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69 恋敵は従者には却下。


リガッティー視点。





 白銀髪は爽やかさを感じる短さで、いつも前髪は下ろしていた。それを右の額を見せるように分けて、前髪を上げるようなセットにしたルクトさんは、なかなか燕尾服デザインの服装も似合っている。

 かっこいい髪型に、キュンともした。

 いや、ホント、素敵。


 これは、正装の背広姿が見たいわ……。

 さっき着替えを手伝った使用人に、サイズのチェックを指示しておいたので、オーダーメイドさせてもらおう。

 まだ予定は全然ないけど、ルクトさんに素敵なスーツを。



 ルクトさんだって、女冒険者や女性のギルド職員、はたまた近所の女性の中に横恋慕しているであろうファン、ガチ恋勢がいそうじゃない。


 私の家の中には、恋かな〜程度に思うほどに、うっとりと見惚れている男性使用人が何人かいても、身の程知らずはいないため、恋敵にはならないとメイド達はケロッと教えてくれた。


 マンサスの花の飾り作りを再開させながらそれを聞き出していたら、ふと、使用人一同に、何故か私の【記録玉】が複製されて配布されたことを思い出したのだ。

 私が初めて魔法をお披露目したいとはしゃいだから、【映像記録玉】を用意して記録したとか。


 複製したものを持ってきてもらったので、ルクトさんの幼い頃の映像と等価交換をしようと決めた。


 何年か前に、自分でも見たことあったけれど、覚えていた以上にはしゃいでいる自分が記録されていたので、恥ずかしい……。


 なのに、ルクトさんは三回も再生させては、口元を緩ませて、熱い眼差しで眺める。


 幼い私にまで、そんな熱い眼差しを向けないでいただきたい! 堪らなく好きって眼差し! ルクトさんの想いが強すぎて、激しく照れます!



