表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞蒼国青史  作者: 緒方史
圭徳の記【改訂版】
24/192

後来 新しい日 1



 慌ただしく日が過ぎるうちに、三師による次王候補を推挙するための選定が終わり、候補者が青公に推薦された。

 次王に推挙されたのは、秦壮哲だった。

 そして青公が三師による推薦を承認したため、第十一代青蒼国王は秦壮哲に託されることとなった。

 今回の次王の候補には、有望な者が多く、三師はかなり悩んだという。しかし、各々が最終的に一名を選出した人物は、いずれも壮哲だったため、満場一致の結果となった。

 仁に厚く、義に報いる壮哲を慕う者は多い。彼の周りには人が集まる。ゆえに優秀な人物も彼の周りに揃っている。そして何より、人の上に立つ資質が決め手になったようだ。

 これにより、歴代の王を遡っても、太祖夏賢成と並んで最年少の王となることになった。


 壮哲自身はというと、自分が推挙されるとは思っていなかったようで、それを聞かされたのは羽林軍の鍛錬の最中だった。


「はぁ!?」


 剣を構えたまま結構な大声で叫び、その声は鍛錬場に(こだま)したという。

 英賢と昊尚は、壮哲が選ばれるだろうと予想しており、別段驚きもなく、実は早々に禁軍将軍の後任人事を相談していたところだった。まだ(とこ)にいる縹公は多くは語らなかったが、息子が王になることに同意した。

 選定が終わると早々に、朝議を執り行う蒼翠殿において王位継承の文書の作成が行われた。

 作成した文書に、最後に王と青公三氏の印を押す。

 玉皇大帝が自ら玉座の飾りを取り、四つに割って与えたという青玉でできた印章。菱形の四つを組み合わせることにより、さらに一つの菱形の印となる。

 今回の王は秦家の出であるので、菱形の頂点の王の御璽の真下には縹公の、そして左側に藍公、右側に碧公の印を押す。すると、王を青公三氏が支える鼎の図が浮かび上がった。これにより王と、縹公秦敬伯、碧公夏英賢、藍公周昊尚の三公の間に、王を支え蒼国のために尽くすという契約が成立した。

 新王の即位に伴い、壮哲の後任だけでなく、他の諸々の部署の人事にも調整が必要となる。特に今回の事件に関わった高官が複数いたので、その手当てもあり人事は煩雑なものになった。




**




 相変わらず毎日遅くまで働いている英賢が、その日は珍しく陽が落ちる前に屋敷に帰ってきた。

 書庫で読み物をしている範玲の元に、英賢が顔を出した。


「今いいかな?」

「もちろん。こんな時間に珍しいですね、兄上」


 久々に明るい時間に英賢の顔を見られて範玲の声が弾む。


「邪魔するぞ」


 もう一人、英賢の背後から顔をのぞかせた。


「え? しょ……昊尚殿? 揃ってどうしたんですか? お二人とも今死ぬほどお忙しいのでは?」


 正直すぎる言葉に笑う英賢の隣で、昊尚が言う。


「君は暇そうだな。最近ふらふらと出歩いてると聞いたが」

「変な言い方をしないでください。……まあ実際そうですけど……。新しい耳飾りのおかげですごく楽になったので、人に慣れるために出かけるようにしてます。それがどうかしたんですか?」

「人には慣れたのか?」

「お陰様でそれなりには」


 範玲の答えに昊尚が目配せをすると、英賢が少し眉尻を下げた。


「何なんですか?」


 意図が読めないむず痒さに耐えきれず、範玲が英賢に向きなおって聞く。


「範玲殿、役所勤めしてみないか?」


 答えたのは昊尚だった。

 思いもかけない言葉に、範玲が一瞬固まる。


「て、……いえいえ、無理ですよ。そんなに人手不足なんですか?」


 言葉に詰まった後、昊尚に振り向いて慌てて答える。

 二十二年間家に引きこもって人との接触を極力避けて来たような人間に、いきなり役所勤めは難易度が高い。一般的な感覚を以ってしても無理なのはわかる。


「人手不足なのは否めないが、それが理由じゃない。どうだろう。……史館で働いてみないか?」


 史館。

 思ってもみなかった昊尚の言葉に、範玲の胸がどくんと脈を打つ。

 史館は門下省下にある組織で、国史編纂の所管部署だ。


 今まで読むばかりの側だったものを、作る方に携わることができるというのだろうか。


 それは範玲にとって望外の喜びに他ならない。

 しかし、範玲にとってあまりに現実味のない話だ。


 他に何か”しかん”という名前のところがあるのだろうか。


 そう考えてみるが思い浮かばない。


「……史館……って……その、国史をつくるあの史館ですか?」


 範玲が恐る恐る聞くと、昊尚が「そうだ」と頷く。


 これは本当に本当のこと?


