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71 婚約者に鉄槌その二。(三人称視点)


今回も、三人称視点。






 オルダー子爵邸は、ファマス侯爵邸に比べれば、こぢんまりした屋敷だと言われるだろう。


 そんなオルダー子爵邸に来てみれば、玄関先で右往左往していたオルダー子爵令嬢のハーメリンが、ハンカチを両手に持って待ち構えてきた。


「リガッティー様ぁ!」


 待ちかねたリガッティーを見るなり、駆け寄る。

 ふわふわとした金髪をハーフアップにしたハーメリンは、額と一緒にさらした顔はもう涙を溢れさせようとした。


 リガッティーは躊躇うことなく、そっと両腕で抱き締めてやる。

 ヒクッと肩を震え上がらせたハーメリンは、ハンカチを目元に押し付けて、リガッティーに縋りつく。


「ケーヴィン様がっ、ケーヴィン様がもう、もういらっしゃってて!」

「あら……もっと早くに来るべきでしたわね。ごめんなさい、ハーメリン様」

「いえ! いえ、いえ! リガッティー様が謝ることなどっ、ううっ」

「ほら。先ずは、落ち着きましょう? お話をするためにも、泣いてばかりではいけませんわ」

「うっ、ううっ……はいっ」


 背中をさすってあやしていれば、訪問の知らせを受けて、オルダー子爵夫妻が出てきた。

 深々と頭を下げての挨拶で、リガッティーを出迎え。


「ご機嫌よう。オルダー子爵様、夫人」

「リガッティー嬢……ありがとうございます」

「来ていただき、感謝しております。ご自身が大変であろう時でも、我が娘のために……誠にありがとうございます」

「大丈夫です、友人のためですわ。お二人にも、約束もいたしましたもの。……ケーヴィン様は、もういらっしゃるそうで?」


 傷心の娘に寄り添ってきたリガッティーから、オルダー子爵夫妻は、手助けするという約束をしてもらっていた。

 オルダー子爵は「テラスでお待ちいただいております」と硬い表情で答える。


「わかりました。お二人の意思を、確認させてくださいませ。デライトン伯爵様からは、お手紙で、オルダー子爵家の意思、特にハーメリン様の意思を尊重していただきたいとのことですが……?」