「もう【収納】してください! ほら、【変色の薬】ですよ。念のため、家令が認識阻害の魔導道具を貸してくれるそうです」


 なんで家令のニコラが、認識阻害の魔導道具なんて持っているのやら。身を隠すためでも、効果は弱いくせに、かなり高額商品のはず……。ツッコまない方がいいわよね。


 グビッと渡した【変色の薬】を飲み干したルクトさんの白銀色の髪は、あっという間に鮮やかな青色に変わった。

 私が冒険者活動のために飲んでいたイメチェンの薬。

 青髪と赤い瞳の青年。


「どう?」

「元の色が好きですので、違和感が拭えませんね。変装なので、しょうがないですし、これくらいの変貌がちょうどいいでしょうね」

「だね。リガッティーがこっちの方が好きって言ったら、どうしようかと思った」


 明るく笑うルクトさんには、家令から差し出された箱の中の片眼鏡(モノクル)をつけてもらった。

 右目の方にかけてもらえれば、もう顔がボヤッとした感じに見える。ただ、はっきりと記憶に残りにくい程度に、認識阻害の効果を出す。

 ちょっとしたお忍び用に使われるアイテムだと思い出した。人目を気にするなら、もってこいの魔導道具だ。


「んー……どう? オレ自身じゃあわからないや」

「……寂しいですね。私は思った以上に、ルクトさんのお顔が好きだったようです」

「この顔に産んでくれた両親に心から感謝する」


 胸に手を当てるルクトさん。大袈裟である。

 笑みなのはわかるけれど、目元が見にくい。正しくは、認識しにくい、かな。

 なるほど。目元を隠している感じなのね。


「では、もう行きましょうか。ちょっとだけ早いですが、まったりと馬車を走らせてもらえれば、ちょうどいいかと」

「わかった。行こう。じゃあ、借りていきますね、スゥヨンさん」

「いえいえ。返さなくていいですよ。お古で申し訳ないですが、差し上げます。また変装の時にでも、どうぞ」


 ルクトさんとは、用事を済ませたら、街中で別れる予定だ。なので、忘れ物がないか、確認してもらった。着替えは【収納】済みとのことだ。


「あっ。そういえばさ。『ダンジョン』行きを、ファマス侯爵邸の一員、総出で阻止しようとしてたじゃん? 最後に土魔法でドバッと壁作った人って誰?」

「あれですか? ……誰でしょうか。スゥヨン、誰の土魔法だったの?」


 どうして気にするのやら。

 玄関に向かいながら、あの日、私の遠出冒険を阻止の参謀を務めただろうスゥヨンに尋ねる。


「えっと、庭師のマークですけど……お咎めなんてしませんよね?」

「いやいや、咎めないですよ。オレにそんな権利ないでしょうに」


 恐る恐るなスゥヨンに、ルクトさんは苦笑い。

 私は首を捻った。


「マークなの? 彼、魔力が極端に少ない体質なのに、あんな魔法を使って倒れたりしなかった?」

「え、すご。使用人のそんなとこまで覚えてるの?」

「マークが、私が8歳か9歳の時に、魔法の練習を見ながら、自分はそうだから私が羨ましいって言っていたのを覚えていただけですよ」


 私がひょいひょい魔法を使うから、魔力が極端に少ない体質なのだと、しょんぼりした様子で打ち明けてくれたのが、庭師のマーク。まだ三十代。


 魔力は消費しても、すぐに回復する。

 走って乱した息が次第に整うような速さで、魔力量は戻るのだ。


 けれども、魔力が極端に少ない体質は、魔力の回復も遅いそうで、全力消費なんかした際には、気絶しかねない。魔法に関しては、危ない体質なのだ。


「でも、少ないなりにマークは土魔法を上手く使える庭師なので、最後の砦ならぬ最後の壁になってもらうために、魔力譲渡で補って、アレを作り出してもらったのです。倒れてはいませんので、ご安心を」

