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73 庭園で優雅な花のお茶会。



 王妃様の呼び出しを受けて、登城する予定の日。


 テオ殿下にもお呼ばれしているという口実を利用して、ルクトさんも登城することになった。


 国王に恋仲を知らせたとはいえ、翌日に二人揃って登城は挑発的すぎないか、と思ったのだが、別々に行動するという事実は確かに誰かに見られるので、そう気にしすぎなくていいとのことだ。


 すでに王城では、私と第一王子の婚約解消は済んだと、知れ渡っている頃だろう。社交界でも、じわじわといったところかしら。

 今日はお母様も、お茶会に出掛けて、情勢を把握するとのことだ。


 ルクトさんといても、二人きりでもない。ちゃんと護衛騎士も、引き連れていく。

 悪目立ちはしないはずだ。


 ……多分。



 今日は襟足の髪だけを残して、あとは編み込みまとめ上げた髪に、飾りで余らせたマンサスの花を、少し差し込んで飾り付けてもらった。


 手土産に、マンサスの花の砂糖漬けも、持っていくつもりだ。短いお茶会となるはずだから、そのおともにする。


 ドレスはマーメイド風に、足元がフリルで広がっていて、ややスリットがあるので歩けば、足が目立つデザインだ。そのために、合わせたブーツもセット。

 最先端デザインを作ってきた有名デザイナーの新作だ。

 春らしく淡いピンクを基調にしているけれど、内側のフリルは鮮やかな紫を取り入れてもらっている。

 お母様にも似たようなドレスを作らせてあるけれど、可愛いよりも綺麗がいいお母様の方は、逆に鮮やかな紫を基調にして、フリルを淡いピンクにしたデザイン。


 いい機会だから、同じ日に着ようとなった。


 ちなみに、白のブーツはヒールが高く細い白だ。花のレース生地を取り入れているので、こちらも春らしい。



 王妃様とご対面だ。これくらい気合いを入れるのが普通だ。



 お母様と「あら、素敵」と比べっこをしたあと、私は馬車に乗り、王城を目指した。

 今日は、ルクトさんを途中で拾うことになったのだ。冒険者ギルドに寄って、昨日の手紙の返事や、ギルドマスターに直接話を聞きたいと言うので、途中合流。



「わっ……リガッティー、キレー」

「ふふ、ありがとうございます」


 馬車の中の私を目にするなり、一度身体の動きを止めて目を丸くしたルクトさんが、感嘆を零す。


「ホント、ゴージャスな感じ……そんなドレスも着るんだ? 色が春っぽくていいね」

「はい。春のドレスで新作ですよ。お母様は、この色を真逆にしたデザインを着て、お茶会に行くそうです」

「同じドレスを着るんだ? めちゃくちゃ失礼なこと考えちゃったけど、若いんだよね? オレのお母さんは、もう50になるから……」

「ええ、まだ30代ですけど、女性に関して年齢は失礼ですよ? まぁ、私のお母様は、歳上に見られたい派なんですけどね。童顔を気にしているので」

「大人びたいってこと? それだと、リガッティーと姉妹に見られたりするの?」


 見惚れたように私を見つめながら、ルクトさんと楽しく会話をして、王城へ再出発した。


 そんなルクトさんは、今日も私色のジャケットだ。中は白いシャツと、足の細さがよくわかる黒のズボンとダークグレーの厚底ブーツだ。


 隅から隅まで私を見ては、感想を口にしてくれるルクトさん。髪型まで褒めちぎる。


「イケメンですね、ルクトさんは」

「え? いきなり何?」

「褒めてくれるところですよ。お洒落したところはもちろん、変化にも気付いてくれるのは、モテる男性として評価されます。私も嬉しいですし」

「別にモテなくていいけど、リガッティーが嬉しいなら、これからも心掛けます」


 大袈裟にルクトさんはかしこまり、それからじっとドレスを見てきた。


「なんです?」

「あとは、夜会ドレス姿のリガッティーかなぁって。見てないのは」

「んー。まだ春しか会ってないじゃないですか。夏服、秋服、冬服」

「盲点! 全部褒める!」

「あはは、楽しみですね。ではまた春が来たら、一番いい季節の服を教えてくださいね」

「いや、出会ったのは春だから、春を超える季節はないんじゃない?」

「不動の一位が、すでに……。露出が多くなるであろう夏も?」

「えっ!? い、いや、それは……っ! 盲点!」


 愉快な反応をしてくれるルクトさんに、クスクスと笑ってしまう。


 出会った春が一番の特別だとしても、まだこれから過ごしていない季節があるから、確かめればいい。


「メアリーさん達に大ウケしそうなドレス」

「やっぱりそう思います? 有名デザイナーの新作ですけど……彼女が、平民の服も手掛けてくれたら、大喜びしそうですね。でも、やはりそういうデザイナーは、貴族女性向けのドレスを手掛けたがるので、無理なんですよねぇ……残念」

