60 規格外な実績と問題。
規格外最強冒険者ルクトさんの特記すべき実績。
下級ドラゴンの討伐数、10体。
昨日も遭遇した過去一番の巨大な下級ドラゴンをともに討伐したため、11体に更新。
「……それが、ルクトさんを規格外最強冒険者だと、私が認識した実績です」
いたずらっ子のような笑みで告げたルクトさんに、とんでもなさすぎると、私は”規格外最強冒険者”と称号をつけた。
「畏敬と畏怖の念を込めて」と、独り言のように小さく付け加える。
「ぃや、でも……テオ殿下には……5体と……」
ネテイトが裏返った声を、なんとか絞り出す。
婚約解消を終えた王城で、元婚約者の第一王子ミカエル殿下の弟である第二王子テオ殿下と会った。
尊敬する兄の裏切りによる婚約解消に、酷く心を痛めていた彼は、それほど私とネテイトをすでに家族だと思っていたのだ。
今後も、リガッティー姉様とネテイト兄様と呼ぶとのこと。
そんなところに居合わせていたルクトさんに、少年らしく、冒険に心を躍らせた目を輝かせて、ギルドマスターとともに討伐した下級ドラゴンについて聞き出してきたのだ。あの時も、ひやひやした。
「ええ。テオ殿下には、5体までの下級ドラゴン討伐の話だけを聞かせてくださったの。情報規制をしていたから、ルクトさんも慎重に5体までの話をしたのよ。5体しか討伐していないとは、嘘はついていないわ」
「……5体……確かに……そう、だった、な?」
「ひえ? はひ……恐らく……」
ネテイトは青ざめた顔のまま、同じくその場にいたスゥヨンを見上げて確認をする。
それどころではなさそうなスゥヨンも、声を裏返していた。意識、飛んでいなかっただろうか、今。
ネテイトもスゥヨンも、記憶が曖昧らしく、額を両手で押さえ込んだ。多分、今の動揺っぷりを見るに、よく思い出せないと思う。
「Sランク冒険者へのランクアップの条件の一つにも、下級ドラゴン5体討伐がありますので、彼はもう満たしていたということで、テオ殿下には5体はもう討伐済みということを理解されていましたため、あの時は話した次第です。あの5体だけなら、まだ……許容範囲内だったので」
テオ殿下について、誤解がないように説明をして、私はネテイトから、お母様とお父様と向き直る。
顔色の悪いお母様は、扇子の先を頬に押し当てたまま、ぼーっと間にあるテーブルの上を見つめているし、お父様は口を半開きにしたまま、向かい側の壁を見つめている呆けている状態。
「下級ドラゴン10体の討伐の実績、それだけでもハルヴェアル王国が、ルクト・ヴィアンズさんを逃がしたくないと思いますよね?」
私がそれを告げれば、ハッと我に返って、お二人は私と目を合わせた。
「最早、国を一つや二つ救えたような実績です。さらには、昨日の下級ドラゴンでは、王国のど真ん中で多大な被害を与えかねない災害も防いだことになります故……彼の爵位は、侯爵が妥当です。それくらいして、王室は感謝を示し、さらにはこの王国の最強の冒険者として留まってほしいと願うはずですわ」
合わせて11体の下級ドラゴンの討伐。
それだけで、もう十分な爵位を頂戴出来る。
それが、ルクトさんという規格外最強冒険者なのだ。
「それは……そう、だな……。リガッティーの言う通りになるだろう。全ては王室が決定を下すが、侯爵となるのは確定と言っても過言ではないな」
汗がにじんだ額を拭いながら、前髪を後ろへ掻き上げて、お父様はなんとか会話を成り立たせる。
少々震えている声だと思えるが、わざわざ指摘はしない。
「続けますわ。これからは、そんなルクトさんの爵位授与について、情報が洩れては困る理由の一つが……去年の夏に討伐した下級ドラゴンにあります。ただでさえ、ハルヴェアル王国以外も、ルクトさんを欲しがるということは理解が出来ますよね? 一番警戒すべきは、その下級ドラゴンを討伐した先です。もちろん、ハルヴェアル王国に10体もの下級ドラゴンなんて、そう見付けられませんから……他国でも討伐経験があります」
深刻だから、私は眉間にシワを寄せて、顔を曇らせる。
