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異聞蒼国青史  作者: 緒方史
宗鳳の記 −香雪の巻−
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元年季冬 鵲始巣 2


「碧公……お耳に入れたいことが……」


 蒼翠殿(そうすいでん)の壮哲の執務室で共に書類の整理をしている英賢に、壮哲に代わって左羽林軍の将軍となった曹玄徽が遠慮がちに声をかけた。


「ん? 何でしょう?」


 英賢が書類から顔を上げる。


「……今、羽林軍の定例の新規兵士の募集をしているのですが、その応募者の中に……理淑様のお名前が」

「えっ⁉︎」


 上座にいた壮哲も顔を上げる。


「……もちろん入隊を許可してないですよね?」


 英賢が顔を引き攣らせて微笑む。


「……いえ。拒否する理由はないのです。女性の応募を禁じているわけでもありませんし、理淑様でしたら、実技の試験も難無く通るかと」


 禁軍の中でも羽林軍は精鋭揃いである。そのため、羽林軍に入るには実技試験が課される。

 そして、理淑が武術に長けていることを玄徽は承知していた。手合わせをしたこともある。


「理淑より強い者に相手をしてもらって、諦めさせることはできないのですか?」


 英賢が無理をごり押ししようとする。

 この人は本当に妹のこととなると……、と壮哲が内心で苦笑する。


「理淑様より確実にお強いのは壮哲様くらいかと……」


 曹将軍が少し申し訳なさそうに言った。

 さすがに禁軍の入隊試験で王が相手するのはまずかろう。


「そんなに強いの? 理淑って」


 英賢が驚いて壮哲に聞く。

 普段は壮哲に英賢への敬語口調を窘めているのに、うっかり英賢自身が王に対して馴れ合った口調となる。


「実戦が伴わないのであればかなり強いですよ」

「壮……陛下の他に理淑より強い者はいないのですか?」


 自分の口調がまずかったのに気づいて、英賢が語り口を改めて問う。


「……佑崔、だな」


 壮哲も口調に気をつけて答える。


「私ですか?」


 側に控えていた佑崔が、突然俎上(そじょう)に載せられて反応する。

 佑崔は壮哲が即位すると、侍郎となり常に王の側に控えていた。所属は一応左羽林軍付けとなっている。

 これまで佑崔は周家の侍従として壮哲に仕えており、禁軍への入隊を勧められても、そうはせず壮哲個人に従っていた。しかし、壮哲が王になるにあたり、壮哲を護衛するには、公の立場であった方が良いと判断して禁軍に入ることにしたのだ。


「佑崔は私より腕が立つ」

「そんなことはありません」


 佑崔が否定すると、壮哲が少し意地悪に笑う。


「佑崔、お前、バレてないと思ってたの? 私と手合わせの時には手を抜いてたろ? それくらい判るぞ」

「そんなことはありません」


 佑崔が同じ台詞を繰り返すが、表情が気まずい。目が泳ぐ。

 佑崔からしてみたら、腕を磨くのは壮哲を守るためであるので、壮哲を護衛する時以外は本気を出す必要がないと考えていた。だから、壮哲相手だから忖度した、というのではない。壮哲と手合わせをしている時であっても、それは本気を出す場ではないから、という理由なだけだ。


「佑崔、お願いできないかな」


 英賢が有無を言わせない笑顔で佑崔に迫る。


「……」


 佑崔が助けを求めるように壮哲を見るが、視線を逸らされる。


「……理淑様はお強いから、私が負けるかもしれませんよ」

「その時はその時」


 結局佑崔は英賢に押し切られてしまった。



 とは言うものの、英賢はこれまで聞かない振りをしていた理淑の希望について、ちゃんと聞いてみることにした。

 英賢に呼ばれた理淑が向かい合って座っている。

 愛らしい顔が少し強張っている。


「羽林軍に入隊の申し込みをしたそうだね」


 英賢が静かな声で聞いた。

 理淑がこくりと頷く。


「私は理淑が軍に入るのは賛成したくないな」


 そう言われて理淑が顔をあげる。

 心配で堪らないという顔の英賢が理淑を見つめていた。


「何故そんなに羽林軍に入りたいんだい?」


 そう問われた理淑は膝の上でぎゅっと手を握る。再び俯き、その手を見つめながら言った。


「だって、私は姉上みたいに色々知っているわけではないし、得意なことって剣術しかないし。それに、私もっと強くなりたいの」


 理淑が羽林軍の並みの兵士たちよりずっと強いらしいのは昼間に聞いた。


「それ以上強くなってどうするつもり?」


 聞くと、理淑が顔を上げてまっすぐに英賢を見てきた。


「だって、私の剣の腕なんて、結局お遊び程度なの。それで満足していた自分が恥ずかしい。そんなんじゃ誰も守れない。私の取り柄は剣術しかないのにそれじゃあイヤ。私だって青家の人間だもん。蒼国のために何かしたい」


 先日の宮城で起きた事件の時に何か思うことがあったようだ。ずっと引きこもっていた範玲が勤めに出ることになったのも、理淑にそう思わせた一因であるのかもしれない。


「……それは、とても有難いけど……」


 思った以上に真剣な理淑に、英賢は頭ごなしに反対するのが間違いだったと省みた。


「でも、軍に入れば、当然危険なこともある。理淑に何かあったらと思うと、心配なんだよ」


 英賢が情で訴える。


「危ない目にあっても、大丈夫なように訓練する。もっともっと強くなって、怪我したりしないようにするから。お願い、兄上」


 理淑が椅子から身を乗り出しながら懇願する。理淑も必死だ。

 しかし、英賢も許可に踏み切ることはできない。


 お互い譲ることなく黙り込んだまま、時が過ぎる。


「……じゃあ、羽林軍で一番強い人に勝ったら認めて」


 痺れを切らした理淑が条件を出した。

 羽林軍で勝てたことがないのは壮哲だけだ。壮哲でなければ十分に勝ち目はあるはず。

 理淑は自分に有利な賭けを提案した。


 つもりだった。


 英賢は内心でほっとしたが、それを噯気(おくび)にも出さず言った。


「……わかった。羽林軍で一番強い者に勝てたら、認めるよ。でも、負けたら諦めてくれるね?」


 理淑が頷く。

 そして英賢は念を押した。


「約束だよ」


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