 こちらの婚約もまた、相手側の決定に委ねるとのことだ。

 オルダー子爵夫妻は、迷うことなく、リガッティーの腕の中で肩を震わせる娘を、気遣う眼差しを注ぐ。


「複雑な心境ではありますが……一番は、我が娘の気持ちです」

「複雑ですわよね、わかりますわ。では、お話をしてきます。先ずは、三人で」

「……はい。よろしくお願いいたします」


 傷付けられたから、縁を切る。そう出来れば、どんなにいいか。

 家同士の政略結婚で、デライトン伯爵の方からは、解消要求は受け入れると言われている。

 だが、複雑なため、バッサリと切れない。


 ハーメリンを再び任せると、頭を下げた二人を横切り、リガッティーは案内するメイドの後ろを歩いて、テラスへと向かう。ハーメリンを、片腕で支えながら。



 ケーヴィン・デライトン。


 こちらも、本人が知るよしもないが、乙女ゲーム『聖なる乙女の学園恋愛は甘い』の攻略対象の登場人物。

 ひたむきに、王室騎士団長を務める父親の姿を追い、爽やかに笑う好青年のように陽気な騎士。

 しかし、実はまだまだ実力が及ばないと、心では苦悩をし、誰もいない時に、死に物狂いで努力をしていた。

 それをヒロインに見抜かれ、隠していた努力を褒められたことに、心が靡くのだ。


 陥落した攻略対象三人のうち、いち早く、事実に気付いたケーヴィンだが、誤差だ。

 ハールクのように、見苦しく足掻くことなく、一足先に絶望に打ちのめされていただけ。


 ヒロインには騙されていて、無実のリガッティーに敵意剥き出しにしていた。

 リガッティーの悪は許されるものではないと、複数人で対峙し、公衆の面前で、断罪しようとしたのだ。


 それも、大きな罪。


 そして、これから、もう一つの罪と向き合わないといけない。



 リガッティーが来ることは、父親から聞いていた。

 少し早く来てしまったせいで、テラスではオルダー子爵夫妻と重い沈黙の中、向き合っていただけ。

 申し訳ない、と深々と頭を下げたが、軽い頷き以外、応えてはくれない。


 婚約者のハーメリンは、リガッティーを頼り、ひたすら彼女の到着を待っていたため、今日初めて会ったのは、リガッティーに支えられてやって来た、今だった。


「ファマス侯爵令嬢、ハーメリン嬢……」

「ご機嫌よう、ケーヴィン様。座りましょうか」


 苦しげに顔を歪めて、ケーヴィンは頭を下げて、挨拶をする。

 ハーメリンの目元はもう赤く、ハンカチで押さえ込んでいた。泣いていたと、明白。


 リガッティーの温もりのない声の指示に従い、二人のあとに、椅子に腰を戻した。


 リガッティーは、ハーメリンの隣に座っている。


「ハーメリン様の性格を考慮して、私が話す形を取らせていただきます。ただでさえ、傷心。無理をさせたくはありませんので、ご理解いただけますね?」

「……はい」


 ハーメリンは、優しく穏やかな性格だ。悪く言えば、気弱。

 今回のことで、深く傷付いている。


 まともに話せないであろうからリガッティーが、代弁していく。

 令嬢らしく、微笑を浮かべての対応ではない。


 貴族らしく、駆け引きなどせず、真っ向から意見を放たれるだろう。


 ケーヴィンは、覚悟した。


「では、この婚約に関して。政略結婚ですわね。王室騎士団長であるデライトン伯爵様の希望で、オルダー子爵家の領地で採れる鉱石を取り引きし、その鉱石で仕上げる鎧を得るためでした。今後のためにも、その利益の縁結びで、ハーメリン様とケーヴィン様の婚約が決まりましたね」


 リガッティーがおさらいをする。

 ケーヴィンは、頷く。


「先程、マティアナ様とデリンジャー侯爵子息様との婚約の話にも立ち会ってきました。二人もそうですが、私と第一王子殿下も、恋愛感情はないままでも、信頼を築いて連れ添うつもりでしたわ。しかし、ハーメリン様とケーヴィン様は、違います。おわかりですよね?」


 ここに来る前に、ハールクの婚約まで立ち会っていたことには驚いたが、それより自分達の婚約だ。

 ケーヴィンは、弱々しくも「は、い」と声を絞り出した。


「ハーメリン様は、あなたに想いがありました。ケーヴィン様も、それはまんざらではなかった。私はそう見ていましたが、違いますか?」


 ハーメリンは、ケーヴィンに恋愛感情を抱いていたのだ。


 だからこそ、複雑。


 傷付けられても、ハーメリンから婚約解消を望む声を聞けなかったため、こうしてリガッティーに任せることとなった。


「はい……。自分は……ハーメリンの……ハーメリン嬢の心を、傷付けました……」

「ええ、ハーメリンはとっても、傷付きましたわ。空き教室で泣いていた、ということは聞きましたね? あなたのせいで、泣いていましたわ」


 びくり、とハーメリンが肩を震わせて、俯く。

 リガッティーは、そんなハーメリンの背中をさする。


「前置きしておきますが、あの時、ハーメリン様は取り乱して、やっとあなたからの仕打ちを明かしてくれました。わざとではないです。ハーメリン様の優しさを知っているなら、自分を悪く言うわけがないと、ご存知でしょう」


 ケーヴィンが顔を歪めて、奥歯を噛み締めている間に、リガッティーは言葉を続けた。


「ケーヴィン様が、かの令嬢と距離が近いことが、つらいと泣いていました。さらには、笑顔も向けてくれなくなったと。ケーヴィン様は器用ではありませんから、ハーメリン様の気持ちを拒む態度をしたのですよね。ハーメリン様も、それを理解をしまして、口を閉じてしまいました。ケーヴィン様から、”自分のことをちっともわかっていない”、”オレの努力を君は理解していないじゃないか”、”理解した気にならないでくれ”、と。そんな突き放す言葉を言われてしまったと、あの日は全て吐き出してくれましたよ」