「ああ、女冒険者向けの服屋さんのデザイナーの話かぁ」


 その事業をやるなら、デザイナーを捜さないと。

 一応、声をかけて、尋ねるだけ尋ねてみようかしら。


「そのメアリーさん達。やっぱ『ダンジョン』調査に選ばれたよ。もう出発したらしい」


 ギルドマスターのヴァンデスさんに、先程聞いたらしい情報をくれた。


「もうですか?」

「うん。調査チームが早く行きたがるから、一緒に出発したってさ。距離的には、あの穴まで二日はかかるしね」

「そうでしたね。下級ドラゴンの死骸の位置まで約半日、行き止まりの穴までも、約半日でしたもの。今頃、下級ドラゴンの腐敗に気付いて、魔物が集まっているのでは?」

「どうだろう……近付きたくないんじゃない? いくら死骸だとしても、格上の獣の臭いだから、本能的には寄らないよ。死肉が好物なら、別だけど」


 ここから『ダンジョン』まで最短ルートでも、一日はかかる。

 私とルクトさんが下級ドラゴンと遭遇したのは『ダンジョン』を進んで昼が過ぎた頃。行き止まりとなった土砂崩れの場所まで、また一日はかかる計算だ。


 普通なら、下級ドラゴンの臭いが残る場所には近寄らない。


 弱肉強食。

 強者には、近寄らない。わざわざ食べられに行く弱者など、いるわけがないのだ。


 元鉱山の洞窟型『ダンジョン』の中では、他の場所は把握しずらいのだから、その強者が死んでいるとはわからないだろう。死んだとわかるとしても、その強者を殺した強者がいるかもしれないのだ。獣も獣なりに、危機は回避する。魔物も然り。

 まぁ。本当に死体の肉食べたさに、寄っていく魔物もいるだろうけれど。



 そんな話をしていれば、王城に到着。

 ルクトさんの手を借りて、馬車を降りる。


「何度見ても圧倒されそう」と登城二回目のルクトさんは、そう言葉を零した。

 今までの冒険で、一番圧倒された光景は、何かと尋ねたら「この前の下級ドラゴン」とけらりと笑う。


 ……確かに。


 あんな巨大な生物自体、初めてだったのだ。私も圧倒された。

 強者の威圧。初めて恐怖を感じたものだ。



 二階までは一緒だったけれど、道が分かれるので、そこで見送る。一人で大図書室に向かうルクトさんが心配だったけれど、もう道は覚えたと笑い退けられた。


 私は騎士を二人引き連れながら、四階にある王妃様のプライベート庭園へと足を運んだ。

 途中で、私の騎士は待機されて、近衛騎士と交代し、そこまで案内を受ける。


 王妃様のプライベートな庭園。

 ここには、本当に限られた人しか招かれない。

 国王すら入らせないほど、プライベート化している王妃様のお気に入りだ。

 誰にだって、一人になりたい場所は欲しい。

 が、ここは未来の義理の娘達や、側近の侍女達とお茶を楽しむ特別な場所となっている。


 この王城内の庭園としては、こじんまりした広さではあるけれど、植えられた薔薇が素敵だ。

 白からピンク、そして赤と、グラデーションのように薔薇は並んで咲き誇っている。そんな薔薇の庭園の真ん中に、白いパラソル付きのテーブルを置いて、王妃様が座って待っていた。


