事業自体は、お任せだよ。作り手に徹するので、あとは頼みます」


 両手を上げて、にへらと笑うレインケ教授。

 ……自覚していたのね、魔物研究以外はポンコツだと。


「他の魔物研究を熟考して、リストアップしておくよ。次の開発候補を」


 グッと拳を固めて見せたレインケ教授に挨拶を済ませて、魔物研究室から応接室へ移る。



 大叔父様と向き合う形で、ソファーに腰かけた。


「この新薬事業は、ウォルジタ大商会に話を持ち掛けた。知っているだろう?」

「まあ。流石は大叔父様ですね。ディージェ伯爵様とダイダン子爵様が共同責任者として回している薬品関係に力を入れている大商会。ディージェ伯爵領では、かなりの種類の薬草を栽培しているのです」

「あー、確か、魔物や魔獣被害が少ない地域だろ? そのおかげか」

「はい、その通りです。あと、ダイダン子爵家は、薬師の家系でして、【変色の薬】の改良で種類を増やしているのは、彼らですよ」


 大叔父様が事業内容の書かれた書類を、側近のアイザック様に差し出させる。

 それを手にしながら、ルクトさんに簡潔な説明で教えておく。


 薬師の家系のため、この新薬のレシピについて、材料から作製過程、そして技術まで秘匿してもらえる。

 必要な魔物素材の入手も、製作場所も、極秘で手配済み。


 トロールの心臓の採取も、ダミーの商会の名を使って、冒険者ギルドで依頼するところまで、徹底済み。

 ルクトさんは、感心していた。


「流石ですわ。私の出る幕なんてありませんわね」

「いや、君が完成させたような新薬じゃないか。開発者は、レインケ教授とリガッティー君、そしてルクト君で完成させたと報告書を渡した。勝手ながら、魔物研究者と侯爵令嬢とAランク冒険者の名前を出したよ。もちろん、事実だからね。一応、ファマス侯爵家令嬢の事業と銘打つと、ウォルジタ大商会と合意を得ているよ。……望むというなら、二人の事業としてもいいが?」


 それでは、大叔父様に丸投げしたのに、いいところ取り同然じゃないか。


「オレとリガッティーの名前を前面に出すと? 意外なことを言うんですね……」

「意外かい? 今後もレインケ教授と魔物研究によって、開発していくのなら、他の投資家から注目を浴びるべきだ。さっきレインケ教授が言っていたように、君には功績が必要だろう? この新薬だけでも、十分とも言えるが、満足しないでもらいたいね。一体どんなに優れた女性の隣にいるか、理解しているのならば」


 目を見開くルクトさんに、腕を組んでふんぞり返るような姿勢で、大叔父様は意地悪く言う。


 大叔父様ったら……。またルクトさんに牽制を……。

 いや、彼なりに、親切な助言かもしれない。こうして、提案してくれているのだから。



「――――()()()()()()()、リガッティーが開発を急いでくれた新薬です。そういうことなら、喜んで、オレとリガッティーの事業と胸を張って、スタートしていきますよ」



 これまたルクトさんも、意地悪い感じに言う。


 う、うーん。二人は、こういう接し方しか出来なくなったのかしら……?


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「いえ…………まぁ、正直言って、あの日はルクトさんだけのために、開発を急いだようなものですね」


 聞き返す大叔父様に、微苦笑ながらも私は答えて、それから【収納】から小瓶を取り出した。


 白い艶を放つ小瓶を、テーブルの上に置く。


「それは『ポーション』じゃないか」


 昨日、スゥヨンが頼んだ通りに、神殿で購入してくれたのだ。

 嫌そうに眉をひそめたルクトさんは、ソファーの肘掛けに頬杖をつく。


「はい。冒険者活動をするルクトさんのためにも、治癒薬を至急用意したかったのです。前にお会いした時に、神殿にいると私は体調不良を感じると話しましたね。闇魔法の使い手だから、という説があります。神殿は大昔から光魔法が行使されてきて、光の魔力が満ちているせいだと。今、テオ殿下とネテイトに調べてもらっている中で、ついでだとしても、手掛かりがあればいいのですが……」

「というと?」

「私は『ポーション』を飲んだことがありません」

「……まさか、君にとって毒とは言わないだろう?」


 前のめりのような姿勢になって、大叔父様は顔をしかめた。


「それは()()わかりません」


 私は肩を竦めて、ルクトさんに目配せを送る。


「オレには……毒というほどではありませんが、身体は『ポーション』を受け付けなくて、治癒効果は発揮されず、そして()()()()()()()()()