「魔力譲渡か。懐かしいなぁ」

「……私、やったことありません」

「マジで!? なんで!? 中等部学校の時、魔法授業で体験くらいしなかったの?」


 魔力譲渡。身体的に接触している相手に、魔力を流して渡す方法。

 知ってはいるけれど、私は未体験。


「義姉上は、中等部の学園には通いませんでしたよ。王妃教育の方に時間を割くために」


 ネテイトが教えるように、私は中等部の学園には通っていない。王都には貴族の中等部学園があるけれど、それよりも高度な教育を、王城と自宅で受けていたのだ。

 人脈作りで、お茶会やガーデニングパーティーにも参加していたので、同年代とは知り合えてはいたので、問題はない。


 貴族は、小学校はなく、中学と高校ならある。基本的に、家に家庭教師を招いて教育を施してから、恥ずかしくないよう育った我が子を中学校に通わせる形だ。


 平民の方は、小、中、高に学校が分かれているし、基本的にそうやって進学していく。


 現在、ネテイト、私、ルクトさんが通っているミッシェルナル王都学園は、高校だ。四年制。


「リガッティーの忙しさは、昔からか……」

「そうですかね? こなせてきたので、苦ではありませんよ」

「……そっか。えらいえらい」


 ムッと不機嫌みたいな顔をしているように見えたので、ルクトさんにそう答えたら、頭を撫でられた。


「マークに用でもあるのですか?」

「あー、いや。気になっただけだよ。ほらさ、例の調査は、土魔法の使い手が必要だから。手伝ってほしいとかじゃなくて、単純に気になっただけー」


 ふぅん。

 例の調査とは、『ダンジョン』だろう。

 下級ドラゴンの来た方を調べようとして、崩れてしまって塞がっていた道を、土魔法の使い手が駆り出されて通れるようにするらしい。かなりかかるだろうな……。


 昔から魔法学びをしていた私の魔力は膨大にあるのに、その魔力を土魔法でいくら伸ばしても、行き止まりまで届かないほど、長距離で地面が崩れていた。


 魔力は体力作りをするように、増やせるものだ。

 極端に少ない体質の人以外は、使えば使うほど、魔力量は徐々に増えていく。



「じゃあ、いってくるわね」


 ルクトさんのエスコートで、馬車に乗る。

 ルクトさんも乗り込むと、向かいに座った。

 そして、発車。

 今日は、習慣のためにも騎士が二人、外の後部座席に座っている。

 前の方には、御者と念のためのメイド。普段なら、付き添いのメイドも、馬車の中に座るのだけれど、一組の恋人と一緒の空間は居た堪れないと遠慮されてしまった。


 ファマス侯爵邸を、出発だ。



「あの『ダンジョン』調査って、Aランクパーティーを集めるんですよね?」

「うん。『藍のほうき星』パーティーは、確実に指名されるね。メアリーさんがいるから」

「まあ……メアリーさんの得意属性は、土だったのですねぇ。土魔法を使っているところ、見てましたが、そうだったのですか」


 ルクトさんの仲のいい先輩冒険者のパーティーの一つ。

 『藍のほうき星』パーティーは、五人のメンバーで成り立っている。

 リーダーとメアリーさんが、Aランク冒険者で、パーティー活動の条件により、他の三人はまだBランク冒険者だとのこと。

 下級ドラゴンの討伐をすれば、全員がAランク冒険者になれるそうだが、下級ドラゴンと出会う運がないらしい。


 ルクトさんは二年で11体も出くわして、討伐したというのに……。

 わりと逆恨みで文句を言われているので、今回も知られたら、ルクトさんは胸ぐら掴まれて、振り回されるだろう。


 ちなみに、メアリーさん達は、ルクトさんが6体討伐したことだけを知っている。文句をめんどくさがったので、ルクトさんはそれ以上の討伐は言わないことにしたとか。


「いや、メアリーさんは土魔法に特化した魔法の使い手だよ。王都で一番の土魔法の使い手だと思う」

「へえ……ルクトさんがそれほどまでに仰るとは……見てみたいものです」


 メアリーさんは、武器は持たない美魔女スタイルの妖艶なタイプの女性だ。

 スリットの入ったドレス風の服で太ももをチラ見せさせる格好がトレードマーク。

 腰には、ポーチが並ぶベルトをつけていたので、恐らく、魔法補助の道具を常備していると推測出来た。

 魔法攻撃の強化、さらには飛び道具など、魔法補助の道具はバラエティー豊かだ。

 だから、メアリーさんが両手を開けているのは、腰のポーチから道具を取り出して戦うからだろう。見てみたい。王都学園では、そんな生徒を見かけたことがないので、気になる戦闘スタイルだ。



「そうだ。魔力譲渡、経験してみない?」

「いいんですか?」

「いいよ。ちょっと渡すだけで、体験」


 ルクトさんが提案してきて、手を差し出した。

 私も手を伸ばして、ルクトさんと握手をする。


「知識では知ってるんだよね?」

「はい。その名の通り、魔力を譲り渡す行為ですよね。流すイメージで、相手の同意なく送り付けられても、受ける側には支障がないとか」


 受け取る側が、魔力満タンの状態だとしても、魔力譲渡は可能。

 満タンケージを超えた魔力は、限度なく上がってはいくが、その代わり、無駄に時間経過により消えてしまうとか。

 満タンケージからはみ出ているが故。

 身体から漏れてしまい、ただ空気に溶けて消えるようなもの。


 マークのように、もらったその場で、使用することが一般的。


「わ。もう送ってます?」

「そ。パーティーだと誰かと手を繋いで、大技の魔法をぶっ放す時にやるね。二年前のモンスタースタンピードでも、見てはいないけど、誰かから魔力をもらってドデカい魔法を放ったかもね」


