63 情報操作による理想。
「う、うわあ……!」
「こ、これが、下級ドラゴン!」
「絵で見た通りだ……!」
リィヨンとスゥヨンとネテイトが、グッと身を乗り出した。
やっとツーショットから目を離して、本命の下級ドラゴンを見てくれたか。
ぐったりと疲労感を覚えつつも、顔を上げて、ある危険に気付いた。
下級ドラゴンの映像。大きさがわかるように、私とルクトさんが順番に並んだ映像があるッ!
バッと手を挟んで、次の映像に移らないように阻止。
「も、もういいでしょうか? ルクトさん、もといギルドマスターとお話をしないと」
「? 何よ、リガッティー。まだ映像があるでしょう」
「い、いえ。これは。その。下級ドラゴンだけですっ」
「何を隠そうとしているのかしらっ?」
「ち、違うのですっ、お母様っ」
〔……大丈夫?〕
魔導道具を片付けたいけれど、表示されてしまった映像を見せないためにも手が離せなかった。
お母様は隠し事だと見抜いて、私の手を力尽くで退かす。また、ぺいっと。
「……リガッティー。この格好は?」
「…………その……貴族令嬢とは思えない、格好を……選びました」
冒険者リガッティー。
貴族令嬢は、先ず穿かない短パンを穿いている。
貴族女性の反応は、知るのが怖い。
〔あっ……あぁー……〕とルクトさんが、今の私の心境を想像して、気の毒そうな声を出す。
同情するなら、そばにいて慰めてくれないだろうか。
流石に、お母様の雷が落とされそう。
「……つまり……あなた自身のコーディネートだと?」
「はいっ! お知り合いになった女性冒険者さんからは、好印象です。なんなら、女冒険者向けの衣服を販売する計画を立てている方にも意見を求められて、それに便乗してもっと女性冒険者に留まらず、動き回る職業の女性方をターゲットにしたお洒落な服を手掛ける事業も視野に入れてますっ」
落下する雷を覚悟するけれど、出来れば軽減してほしいと、捲くし立てるように正当化する案を伝える。
「……いいじゃない」
「……へ?」
「貴族女性が着ることはないでしょうけれど、可愛らしいと思うわ。その事業、成功させるために努められるように」
「はい……」
まさかのお母様が認めました……。またもや、意外……ポカン。
「いや、流石にこれは……」と青い顔をしたお父様が反対しようとしたが「昔の私が着たら?」という振り返ることなくお母様に問われると、黙り込んだ。
顔が……赤らんでいるお父様…………着てほしいんだ?
私とネテイトの視線に気付くと、ぎくりと肩を強張らせてはそっぽを向いて咳払い。
「ルクトさんも、かなり気に入ってくださっているので……今後も反対しないのなら、着たいです」
〔え? お許しいただけたの? 短パン、オッケーなんだ……〕
ルクトさんとお父様、趣味合いそうだわ……。
ルクトさん、自分の好みをバラされても、気にしないのね……。
「お嬢様お嬢様。本当に、現像の魔導道具はいつ完成するのでしょうか?」
「いや、さっき答えたでしょう、リィヨン……」
「で、では、せめて! せめて、映像記録を別の魔導道具で移していただけませんかねっ?」
「? 何故? そんなに下級ドラゴンの映像が欲しいの?」
「え! 違いますよ!」
「ん?」
わからないと首を傾げてしまうと、リィヨンをスゥヨンが慌てた様子で取り押さえた。
〔リィヨンって初めて聞く名前だけど……スゥヨンさんの兄弟か何か?〕
「はい。リィヨンは、スゥヨンの兄です。彼とは、十も歳が離れてはいますけど、とても似てますよ」
〔ふぅん……そのリィヨンさんも、リガッティーを観賞対象として見てるの?〕
「観賞対象?」
ルクトさんの声は、私以外には聞こえてないので、会話していると示すためにも、左手を添えて耳飾りを軽く持ち上げる。
私が聞き返した言葉に反応したように、ピタリと二人の動きが止まった。
「……観賞対象なの? 私」
私は自分自身を指して、二人に確認する。
口をきつく噤んで、細目の長身兄弟は、スッと斜め下に顔を背けた。
この前、スゥヨンが、私を観賞していたと聞いたけれど……。
「ちょっと? リィヨン、スゥヨン? 返事をなさい」
「「はい、お嬢様」」
「それは肯定かしら?」
ピシッと背筋を伸ばした兄弟に、ジト目で尋ねると、スイッと二人揃って、お父様に目を見る。
冷や汗ダラダラで、私に答えるべきかと視線で尋ねる二人に、お父様は額を押さえていた。
え。何。なんなの? 私の観賞は、父公認?