 意外なことに、もう一人、ご令嬢が座っている。



 テオ殿下の想い人にして、婚約者。

 アリエット・キャメロット伯爵令嬢。



 くるりとカールさせた栗色の髪を左肩からまとめて垂らして、ぱっちりした翡翠の瞳を細めて微笑むアリエットは、立ち上がって私にドレスを摘みお辞儀。


「ご機嫌よう、王妃様、アリエット様」

「ご機嫌よう、リガッティー嬢」

「ご機嫌よう、リガッティー様」


 私も王妃様に挨拶して、アリエットに微笑みを返す。

 真っ赤な女王様のように美しい厳格のある美女の許しを得て、向かい側に腰を下ろした。


 真っ赤な髪を右サイドに垂らして、左の頭部には白の薔薇の花飾りを添えている髪型。

 黒い襟とラインのある深紅のドレス。不思議と、赤い薔薇の棘らしさを感じさせる。

 現王妃のエルスカーレット・ディエ・ハルヴェアル様。


 先ずは、ドレスの褒め合いと自慢を済ませた。


「アリエット様もいらっしゃるとは存じ上げませんでしたわ。花の砂糖漬け菓子を、入学祝い代わりにお渡ししようと思っていたの」

「申し訳ございません。無理を言って同席させていただきましたの。リガッティー様にお会いしたくて」


 王妃教育の賜物で、アリエットは柔和に笑みを浮かべて答える。厳密には、アリエットが受けたのは、王子妃教育となるが、今からでも王妃教育を受けても、問題ないだろう。追加で色々と教わるだけだし、アリエットも優秀だ。


 現に、最後に会った時の激しい動揺による顔色の悪さも狼狽えた態度も、幻だったかのように跡形もない。優雅な姿勢だ。

 王妃様の目の前にいる。次期王妃が暫定中なのだから、しっかり落ち着き払った淑女として座っていた。流石だと、褒め称えてあげたい。


 最後に会った時は、婚約破棄なんて寝耳に水により、衝撃すぎて気が動転していたのだ。昔からテオ殿下とともに、慕ってくれていたアリエットは、そのテオ殿下とともに、私と第一王子を支えると息巻いていた。

 そんな見据えた未来を見失った上に、王国の頂点の椅子に座る王妃に繰り上げの予定となったのだ。不安が一番大きく、責任の重大さにより、いきなり急落下しただろう。


 でも、一週間ほどで立ち直れたようでよかった。きっとテオ殿下とともに、この先も頑張れるだろう。


「せっかくだから、アリエット嬢にも、説明しようと思ったの。王妃教育を受けるアリエット嬢が知るべきことを、これからリガッティー嬢に口外禁止の契約書にサインしていただくわ」


