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61 添い遂げる伴侶の想い。




 最初は、傷心を理由に振り翳し、気晴らし冒険者活動をしながら、新しい進路を見付けるためだった。


「ルクト・ヴィアンズさんと、知り合ったのは、正真正銘、春休みの初日ですわ。冒険者登録をして、新人指導担当として紹介された時に、初めて顔を合わせて言葉を交わしました。彼は呆けた顔をして、私を見て立ち尽くしました。当然です。前日にパーティーで婚約破棄を言い渡された侯爵令嬢が、新人冒険者として、目の前に現れたのですから。彼は最初、知らぬフリをしてくれました。ファマスとは名乗りませんでしたし、髪色を変えたのですから、お忍びだと理解してくれたのです。気晴らしで冒険者活動をすると白状しても、ルクトさんは快く連れ立ってくれました。彼にとって、30日の新人指導を終えないと、ランクアップの条件が満たせないと言うのに、担当をやめることなく手を差し伸べては、丁寧に新人冒険者が知るべきことを教え始めてくれました」


 思い浮かぶのは、呆けた顔で見つめてくるルクトさん。



 ――美少女で驚きました? なんて。


 ――あ、うん……可愛すぎてびっくりした。



 初めて、私と目を合わせた彼は、そう冗談を言った私に、正直に可愛いと答えた。


「実は、彼には前日から、私を手助けしたい思いが芽生えていたそうです。初日、焼き魚を食べ終えて、気晴らしの元凶を愚痴っていいと言い出して、意地悪にも笑いながら、事情をぼかした話を聞き出したのです。彼が学園の先輩であり、最初から私が前日に婚約破棄を言い渡された令嬢だと知っていたと発覚したあと、ルクトさんは自分の心情を教えてくれました。あの場でも堂々としていた私を、惚れ惚れするほどかっこいい令嬢だと思ったそうです。一人でも立ち向かう姿勢が、気高くて見惚れたとのことです。それでも、ルクトさんは傷物令嬢となる私に、何か手助けでも出来ないかと考え……真っ先に名誉貴族を思い浮かべたとか。平民では何も出来ないから、せめて貴族の身分になれば、と。元々後回しにしていた新人指導をこの春休みにしてSランク冒険者に上がるつもりだったから、と。ですが、30日後ではきっと遅い、それに名誉貴族だからと言って、王家の婚姻に首を突っ込めるわけがない。そう冷静に考えて諦めてはいましたが、未練がましさを抱えながら、翌日に新人指導を担当しに来てみれば、私と出会ったのです。しかも、気晴らしの冒険者活動をご所望。自分の得意分野。手助けなんて出来っこないはずなのに、こうして出会い、手を差し伸べられたことに、ルクトさんは運命を感じたと、そう想いを伝えてくださった時にも明かしてくれましたわ」


 こうルクトさんから見れば、本当に。



「運命の出会い。そう感じても、不思議ではありませんよね」



 私は照れくささで、はにかんで明るく言った。


 何故か、リィヨンが二枚目のハンカチを出して、目元に当てている。……泣いているのかしら。

 気に留めないようにして、私は引き続き、お母様に向かって語る。


「その証拠に、私はずっと楽しげに笑っている人だと印象を抱いていましたわ。面白がっていたのもそうですが、浮かれていたのだとも、白状しました。ルクトさんは、気さくで明るい方です。気晴らしの冒険者活動も私のことをよく考えてくださり、レベルが高い方が手応えを感じるはずだと、経験の浅さも考えつつ、指導してくれました。でも、やはり、彼は浮かれていたそうです」


 ここは、ルクトさんを知ってもらうためにも、話すべきことだろう。

 彼に許可は得てないけれど、説得に必要だったと、あとで謝っておくことにした。


「彼の両親も、冒険者です。今は、もう元Bランク冒険者。彼を連れて冒険者活動を経験させていて、彼ならば自分達を超えて、Sランク冒険者になると見込み、少し無理をしてミッシェルナル王都学園の学費を稼いだそうです。王都学園で学べることは学ぶべきなのは当然ですが、一番はSランク冒険者が名誉貴族になれるので、身近で貴族を見て、自分がどうしたいのかを考えさせたかったとのことですわ。よくルクトさんの将来を考えたご両親だと思いました。ルクトさんが15歳を迎えた日に正式に冒険者になったので、ご両親は引退したということですわ。ルクトさんは今……この王都で一人暮らしをしているそうです」