困惑していると、お母様が代わりに答えてくれた。
「リガッティー。あなたは気付かなかったし、別に害はないから言うまでもないと思ってたの。ほら、ただでさえ……あなたには”猛信者”がいたもの」
「え? 二人も、私の信者だったと仰るのですか?」
「あなたの映像記録、一番の家宝にされているわ」
「本当に初耳なのですが???」
家宝? 家宝って何? え? 一番???
「いえ! お嬢様! 猛信者と一緒にしないでくださいませ! 我が家は、伝統ある従者の家系です! ファマス侯爵家の方々に忠誠を誓ってきたのです! あんなポッと出でわけのわからない暴走信者とは違うのです!」
「えっ……代々から、隠れてファマス侯爵家の方々の映像記録を、家宝に?」
猛信者のことは置いといて、ずっと仕えてきたジオン家は、そんなファン魂で我がファマス侯爵に忠誠を誓ってきたの……?
心痛な様子で、お父様が顔を押さえている。
……う、うわぁ……そうなの? 家宝にされちゃう?
〔待って? オレ、今、そっち行っていい?〕
「ルクトさん、落ち着いてください。私も頑張っているところです。スゥヨンも恋敵ではないと訴えていたじゃないですか」
「え”っ。規格外に最強の冒険者に、恋敵容疑をかけられているのですか? えっ!?」
「違います違います! 恋敵ではありません!! 本当にお美しいお嬢様を見守ってきただけです! 聞こえてます!? 自分の声は届いてますか!?」
私も混乱しているけれど、ルクトさんを宥めつつも、ちょっとだけ意趣返しをする。
リィヨンはカタカタと恐怖で震え始めて、スゥヨンはルクトさんに見えもしないのに無害アピールで両手を上げた。
「ファマス侯爵家に強火担である、そういう家系なのです!!」
「本当に初耳なのですが??? ……えっと。ティヨンは? ティヨンも、そうなの? 違うわよね……?」
「「…………」」
「あなた達の家系は、大丈夫なの???」
リィヨンがワッと必死に弁解するけれど、そんなファン魂で代々仕えてきた一族って、いいの……?
強火担って……オタク用語では? え? わりとオタク用語って、この世界に流通していたの……?
ちょっと待ってよ。ティヨンまでそうなの? なんで苦痛そうな顔で黙ってるの?
〔ティヨンって?〕
「ティヨンは、スゥヨンの双子の弟でして」
「お嬢様!! 今はそれどころではないはずです!! 下級ドラゴンの件を! ギルドマスターに伝えねば! いやちょっとこの大きさ凄すぎません!? 下級ドラゴンってこんなデカいのですか!?」
「あ、うん。これはかなりの巨大な下級ドラゴンよ。11体の下級ドラゴンを討伐したルクトさんも、ダントツで大きいと」
スゥヨンが、あわあわとしながらも、気を逸らしてきた。自分の双子の弟まで、恋敵容疑をかけられたくないからだろうか……?