 なるほど。大雑把にはなるが、手短に伝えるついでにいいだろう。


 王妃様は、筆頭専属侍女長から、私に契約書を手渡しした。


「この度は、愚息が申し訳なかったわ……。どう受け止めるべきか、今だにわからないくらい、信じられない」

「王妃様もショックを受けるのは無理もありません。皆が期待を裏切られてしまったので、その波紋は計り知れませんわ」

「ええ、本当に。頭にくるわ。()()()()()()()()、陛下と毎晩話し合っている状況よ」


 王妃様の苦悩を表す眉間のシワは、よほどの心労が出ていることを示している。


 王妃様も裏切られて、参っているだろう。自分によく似て、正義感で強く突き進む我が子を誇りに思っていたのだから。

 それがコロッと泥棒猫に騙されて、大失態で失脚だ。


 その正義感を利用されて婚約破棄騒動を起こした。


 それをどう捉えられるだろうか。結局は、悪女に騙されたチョロい王子と嘲笑われるだろう。

 なるべくその悪評が目立たないように、悪女の非を目立たせて、王室は保身に徹する。そして、出来る限り、再起のための躾、もとい再教育だ。

 もう王太子は、現実的に難しい。

 逆転する手立ては、ないだろうから。


 それでも、見限らないのは、まだまだ期待値がマイナスに落ちていないおかげだろう。


 浮気を隠した時は、廃嫡されてしまえと心の中で毒を吐いたけれど、あのヒロインの攻略知識と悪賢さには敵わなかった。

 私だって、彼女と一対一の対談をするまで、あんな”愛されヒロインのハッピーエンド”に取り憑かれたイカれた子だとはわからなかったのだ。

 無理もないと、同情は送れる。

 ただ、それだけだけどね。

 王妃様にまで浮気を隠した点は、許さない。尊敬する母親に、潔く想いも関係も告白すればよかったものの……。まぁ、過ぎた話だ。



 アリエットに情報を与えつつ、ゆっくりと私は契約書を熟読する。


 王家の影が、監視目的でついていると知り、扇子を唇に押し当てて、数秒固まったアリエットだけれど、なんとか受け入れたようだ。


 嫌よね、監視なんて。でも、割り切らないと。

 嫁ぐ身としては受け入れないといけない。


 他にも、未来の王妃として、新たに知るべき王室の秘密を聞くアリエットを横目に、私はしっかりとサインをした。


 白い発光により、契約完了が示される。

 これで、おしまいだ。


「改めて、今までご苦労だったわ。リガッティー嬢」

「ありがとうございます。こちらこそ、ご指導をありがとうございました。本来の立場では活かせませんが、学んだことは無駄にはしないように力を尽くしますわ」

「……いい心がけね。本当に惜しいわ。この惜しさは、あなたへの期待へとのしかかるわよ、アリエット嬢」

「はい、王妃様。すでに覚悟は決めております。リガッティー様を超えるなんて、恐れ多いと思えるほどの素晴らしいお方。それでも目指して、精進してまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 教え子同然の二人の意思を聞き、王妃様は満足げに優しい眼差しで頷いた。誇らしげに思ってくれている笑みは、今後見れないと思うと寂しいものだ。



 ちゃんと口外禁止の契約書は、サイン終了。

 アリエットもいるので、一緒に砂糖漬け菓子を摘みながら、紅茶を一杯飲むことになった。


「先代王弟殿下のディベット様が、あなたの裁判の立ち会いの不参加を促していたわ。何故?」

「実は、彼女に光魔法で攻撃されまして……」

「なんですって?」


 理由までは話さなかったのは、確証がなかったからだろう。

 順を追って、ジュリエットと闇魔法で勝手に接触して、王子と結ばれるべきヒロインでハッピーエンドになるの一点張りで話の通じなさに、少々頭にきて罵倒すれば反撃されてしまったことを打ち明けた。


 もちろん、勝手に接触したのは悪いとは思っているが、わざわざ面会を頼むほどでもないと判断したこと。

 それに双方が危害を加えられない方法による接触。

 ――――だったはずなのに。


 光魔法で反撃されたせいで、痛みを受けた。

 初めてのことで、嫌な予感がしたために、光魔法を警戒して調べている最中だと話す。テオ殿下も配下に神殿で調べさせてくれている、と。

 その調べ物の中に会ったディベット大叔父様が、気を遣ってくれたわけだ。


「そう……それは、あなたには不参加の許可を出すべきね。念には念を。これ以上あなたに被害を被らせてはいけないわ」

「そう言っていただけて嬉しいです。ですが、昨日、国王陛下にも、両親が伝えたはずですけれど、お聞きではありませんか?」

「……まったく、あの方は。多忙なせいで、わたくしに伝えそびれたのね。許してちょうだい」

「そう謝らないでくださいませ。私も多忙にさせている元凶ですもの」


 口元に手を当てて、上品な仕草で苦笑をする。


「例の功績ね。昨日の報告を受けた件なら、聞いているわ」

「そうでしたか。王妃様のお耳には入りますわね。アリエット様は、お聞きになりました?」

「見当がつきません。なんでしょうか?」


 多忙な要因の一つとして、昨日報告した功績が挙げられた。

 王妃様がどれほど把握しているか、探ってみようか。いや、直球で尋ねておくべきだろう。

 そうコソコソと情報を引き出していい相手ではない。


「『ダンジョン』で下級ドラゴンの討伐がされたのですよ」

「まあ! そんな……下級ドラゴンが、ですの? あまりにも近くありません?」

「その通りです。『元鉱山のうつろいダンジョン』は、まだまだ王国の中央にあると言える位置にありますし、そこに下級ドラゴンが出没することが異常。しかも、最大とも言える巨体でしたわ。『ダンジョン』の中を這いずり回っていただけだったようなので、今はその下級ドラゴンの被害報告はないようです。ですが、もしも『ダンジョン』から飛び出して、しかも王都に飛んで行ってしまったら、大災害となっていたでしょう」