 ルクトさんのために、学費稼ぎを無理をしてまで続けていたため、もしもに備えて遺言書を用意していたらしいエピソードは、今は言わないでおこう。


 一人暮らしをしている。

 その声が、沈んでいると、私にもわかった。


「学園にしっかりと通いながらも、ルクトさんは最速ランクアップをして、一年で最年少のAランク冒険者となりました。ご両親も驚きはしましたが、喜んで祝福してくれたそうです。仲のいい先輩の冒険者仲間にも、祝われたとか。……でも、最初は、ルクトさんは一緒に冒険をしていた同級生の仲間がいたそうです。ですが、どんどん先に行ってしまうルクトさんの強さにも、冒険にも、ついて行けないと解散されてしまったそうです。彼はそれを苦い思い出として、げんなりした顔で話してくれましたが……深刻な風ではなく、気にしていないようにも見えました。けれども、私には一人きりの冒険は、きっと物寂しいと想像してしまい、ついそれを口にして零すと、彼はこう言いましたわ」



 ――今はリガッティーがいるじゃん。



「初日で、しかも一緒に行動をして、まだ六時間も経っていなかったというのに……彼は無意識な願望を口にしたようです。話は私なら同格の冒険者として、一緒に冒険を楽しめるだろうという、と冗談まじりの会話だったのですが……。後日でも、私は彼の駆け抜けるような一年を聞き、そして想像して胸を痛めました。苦しく、なりました」


 私は胸に手を当てて、やや俯く。


「お父様が先程言ったように、まるで彼は生き急ぐように、一年で最年少のAランク冒険者となりましたわ。彼はなんでもないみたいに、軽く笑うのです。それなのに、私は胸が苦しくて、その頃の彼の身を案じました。日中は学園で勉強をして、放課後や休日は冒険者活動。そんな二重生活をして、身体を壊さなかったのかと、心配になりました。一人暮らしを始め、学園生活だって慣れていないはずなのに……彼は毎日暗いままの家に帰るのです。ちゃんと食事や睡眠は取れていたのだろうか。ともに活動していた友人達が離れてしまい、たった一人になってしまったまま、冒険者活動として、戦いに身を投じ続けていた少年を思うだけでも、胸を痛めてしまいました。本当に大丈夫だったのか、という問いに、彼はまたこう言ったのです」



 ――今はリガッティーがいてくれるじゃないか。



「嬉しすぎると、仰ってました。抱き締めてしまいたいくらいに、と。まだだめでしたので、一生懸命に、堪えた様子でしたわ」


 これもまた照れくさいから、冗談まじりに明るく言った。


「ルクトさんは、想いを伝えてくれた時に、明かしてくれました。確かに孤独は自覚してはいても、悲観はしていなかったと。同級生について行けないとパーティーを解散された時は……()()()()()()()()()()()()()()()()()そうです。それでも振り返ることなく、冒険者活動をほとんど一人で続けた…………けれども、私が現れました。私以外、ルクトさんの冒険について行ける人なんていません。ルクトさんは、自分の身を案じる私を優しいと言いました。優しい私に甘えて、浮かれるがままに、レベルの高い指導をしてしまった部分があるとも謝罪しましたが……やはり、彼は()()()()()()()と言いましたわ」


 真剣に。けれども、熱い想いを伝えてくれた嬉しさが蘇り、微笑まずにはいられない。


「お母様が言うように私は自分自身でも素晴らしい教育を受けて、最高の王妃になるはずだった特別な令嬢だと自覚しています。ですが、ルクトさんも、それは理解してました。彼は、”()()()()()()()”と称しましたが……それでも、自分が掴むのだと手を伸ばしてきましたわ。自分にはもったいないほどに、誰にとっても高嶺の花だとしても、誰にも譲れないと力を込めて言ってくれました」


