19-2
「…自分に何かご用でしょうか。」
普通に考えれば俺の所には来ないはずだ。であれば用があるのだろう。
「ご用事の所すまないね。バングランド帝国の人なんだって?」
「バングランド人じゃないのでバングランドに協力していた、というのが正確でしょうね。」
うんうんと頷き、何故か対面に座ってくるスーツのおじさま。
そして入り口に椅子を持ってきた社長が座った。
やべえ、逃げられねえ。
「そこはどうでもいい、バングランド帝国の技術を持っているというのが重要なんだ。」
「はぁ。」
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕はゴードン。この会社のオーナーだ。」
ワオ。スーツのおじさま、株主様だった。
「なんだってバングランドの技術を流出させたのかは知らないけど、お金が欲しいのかい?」
「あー、えーっと。まあ、そんな感じです。」
「なるほど。それじゃあ、お金になるかもしれないから僕の話を聞いてくれるかな。」
そう言って一方的に話し始めたゴードン氏。
曰く、ここの鉱山の利権を牛耳ってる伯爵様の娘が社交界デビューだというので、何か素敵な物を用意したいという。
「素敵な物ですか?」
「そう、宝石なんかがベストだね。」
「…それなら宝石商に問い合わせるべきでは?」
「それがお貴族様には既にお抱えの宝石商がいてね、それを鼻にかけた態度がちょーっと気に食わなくてねえ。
鼻を明かしてやりたいのさ。」
うーん。それと技術者との接点がわからない。
「それでね、僕が支援している腕の良い錬金術師がいるんだけど、
彼は鉱物の中に宝石が埋まっているのならば宝石を錬成することができるはずだと言ってるんだ。
もしそれが本当ならば、同じように鉱物を扱う君たちが知っているかもしれないとね。」
「…即答はしかねますね。」
「…出来るんだね?」
俺が知ってるのは真珠とダイヤモンド。
真珠貝に異物を入れて量産する養殖と、炭素を超高圧で圧縮したものというものだけだ。
でもネットで調べれば他の宝石を合成できるかもしれない。
しかし宝石の錬金なんてしたら物価が暴落するじゃないか。
真珠の養殖なんか訴訟沙汰にもなったんだぞ。
どういう経緯でそうなったかは覚えてないけどなッ。
まあ、アレだ。とりあえず価値が暴落する事だけはちゃんと伝えよう。
その上で実行したら指示したゴードン氏の責任ということで。
「ふむ…。」
悩んでおられる。
よかった。つまらん私怨で市場を崩壊させるのは流石に常識知らずと理解してくれている様だ。
「かまわない。製法がわかるのであればいずれ誰かがやるだろう。
であれば僕がやっても問題は無いということだ。」
あかん。頭のネジが抜けていらっしゃる。
「それで、材料は何をどれだけ集めれば良いのかな?」
「…俺の知ってるのは黒鉛を沢山ですかね。」
「よろしい。では集める間、君には僕の家に逗留してもらおうか。」
「あの、オーナー。技術移転の精算がまだでして…。」
「そうか。じゃあ数字だけ教えてくれ、僕の方で払っておく。」
わーお、強引。
下手すりゃドモク共和国レベルで危険な人物に捕まったんじゃないかな、これ。
ゴードン氏の屋敷にドナドナされ、客間に案内された。
高そうな調度品やら専属の使用人やらが居て、まるで貴族気分だ。
聞くところによると貴族が逗留する際も利用していたらしい。
なお馬のハリボテつけたままのバイクは馬房に入っている。
自律モードは便利だ。
支援をしているという錬金術師は郊外に住んでおり、話をするにはちょっと時間が遅いということで、明日向かうことになった。
参ったなー。
勝手にどんどん話が進んでいく。
腹をくくるしかないのかなと思いつつ、夕食後のお茶を飲んでいる時に悪いことを思いついてしまった。
これなら今回限りで行ける。たぶん。
翌日、馬車でゴードン氏と共に郊外の錬金術師の住む工房へ向かった。
「やあ、ジェームス。前に話していた事を実験しに来たよ。」
「ゴードンさん。前に話したことって…借金の件ですか?」
「借金に実験はないだろう、宝石の件だよ。というか、また金を借りたのかい?」
「う、そ、それが材料が足りなくて…」
ヤレヤレと言った感じで錬金術師から板を受け取り、
借金の貸主宛に小切手の様に額面とサインを書いていくゴードン氏。
中央銀行しかないはずのこの世界に小切手なんてあったのか。
意外と進んでるなと感心していると、板をいきなり割った。
何事?と思ったが、この割った時に出来る跡が換金時の鍵となるんだそうだ。
このゴードン氏、この小切手を使って決済していくだけではなく、実は投資や金貸しもやっているのだという。
それが本当ならもはや銀行と言って良いレベルだ。
「昨日集めさせた黒鉛だよ。」
ドサッと言う音を立てて置かれる黒鉛の山。
え、これ、全部ダイヤモンドにすんの?
流石にやべーっしょ。
「あの、昨日言ってませんでしたが、実施にあたり条件があります。」
「なんだい?」
「まずは量を制限させてもらいます。あまり多く作っても価値が落ちるだけですんで。」
「そうだね。」
「それから、錬金の課程は非公表にさせてもらいます。ゴードン氏も含めて。」
「…悪用できないようにするんだね?しかしそれではジェームス君が悪用する可能性がある。」
「ええ。なので、忘れてもらいます。」
ほう、と片眉を上げるゴードン氏。
「バングランドの技術とは関係ないんですが、忘却の薬を持ってましてね。それを使わせてもらいます。」
「ふむ、効果があるかはわからないけど、それを使わないと教えてもらえないというなら飲むべきだね。」
「…あの、副作用とかは?」
「ありませんよ。副作用が忘却効果なので。」
もちろんそんな危険な薬なんか持っていない。
お茶に混ぜるふりをして"※"で付加するのだ。
「ジェームス君。これは僕の頼みなんだ。拒否するなら支援を打ち切る。」
「そんな…」
ほんとおっかねえな、この人。