 グスン、とハーメリンが啜り泣く音が、聞こえる。

 ケーヴィンは、苦しく歪ませた顔を伏せた。


「なんとも、独りよがりな言葉に聞こえます。では何ですの? かの令嬢は、あなたのことをよく理解していたのでしょうか? あなたの努力を理解していたのでしょうか? ハーメリン様とは、五年の付き合いですわね。かの令嬢との付き合いは? 五年の時間を超えて、深く知り合っては理解してもらったのでしょうか?」


 リガッティーの声が、グサリと突き刺さる。


「”オレの努力を理解していない”、ですって? ハーメリン様が、あなたの稽古をひたすら見守っていたことは、お忘れで? ハーメリン様が、あなたのためにと自ら焼いたマフィンの味を、お忘れで? ああ。夏場で稽古をしていたあなたを見守っていて、ハーメリン様の方が陽射しに負けて、熱中症で倒れたこともありましたわね」


 グサリ、グサリと、突き刺さった。


 泣きたいほどに苦しい。

 啜り泣くハーメリンの嗚咽が、さらに胸を締め付けさせた。

 それでも、涙を流す資格は自分にはないのだと言いきかせて、堪える。

 突き刺さる言葉を、甘んじて、受けた。


 否、受けなければならないのだ。


「それで? どこが、ハーメリン様が理解していないと言うのでしょうか? 思い悩んでいたので、教えてください」


 はっきりと答えを求められて、ケーヴィンはぎこちなく、顔を上げた。


「もちろん、言葉を選んでくださいませ」


 リガッティーの目は、鋭利に自分を見据えている。

 ハーメリンをこれ以上、傷付けるならば、容赦はしない。その敵意と警告を感じた。


 言われた通り、ケーヴィンは言葉を慎重に選んだ。

 そして、吐露する。



「……ファマス侯爵令嬢の言う通り、ただの……独りよがりな思いからの言葉でした。オレはッ……自分は、全然、父に力が及ばないと……だから、だからッ、誰もいない場所でも、必死に稽古に励み……努力を重ねてきました…………それを、あの令嬢に……見つかり、それで……錯覚してしまったのでしょう。ハーメリン嬢より……自分を見てくれるだなんて……本当にッ、本当にごめん。申し訳ないッ。オレはッ! どうかしていたッ! 酷いことを言ってしまって、ごめんッ、ごめんッ、ハーメリンッ」



 錯覚だったのだ。


 リガッティーに言われた通り、ハーメリンよりも、見ていただろうか。見守ってくれていただろうか。


 そんなわけがないと、振り返れば振り返るほど、思い知る。



 吐露のせいで、謝罪と涙まで溢れた。


 短い前髪をぐしゃりと握り締めて、泣きじゃくる。



 ハーメリンも、一瞬、そのケーヴィンを見たが、すぐに涙で見えなくなり、ハンカチで押さえた。


「隠れて努力。それを自分だけがしているとでも思っているのですか?」

「っ……!」

「誰だってそうです。誰もが全てを申告しませんし、黙々と努力をしていく方なんて、ごまんといますわ。理解してほしいならば、見せればいい話です。かくれんぼして見付けてほしかっただなんて、言いませんわよね?」


 リガッティーの言葉は、辛辣だ。


 しかし、事実だと、ケーヴィンはまた思い知る。



 自分だけではないのだ。

 努力は、他の誰かもする。見えないだけで、誰かが黙って努力を積み重ねていく。



 本当に、自分は何を錯覚していたのだろうか。


 努力をしている。ただ、そう褒められただけ。事実を、言われていただけなのに、どうしてあれほどまでに気をよくしていたのか、わからない。



「ハーメリン様。ハーメリン様は、ケーヴィン様によくお手製の料理の差し入れを運んでいましたわね。以前、食べさせてもらったマフィン、本当に美味しかったですわ。その料理は、一体どうやって上達したのでしょうか?」