 自分の身の程は知っていても、だ。

 ルクトさんは、私を求めた。


「ルクトさんにとって、すでに私のいない人生は考えられないほどに、生涯たった一人の女性。唯一無二の存在。自分の隣は、私以外考えられない、と。私だけを望むと、私しかいないと、ルクトさんは強く想いを伝えてくれました。堪らなく、好きだと。可愛すぎる私が、全部好きだと。ここずっとそばにいた私に、この先も隣にいてほしいと。手放したくないと。もちろん、私と肩を並べられるように、釣り合うように、ルクトさんも出来うることを尽くして、さらに駆け上がると意志を瞳に込めて、宣言してくれました。高嶺の花すぎる私とともに生きたいから――――生涯の伴侶として、先ずは恋人にしてほしい。そう交際を申し込んでくれました」


 ここまでが、ルクトさんの想い。

 ちょっと話しすぎたかもしれないけれど、ルクトさんの意志の強さだって、伝えるべきことだろう。


「お母様。私は、私だって、ルクトさんが堪らなく好きなのです」


 ここからが、私の想い。



「優しくしていたつもりはありませんでした……ですが、私を求めていると伝わるルビー色の瞳に見つめられると――――懇願するくらいに、私を熱く激しく求めてくれるルクトさんには、差し出してしまいたくなるのです」



 恥ずかしいとは思うけれど、ありのままに、打ち明けた。


「ルクトさんが私を特別に扱ってくれるからこそ、ルクトさんが私を一途に見つめてくれているからこそ、私はルクトさんに出来ることはしたいし、差し出したくなるのです。これから先は、ルクトさんの隣にいたいと、私だって願っているのです。けれども、私はルクトさんの隣は私だけのものだと、確信しています。本当に、彼について行けるのは、私だけですもの」


 また、はにかんで言ってしまう。


「ルクトさんの隣は、私だけのものです。ルクトさんの相棒も、ルクトさんの恋人も、ルクトさんの伴侶も、私だけです。そして……ルクトさんだって、私だけの人なのです。私だけのルクトさんです。手放したくないのは、私の方です。高嶺の花すぎるからと言って逃げたり置いていったりせず、誰にも譲らないと隣にいて守ってもらいたいのは彼です。彼だけです。だから、私は生涯の伴侶はルクトさんで、これから先、添い遂げると意志を固めました」


 私の想い。私の決意。私の意志。


「ルクトさんとは、想いを伝え合って交際を正式に始めたあとから、これからの話をたくさんしました。ルクトさんの意志も固いです。高嶺の花すぎる私の伴侶です。そして、侯爵の身分にもなります。本当にこれからも学ぶことはたくさんありますわ。いくつか、彼の得意分野を活かせる事業も考えてあります。後世のためにも、やることは山積みですわ。それを話したら、ルクトさんはなんて言ったと思いますか?」


 本当に、嬉しくて、はにかんでしまうことが堪えきれない。

 でも、冷静さを保った淑女ではなく、ありのままを話す方がいいと思う。


 想いを、真心込めて、語るために。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。本当に度胸のある方ですの。侯爵令嬢相手に、知らぬフリをして意地悪に笑って大事な婚約破棄事情を愚痴として聞き出したり、王室の大会議室では臆することなく私の冒険者としての実力を自慢げに語ったり……物怖じなんてしない、強くてかっこいい方です」


 そんな彼だからこそ、私も一緒に生きていくことが、楽しみだ。


「規格外に最強な冒険者であるからこそ、爵位授与は他国と揉めかねないという大きな問題が立ちはだかっています。先ずは、差し迫った問題の王都を救ったも同然な下級ドラゴンの討伐の功績について、知恵とお力を借りたいと思っていますが……。全ては、私とルクトさんが添い遂げるという意志を原動力としています。今語った想いは……認めてもらえますでしょうか?」


