5-2
昨日の実験は概ね成功とみて良いだろう。
であれば今度はタンニンを多量に含んだクッソ渋いワインを熟成させたい。
だが、売り物にならないレベルの渋いワインなんてそうそう売っていないわけで。
今朝からずっと行っている鑑定由来の頭痛がシャレにならないレベルになってきている。
今日はあの店で終了しよう。
…結局無かった。
あまりの頭痛にメシも食わずに寝込んでしまう。
そして起きたら真夜中だった。
一人暮らしの病気あるある状態だな。
明日もこの頭痛と闘わないといけないと思うと憂鬱だ。
なんかしら対策を考えてみよう。
この棚は―パス。その下―駄目、下段―論外。
夜中に思いついた方法で鑑定時間を一瞬で終わらせる事ができる。
それは一定以上のタンニンを含んでいる場合にマークを出すという、プログラムめいた条件を付け足したのだ。
これでイージェ・ミオー内のワインを全部鑑定していこう。
市場のワインを粗方鑑定したので、今度は酒の専門店を鑑定してまわる。
そしてとある酒店に入った。
「渋いワインを探してるんだが、あるかい?」
「あ?そんな売り物にならないワインなんざ…そういえばあったな。」
ちょっとまってろと言って倉庫に向かう店主。
その間に店に並べられているワインを鑑定していく。
あった。無茶苦茶渋いの。
手に取ってみるが、当然ながら他のワインと外見的な違いは無い。
「あったあった。…おお、お兄さんよくわかったね、そいつだよ。
ユーク産のワインだ。これがまた渋くて売れないんだよ。
引き取ってくれるなら割り引くよ。」
渡りに船とはこのことである。
投げ売り価格だったので全部購入させてもらった。
宿に戻って渋ワインの貯蔵実験を再開する。
渋みがとんでもないのでワインでよく聞く20年物をつくろう。
5分で1年だから100分で、えーっと1時間半ちょいか。
その間暇だから、渋ワインの店に行って色々情報聞いてみよう。
「何?産地の情報だと?ユークB1-2015という村だが…あそこのワインは何やっても渋いんでもうブドウ園をたたんじまおうかって話だぞ。」
「もったいない。」
「何がもったいないのかわからんが…行くなら近場だから紹介状を書いてやる。」
「ありがと。それとワインの好事家って居るかな?」
「ああ。ウチの客には確かにそういうのが居るが、何するつもりだ?」
「美味いワインの試飲。」
「フン。どれだけ美味いのかは知らんが、簡単に教えるわけにはいかねえぞ。」
「そりゃそうだ。大事な顧客情報だからね。
だから後で持ってくるワインをまずあんたに試飲してもらいたい。」
「ほう、このワイン専門店に売り込みかい。そんなに自信があるなら持ってきな。」
数時間後。
「なんじゃこれはーッ!」
「ワインだよ。口当たり良いでしょ。」
「良いなんてもんじゃない。こりゃあ度胆を抜かれた。
お兄さんよ、これをウチに売ろうってのかい?」
「そうだよ。ただ、相場がわからないからおっちゃんが仲介してくれるとありがたいな。」
「そういう話なら手を貸してやろう。まずは兄さんの持ってる分をウチで買い取ってやる。
ウチにいい話を振ってくれた礼だ。高~く値を付けてやる。
クックック。あの方々の驚く顔が目に浮かぶぜ。」
1本4,500エーペ(約12万円)で売れたよ。すげえな熟成効果。
懐が相当暖まったので、宿を引きはらってユークB1-2015というブドウ園の村に向かった。
web辞典(※ハーカンク対応)によると、ほとんどの農家がブドウ園を辞めて村を出て行ってしまい限界集落直行コースになっているらしい。
それでも宿は1軒あるみたいだから、しばらくはそこを拠点にしようと思う。
地元民が近所と言うだけあって、80km/hくらいの速度で1時間と経たずに着いた。
しかし、こないだのモヴァノ教集落より寂れている気がする。
限界集落直行っていう表現は大げさではなさそうだ。
村唯一の宿に行って1週間ほど部屋を借りる。
井戸がある庭つきの面白い部屋だ。
バイクはいつもの馬房ではなく庭に置き、メットインから貯蔵キットを取り出した。
前の宿を引き払うとき、大きめの車輪と取っ手を付けて、キャリーカートのように移動ができるように改造したのだ。
ワインは貯蔵したら揺らすの厳禁なのだが、樽を載っけていない時にしか移動していないから今のところは問題無い。
貯蔵キットを勝手口のところまで持って行き、ストッパーをかける。
外への出入りがちょっと大変だけど、車輪に土がついてるから部屋に上げられないんだよね。
ひとまず宿泊の準備は出来たので、紹介状に書かれているブドウ園に行こう。
「へぇ。ウチのワインをねぇ。」
紹介状を渡してワインを売ってくれと言ったら、気のない返事が返ってきた。
現金を見せても諦観といった表情が崩れない。
この農場で作られたワインの大半は既にほとんど捨てられてしまっていた。
今残っているのは生活に必要な分、自家用の飲料水としての分だけだという。
クソッ、遅かったか。
いや、それでもまだ諦めるには早い。
その残りのワインを俺が買って、農家には別の安いワインを買って貰えば良い。
そう提案すると、農場の老夫婦が互いの顔を見合わせてしまった。