 リガッティーからハーメリンに声がかけられて、びくんと震え上がった。その肩を撫でて、リガッティーは返答を待つ。


「初めから、上手く出来たのでしょうか?」

「……っ……ぁ」

「聞こえませんわ。もう一度、お願いします」

「ひくっ……その…………れんしゅ……しました」


 ハーメリンの答えを聞いて、またケーヴィンは涙を滂沱させた。


「誰もが上手くなろうと練習します。ケーヴィン様は、自分に差し入れられたお菓子は、練習の積み重ねの産物だと知っていました?」


 リガッティーの問いには、ケーヴィンは唇を噛み締めて首を左右に振るしか、答えられなかった。


「私も知りませんでした。これもまた努力です。ハーメリン様の努力を知ろうともせず、本当に独りよがりですわね」

「リガ、ティさ、まっ」


 ハーメリンはもう責める言葉はやめてほしいと、リガッティーの袖を握り締めて、かぶりを振った。



「いい。いいんですっ。ハーメリン嬢。オレは……自分は、本当に独りよがりな、人間ですっ……。オレは報いを受けてっ、それで、どんな形であろうともっ……ハーメリンに、ハーメリン嬢に、償います」



 気が済むまで、罵倒してくれても構わない。


「……わ、わたしっ……わたしくしはっ……ひくっ」


 なんとか声を絞り出すハーメリンは、声を震わせて、嗚咽を堪える努力をする。

 自分の意思を口にしようとするハーメリンを、リガッティーは急かすことなく、背中を押すように撫で続けた。


 ケーヴィンも自分の嗚咽で聞きそびれないように、グッと堪えて耳を傾ける。



「ケーヴィンさ、まの……そばに、いたいですっ……」



 ハーメリンの言葉に、ケーヴィンは大きく目を見開いた。


「……だめ、でしょ、か……? 戻れる、なら、ど、どうかっ……やり直しを……ひくっ……」

「ハーメリンっ……」


 ポロポロと、ケーヴィンは大粒の涙を落とす。


「でも、オレ……オレは、君をっ……」


 傷付けた。


 なのに。

 以前のように戻るために、やり直したい。


 それを望むハーメリンにケーヴィンが口を開いたが、何を言おうとしたのだろうか。


 ふわふわな金髪を揺らして、またハーメリンは頭を振った。



 いいのだろうか。


 ケーヴィンには、わからない。



 けれど、まだ、ハーメリンが望んでくれると言うならば――。



「っ……! なら……許される、ならっ。そばで、償わせて、ほしいっ……! オレにはまだ、どう償えれば、いいか、わからないけれどっ……たくさん、苦労させて、しまうだろうけれどっ……! どうか、オレを、そばに!」

「はいっ、はいっ! おそばにいますっ、わたくしがおそばにいますからっ!」



 ハーメリンは、震える手を伸ばす。ケーヴィンも、手を伸ばすと、指先を掴んだ。

 指先だけ絡めて、ギュッと力を込めた。


 テーブルの上で、泣きじゃくる二人の指先だけが、きつく触れ合う。



 それを見つめたあと、リガッティーは建物の方へと目をやる。


 オルダー子爵夫妻が、扉越しに見守っていた。

 ケーヴィンの両親、デライトン伯爵夫妻も、遅れてやってきたようだ。後ろに姿がある。

 デライトン伯爵は、王室騎士団長を務めているため、都合があったのだろう。


「お二人の気持ちは、わかりましたわ。少し時間を置いてから、両家で揃って話し合いになるでしょう。償いもまた、両家で決めるでしょうから、私はこれで。ハーメリン様。またいつでも、相談に乗りますわ」