 問題はこんがらがっていて、下手を踏めば大惨事とも言える。それを阻止するためにも、力を貸してほしい。

 それ以前に、添い遂げる意志が固い私達を認めてほしいのだ。



 平民だとしても、冒険者だとしても、成り上がりの身分になるとしても。


 私にはルクトさんだけで、ルクトさんには私だけ。



 伴侶は、この人だ。もう決意は固まっている。



 その想いは、打ち明けるために語った。


 客観的に聞いて、どう判断するのだろうか。

 侯爵夫人として、一人の母として、同じ女性としても。

 お母様は、どんな言葉を言うのか。


 緊張は、覚える。

 でも、家族だ。私の意志は、尊重されるだろう。

 ルクトさんだって、そう言ってくれた。



「――――そう。わかったわ。あなたの想いは、認める。その想いのある伴侶と、添い遂げるという意志も、尊重するわ」



 お母様は、そう嬉しい言葉を返してくれたから、泣きたい思いでいっぱいになる。

 途中から、見極めるために見据えていた深い紫色の瞳が、優しく見つめてくれていたことはわかっていた。


「あなたは?」

「私が反対するとでも? リガッティーの意志の強さも想いの強さも、わかった。ファマス侯爵家も、家族として、その意志を尊重して、そして力を貸そう」


 お母様に意思を確認されて、お父様は微苦笑を浮かべたが、真剣な眼差しながらも柔らかな笑みで、そう告げてくれる。


 そして、我が家族には、もう一人いるので、彼に視線が集まった。


「あ、はいっ。ファマス侯爵家の決定に従います。それは、もちろん、お父様の決定だから、というだけではありません」


 膝の上に腕を置いて、背中を丸めるような姿勢で聞いていた義弟のネテイトは、慌ててシュッと背筋を伸ばす。


「初めて……義姉上(あねうえ)とルクト・ヴィアンズさんが、ただならぬ雰囲気で何かある上に、事情が複雑だから今は詳しく話せないと知った時は、不安で心配でした。やっと婚約解消をした矢先ですし……一緒にされては気分を害するとは思うけれど、その、元婚約者だって恋に溺れて、周りが見えていないようでしたから……義姉上まで、失脚させないためにも止めるべきかを、必死に考えていました。ですが……そのルクト・ヴィアンズさんも、そして義姉上も、まだ交際前だった前日しか見ていませんが、本気で想い合っている様子でした」


 ネテイトの考えは、両親に向かって打ち明けられた。


「義姉上が恋愛感情を抱くのは、本当に初めてだと聞きますし、さらに今も見ましたが……心からの想いは、微笑みに表れていました。ルクトさんの前でも、耳まで顔を真っ赤にして照れていました姿は、本気で恋をしている姿だとわかってはいたのですが、やはり心配で……。しかし、こうして、想いをしっかり聞かせてもらったところ――――本気で、全身全霊で、一生の伴侶として添い遂げるという意志が伝わりました。お母様も、そしてお父様も、本物だと認めて、尊重する答えを出したのです。僕にだって反対意思はありません。全力で、義姉上を支えます」


 真っ赤にして照れていたことはわざわざ言わないでほしいけれど、まだ不安をひと欠片持っているように胸をさすっても、ネテイトは家族は一致した答えだと明言してくれる。


 ありがとう、を込めて笑みを寄越せば、ネテイトの方こそ、照れたように頬をほんのりと赤らめて、顔をプイッと軽く背けた。


 その隣にいたスゥヨンが、目頭を押さえて、天井を見上げている。唇をしっかり閉じているけれど、プルプルと震えているようにも見えた。

 さらには、兄のリィヨンだ。ハンカチを挟んで両手で顔を押さえている彼は、完全に顔を伏せている。泣いているようにしか見えなく、ずびっと鼻を啜る音まで聞こえた気がした。



「ありがとうございます。お父様も、お母様も、ネテイトも。これだけでも、認めてもらえたことが、嬉しすぎて泣いてしまいそうです」


 正直、泣きそうだと泣き顔にならないように笑みを作って、微笑んで見せる。


「そういう感情を、出せるとは思わなかった……父親失格だろうか」

「私も、意外と思ってしまうなんて、母親失格なのかもしれないわ」


 いきなり親失格なんて言い出すから、私は怪訝に首を傾げた。


「あなたの感情的な顔のことよ。貴族の女性として、ましてや未来の王妃として。あなたは完璧な淑女の鑑として、美しい笑みと姿勢を崩さなかった。酷いとは思うけれど、恋愛感情がなくても結婚は出来るような口ぶりは、淡白すぎると心配だったの。恋というものは、いい時も悪い時もあるけれど、凄いものね」


 ふふふ、とお母様はそう説明をしてくれる。

 悪い時は、的確に元婚約者のことを指しているのだろう。しっかりとネテイトも、そっちを気にしていたし、きっと彼から聞いたのだろう。元婚約者の周りが見えなかった愚かな恋。