あまりにも広いハルヴェアル王国だけれど、そう二年の内に10体もの下級ドラゴンと遭遇は出来ない。
……ただ……ルクトさんの下級ドラゴン遭遇率は、異常なことに、変わりはないけれども。
「去年の夏休み、下級ドラゴンの番に遭遇して、その場でルクトさんは討伐しました」
「ブッホッ!」とお父様は噴き出してしまい、咳き込んでは、冷めた紅茶を喉に流し込んだ。
真似るように、ネテイトも紅茶を飲み始めると、スゥヨンが「自分にもくださいっ」と求めて、ネテイトから渡されたカップの中身を一気に飲み干した。
「つ、つがい……番……2体? 下級ドラゴンを、2体? ……え?」
「失礼、リガッティー様。一人? その方は、お一人だったのですかっ?」
空気のような気の抜けた声で、ブツブツというリィヨンの隣で、頭がフラついているマーカスが、違うと言ってくれと目で訴えつつも、挙手で答えを求める。
「彼は、ソロの冒険者。ごくたまに他のパーティーに同行することもありましたが、基本的に一人です。……他に、彼についていける方が、いらっしゃらなかったそうですから……」
なんでもないように笑っていたルクトさんの顔を思い浮かべながら、そうルクトさんがソロの冒険者だという答えを、マーカスに伝えた。
ギュッと膝の上の手を握って、視線を床に落としたが、話を続ける。
一人で冒険を続けた彼のためにも、私は顔を上げて、説得を試みないといけないのだ。
「下級ドラゴンの番を一人で討伐したルクトさんは、その番が守っていた卵も発見しました」
「たまご」と数人が、オウム返しした。
私も、同じ反応をしたわ……。
「彼は……遭遇前に、商人の一団を見かけたため、彼らに声をかけて――――下級ドラゴンのお肉と、卵を美味しくいただいたそうです」
破天荒なエピソードに、お母様の頭が大きく揺れて、ガクリと落ちたのだけど、もしや意識を手放しましたの? お母様? まだまだですよ?
「その一団にお抱えシェフもいたので、本当に美味しくいただいたそうで。昨日も、簡易的な調理だったというのに、本当に美味でしたわ……。夕食、楽しみですよね」
お母様が扇子でこめかみを支えて顔を上げている間、私はそうぼんやりしたような声で、時間を稼いであげた。
「実は、そのエピソード。私は去年の秋に、とある隣国の方から聞いていたのですよ。ルクトさんの口から聞いた際には、頭を抱えましたわ……」
一体どの隣国なのか。
お母様もお父様も、すでに疲れ切った顔で見てきた。
「下級ドラゴンの番を討伐し、卵と一緒に希少な高級肉を分け合って一緒に食べただけではなく、気前よく、半分ほどの下級ドラゴンの素材まで渡して名乗ることなく去った若い男の冒険者。話だけでも大変愉快で気に入った彼は、捜索しているとお酒に酔いながらも語っていました。メスの方の下級ドラゴンの爪は、金色だったので、それを砕いた爪型デザインのネックレスとしてぶら下げていて、それを自慢しながらです」
お母様は心当たりがあったようで、目をギョッと見開く。
「オシアスア国、第二王子のアージェルト王太子殿下から、聞きました。彼は、ルクトさんをお捜しです」
ハルヴェアル王国とルクトさんを取り合いかねない隣国の王太子アージェルト殿下。その人こそ、私の悩みの種なのだ。
「王太子殿下が……捜索している、だと? それは……うむ。避けられぬなぁ。――いや、待て。何故、まだ見つかっていないんだ? 名乗らなくても、冒険者ならば冒険者ギルドに問い合わせれば」
「もっともな疑問ですわ、お父様。私も気になり、王都の冒険者ギルドの最高責任者のギルドマスターに尋ねました。まぁ、ルクトさんが捜索されていることも知らなかったので、予想は出来ました。冒険者は、自由です。元は、冒険している間に、たまに誰かの頼みで魔物を討伐したり、薬草を摘んできたり、そういうことも引き受けてきたのが、冒険者ですわ。冒険者ギルドは、依頼などの斡旋をするためにも創設されましたが、冒険者の自由も守って来たそうです。そして、現在のギルドマスターであるヴァンデスさんは、自分もSランク冒険者だからこそ、冒険者の自由を守ることを強く心に決めています」