「恐ろしい……」


 私が教えると、流石に顔色を悪くして、アリエットは扇子で口元を隠した。


「その事実は、大々的に公表されると聞きました」

「ええ、明日の朝は号外を出させるわ。アリエット嬢には、教えないのかしら?」


 王妃様に向かって尋ねようとしたら、先にいつ公表するかを答えてくれる。主に新聞の号外で公開するのか。

 そして、意地悪みたいに、世間には隠す部分を、アリエットに教えないのかどうかを尋ねられた。


「ここでいいと仰るなら」

「構わないわよ」

「お言葉に甘えて。テオ殿下から、聞いたかしら? アリエット様。私が春休みを、どう過ごしていたか」


 アリエットが王妃様の前で激しく動揺しないように、慎重に教えないと。それこそ、意地悪になってしまう。


「ええ、もちろんですっ!」


 パッと年相応に無邪気に目を輝かせたアリエットは、声を弾ませた。


 あ。これは大丈夫そうだ。


 テオ殿下が話してくれたのだろう。私の冒険者活動について。

 しかも、好意的に受け取ってくれている。

 テオ殿下は、私を”何をやっても凄い姉様”と認識して、手放しに尊敬してくれているけれど、アリエットも全く同じなのだろうか。



「……つまり、リガッティー様が? 討伐を……!?」



 ハッ! と気付いて息を呑んだアリエットは、両手で自分の口を押さえた。


 その『ダンジョン』の強大な下級ドラゴンの討伐者は、私である。


 笑って頷く。


 尊敬キラキラビームを放ちそうな目になるアリエット。


 テオ殿下もアリエットも、可愛い年下カップルである……。


「冒険の指導者と一緒に討伐したのよ。でも、まだ侯爵令嬢が冒険者活動をしているということは、公にするのは躊躇われるから、名前を伏せてほしいと昨日両親のファマス侯爵夫妻が頼みに行ってくれたの」

「そうですね、あまり受け入れられにくい活動ですものね」


 ちゃんと聞いているか、怪しくなるくらいには、アリエットが()()()()()()()()()が伝わった。


 王妃様の手前で、必死に淑女の姿勢を保って入るけれど、雰囲気が子犬である。

 ご褒美を待ち望んで尻尾を振り、つぶらな瞳で今か今かと見つめる、お利口さんな子犬。

 アリエットは……プードルかしらね。


 王妃様もアリエットは、可愛い子よねぇ、と頭を撫で回すように可愛がってきたから、アリエットの視界の外で、笑いを堪えていた。咎めることなく、その隠し切れていないソワソワ雰囲気を醸し出すアリエットの可愛さに、笑い声を出さないようにしている。


 アリエットが待ち望んでいるのは、()()()()()()()()について、だろう。

 テオ殿下から、ルクトさんのことも聞いたに違いない。


「それだけじゃなくて、その指導してくれている冒険者の方に、私は恋をしてしまったの」

「まあ! そうでしたの!?」


 声が軽やかに弾んでいるアリエットは、目がキラキラを零しそうなほど輝いているので、()()()()()()()()を王妃様に笑われていることに気付かない様子。


「気晴らしに冒険者活動をしていたら、ほぼ一目惚れをした相手と出会えたのは、()()()()()()と言いましょうか。身分差問題はあっても、彼ならSランク冒険者として名誉貴族も望めるの」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 うんうん! と強く頷くアリエットは、やはり、テオ殿下からしっかり聞いていたのだろう。

 ()()()()()()()()は、白々しいけれど可愛いので、私も王妃様も許す。


「どう関係を進めるかは、今後慎重進めたいから、同じく討伐した彼のことも、悪目立ちをしないように名前を伏せてもらったの。だから、今回の号外には、討伐者の名前はないわ」

「なるほど、そうなのですね。把握しましたわ。それで、どうして『ダンジョン』に下級ドラゴンがいたのでしょうか?」

「調査しようとしても、途中で土砂崩れで行き止まりになってしまったから、別の調査チームが結成されて解明するそうよ。今朝も、先に一部の冒険者パーティーと調査隊が出発したらしいわ」


 これ以上は、彼について突っ込んだ質問をするべきではないとアリエットは、少しは落ち着いたようだ。

 王妃様は、私の元婚約者の母親だものね。息子の嫁として受け入れていたのに、結婚の予定がなくなったとはいえ、まだまだそんな話を楽しんでしていいわけがない。


()()()()()()、ね。そう思ってくれると、少しはこちらも気が軽くなるわ」

「はい。負い目を少しでも軽くさせることになるのなら、私は私の幸せを得ますわ」


 寂しげな笑みのあと、王妃様は美しい微笑で頷いて見せた。

 婚約破棄騒動がきっかけで、出会ったようなもの。未来を失ったけれど、その出会いは、不幸中の幸いだ。



「そんなリガッティー嬢を支えたい者がいるのよ」

「?」


 王妃様が、侍女長に何やら指示を送る。

 私は小首を傾げつつ「この花菓子、美味しいですわ。甘さが濃厚です」と舌鼓を打つアリエットに「マンサスの花の砂糖漬けよ。まだまだたくさんあるから、あとで別で用意するわ」と笑いかけた。