 確かに、少々酷いと思って、苦笑を浮かべてしまう。


「なんだか、淡白な人間だと思われていたのは、酷いとは思いますが……それはやはり、王妃教育の賜物だと自分では思いますし、一番はその恋愛感情なのでしょう。ルクトさんに語った話で、好きだと言ってくれた私の考えがあります。冒険者は自由、という話で、私は自由への渇望があるのかと尋ねられたのです」

「ああ、ルクトさんが言ってましたね……ディベット学園長に」

「なんて言ったの?」


 ネテイトが聞いていたと目を向ければ、覚えていると頷きを見せた。


「私は今まで不自由だと思ったことはありません。未来の王妃として、高い身分があったので、鳥かごの中にいたとしても、その中は十分広くて、飛び回っていました。想像すると、細工が凝っている高級な鳥かごでしょうかね。それが、婚約破棄を言い渡される前まで中にいた鳥かごです。その蓋を開けて、飛び出した。遮る壁も天井もない、果てしなく広い空を、私は飛び回っているのです。何一つ、制限のない飛び方が出来る自由は、格別です。鳥かごの中では、観賞されるためだけに、美しい姿勢を、すました顔を、保っていたのかもしれないですが……かごの外では、無理に保つ必要はありませんから」


 高級な鳥かごの中のすまし顔の美しい鳥。そう自分を例えるのは、おかしいと笑ってしまう。


「社交界では、完璧な淑女をやめるつもりはありませんが、やはり肩の荷が下りた解放感では、未来の王妃として気を張ることはしませんわ。最初も、傷心を盾にして冒険者活動を気晴らし目的で当分させてもらうために、王妃教育として培ってきた手腕と淑女の仮面で交渉をする気でいましたが……もうすでに、気晴らし目的ではありませんので」

「そう……。ありのままの想いを抱えたあなたを見せてくれたというわけね」

「はい。本当に最初は、新しい進路をゆっくり見付けるための気晴らし目的だったのですが……彼と少しでも多く過ごすためという漠然とした希望から、ここまで膨れ上がって、思わぬ形で進路を見付けたというわけです」


 お母様は、優しい笑みだ。

 本当に王妃教育を受けた自分の交渉の手腕を振るい、冒険者活動は傷心だと言い喚くようにもぎ取るつもりだった。


 でも、これでよかったのだ。本当に想いを、淑女の仮面に隠さずに、ありのままを示す。それで想いを語り、認めてもらう。



「そうね、進路……。でも、勘違いしてはだめよ? リガッティー」

「はい?」

「まだリガッティーの想いと意志を尊重すると言っただけ。まだ私達は、ルクト・ヴィアンズさんと会ってもいないわ。それで一生を添い遂げるということを認めることなんて出来ないのは、わかるでしょ」

「はい……その通りです」


 そう。私の想いと意志を尊重する。

 けれども、肝心の相手が、両親が認めないとなったら、力を貸すということは撤回されるのだろう。

 理解はしていると、重く頷く。


「ルクト・ヴィアンズ君と会いたいが……。先ずは、昨日の下級ドラゴンの討伐という差し迫った問題の対処、だろう?」

「そうです、お父様。ギルドマスターの話では、名誉貴族の授与も、最低でも三ヶ月はかかって式典を開くことが通常だそうです。元婚約者の件があるので、恐らく大幅にスケジュールは狂い、三ヶ月後に授与式だって開くのは無理かと。その間で、情報漏洩し、隣の王太子殿下の耳、または別の隣国に届いては、ひと悶着となり、さらに遠退くことを懸念してましたが……」

「昨日の功績で、悪目立ちをしてしまうという、全く嬉しくない問題となってしまったのだな」


 そうなんですよ……。

 カラ笑いをするお父様は、腕を組み直す。


「あら? リガッティー、あなた。婚約解消の慰謝料として、”()()()()()()()()()()()()”という、だなんて、とんでもないことを要求してサインさせたじゃない。てっきり、名誉貴族になったルクト・ヴィアンズさんと結婚を認めさせるのかと思ったけれど、違うのよね。何に使うの?」


 お母様が、契約書に記してあった私個人の慰謝料について思い出した。

 名誉貴族と侯爵の身分差を無視して、結婚させろ。そう言うためにもらったと、勘違いされていたのか。


「ルクトさんの爵位授与を、なるべく早く済むように、時間短縮のお願いをするために、慰謝料としていただきました」

「時間短縮のお願い?」

「侯爵ですもの。今すぐ寄越せ、だなんて横暴は言えませんわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()所存です」