「何? 冒険者ギルドは、王室の問い合わせも拒否出来るほどの力があったのか?」
「冒険者ギルドも、各国でなくてはならない存在です。モンスタースタンピードでも、冒険者達も駆り出されますでしょう? その前に、モンスタースタンピードが起きないようにも最善を尽くしてくれる存在なのですから、蔑ろには出来ません。よって、登録している冒険者の個人情報は、そう簡単には渡さないのです。私の情報も、またそうです、と登録時に説明をしていただきました。自由に閲覧出来るのは、ギルドマスターとサブマスターの立場の方。そして、外部へと提示する際には、基本的には本人に知らせるそうですわ」
ほほう、と顎をさすって納得した顔をしたお父様だったけれど、娘もまた冒険者だという事実を思い出されて、しぶい表情となった。
「王族殺害未遂という大事件のアリバイ証言の際は、例外でしたね。私は事件が発生していたことすら知らないまま、気晴らし冒険者活動をさせていただきましたわ」と、苦笑いで付け加えておく。
「アリバイ証言も、王妃様が要請をしたから応えたのはもちろんですが、私が冒険者だからこそ、守るためにもヴァンデスさんとルクトさんは無罪のための証言をしてくださいました。そのルクトさんが、去年の時点では、Sランク冒険者になっても名誉貴族は求めない、とヴァンデスさんに意思を答えていたため、ヴァンデスさんはあえて伏せてくださったのです。そもそも、問い合わせを受けた時点では、ルクトさんしか該当する冒険者がいなかったとはわかってはいましたが、まだ下級ドラゴンの番を討伐したという報告を受けていなかったために、難なくかわせたそうですわ。……ルクトさんは、下級ドラゴンの番を討伐するために、隣国にいたわけではないのです。海に向かって、横断していただけ、遭遇してしまっただけなのですよ」
ルクトさんの情報が、アージェルト王太子に渡らなかったのは、タイミングがよく、下級ドラゴンの番討伐の報告が遅れたからだ。
「下級ドラゴンの番を討伐の報告をしないで、何を討伐しに行ったというのですかッ……!?」
「海……海と言えば……まさかッ!」
リィヨンが、早く楽にして、と言わんばかりの血相かいた顔で、急かした。
その隣で、マーカスはわなわなと震えた。思い当たる討伐の標的が恐ろしくて、慄いているのだろう。
「……ハーヴグーヴァ。怪獣魚の討伐をするために、夏休みはオシアスア国を横断した道中で下級ドラゴンの番を討伐して、卵と一緒にお肉を美味しくいただき、商人の一団に気前よく素材も分けて、足早に海へ向かって行ったというわけですわ」
的中させてしまったらしいマーカスは、叫びを堪えて呻くだけに留めた。
ハーヴグーヴァ。
怪獣魚、巨大魚。そう呼ばれるが、見た目はクジラ。
魔物ではないけれど、幻獣という枠には入れてもらえなかった怪獣だ。
大きめな船は、体当たり一つでひっくり返せる。海の暴れん坊。
「どんな夏休みだよ」とまたもや空気を吐くように気の抜けた声を零すリィヨンが、意識を半分手放していそうな瀕死の顔になっている。
同感だわ。どんな夏休みだ。私だって盛大に突っ込んだことを、鮮明に覚えている。いや、心の中で留めたけれども。
「……リガッティー」
「はい、お母様」
「失礼で申し訳ないけれど。あなたの想い人だけれど……バケモノなの?」
「お母様…………彼はッ、人間ですッ」
もう我慢が出来ないと言わんばかりに、お母様は顔色悪いままに、直球を投げてきた。
信じられないだろうけれど、ルクトさんは人間なのだ。
グッと力を込めて、真実を告げた。
「いや、人間ですって……普通言います?」とスゥヨンが、ネテイトのソファーの背凭れにしがみ付きながら、思わずと言った風に呟く。
この世界には、人型だけでも、色んな種族がいる。
それを抜きにして、バケモノか、人間か。その究極な二択で、信じられないと思いながらも、人間だと言っているのだ。ツッコミも入れたくなる。