ティヨンと最後に会ったのは、いつだったかしら……? 領地にいるから、私が最後に領地へ行ったのは、確か……。
「なんか、すまない、スゥヨン」
「えっ。何故謝るのですか? ネテイト様?」
「ほら……僕が来る前までは、義姉上の従者候補だったから……嫌だったろうな、と」
「ちょっ! そんなことないですよ!? ネテイト様だって、直系でなくてもファマス侯爵家の分家の方ですし!? そうでなくても、誠心誠意でお仕えしてますから!!」
ずおぉん、とネテイトが落ち込んだ。
慌てて、スゥヨンは腕を掴んで揺さぶりながら、誤解をとく。
そういえば、そうだったわね……スゥヨンもティヨンも、私の補佐のために従者候補だった。
〔リガッティーの家は、ホントに面白いけど…………やっぱり、もっとリガッティーは高嶺の花すぎても、手を伸ばしてくる奴は多いんだって〕
「今回は、高嶺の花だからこその観賞みたいですけど……はい、ちょっと身辺調査しておきます」
いつもなら笑えると言うけれど、ルクトさんの声は面白がっていないようだ。恋敵だものね……。
こうして、隠れファンに全く気付かなかったから、もう少し周りを見直すべきかもしれないわ…………隣の王太子も、自覚していた以上にご執心疑惑があるようだから、見直しての認識を改めないと。
「えっ!? こわッ!」と、スゥヨンは震え上がる。
ルクトさんの恋敵をあぶり出す身辺調査。ルクトさんの功績を考えれば、恐ろしいわよね……。
お父様のもう一人の補佐官は、どうなんだろうか。
シラけた様子のマーカスに視線を向ければ、ギョッとした顔を左右に振って、私に否定を示す。
「自分はまともな人間です! ご安心を!」
「喧嘩を売ってるのか? 買うぞ」
「受けて立つ」
「負けました」
まともじゃないと言われて、リィヨンがカッとなってしまっても、護衛も務めるマーカスには敵うわけないと周知の事実なので、素早く降参。
リィヨンとスゥヨンは、運動は不得意だものね。
兄弟の中では、ティヨンが一番活発だったわ。スゥヨンと取っ組み合いの結果、必ずティヨンが勝利していたものね。
「あ! ごめんなさい、ギルドマスターもお待ちですよね? お待たせしてすみません、ルクトさん」
雑談している場合ではなかった。
シュンと肩を落として、気を取り直す。
差し迫った問題の話をせねば!
〔あ、うん。どうだったの?〕
「とりあえず、今回の『ダンジョン』にて討伐した巨大な下級ドラゴンについて。ファマス侯爵家としての案が出ましたので、ギルドマスターとは口裏合わせし、その後、調査機関ともお話をして報告を。私とルクトさんの名前を伏せる方向です。今から詳細をお伝えしますが、大丈夫しょうか?」
〔あーうん。わかった。ヴァンデスさんも目の前にいるから、伝えるよ〕
私とルクトさんを挟んで、お母様の案、もといファマス侯爵家の頼み方を、ギルドマスターのヴァンデスさんに伝達。
先日、私のアリバイ証言をしてくれたルクトさんも口にしたストーンワームを討伐したの件は、王室もご存知。
討伐した本人に『ダンジョン』で手掛かりや異変の調査を依頼し、ギルド側から実力を認められて、新人指導を受けている私も同行して向かった。
その道中で、恋仲になったと付け加える。
『ダンジョン』の調査中に、巨大な下級ドラゴンと遭遇、討伐。
翌日に下級ドラゴンの出没原因を探るために、調査で奥へ進んでも土砂崩れで二人では調査続行は不可能だと判断し帰還。
調査機関チームと冒険者パーティーで大掛かりな調査をするという決定。
それらを報告するが、王都も救ったと言っても過言ではない功績は、同行した私が悪目立ちをするため、ファマス侯爵家が王室側へ考慮を頼む。
婚約解消直後ということもあり、侯爵令嬢の身分による冒険者活動をまだ隠していただきたい旨を伝える。
恋仲になったルクトさんがSランク冒険者になることや、名誉貴族になる予定をほのめかす。
それで私が国王陛下直々にいただいた”王室に願いを叶えてもらう権利”を、ルクトさんとの結婚に関わることだと、前情報として与える。
〔リガッティー。それを王室側へ報告するのは……どうして?〕
「それは……あえて隠すのは、のちのち悪印象となりますし、ファマス侯爵家としては隠さない方針でいくとのことです」
〔……つまりは……もう喜んでも、いいのかな?〕
「そ、それは後程、お話しします、ルクトさん。先ずは、こちらの件ですので」