 常識的に考えて、侯爵ほどの爵位をポンッと渡せるわけもないのだ。


 新しい貴族、しかも侯爵なのだから、盛大に授与式はするべき。

 新参者としても、必要な場だから、必要不可欠だと考えている。


 それを開くのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。



「脅迫の気配が……」とスゥヨンが、蚊のように小さな声で呟いた気がする。

 ええ。まぁ。……ほぼほぼ、脅迫する強さでお願いする所存よ。



「爵位か……確かにすぐには渡せない件だし、隣の王太子の耳にも入らないよう、水面下に進めたかったのに、大ニュースになるしかない功績か……」


 ネテイトは顎に手を添えては、大ニュースの予感に苦い顔を曇らせた。


「かといって、冒険者ギルドだって、冒険者の自由を守るために、黙ってはいられない案件だ。大規模に調査をするわけだし、王国への報告も必須」

「そうです。先程ギルドマスターと話して意見交換した末、この功績自体は堂々と公表しても、上手い具合に討伐者を隠すという流れにしてもらおうとのことです。苦肉の策ですわね」

「情報操作……それは根回しをしないといけないわね。一滴でも洩れれば、ただでさえの大ニュースなのだから、広まるのもあっという間になる。それで、ファマス侯爵家の力も借りて、根回しをしっかりしたものにしたいと?」


 お父様とお母様に、しっかりと頷きで肯定を示す。

 早急に根回しを頼みたくて、お二人の帰りを確認しようと帰って来てみれば、もうすでにいたというわけだ。


「王国への報告は、いつ?」

「現状は、急を要するような危険を見付けられませんでしたので、一日や二日は留められるとギルドマスターが言ってくれました。お父様達の帰りを確認してから、明日再び会議をする予定でしたの。二年前の大規模モンスタースタンピードでは、調査機関の代表とギルドマスターが、直接デリンジャー宰相の元まで通されて、それで対策が練られて王室の精鋭が総動員して動いたそうです」

「なるほど……デリンジャー宰相か」


 考え込むお父様は、自分のちょび髭を摘まむように撫でた。


「此度の婚約解消もある……ただでさえ、王室はバタバタしている。どういう対応になるのか、デリンジャー宰相にも確認は難しい。相談だって難しいだろう」

「あら。その婚約解消の件もあるのだから、融通してもらいましょう」


 難しそうに顔をしかめたお父様に向かって、お母様はしれっとした姿勢で言う。


「融通だって?」

「会談でも、王族殺害未遂だなんて大罪を被せられそうになったところ、幸いにも冒険者活動がいいアリバイとなったのでしょう? もうすでに、リガッティーの冒険者活動が、王室で公になっている」

「え、あ、はい……申し訳ございません……」


 王室で公になっている事実。

 思わず、謝罪を口にした私を、スッと視線を鋭くさせて、お母様は見据えてきた。


()()()()()?」

「はい? 家族に話すより前に、公に……ましてや、王室に直接打ち明けることになりましたので……」

「そう」


 お母様が、ツンと顎を上げる。

 納得した様子ではあるけれど、なんの確認かしら……今の。


「さらには、リガッティーの指導担当がルクト・ヴィアンズさんだということも知られているわね?」


 一緒にいたということで、直々にアリバイを証言してくれたので、もちろん。



「よって、今回の下級ドラゴンの討伐。ルクト・ヴィアンズさんとともに指導担当中で同行したリガッティーも、討伐をした事実。侯爵令嬢の冒険者活動は、公表しないでほしい。ファマス侯爵家から、そう頼むとしましょう。直結するのだから、二人揃って名前を伏せてもらえるわ。裏切りによる婚約解消だもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 にこやかに、言い放つお母様を見て、真剣に考えた。



 ……()()()()()()()()()()()、と。



 私も私個人の慰謝料として、すでに言質をとった切り札、爵位授与式をなるべく早急に時間短縮で用意してほしいと、脅迫姿勢でお願いする気満々だったけれども。


 お母様の場合、ファマス侯爵家が要求する予定の慰謝料とは()で、当たり前に融通を利かせるべきだと、伝える気満々なのだ。



 


温かな感情をはにかんで見せて、想いを語る娘の意志を尊重する。

あとは、相手側次第。


2022/12/07

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