「そして、私がこの件で頭を抱えたい事実が、まだあります」
全員が、まだあるのか!? という嫌そうな顔をした。
「いっぱいいっぱいなのは、わかりますわ。予告したところで、これは前代未聞の実績です。いかに私の恋人がとんでもないかを知っていただきましたが、その話を聞いた時点では、まだルクトさんとはもちろん恋人関係ではありませんでした。漠然と、気のあるような二人と言う雰囲気だけで留めて、節度を守っていましたので。ですが、今はもう恋人関係にあります」
……そうだった……。
……そのバケモノと、恋人関係になっていたんだ……。
皆さんの心の声が、聞こえますよ。
「ルクトさんと関わり、隣の王太子が捜索している冒険者と知ってしまった私は、もう無関係といかなくなりました。恋愛感情がなかったとしても、隣の王太子殿下がルクトさんを見付けて、引き抜こうとすれば、ハルヴェアル王国も気付いて、取り合いを始めるわけです。だから、穏便に爵位授与が出来るように、情報漏洩に気を付けて進行してもらわないとという話です」
「ん? 待ちなさい。彼は、去年の時点では、名誉貴族すら望まないという話をしたじゃないか。彼はどうして」
「あなた。それは野暮な質問よ」
ルクトさんが貴族の身分を望んでいなかったのに、今はそのために動いている。その意思の変化はなんなのか。
お父様はよく考えないままに尋ねたが、ぺしっとお母様の扇子を太ももに当てられて止められた。
「……私のために、その気になったまでですわ」
ポッと頬に熱を灯しながら、私はそう小さく答える。
お母様の言う通り、野暮な質問。
私の照れて頬を赤らめる様子を見て、お父様は口を片手で覆い、お母様は口元に扇子を当てて、驚く。
少しの沈黙の間で「ヒョエー……」と、奇声を伸ばすリィヨンに、一同は注目した。
リィヨンはビクッと震え上がると、咳払いで誤魔化する。喉の調子が悪いと言わんばかりに、わざとらしく咳をする。
「あ、えっと……それでですね。アージェルト王太子殿下は、遅かれ早かれ、私に……絡むと思われます」
変なリィヨンに呆気に取られたが、気を取り直して、話を戻す。
「以前から、彼には……他愛ない程度ではありましたが、それとなく口説くようなセリフを言われていました」
「……なんですって?」
これでもかと目を見開いたお母様が、鋭さのある声を放つ。
「へ?」とネテイトは、またもや裏返った声を出す。
「ルクトさんのこともですが、私のことも……一時の気まぐれで欲しがっていただけなら、どんなにいいかとは思うのですが、彼は欲しいモノはどんなに貢いででも手に入るまで求める質だと、自分でも言ってましたわ。今までは、この王国の王子の婚約者でしたから、戯れ程度の口説きのセリフで済んでいたのでしょう……」
「つまり……一夫多妻制の王族、オシアスア王家の王太子殿下が、あなたを求めると?」
「え、ええ……それを、とても……懸念しております」
「あなたを? 王太子殿下が? 妻がすでに二人いるのに? 三番目の妻に?」
お母様が、ゴゴゴッとお怒りのオーラを背負った。
コクリ、と頷く。
いや、どうしよう。リィヨンとスゥヨンの様子も、似たように見えるのはどうしてかしら……。
怒っているの? 二人まで、一夫多妻制の王族に、嫌悪を露にしているの?
「そんな気がする、程度ならまだよかったのですが……。ルクトさんの想いを受け入れて、交際を始めた日に、改めて恋敵になりえる隣の王太子殿下の話になったら……彼がディエディールド王城に足を運ぶ度に、接待をしていたのは将来の王太子となる第一王子と交流を深めているから、必然的に婚約者の私が相手していたのですが……ルクトさんは、きっと、王太子殿下は、結構私に、その……」
「「ご執心の可能性が高いです。ええ、リガッティーお嬢様ですからね」」
私だって嫌悪を抱いているのだから、どうにも言葉に詰まっていれば、代わりに兄弟で声を重ねて、頷き合うリィヨンとスゥヨン。
まだまだお怒りオーラを背負っているというか、お怒り度を上げた気がする圧を感じるのだけれど……?