恋仲を明かすところに、疑問を言いたそうだったルクトさんが、とうとう尋ねてきただけれど、まだ結果は話せない。
あとで、ゆっくりと話す。
でもルクトさんは「うん……」と嬉しさをもう噛み締めているような返事をする。
くっ……照れるわっ。
「ギルドマスターはその口裏合わせに賛成をするとのことです。それで、今日には調査機関と情報共有し、明日にでも王室へ報告するため登城の先触れを出すそうですが?」
「ああ。そうしよう。それならば、王城で合流でいいだろうか?」
「ルクトさん、お父様がその予定でいいそうです。王城で合流は大丈夫かと、確認を」
「そうだったわ。今回の調査した、もっと言えば功績者は、必ず同席しないといけないのかしら?」
お父様の意思をルクトさんへ伝えると、お母様が掌を見せて尋ねてきた。
私とルクトさんの同席? てっきり除外されると思っていた。
「聞いておりませんでした」と、私はルクトさんに確認を頼んだ。
本来なら、同席はしないとのこと。
しかし、今回は救済の功績者だ。
平民と貴族の身分差のある恋仲。慎重に扱ってほしいと頼みたい本人達は、行くべきだろうか。
「いや、また二人を登城させるのはよくないだろう。それこそ、功績はリガッティーとルクト君だと見せ付けるようなものだ」
お父様が却下した。
情報漏洩の危険を示唆。
そうね。こんなに早く、また登城するなんて…………どれほどの王城務めの方々に目撃されるか。
まだ冒険者活動について、公にしたくないのならば、冒険者ギルドとともにいる姿は見せない方がいい。そういう考えだ。
そういうことで、朝早い時間に、両親とギルドマスター、そして調査機関の代表者と合流して、王室への緊急報告として、先ずはデリンジャー宰相の配下と話すそうだ。
両親は冒険者ギルドの緊急報告についていく形になるけれど、ファマス侯爵家が同行というのは強い。すぐにでもデリンジャー宰相へ届くはず。
そして、融通してもらうように、功績者の名前を伏せてほしいと頼む。
それで、確定した。
やっと一息つける。
これで唐突な功績について、一件落着となるだろう。
〔リガッティー。もう聞いてもいい? ご両親、いや、お母さんと一騎打ちだっけ? 交渉はどうなったの?〕
ルクトさんが、ソワソワ感を滲ませて、尋ねてきた。
〔一騎打ちって……〕と、ヴァンデスさんの声が、微かに聞こえてしまう。
ほぼ、一騎打ちでしたよ……ギルマス。
「はい。そのぉ……」
「待ちなさい、リガッティー」
何から話せばいいのやら。
ちょっと気恥ずかしいけれど、やはり喜んで報告したい。なのに、お母様が制止の声をかけてくる。
「焦らしなさい」
「え? 焦らす? 何故ですか?」
「何故? 未婚で未成年を、無断外泊させた罰よ。せめて、夜まで待たせなさい」
「は、はいっ。申し訳ございません……」
そうでした……その件はまだ、謝罪もしていない……。
〔ゔっ……オレからも、伝言で悪いけれど、申し訳ございませんと、伝えてくれる?〕
「ルクトさんも、私越しで申し訳ないけれど、謝罪を伝えています」
〔甘んじて、待ちます〕
「甘んじて待つとも言っています」
「聞き分けがよろしいこと。あなたもよ、リガッティー? 通信は切りなさい。今から説教よ」
「はいっ」
〔リ、リガッティー、ごめん! やっぱりオレもお叱りを受けるべきじゃない!?〕
「いえ! 私は無断外泊のお咎めは、とうに受ける覚悟がありました! 甘んじて受けるべきなのです!」
ルクトさんが一緒に怒られに来ると言い出すけれど、当然私がお叱りを受けるべきなので、断る。
正直、怒られに来て欲しくはない。
いつかは直接謝るべきだろうけれど、せめて、正式に挨拶する時にして欲しいわ。
「では、切ります。ギルドマスターに、私からもよろしくお願いしますと、お伝えしてください」
〔うん……。一人で説教を受けさせて、ごめんね。……じゃあ、また夜。待ってるから、忘れないでね?〕
「いいんですって。では、またあとで」
〔リガッティー。好きだよ〕
「……はい」
〔あれ? リガッティーは言ってくれないの?〕
「!」
切実に待つというルクトさんの静かな声は、落ち着く。だなんて思っていれば、同じ言葉を求めてきた。
え。いや。だって。
家族達が見ている……いや、隠すな方針! 躊躇だめ!
「っ私も好きです! ではあとで!」
言い逃げのように、耳飾りを弾いて、通信を切った。
リィヨンもスゥヨンも、口に手を当てて見ているから、きっと私の頬は赤くなっているのだろう。ぐぅっ!
