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罪人と偽聖女

辺境、そこは草木も生えぬ不毛の地。


農作物の収穫量は国の中でも群を抜いて低く、とても人が生きていけるような土地ではない。


吟遊詩人は彼の地を地獄と、天罰の地と、こぞってその過酷さを詩に詠んだ。


一部の者を除き、辺境の地に住むものは罪人しかいない。


俺の生まれた国であるネビュラではそこは流刑地として扱われ、すべての罪人は辺境以外で骨となることを許されない。


「反逆者テオフィルス、貴がこれまでネビュラの繁栄に貢献したことは紛れもない事実。各地で起きた12の反乱をその魔導と指揮にて鎮圧してみせた手腕、我が国にとって貴の代わりなど存在しないでしょう。だからこそ、私は貴を罪人として扱わなければならないこと、残念でなりません。」


純白無比の汚れ一つない司祭服に身を包んだ、目を閉じた女性は、悲嘆の感を隠しもせずに惜しむように言った。


「本来であれば反逆者には弁明の機会すら与えないのが慣例。しかし、計り知れない貴の功績を称え、私は一度のみ貴の発言を許しましょう。」


彼女がそう言うと、俺にかけられていた魔導の拘束がほんの僅かに緩んだ。流石にこのぐらいでは抜け出すことは叶わないが、しかし発言する程度は問題なくできる。


「聖女気取り風情が慈悲をくれてるつもりか、テミス=ルーグ。」


侮りを隠さずに俺は言った。


「悪いが俺が何を語ったところでお前は信じないし、ただ委員会の爺共の言うとおりに裁定を下すだけなんだろう?

ゆえに無意味さ。お前のやっていることは全くの茶番。どういうつもりで俺の拘束を緩めたかは知らないが、この状態でもこの場にいる何人かを殺してやることだって俺には不可能じゃない。お前も魔導師の端くれなら、それぐらいわかるだろう?」


そうだ、どうせこの女にはこの先にある結末を覆すことはできない。全ては意思決定機関であるオリオン(一般的には委員会なんて呼び方をする)の言われた通りの仕事をするだけなのだ。


『ええ、貴なら出来るでしょう。しかし、それこそ時間の無駄ではないでしょうか?私は貴に発言の機会を設けただけ、弁明の機会とは言いましたが、それをするかしないのかは全て貴の自由。しかし、ええ、分かりましたとも。貴には以前から結論を急ぐ癖がありましたから、それならば私も貴の意思を尊重しましょう。」


彼女は挑発には乗らずにただ何もかも分かっているとでも言わんばかりに笑みを浮かべた。やはり、この女だけは昔から何を考えているのか理解できない。常に閉じられた目も得体のしれない印象を与えている。


「罪人テオフィルス、貴は反乱を主導し国家転覆を画策しました。その罪、到底許されるものではない。ゆえに、裁定者テミスの名を持って貴の沙汰を下しましょう。」


きっと彼女の言うことは俺が考えていることをそのまま言葉にしたものだろう。聞くだけ無駄だ、何故ならネビュラでは罪人とは一様に同じ罰が与えられるのだから。


「テオフィルス、貴を流刑とし、辺境ゴエティアにて懲役を与えます。」


「最初からそうするつもりだったんだろう。俺は分かっていたぞ、偽聖女。」


テミスは静かに首を振った。


「偽聖女、ですか。」


テミスが小さな声でそう言ったほんの一瞬、それこそ見逃してしまいそうなくらいの僅かな瞬間に、その瞳の奥に哀愁のようなものが見えた。


「たしかに私は貴が語るように紛い物、それこそ歯車のようなものでしかないのかもしれません。ですが、これは私の本意ではない。ゆえに貴の言葉をと、私はそう思ったのですが、貴は何も語るつもりはない様子。本当に何も言い残すことはないのですか?」


「ない、あるはずがない。言っただろうテミス、無意味であると。だいたい、何か言葉を与えてやるほどお前と親しくなったつもりはない。罪人に慈悲を与えてやるのが趣味のようだが、生憎俺には必要のないことだったな。」


「そう、無意味ですか。それが貴方の最後の言葉なのね。残念だわ。」


先程の聖女然とした様子とはガラリと変わって、気怠げにテミスは言った。そして、ため息をつき、3度瞬きをした。

すると、再び俺に魔導の拘束が掛けられた。


「怪訝だって顔ね。聖女やるのも決して楽ではないわけ。」


戸惑う俺を余所に、そう言ってテミスは足を組んだ。


「ああ、きっと貴方と言葉を交わすのもこれが最後だと思うし、別にいいかなって。それに、勝ち誇られたような顔で去られるのもそれはそれで癪なわけ。」


一変したテミスの言葉使いや、尊大な態度は、荘厳とした司祭服に身を包まれ、一切の穢れも寄せ付けないのではないかと思われるほどのある種の神聖さを纏っている者とはかけ離れたものだ。なんというか、とても似合ってない。


「貴方といい、どいつもこいつも私の忠告を無視して無闇勝手に動き回る。ほんとにムカつくわ。」


苛立ちを隠しもしない、荒々しさこそが彼女の本性だとしたら、聖女ヅラした偽善者と内心見下していた俺のほうが騙されていたのではないか。いくらなんでも猫かぶりが酷いのではないかと思った。まるで狐に化かされたような気分になる。


「どうせ教えたところで大した意味はなさないでしょうし、私ももう貴方を助けてあげることもできないだろうから、一つだけ助言を与えましょう。辺境で貴方が何を選ぶにしろ、ジェード・アスティンを頼るといいわ。彼ならきっと貴方の力になってくれるから。」



「じゃあね、テオフィルス。いつか墓場で会いましょう。」

一瞬だけその瞳が開かれ、閉じた。

それから先、テミスはもう何も語らなかった。


そして、俺はこの日辺境の地へと送られることになる。

テミスちゃんをすこれ

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