バッキンッ!!
扇子がへし折られた音が、響いた。
お父様が軽く震えた隣で、お母様は薄い笑みで、激怒している。
「冗談じゃないわ。王妃となるべく教育を受けて立派な女性として育っていった大事な娘を? 一夫多妻制の王族に? しかも、三人目の妻? じょーだんじゃないわよ。ねぇ? あなたぁ?」
予想通り、一夫多妻制の王族へ嫁ぐことは快く思っていなくてよかった。
でも予想を遥かに超えた激怒に、私もお父様のようにプルプルと震えそうだ。
真横でお母様の怒気を受けているであろうお父様は、顔の汗を必死に拭う。見かねたのか、リィヨンがスッとハンカチを差し出したので、それを受け取って、思いっきり顔を拭った。
「それは……由々しき事態だな。もちろん、ファマス侯爵家としては、そんな縁談はお断りするぞ」
「はい。そう仰ってくれると信じていました。ありがとうございます。……ですが、隣国の第一王子という婚約者でなくなった今……貢ぎに貢いでくる求婚をやめないと思うのです……」
かなりの裕福な隣国。口説きセリフにあった通り、アージェルト王太子は、他の王子の婚約者という防波堤がなくなったことで手に入れられるとわかるなり、折れるまで貢ぐというアプローチをしてくるのだと、予想を教えた。
お父様は、呻くように低い声で「……なるほど」と、深く頷く。
「リガッティー。隣国の王族へ嫁ぐことは、あなたが拒むように我がファマス侯爵家も受け入れないわ。だけれど、だからと言って、ルクト・ヴィアンズさんとの結婚を認めるということにならないのよ。結局のところ、彼は成り上がりの身分になるに過ぎないわ。そして侯爵となっても、貴族としてやっていけると言える? 本当に冒険者を卑下しているわけではないけれど、王国がその実績を持つ彼を留める理由はその強さだけよ」
お母様は、へし折った扇子をテーブルの上に置くと、腕を組んでそう真剣に私を見据えて告げた。
事情はおおむね、把握出来たから、先ずは私とルクトさんのことに戻る。
恋人関係になった私とルクトさんのその後。
その前に、ファマス侯爵家に、両親に。
添い遂げる伴侶が彼ではいけない理由を説き、納得してもらうべきなのだ。
「隣国の王族へ嫁がせない理由と似たものよ。あなたは最高の高等教育を受けて、将来この王国の頂点に立つ女性となるべきだったの。最高の王妃になる、そう確信し、私達ファマス侯爵家は自慢に思っていたのよ。そんな王妃になる将来は消されてしまったし、他にあなたが嫁ぐべき場所はまだわからないけれども」
「ルクトさんです。私が嫁ぐべき場所はルクト・ヴィアンズさんですわ、お母様」
お母様に、私は落ち着いた気持ちで、でも芯の強い声で、告げた。
「私が望むのは、ルクト・ヴィアンズさんの隣だけです」
「リガッティー……」
「お母様。私は恋愛感情を抱いたのは、これが初めてです。そして、これが最後ですわ。初めてで、一時の感情で、愚かにも恋に溺れて、のぼせ上がっていないかどうか……私の想いを語りますので、聞いていただけますか?」
だからこその一騎打ち。
母と娘が、対話をする形で、こうして向き合っているのだ。
ただの娘の恋愛に浮かれた話では終わらないから、当然お父様達も立ち会っている。
それでも、私はお母様だけと向き合う。
私の想いを聞いてもらって、納得出来ないと、理解出来ないと、そう思うなら、容赦なく言ってくれていい。先ずは聞いてほしい、と私は自分よりも深い紫色の瞳を見つめて、訴えかけた。
「……わかったわ」とお母様は、真剣に聞くことを承諾してくれたので、想いを語る。
初めて抱いた想いを、初めて両親へ語るのだ。
気恥ずかしさもあるだろうけれど、不思議と穏やかな気分に思えた。
それはひとえに、これから語る、ルクトさんへの想いのおかげだろうか。
あなたへの想いを認めてもらえますように……。
2022/12/06