「ファマス侯爵邸に咲いていると見せてもらったことがありますわ。分けてくださるほど、たくさん咲いたのですか?」と、キョトンとされる。

「いいえ。他から、たくさん摘んだの」とだけ、微笑で応えた。



「あら? イーレイ? ご機嫌よう。別れの挨拶をしたいとは、思っていたのだけれど……」


 やってきたのは、襟元と袖にファーがついた春ものらしい上着を羽織ったドレスの美しい女性。

 王妃教育の一環で、王妃様から割り振られていた下積みがてらの公務の仕事を補佐してくれていた侍女。


 イーレイ・コリン伯爵令嬢。歳は、二十二。

 ピンクベージュのボブヘアーは、左耳だけかけて、前髪は右下が長めの斜めにパッツン切りされている。

 少々鋭さのある目付き持ち主の彼女は、静かにお辞儀をした。


「お別れの挨拶など不要です。今後、リガッティー様専属の侍女として、おそばに置いてもらいたいのです」

「え? ファマス侯爵家に来るということ? 王城勤めの侍女なのに? これからは、アリエット様に付くとばかり……」

「リガッティー様のおそばを望みましたので、王妃様にはすでに承諾をいただいております。よろしくお願いいたします」


 目をパチクリしてしまう。

 欲しいと思っていた人材が、自らやってきた。


「それは願ってもないことだけれど……今後、私がどうするか、予想はついているの? あなたの優秀さを活かせると思っていて、来てくれるのかしら?」


 王妃様を、思わず見やる。

 王家の影から、洗いざらい聞いたのだろうか。それでイーレイを送り出すことにしたのか、どうか、わかりかねる。

 王妃様なら、そんな不正的な手で、情報を好き勝手に得たりしないはず。でも私の助けをしたかったのなら、致し方ないかもしれない。

 どっちかしら、とイーレイに直接尋ねる。


「はい。貴族令嬢の身で、冒険者活動という新しいことをなさるのなら、リガッティー様なりに大きな事業を手掛けると予想しております。このイーレイの優秀な補佐が、必要かと。わたしのように優れた侍女は、リガッティー様のおそばにいるべきです」

「まあ……あなたの自分の実力に相応しい自信満々の発言、とても好きよ」

「ありがとうございます。当然ですので」


 胸をドンッと張るイーレイは、キラリと目を光らせて言い放つ。


 こういう人なのよね……。

 事実、優秀さんなので、自分を誇る言動は、誇張ではないし、自惚れでもない。


 でも堂々したナルシスト発言となるわけなのだけれど……うん、好きなのよね、そのしれっとした顔で胸を張る自信満々なところ。


「ありがとう。感謝するわ。甘い物好きだったわね。どうぞ」

「……いえ、大丈夫です」

「とっても甘いのよ。天然のマンサスの花の甘さが、素晴らしいの」

「……大丈夫です」

「一枚だけでも、食べてみて」

「そこまで仰るのならば、いただきます」


 王妃様の手前、気が引けるみたいだから、勧めて勧めて、差し出せば、やっと一枚、食べてくれた。

 ほっこりとした雰囲気で堪能するイーレイにも、お裾分け決定ね。甘いもの、大好きだもの。


「本当にいいの? 全く違う分野の補佐になるのだけれど……」


 念のための確認。


「どんな分野でも、才女としての手腕を発揮して見せましょう」

「あなたのそういうところ、好きよ」

「ありがとうございます」


 キリッとした雰囲気で、またもや自信満々な発言をして、胸を張るイーレイ。

 目がマンサスの花に釘付けだけど。


「……断られない自信もあったのね」


 イーレイの足元には、もうスーツケースが置かれている。彼女が愛用する仕事道具が詰まっているのだろう。

 王城から、もう荷物をまとめて出る準備完了ではないか。他の荷物も、周到に発送準備は終えているに違いない。


「リガッティー様なら、賢明な判断で優れたわたしを受け入れると信じていました」

「本当に自信に満ちたあなたは素敵よね」

「ありがとうございます」


 輝かんばかりの自信さを隠さないイーレイに、また一枚、食べてもらおうと差し出せば、躊躇なく、パクリと食べた。



 

初登場。自信家な才女の補佐官、ゲット。

2023/05/05

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