「嫌なら断って良いんだよ?」


 固まる範玲を見て、横から英賢が心配そうに過保護ぶりを発揮した。

 その言葉で範玲がはっと我に返る。


「い、嫌だなんて! そんな光栄なこと……! ……でも、私なんかに務まるんでしょうか」


 思いがけない提案に興奮で心拍数が跳ね上がるが、同時に不安も湧き上がってくる。

 昊尚はにやりと口の端をあげた。


「一度読んだものは覚えてしまうと聞いたぞ。君は夏家の書庫にある記録や文書を山ほど読んだのだろう。ということは、君の頭の中は夏家の蔵書そのものだ。それをむざむざ放置しておくなんて無駄なことを見過ごすわけにはいかない」


 範玲の、一度読んだものは記憶してしまう、という能力を役立てろ、というのだ。


「ちょうど今、再来年の蒼国建国二百年に向けて国史を編んでいる。君にうってつけの仕事じゃないか」


 昊尚の言葉は範玲の中の深いところを揺さぶった。

 今まで何の役にも立たないと思ってた自分にできることがある。

 目の前の扉が開き、その先に広がる景色が見えた気がした。

 初めて玄亀の耳飾りをつけた時のようだ。


「どうだ?」


 呆けている範玲に昊尚が珍しく優しい声で聞いた。


「……是非! やらせてください! 役に立てるよう頑張ります!」


 範玲が勢い込んで思わず昊尚の手を取る。


「!」


 英賢が息を呑んだ。

 昊尚は眉を顰める英賢をちらりと見て苦笑し、範玲の手を自分の手から外す。


「意気込みはわかったが、勤めに出たら人に触れないよう気をつけた方がいいな。人の思考をむやみに読みたくはないだろう?」


 はっと我に返ると、はい、と範玲は大人しく反省し、それでもなお頬を上気させて嬉しそうに笑った。


「じゃあ、詳しいことはまた今度」


 そう言うと、英賢と昊尚は書庫を後にした。




 二人並んで歩きながら、昊尚はくくっと思わず笑いを漏らした。


「……英賢殿は過保護すぎますよ」

「まあ、自覚はあるよ。どうしても妹のことになると過敏になってしまうね。心配なんだよ。……だけど、あんな嬉しそうな顔をするなんてね。……昊尚……本当にありがとう」


 英賢がしみじみと言う。

 範玲に史館勤めをさせてはどうか、と言い出したのは、昊尚だ。


「あの能力は使わないと勿体無いと思っただけですよ。商人としては無駄を許せませんから」


 はははっと楽しそうに昊尚が笑うと、英賢は真面目な顔になって言った。


「いや、史館のこともだけど、それよりも耳飾りのことだよ」


 昊尚が足を止めて英賢を見返す。


「そろそろ範玲に、ちゃんと、君からだって言ってあげたいんだけど」


 英賢も昊尚にまっすぐ視線を返す。

 しかし昊尚は範玲と同じ碧色の瞳から視線を外して再び歩き出した。


「……まあ、そのことはいいじゃないですか。駄目ですよ。約束は(たが)えないでくださいね」


 そう言うと英賢の返事を待たず昊尚は強引に話を変えた。


「それより、もう一つの力の方は、漏れないように慎重になった方がいいですね」


 これまでは引きこもっていたので気付かれることはなかったが、外に出て人に接するようになると、範玲の人の思考を読んでしまう力が露見する恐れがある。史館はあまり人の出入りがないので、可能性としては他よりも低いが、その恐れがなくはない。知られてしまったら、その力を気味悪がられたり、悪用しようとする輩はきっと出てくる。

 それだけは気を付けておく必要があるということは、二人共同意見だった。


「……あの力のこと、どうして教えてくれなかったんですか。この間範玲殿から聞いて驚きましたよ」


 昊尚は英賢から範玲の耳が良すぎることは聞いていたが、触れた人の心を読んでしまうことは教えられていなかった。


「ごめん。さすがに言えなかったんだよ」

「もし言ってくれていれば、耳飾りだってそれ用に何かできたかも知れないのに」


 昊尚が珍しく英賢への苛立ちを隠さず詰る。


「何とかなるのかい?」


 思ってもみなかった、と驚いて英賢が聞き返す。


 そんなことができるのかどうか、今のところ妙案は浮かばない。

 だが、何か方法があるかも知れない。

 いや、あるはずだろう。


「……探ってみます」


 昊尚は深く溜息をついた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