「なんだって? どうしてだ?」


 ルクトさんがそう告白すれば、信じられないと大叔父様は瞠目した。



「わかりませんが……祖母も負傷をしたことがあって、『ポーション』を飲みましたが、()()()()()()()()()()()。普通の治癒薬で時間をかけて癒したそうです。……そんな祖母は、()()のハーフでした」

「……」



 大叔父様が押し黙る。難しそうに顔を歪めて。


「冒険者の父が魔族のクォーターとなりますが、父は『ポーション』を飲んだことありませんから、遺伝による特異体質かどうかもわかりませんが……人づてに、同じ魔族の血が流れている人が、『()()()()()()()()()()()()()()って話を聞いたことがあるんですよ」

「……それは、強力な闇魔法の使い手だからかい?」

「祖母とオレはそうですが、噂の人は知りません……」


 ふるふる、とルクトさんはゆっくりと首を横に振った。


「試しましょう」

「リガッティー」

「飲むだけですよ。私の次は、ルクトさん。お願い出来ますね?」

「……うん」


 強力な闇魔法の使い手だからか。それ故に、『ポーション』が受け付けないのかもしれない。

 それを調べるためにも、経験のない私が飲んでみる。


 ルクトさんも大叔父様も、いい顔をしない。

 それでも確かめる必要があるので、止めようとしなかった。


「……では、いただきます」


 きゅぽっと、蓋を外して、『ポーション』を開封。

 無臭。一口飲むだけ。拒絶反応があれば、吐くだけ。

 もしも危害があっても、新治癒薬もある。だから、ルクトさんは【収納】から取り出して用意してくれた。


 ぐびっと、口に含む。甘みを感じる。

 少しの間、動きを止めたが、特に違和感がない。そのまま、喉へ通して飲み込んだ。


「……甘い、水って感じですね。魔力は感じます。光魔法を。ですが、ダメージのようなものを感じなければ、拒絶反応もありませんね」


 光魔法を維持しやすい薬草を入れた魔法薬に込めているだけあって、少し薬らしい苦さはした気がするが、甘みを加えられている。光魔法は感じても、私の身体に影響は及ぼしていない。拒絶反応は、なかった。

 それを聞いて、私を心配してくれた二人が、ホッとした顔をする。

 ルクトさんの番なので、私から奪い取るように手に取ると、嫌そうなげんなり顔に変わった。


「……マジで吐くから」


 予め宣言しておいて、ルクトさんはタオルを片手に、『ポーション』を飲む覚悟を決める。


 ぐびっと、わざと多めに飲み込んだルクトさんは、苦しげに顔を歪ませるなり「ゲホッ! ゴホゴホッ!」とタオルに吐き出した。

 『ポーション』の瓶を取り上げて、噎せるルクトさんの背中をさする。


 これが、拒絶反応。


 予め、聞いていたとしても焦る。

 もしも、彼が今、負傷していたなら……。ゾッとする。


「ルクトさん、口の中を見せてください。痛みは?」

「ケホッ、ないよ……あ~」


 少し落ち着いたところで、ルクトさんの顎を掴んで、口の中を覗き込む。

 ルクトさんが自己申告するように、口の中も、喉も、ダメージはなさそうだ。


「大丈夫ですか?」

「うん……甘いのは残ってるな。でも、なんか……オエッて、()()()()()()()だった」

「気持ち悪い? 神殿に行ったことはありますか?」

「あー、うん。前に負傷した時に使った『ポーション』を神殿で買ったから……オレは、ちょっと気持ち悪いって思う程度だったかな。気のせいって感じだよ」


 ルクトさんも甘さを口の中に感じたようだが、気持ち悪さを覚えての拒絶らしい。

 口の中に残った甘さは拒絶していないが、『ポーション』の中、つまりは込められている光魔法だけに拒否反応が出たのだろう。


「同じかと問われると、自信はないけど……リガッティーがダメージを受けた光魔法と関係あると思う? そしたら、リガッティーが『ポーション』を飲めたのは、矛盾になるよね?」

「そうなりますね……詳しく調べてみないとわかりませんね。私が警戒する闇魔法の使い手に害を及ぼす光魔法と、この『ポーション』に拒絶する反応は別物だとしても、結局は光魔法です。どう思われますか? ディベット大叔父様」