 頷きで合図を送る。

 そして立ち上がって、ハーメリンの頭を軽く撫でた。

 お礼を言うのも、お別れの挨拶も、二人にはする余裕はない。


「挨拶は、いいですわ。落ち着けるように、深呼吸をしてくださいね。では、その手を放さないように、お互い、努力をしていけるように、願っていますわ」


 それを静かに告げると、お辞儀をしたオルダー子爵夫妻に、帰ると挨拶をする。こちらにもお見送りはいいと答えた。

 そして、デライトン伯爵夫妻。

 二人とも、厳しい表情で頭を下げた。


「私のことは、お気になさらず。どうぞ」

「感謝いたします、ファマス侯爵令嬢」

「ありがとうございます。後日、お礼を」


 デライトン伯爵夫妻も、テラスに向かおうとしたが、デライトン伯爵が足を止める。


 視線の先は、リガッティーの後ろについてきた青い髪のルクトだ。

 じっと、ルクトを見据える。見定める目付き。


 軽く頭を下げるだけのルクトは、正しい対応がわからなかった。きっと気にされないとばかり思っていたのに。

 王室騎士団長が、じっと見てくるとは、予想外だ。


「伯爵様。大丈夫です」

「……はい」

「失礼いたしますわ」


 にこり、とリガッティーが笑みを見せれば、デライトン伯爵は夫人の背に手を添えて歩き出した。



 リガッティーも、ルクトを連れて歩き、すぐに馬車に乗り込んだ。



「――――終わりましたぁ!」


 馬車が動いて、オルダー子爵邸の門を出れば、リガッティーは両腕を天井へ伸ばして背筋も伸ばした。


「お疲れ様、リガッティー」

「ご褒美を所望します!」

「わっ。ご褒美? ん~? オレに何かご褒美なんてあげられたっけ?」


 座席の向かいにいたリガッティーが、自分から胸に飛び込んでくるとは思わなかったルクトは驚いたが受け止める。

 そのままではリガッティーがつらい姿勢になると思い、ひょいっと持ち上げて、横抱きのように自分の膝の上に乗せた。


「冒険行く? あぁ~、でも、次、連れて行きたい場所、決めてるんだよ。出来れば、朝から行きたいな」

「予定を立てているのですか? 朝から行きたいならば、明日は無理ですね……。どうしても、午後ではだめですか? 明日の午後は空いているのですが」

「んー、だめだな。リガッティーの門限あるし」

「門限なんてありませんけど」

「リガッティーは、夕方が門限だと思ってる。夕食前まで、家に帰らないといけない」

「物凄くよい子ですね」


 確かにこの春休み中は、夕食前には帰宅を心掛けていたから、それが定着したのだろう。

 客観的に見ると、どんなに夢中で遊んでも、夕方には帰る子どものようだ。


「どんなご褒美が欲しいの?」

「そうですねぇ……あっ。ルクトさんの家が見たいです」

「えっ。オレの家なんて……ご褒美じゃないでしょ」

「私が望んでいるのですよ。だめですか?」

「いや、えっと……ええー。せめて、大掃除してからじゃだめ?」

「大掃除が必要なほど、散らかっているのですか?」

「あ、待って。違う違う。それほど散らかってない。汚すぎるイメージをされるのは嫌だ」

「私の家に訪問したので、ルクトさんの家に訪問しましょう」

「そんなご褒美、ある?」

「あると言ったらあるのです」


 リガッティーは、承諾と受け取り、しぶしぶと教えてくれたルクトの住所を御者に伝えた。


 それから、ルクトの片眼鏡(モノクル)を取る。


「そう言えば……なんで王室騎士団長、オレを見てたのかな? 気付いた?」

「さあ? ルクトさんだと気付いたのか、または認識阻害が気になったのか……わかりませんけど、大丈夫だと言ったので、気にするのはやめてくれたからいいじゃないですか」


 小首を傾げたリガッティーにもわからないが、気にしなくていいだろう。

 片眼鏡(モノクル)を、自分にかける。


「これは……まぁ、気になるな。物凄く寂しいな……リガッティーだってわかるのに、リガッティーの顔がわからないって、変な感じ」


 リガッティーの顔をまじまじと見て確認するルクトは、微妙そうな表情をした。


「……それにしても、リガッティーは本当に惚れ惚れするご令嬢だよな」