 ルクトさんと握っている手に、じわーと熱が伝わってきて、手首の方まで広がっていく。そのあとは、わからない。馴染んだ、ということなのだろうか。


「まぁ、オレ達には関係ないと思う」


 私もルクトさんも、魔力は十分。威力だって、このままで十分だろう。


「あっ。でも、念のために覚えておこう? 片方が無茶して魔力不足で倒れた場合の処置」

「……倒れるのは、死活問題ですね。では、送ってみます」


 片方が倒れるほどの魔力消費をするだなんて、どんな大技の魔法を放つのやら。一人でモンスタースタンピードを殲滅させるために、大技を休みなく連発するとか、かしら。

 絶対ないだろう。とは、言えない。


 何故なら、王国のほぼ真ん中の『ダンジョン』で下級ドラゴンと遭遇してしまった身。

 下級ドラゴンと出くわす運が強すぎるルクトさんといれば、下級ドラゴンとまた会いそうな予感がするし、”絶対ないだろう”はなんの根拠もないものだ。


 片方が倒れたら、魔力を補充してあげて、立たせる。そのために、習得。


 ルクトさんから受け取った温かさを思い出してみれば、魔法を使うために出す魔力を、そのまま出す要領で、その手から送り込む。


「ん。出来てる出来てる。オレも久しぶりだけど……あったかいな」


 褒めてくれたルクトさんは、優しい声で口元に笑みを零す。

 ……青い髪をしたルクトさんの顔。全然、認識出来ない。


 スッと、ルクトさんの片眼鏡(モノクル)を外す。

 キョトンとしたルビー色の瞳が、そこがはっきりと見えるようになった。

 馬車移動中くらい、外してもらってもいいだろう。


「ルクトさんには、教えてもらってばかりですね……流石、先輩です」

「後輩に教えてあげるのは、先輩だからね。でも、こんな程度くらいでしょ、オレが教えて上げられるのはさ。これから、オレは山ほど学ばないと……リガッティーに教わることも山ほどじゃない?」


 頬杖をついて、眉を下げて苦笑を零すルクトさん。


「そうですね……どのタイミングかはわかりかねますが、貴族の礼儀作法については基本を学びたいなら講師を雇いましょう。ジオン家のように、一通り、貴族の礼儀作法を叩き込まれて名家もいますから、可能ならば家令などに頼むとか……あ、ティヨンはどうでしょうか?」

「ん? なんで?」

「ジオン家なので。貴族の礼儀作法を教えてくれるはずです」

「ん~……それがね、リガッティー」


 苦笑いを深めたルクトさんは、首を横に振った。



「ティヨンさん。オレの恋敵なんだって」



 今度は、私がキョトンとする。


「……ガチ恋?」

「そう、ガチ恋」


 ファンが、本気で、応援相手に、恋をしていること。ガチ恋。


「どうりで、リィヨンとスゥヨンが動揺を……。ティヨンは領地にいるべきだと頑なだったのは、ジオン家のご法度であるガチ恋勢だからだったのですね」

「そういうことだって。でもちゃんと調()()、ゴホン! 教育し直したから、オレも警戒はしなくていいらしいけれど」

「調教」

「でも、リガッティーは覚えててね。ティヨンさんも心を許している身内でも、自分を想っている男だってこと」

「はあ……わかりました。肝に銘じます」


 調教とは……?

 リィヨンとスゥヨンが必死に隠そうとしたのは、忠誠心で仕え続けてきたジオン家の信用問題にもなるから、禁忌のガチ恋をしているティヨンを勘当などから守るためだったのだろうか。

 教育し直したというなら、領地で一緒にいる父親と働きながらも、度が過ぎた言動をしない礼儀正しいガチ恋ファンであるように叩き込まれたのかしら。


 恋敵情報を得たかったルクトさんには、白状するしかなかったのだろう。

 プルプル震えて、両手を上げるリィヨンとスゥヨンが、安易に想像出来た。


「リガッティーは、全然気付かなかったんだ?」

「はい……最後に会った時も、領地内を散策する私に日傘を差してくれながら同行してくれましたね。気が向くままに歩き回ってましたけど、ずっとついてきて甲斐甲斐しく世話を焼いてくるのは、昔からですので……」

「どんな風に会話するの?」

「どんなと言われましても……普通としか。んー、そうですねぇ。ニコニコと穏やかな雰囲気をまとって話しかけてきますよ、ティヨンは。ヤンチャな人ではあっても、穏やかに人と接する人でしょうか」


 口の下の顎に軽く握った拳を当てながら、よく考えて答える。


 最後に会ったのは、夏。強い陽射しから守ろうと、ひたすら日傘を差してくれていた。

 ニコニコしながら、お世話をしてくれていた。


「ヤンチャって……例えば?」

「リィヨンとスゥヨンが力負けするくらいには、暴れん坊な印象が強く残っているせいでもありますが……ちょっと離れたと思いきや、身長より高い塀をひょいっと乗り越えて駆け寄ってきたり、屋敷の二階の窓から手を振っただけで、風魔法で飛んで来て窓から入ってくるという、ヤンチャな行動をしまう人です」