 私もルクトさんも、神殿にはある意味の拒絶反応を覚える。気分が悪くなるという些細なもの。

 その気持ちの悪さを、この前、暴走のように発動させたジュリエットの光魔法によって、闇魔法を消された私は痛みのあとに与えられた。

 ルクトさんと魔族の血を流す人が何人か、『ポーション』を拒絶する体質であること。


 共通する点は、光魔法。

 理由は、まだわからない。


 しかし、魔族は、大半が闇属性持ち。

 闇属性は、光属性に、極端に弱い。


 今までは、神殿があまりにも光魔法に満ちている故に、ちょっぴり闇魔法の使い手は影響を受ける、という説が認識されていたが……。


 こうなると――――。



()()()()()()()()()()



 大叔父様が自分の顎の下を撫で付けて、重く呟く。


「はい……。だから、二代目聖女を、重点的に調べてもらっています。人と魔族がいがみ合っていたのは、突き詰めると魔族が闇属性持ちばかりだった故に、聖女の伝承による偏見差別で対立したせいですからね」

「創造主、女神キュアフローラ様が、光魔法の少女に、癒す力を与えたから、聖女は誕生したって伝承。信者の偏見で、光魔法に弱い闇魔法の使い手ばかりがいる魔族は、悪だと見下されていた。さらには、いがみ合いを止めたっていうのに、関わっていた二代目聖女が魔族を光魔法で制圧したなんて、バカげた解釈がありますけど……こうなると、洗いざらい調べた方がいいかもしれませんね。500年前の争いが、再開される前に」


 睨みつけるように、ルクトさんがテーブルの上に置いた『ポーション』に目をやりながら、はっきりと告げた。



 ――――()()


 万が一にも、億が一にも、魔族を制圧出来る光魔法があったとする。

 だが、それは歴史に遺されていない。

 遺してはいけないと、当時の人々が考えたはずだ。

 争いを永遠に封じるためにも。



 だが、誰かが、まだ魔族を、闇属性持ちを、悪と決めつけて、攻撃をしていたら?



 魔族を、または闇属性持ちを、攻撃する効果の光魔法があるのかもしれない。

 知らず知らずのうちに、ずっと『ポーション』に込められてきたのかもしれない。

 そして、神殿にも、その効果のある光魔法が、満ちているかもしれない。


 答えは――――神殿にあるはず。


「ここまでの情報で仮説を立てるなら、魔族だけを攻撃するような光魔法を特化して極めた魔法が存在するのかもしれません。どうやって特定して害を与えるかはわかりませんが、闇属性持ちにも影響を及ぼす光魔法があるかと」

「魔族に闇属性持ちが多いのは、あくまで特徴の一つ。リガッティーみたいに、祖先を探っても魔族の血縁者がいないように、必ずしも闇属性は魔族のものじゃない。属性は遺伝じゃないですしね。なんであれ、偏見による過激な差別攻撃ですよ。万人を愛する女神の名の下にある神殿で、癒しを与えるための『ポーション』で、魔族を攻撃している可能性があります」


 今までも、魔族の血を持つ人が、『ポーション』が飲めない、効かないという体質に気付いたかもしれないが、表立って口にはしてこなかった。

 ひとえに、醜い歴史を繰り返すような火種になりたくなかったからだろう。


 『ポーション』が受け付けない体質ではない。

 『ポーション』の方が、拒んでいるのかもしれない。



「……ことは、慎重に解明する必要がある」


 重たく口を開いた大叔父様は、『ポーション』を掴んで持ち上げた。


「実に、厄介だ。神殿に問うなど、対立するようなものだろう。神殿も、万人を愛する女神を崇拝しているのだから、万人を癒すという信念を掲げてきた。しかし、この王国は、信仰が強すぎる傾向にある。下手を踏めば、ルクト君の言う通り、争いが再開しかねん」


 そう。


 ハルヴァエル王国は、信仰心が強すぎるのだ。

 下手を踏んで明るみになれば、魔族への偏見や迫害は再熱し、争いがまた始まるかもしれない。


 ハルヴァエル王国から始まって、隣国へ飛び火して、遅かれ早かれで、魔族の国が武装をして身を守るために刃を向ける。


 戦争の幕開けになりかねない。



 


ブクマ、ポイント、いいね、をよろしくお願いいたします!


2023/05/13

(実は私、「なろう作家活動」が、今日で13周年記念日です!

なので、今日は記念テンションで更新! 次回の更新は来週です!

ちなみに、新連載も本日中に投稿しますので、よければ、よろしくお願いします!)

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