「では、改めて……冒険者活動の話もしないまま、無断外泊をしてしまい、申し訳ございませんでした」
照れは振り払い、お母様と深刻な顔付きで向き合う。
「そうよ。まだ未婚、伴侶と決めていた相手だとしても、未成年のあなたが、無断外泊だなんて。お叱りを受けるでは足りないわ……しっかり罰を受けてもらいましょう。何がいいかしら」
腕を組んで、お母様は罰を考える。
どんな罰が下るのかしら……。
軽く肩を下げた。
テーブルの上に出しっぱなしの映像記録の魔導道具をしまわないと。で、思い出す。
「あの、お母様。実はお母様のご機嫌取り目的で、ある物を用意したのですが……罰の重さを軽減するために、今お見せしてもいいでしょうか?」
魔導道具を【収納】に入れてから、確認。
「正直で潔いけれど……今度は何? 驚かすのは、もうやめてほしいわ」
確かに、今日は十分驚愕したわよね……。
驚愕の過剰摂取は毒。私は身に沁みている。
「一応、驚く品ではありますが……宝石です。と、言っても、原石なのです。今日、元鉱山の『ダンジョン』でたくさんの石を拾ったのですよ。下級ドラゴンが通ってきたであろう道は深い地下で、ゴロゴロと色とりどりの石がありました。その中に、お母様へ、加工してから差し上げたいものが見つかったのです」
ニコニコと、私はそう予め伝えておく。
お母様のために選んだ宝石なのだ。
元鉱山の『ダンジョン』には、希少な宝石はまだまだあり、手付かずなのだと知っているはず。
「そう……では、見せてちょうだい」
宝石ならば、と。
お母様は興味を示してくれたので、布に包んだそれを【収納】から取り出した。
そして、開いた状態で、お母様に見せる。
加工前で歪なのは仕方ないけれど、鮮やかな青紫の石。
「まあ……」
「お母様の色ですので、似合うだろうと思ったのです。大ぶりのペンダントと考えて拾ったこれは、先程鑑定道具で調べたところ、なんと『青星石』ですって」
「嘘でしょ? こんなにも青紫なのに?」
「はい。ご覧ください」
「あらあら、まあ!」
『青星石』は、その名の通り、青色の宝石で、サファイアによく似ているけれど、サファイアとは違う特徴が、星。魔力を込めてみれば、キラキラと金色のラメが流れるのだ。
今は金箔が動くラピスラズリにも見えるけれど、宝石職人の加工にかかれば、ダイヤモンドカットで透けて煌めくサファイアの見た目になる。そして、魔力を込めれば、このように星が瞬く。
とても幸運を象徴する宝石と親しまれているし、キラキラさせるアクセサリーとして目を引くのだから、女性から圧倒的な人気を誇る。
「鑑定を手伝ってくださったギルド職員の方も、初めて見たそうですが、間違いなく『青星石』です」
「ありがとう。いただくわ」
「え、あ、私がアクセサリーにしてプレゼントを」
「このまま、いただくわ」
たいそう気に入ったお母様は、そのまま私の手から取り上げると、うっとりと眺めた。
別に、今欲しいなら、差し上げますが……。
お母様……罰の方は?
「あ。今後は、無断外泊はだめよ。それに、節度は守りなさい。今までの様子ならば、相手側も理性的だとは思うけれども。貴族は純潔を重んじていることを、忘れてはならないわ。彼にも厳しく言っておきなさい」
「はい。無断外泊はしないと、肝に銘じます。ルクトさんも重々承知してくださっていますが、改めて話そうと思います」
「そうなさい」
……お母様? 罰は?
宝石……ちょっとのご機嫌取りのつもりが、効果てきめんすぎた……。
隣で、お父様が頭を抱えている。
も、申し訳ございませんが、お母様が罰を下さないなら……このままにしますわ。
「宝石で思い出しましたが、お父様はマッキャン男爵の名を聞いたことはありますでしょうか?」
「マッキャン男爵? いや?」
そのまま、無断外泊の罰の話は最初からなかったことにして、話を逸らす。
お父様は疲れた顔を上げて、首を傾げた。補佐官の二人も知らないし、ネテイトとスゥヨンも、知らないと首を振る。
「今のサブマスターです。冒険者ギルドの二番目の責任者ですわ。彼の名前を、過去に何かの商談で聞いた程度でしたが……冒険者ギルドに悪い印象を与えたくはないのですけど、彼は蛇のようにコソコソ這い回って、冒険者を通して利益を得ているそうです。もちろん、犯罪行為も規則違反もしていない範囲だそうですわ」
本当に冒険者ギルドをよく思わないで欲しく無いから、蛇男爵がサブマスターだということは話したくはない。
無知は大敵。予め知っていてくれた方が、いい。
「今回の『ダンジョン』調査も、彼がルクトさんへの指名を後押しして、私も同行することを推したのですわ。私がファマス侯爵令嬢だと気付いて、採取した『うつろい琥珀石』を手始めに、冒険者令嬢リガッティー・ファマスを商品にしたかったようです」
「……なんと。そんな蛇が、二番手で大丈夫なのか?」
「心配ではありますが……最初に絡む相手を間違っていることを親切に教えて差し上げましたわ。ファマス侯爵家から甘い汁を舐めたいなんて、頭が高いですもの」
「……流石だな」
「それこそ、リガッティーね?」
「褒めてますよね? 先程も、功績の件の漏洩が心配でたまりませんでしたので、少々キツい警告をしてしまい、泣きべそかいていましたので、ファマス家に噛み付くような蛇ではありませんわ」
「我が娘だ……」「我が娘ね……」
「それはもちろん、褒めてますよね???」
納得した上に安心したように頷き合う両親は、実の娘は大の大人をキツい警告で泣きべそかかせて当然だという認識をしていらっしゃる?
