5-3
結局、俺が押す形で2樽分のワインを買い取った。
1樽あたり5,000エーペ(約14万円)のニコニコ現金払いである。
1樽は持ち帰って、残りの1樽は一旦農家に保管してもらう。
ほぁ~っというため息で現金を見る農場の老夫婦。
見てろ、もっととんでもない話にしてやる。
さっそく貯蔵キットに樽を載せ、トンデモ熟成を開始する。
冷たい井戸水を使ったので温度調節が割と楽にできた。
冷たいのを暖めるのは簡単だけど、冷たくするのは難しいんだよね。
渋ワインの店のおっちゃん、今頃は好事家の質問攻めにあってるかな。
そのぐらい好評を得ることが出来てたら俺の計画をスタートできるんだけど。
そんな妄想をしながらうたた寝をしてしまった。
アレ?仕掛けてから何時間経ったっけ?
なんかやり過ぎた気がするので蓋を開けて密閉状態を解く。
ヤバいな、何年物になったんだろう。
もはやおなじみとなった頭痛との引き換えによる鑑定で確認すると、45年物と出た。
45年!?1年5分で225分だから4時間近くも放置してたのか。
それで、温度は…あっぶねえ、貯蔵キットに"※温度保持"付けてあった。
よかった、台無しにならなくて。
でも45年というのはちょっとやり過ぎた感じだ。
ピークを過ぎて劣化してる可能性があるぞ。
貯蔵キット上の樽の蓋を外し、イージェ・ミオーで買っておいた瓶に詰める。
一本目は後で試飲するため栓をせずに机に置いた。
全量を瓶に詰め終わり、最後の余りと1本目を試飲する。
…不味くはない。20年物として作った先日の奴よりもっとマイルドな感じがする。
これは劣化の下り坂をいってるものの、劣化しきっているわけじゃなさそうだ。
これならなんとか許容範囲かな。
瓶を"※時間凍結""※無限収納"なメットインにしまい、
翌日を待ってからイージェ・ミオーに向かう。
そのまま渋ワインの店に直行し、売って帰ろうと思ったら店主のおっちゃんに呼びとめられた。
「オウ、兄さんよ。お前さんが会いたいといってた好事家が是非話を聞きたいって言ってたぜ。」
「そりゃ良かった。俺はしばらく例の村に滞在してるから話すならそこでさせてくれないかな。
もちろんおっちゃんも興味があるなら来てほしいな。」
「あんまり店を空けたくないんだがな、どうにもデケえ商売の匂いがお前さんからしやがるんだ。
数日中に話を聞きたいって人を連れて行くから待ってな。」
「わかった。それじゃ今日売りたいワインなんだけど…ちょっと失敗したワインでさ、飲んでみてよ。」
「…香りが違うな。嗅いだことのねえ匂いだ。味は…うーむ、評価しづらいな。」
悪くもないが良くもないということで、1瓶110エーペ(約3,000円)の値段になった。
渋ワインが普通のワインになったという意味では成功なんだろうけど、悔やまれるなぁ。
それから3日。
滞在しているユーク村に渋ワインの店のおっちゃんと数人のナイスミドルが、使用人を引き連れて訪ねてきた。
村民より多いけど大丈夫か?。
「まさかこんなに来ると思わなかった。」
「バカ言え。あのワインの秘密を知れるかもしれないチャンスをフイにする奴が居たら、そいつは間抜けって奴だ。」
「そんなに大きな話…だな、確かに。」
そういえば文明の遅れというものを考慮してなかった。
あまりにも飲食物が不味かったから暴走してた。
こりゃあ、学生たちにあーだこーだと言えないな。
気を取り直して、木板とヨカル王国から持ってきてた黒鉛を持ち、遠路(?)はるばるやってきてくれた賓客のところに向かう。
今日の宿のロビーは戦場だ。
「どうも、こんちは。ヨネツキ・ミサオです。ヨネツキがファミリーネームでミサオがファーストネームですが、どっちで呼んでもらってもかまいません。」
「それじゃ早速だがミサオ君、我々にここに来させてまでしたい話というのを聞かせて貰おうか。」
「ええ、そのつもりです。」
その言葉に全員が気を引き締めたのか、空気が変わった。
「まず、あのワインについての秘密ですが、これから話すことは他言無用に願います。」
店主のおっちゃんとナイスミドルが頷き、その後ろで部下であろう人が黒鉛を握った。
一つも聞き逃すものかという表情で非常にやりにくい。
「あまり緊張せんで下さいね。俺が困るので。じゃあ、話しますよ。
あのワインですが…実を言うと産地がここ、ユーク産のものです。」
だろうな、という表情で続きを促すナイスミドル。
「ここのワインはタンニンという物質のせいで、製造直後は非常に渋いものができあがります。
ですが、ある事をすることでお飲みいただいた風味となるわけですが…」
「…待った。つまりこの村をまるごと我々が買い取れというのだな?」
「さすが、よくわかりましたね。」
「大体想像はついていたんだ。だがその方法を聞かねば判断は出来ん。皆もそうだろう?」
頷く他のナイスミドルとおっちゃん。
「方法は非常に簡単です。放置しておけば良い。年単位で。」
「…貯蔵ということか?ふむ。」
「湿った、肌寒いくらいの場所で、静かに貯蔵しておくとあの味になります。」
「何年だ?」
「俺が店主に売ったのは20年。ワインはだいたいそれくらいで旨さのピークを迎えるそうです。」
20年か…という声が聞こえる。たしかに待つのは大変だろう。
「いわばこれは投資の呼びかけです。味わえるのは20年後。
それまで金食い虫となるわけですからリスクが非常に高い。
すぐに決めることは出来ないでしょう。しかし…」
手で制止のジェスチャーをされた。考えたいのだろう。
「では考えをまとめるために一旦解散としましょう。」
そう言ってお開きになったが、ロビーから離れたのは俺だけだ。
ナイスミドルたちが金持ちそうだとはいえ、20年も利益がないというのは悩みどころだろう。
だから後押しするために貯蔵キットを25分ごと、つまり5年ごとに分けて詰めたワインを部屋から持ってくる。
「売ったのは20年物でしたが、これらは5年ごとに瓶詰めした物になります。よろしければご賞味を。」
会話が止まって、ひったくるように瓶を持ってかれた。
そして少し飲んでは評価する即席品評会が始まってしまった。
5年物から30年物まで用意したが、20年物と25年物が評価が高いようだ。