「めちゃくちゃリガッティーのそばにいち早く駆け付けたい行動では?」

「ヤンチャな行動で、主人に尽くす無邪気な補佐官……という認識でした」


 無邪気に笑うヤンチャなタイプの青年だと思っていたのである。


 そうだったのか……。

 あの無邪気さを感じた笑顔は、私のそばにいたことで喜んでいたものだったのかしら。



「全然恋愛対象ではないので、そんな感情があるとは過りもしなかったですね。ティヨンには失礼かもしれないですけど。今後、会う時は、無駄な隙は見せないようにします」

「うん、そうしてね。オレも譲らないって、牽制しておくから」


 けらりとルクトさんは、半分冗談で言い退けた。


「でも……困りました。ティヨンに信頼があるので、補佐の仕事を頼みたかったのですけど……それだと難しいですね」

「え? それって……スゥヨンさんみたいに、従者にしようとしたかったの?」

「はい。候補としていいと思ってたんですよ。今向かっているご令嬢の友人の手紙を開封したのは、昨日でした。だから、遠出などで不在の間にそういう手紙の対処をしてくれる補佐が必要だと思いまして……手紙なら、まぁ、メイドの中でもまだ任せられる仕事ではありますが、今後長い目で見るとなると、本格的に補佐の仕事をこなせる人を見付けるべきだと、ルクトさんが来る前でもリィヨン達と話していたのですよね」

「あ~……それもそうだね。今後の補佐官かぁー」

「ティヨンなら能力も兼ね揃えているはずですし、信頼性もお墨付き……ではあったのですが、だめですね。割り切れて仕事が出来たとしても……ルクトさんと不仲になるなら、そばには置けません」

「オレ?」


 すでに兼ね揃ている有力候補なティヨンは、残念ながら除外だ。肩を落としてしまう。


「ルクトさんとティヨンが、それでもそこそこ仲良くなれるなら問題はないかもしれませんが、ルクトさんだって独占欲が強いじゃないですか。嫉妬で不快感は抱いてほしくないですしね」

「……ありがと。補佐の仕事のためと言え、そばに置かれるのは、ちょっとなぁ~」


 へにゃっと力なく笑ったルクトさんは、安心した様子。私も逆にそうされると、()()()()()()、である。


「我が家のメイドは、私の補佐なんて力不足だと引き腰。そんな人にはとてもじゃないですが、任せられませんね。せめて、向上心を持って取り組んでくれれば、学んでもらうのに……」


 力不足の上に、向上心なし。任せてはいけないと判断した。


「もしや……私、人望がない?」

「いやいや、真逆でしょ」

「冗談です。わかっています。私は思った以上に人望があると、この前の会談で味方が多くいてくれたので痛感して、改めて大切にしようと思えました」


 真顔で言ってみたら、すぐにツッコミをくれたので、ふふっと笑って見せる。


「ははっ。今までは、ネテイトくんとお父さんだっけ? 二人にはジオン家の兄弟が補佐としてついていたのに、多忙なリガッティーにはいなかったんだっけ? えっと……猛信者以外」

「そうですね……家では猛信者が()()()()()()()()()ので、他に専属がつくことはなかったのです」

()()