「それで、どうお考えでしょうか。最初はやはり、リガッティー・ファマス侯爵令嬢となりますが、名前で価値を上げるというのは。ルクトさんも今後、価値が上がる名前となりますが、それに関しての意見は?」
「ふむ。前向きに検討したいということか?」
「いいのではないの?」
「おまえ……」
「何? 冒険者としての活動の一環として、価値を上げることは悪いの? 冒険者ギルドでも、規則違反とはならないのでしょう?」
「はい。そうなりますね……」
お母様が前向きすぎだ……。
確かに、冒険者として、いい考えではあるけれども……。お父様の顔を立てて、話をしましょうよ、お母様。お父様がげっそりしていますわ。
やっぱり、隣の王太子の目に悪目立ちして見付けられないためにも、冒険者活動も公にするのはタイミングを見計らっては、警戒を緩めない方向だとのこと。
交際を隠す方が、怪しまれて、嫌な情報を探られかねないので、堂々といること。
そのためにも、王室では”恋仲”という情報を撒いておくのだ。
もう名誉貴族になるルクトさんと結婚する意思がある。
いずれ、冒険者活動した経緯、その出会い、そして実績を明らかにして、徐々に周囲を納得させる限られた情報を与えるのだ。
ちょこちょこと私の手腕でも、冒険者関連の事業を進めていることも、示していき、社交界でも上手くやっていくという手があるとちらつかせる。
そして、最後には、ドーン! と侯爵へ成り上がるほどの功績の持ち主でしたー! という大胆不敵な事実を突きつけるという。
それがファマス侯爵家の理想の流れとなった。
「あの、お父様。とても遅くなりましたが、呪いもお怪我も治ってよかったですわ」
「あ、ああ」
「ギルドマスターとルクトさんにも意見を聞いてみましたが、モンスタースタンピードではないとのことですが、実際そうでしたよね?」
「そうだな。リカに指揮を任せっきりではあったが、ちゃんと例の魔物の群れは討伐が出来た。冒険者意見でもそうなら、胸を撫で下ろしたいが、念のため、ちゃんと見回りの強化を指示して、不穏な予兆を見付け次第、通信具で連絡を受けることになったんだ」
少々不安もあったけれど、モンスタースタンピード疑惑の魔物の群れで、領地から戻れなかった件は無事済んだとのこと。
魔物がめっきり減った領地だから、対応に不慣れながらも頑張ってくれているようだ。
経験豊富な冒険者意見でも、災害に該当するモンスタースタンピードではないと言われているから、大丈夫だろう。
よかった。
「お父様もお母様も領地も大変な中、気苦労をかけたまま一人気晴らしに行っていたことには負い目はありましたわ……大丈夫だとは思ってはいましたが」
「ははは。心強いリカもいてくれたからな。まだルクト君とは会っていないから、結婚を認めるとは言えないが、こんな風に支え合う夫婦を目指すがいい」
「そうなりたいですわ」
「まあ、あなたったら。カッコつけちゃって。私の手を握り締める度に、”子ども達と君を置いて逝けない”って弱音を繰り返していたじゃない」
「リカっ!」
支え合う夫婦にはなりたい、とのほほんと答えると、お母様が弱り切っていたお父様の様子を暴露。
子どもの前で辱めを受けて、真っ赤なしかめっ面を伏せたお父様を見て、子どもの私とネテイトは顔を合わせては笑ってしまった。
ファマス侯爵家の方を、観賞しながら忠誠して尽くすジオン家。
長男リィヨン、次男スゥヨン、三男ティヨン(未登場)。
いいね、ポイント、ブクマ。
よろしくお願いいたします!
2022/12/09