「?」

「気の強そうな令嬢と気の弱そうな令嬢。どちらにも力になってあげて、問題のある婚約者と決着に導いてあげた。……本当に凄い。お疲れ様、リガッティー」

「……」


 今日のリガッティーを振り返り、ルクトは額に沿うように、指先で撫でて、サイドの髪を、その指で絡める。


 気の強い令嬢を適度に抑えては、一緒に手酷く婚約破棄を突き付けた。

 気の弱い令嬢には寄り添ってあげて、意思を尊重し、それを伝え合わせた。


 リガッティーは感心するルクトを、じっと見つめる。


「……今、オレを凝視してる?」

「はい。熱く、凝視してます」

「そっか」


 ひょいっと、ルクトはリガッティーとちゃんと目を合わせようと、片眼鏡(モノクル)を取り上げた。



「でも、令嬢とか関係なくて……ただただ、友人のために出来ることを尽くしてあげたリガッティーなんだよな。ホント、惚れ惚れする」

「!」



 両手で頭を包まれたかと思いきや、額にちゅっと唇を押し付けられたため、リガッティーはびっくりと目を見開く。

 それからギュッと抱き締めてきては、すりすりと頭の上に頬擦りをしてくる。


 ルクトの愛情表現。まるで、ご機嫌な猫みたいだ。


 喉をゴロゴロと鳴らし出しても、リガッティーは驚かないかもしれない。



 身分差にも、怖じ気づかないのは、本当にルクトらしいと、口元を緩ませた。



「さっきの……オルダー子爵令嬢? と、騎士団長の息子。大丈夫そう?」

「二人次第で、家族が支えてくれるはずです」

「そっか……ご令嬢の意思を尊重したとはいえ、あの子もよっぽど好きなんだね。あの騎士くんのこと」

「そうですね……健気に歩み寄っていましたし、相手も受け入れていたので、いい関係だったのです」

「……二人の関係まで、あの悪女は引っ掻き回したんだな」


 ルクトの呆れ果てた声を聞きながら、リガッティーはルクトの首元に顔を埋めたまま、肩を竦めた。


「私には、彼女の……いえ、理解はしたくないですね」

「しちゃだめだね。頭がイカれてるなら、理解しようとしちゃだめだよ。まったく……リガッティーを貶めて、後片付けさせるなんて……とんだ災害だったね」


 悪女。かの令嬢。問題の令嬢。


 ヒロインことジュリエットは、最推しは第一王子だと言っていた。


 リガッティーの元婚約者のミカエルが、攻略対象のオレ様王子。

 ヒロインだからこそ、攻略対象のミカエル、ハールク、ケーヴィン、そしてネテイトの愛をもらって当然だと豪語していた。

 ミカエルとハッピーエンドを迎えても、他の攻略対象はいつまでも、恋慕を抱いて当たり前。愛されるべき存在。

 いつまでも、ゲームに没頭していて、現実に目覚めないような人だった。


 ちゃんと7年前には、前世を思い出したと言っていたのに、それまでずっとゲームでもしていたつもりなのか。


 生きてきたくせに。

 攻略対象を恋に落とせる方法を知っているからって、全員を陥落させていくなんて。

 こうして、解決させなければいけない人間がいないと思っていたようだった。

 理解不能だ。


 マティアナには、もしもの話を考えて悔やんではだめだと言ったが。

 もしも、自分がもっと早くに前世を思い出せたなら、止められたかもしれない。


 いや。きっと、ことが大きくなるまで、あんな頭のイカれた令嬢だったなんて、気付かなかっただろう。


 ルクトの言う通り。

 彼女は、災害だった。


 考えることは、止そう。



 ふぅ。と息をつくリガッティーに、ルクトは疑問に思う。

 ちょっとは笑うと予想したのに、小さな息を吐くだけで、ほぼ無反応に思えた。


 よほど、疲れているのだろうか。



 本当に、何をしてやれるだろう。


 頑張った恋人に――――。



 


以上、攻略対象者二人と決着!


また、更新一時停止しますね! 失礼します!

いいね、ポイント、ブクマ、ありがとうございました!


2023・02・11

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