「実際、家では不要でした。せいぜい、王城で王妃の下積みとして振り分けられた公務なら、王妃様から私の補佐を頼まれた侍女がいてくれたくらいです」

「そっか。その人はだめなの?」

「彼女はとても有能ですが、やはり王城務めの侍女ですので、王族に嫁ぐ予定のなくなった侯爵家には来ないですよ」


 惜しいです、と苦笑交じりに答えた。

「侍女って貴族女性だったね」と、ルクトさんは納得して一つ頷く。


「王妃様で思い出しました。先程、王妃様の呼び出しの手紙が来まして、明日登城しなければいけなくなりました」

「えぇー……本当に多忙じゃんー」

「すみません……今日も冒険者活動が出来ないのに」

「いや、そんな心配じゃなくてさ、リガッティーの身体のこと。明日は、どうして王妃様に? 正式な謝罪とか?」

「それもありますね。ほら、監視者の件で、少々口外をしないようにと契約書にサインしなければいけないので」


 膝の上に肘を置いて、両手で顎を支えたルクトさんは、拗ねたみたいに唇を尖らせた。


 今日も明日も、冒険者活動はお預け。あと22日の新人指導がこなせないのに。

 みんなが私の多忙さを心配してくれる。人望があると、しみじみと思えた。



 ルクトさんは、初めて会った日から、監視者については気付いていたのだ。



 王族に嫁ぐ予定の令嬢の言動を見張るために、王家の影がついて回る。


 王家の影。

 恐らく闇魔法で姿も存在も消している監視者については、口にはしていけない。


 王家の影の存在は、王族でも王太子になったあとに知らされるくらい、隠された存在だ。


 私は13歳の頃に、王妃教育の賜物で信頼を得て、王妃様から監視としてついているのだと存在を教えてもらった。

 その監視者のおかげもあって、冤罪を晴らすなんて楽勝だと思っていたわけだ。罪を犯していないと、王家からの確かな証言をしてもらえたのだから。


 王妃教育の一環で知った王室の秘密は、予め口外しないサインはしてあったけれど、それでは効力があまりにも薄い。

 だから、明日はしっかりと口外出来ないように、もっと拘束力の高い契約書にサインをしなければいけないのだ。


 私は口元に人差し指を当てて、微苦笑を見せる。


「ふぅん……そっか。ホント、まだまだ後片付けがあって大変だ。オレに手伝えることがないからなぁ……ないよね?」

「ないですねぇ……残念ながら」


 ルクトさんは、空気を読んでくれて、追及をしないでくれた。

 王家からの監視者についての口外禁止のサイン。掘り下げてはいけない部分だと、察してくれたのだろう。


「むぅ……。じゃあ、補佐官。見付ける手立てとかあるの?」

「能力がある人から選んで、あとは信頼関係を築いていくしかないですね。リィヨン達など、信用出来るという人間を紹介してもらおうかと」

「そうなるのか……善は急げだ。ってなると、選ぶリガッティーが大変だ……」

「乗り越えるべきところは、自分で乗り越えないと。そうだ、ランクアップについても、話がつきましたよ」

「え? どうだった? どうだった?」

「それはまたあとで。もう着きましたので」


 ルクトさんに片眼鏡(モノクル)をかけ直す。

 またイケメンな顔が、わからなくなる。

 青い髪だけど、ルクトさんだって存在感はわかるので、安心感はあるのは、不思議だ。


「ルクトさん。愛称ってあります?」

「愛称? んー……昔に、ルーって親から呼ばれてた。今も、たまに」

「ルー。ふふっ。では、今日はルックって呼びますね」


 馬車が停止したので、ルクトさんが先に降りて、手を差し伸べてくれる。


「ルーじゃなくて?」

「はい。いつか呼ぶかもしれない愛称で呼んで、覚えられては困るじゃないですか。私の友人ならともかく。今日はあえて紹介はしませんので、また今度。不測の時は、ルックと呼びますね」


 友人ならいいけれど、意趣返しする気でいる彼女の婚約者相手に名前を覚えられるのは、いい予感はしない。元々、お付きは紹介しないものだ。


 紹介は、また今度。ちゃんと、私の恋人として。


「わかりました。リガッティーお嬢様」


 馬車から降りると、ルクトさんは恭しく胸に手を当てて一礼した。


「リガッティー様!」


 玄関から飛び出すように、早歩きで寄ってきたのは、前下がりボブのように切り揃えられた紺色の髪をサイドに垂らし、後ろをまとめて結っている令嬢。

 気の強さを表しているつり目。眉を下げて、私を気遣う眼差し。

 マティアナ・シグレア伯爵令嬢。


「ご機嫌よう、マティアナ様。前日の夜になってからのお返事となってしまい、ごめんなさい」

「そんな! 謝らないでください! あの方から、婚約について、連絡が来ましたので、やっと、かと……。ですよね?」

「はい。私の方は、済みましたわ」


 手を差し出せば、マティアナも、両手をギュッと握り合った。


「デリンジャー宰相様にも、託されましたわ。一緒に立ち向かいましょうね」

「……ええ。お願いいたしますわ」


 フン、と鼻から息を吐くマティアナは、気合い十分。

 その気合いでこれから対峙する婚約者に掴みかからないように、私はマティアナと腕を組んだ。そして、その腕を撫でて宥めた。


 例え、気が強い性格だとしても、家同士で決めて、未来は夫婦になる約束をした相手だ。

 不安はあり、それが顔に出て、曇っている横顔になる。


 顔だけ後ろを振り返り、青い髪のルクトさんに目配せ。

 彼は頷いて、後ろをついて歩いてくれた。



 



次回、三人称視点、二話続きます。

ヒロインに陥落した乙女ゲーの攻略対象者に、鉄槌を!


2023/02/09

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