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異聞蒼国青史  作者: 緒方史
圭徳の記【改訂版】
19/192

三日目 御前会議 5



 そんなほのぼのとした風景を、少し離れたところで腕を組んだ彰高が眺めていた。


「ここに居たのか」


 大雅が彰高の元へのんびりとやって来た。

 彰高が振り返ると、にこやかに言った。


「とりあえず雲起は帰ったけど、しばらくは朱国に注意した方が良いだろうね。叔母上はしつこいよ〜」


 その言い方に彰高は苦笑する。 


「ああ、でも大雅が来てくれたから効果があった。忙しいのに悪かったな」

「いやいや。他ならぬお前の頼みだ。気にするな」


 彰高の言葉に大雅が、にこやかに——むしろへらへらと——緊張感なく応える。


「ただ、全力の馬に乗りっぱなしの道のりは辛かった……。あれはもう勘弁な」


 大雅が腰と尻をさすりながら情けない顔をすると、彰高がニヤリと笑う。


「いい薬がありますから塗って差し上げましょうか?」

「いや、いい。やめれ」


 軽口を言いながら笑いあう。

 範玲がその様子に気付いて近寄ってきた。


「あの……お二人はどういう?」


 気安い雰囲気の二人を交互に見比べる。


「ああ、この方は紅国の太子で、芳大雅殿。大雅殿とは私が学ばせていただいた文始先生のところの同門なんだ」


 彰高に紹介された客人が、警戒心を全く与えない人懐こい笑顔で範玲たちに向き直る。


「そ。私は彰高の兄弟子なんだよ」

「私の方が入門は先だ。後を追ってきたのはお前だ。ふた月早く生まれてただけだろうが」


 彰高が舌打ちをして言った。

 中途半端に残っていた丁寧な口調がすっかりなくなり、ぞんざいな態度になる。

 使者が太子であったことにも驚くが、太子に向かってこんな口のきき方をしている彰高に範玲の目が丸くなる。

 呆れ半分に彰高を見上げている範玲に目をやり、大雅が何かに合点がいった顔をした。


「もしかして君が範玲殿か。どう? その耳飾りは?」


 初対面の隣国の太子は何故か範玲の名を知っていた。


 ん? どういう事? どうして私のことを知っているの? 耳飾りがどうしたって?


 ぽかんとする範玲に構わず話し続ける。


「いやあ、大変だっ……ぐあっ!」


 が。大雅の言葉は途中で途切れ、呻き声となった。

 いつの間にか彰高が大雅の脇から顔面に裏拳を入れていた。


「さ、大雅殿、用事はお済みでしょう。とっととご帰国されますよう」


 彰高は、蹲る大雅の首根っこを掴む。


「ちょ……。酷くないか!? それが兄弟子に対する態度か!」


 他国の太子に対する態度でもない。


「彰高、それはさすがにあんまりだと思うぞ」


 そこにやってきた壮哲が呆れ顔で声をかけると、彰高はまた舌打ちをして大雅を掴んでいる手を離した。


「まあいいけどさぁ。私も暇じゃないから長居はしないけどさぁ」


 大雅はぶつぶつ言いながら、立ち上がり、掴まれていた襟元を整える。


「でもまた今度はゆっくりおいでよ。母上もお前を気に入ってるしさ。母上を怖がらずに寄ってくる奴は珍しいからなぁ」

「とても私を気に入っているようには見えないけどな。この間もおっかなかったぞ。まあ、陛下のおっかないとこも嫌いじゃないよ。また面白いものを見つけたらお持ちしますとお伝えしておいてくれ」


 彰高が珍しくも屈託のない笑顔で答える。


「伝えとくよ」


 大雅はそう笑うと、「来たからにはちゃんと話をまとめて帰らないと怒られる」と言って、絹織物の技術の輸出について話をつけに去って行った。




**




「失敗しちゃったかぁ」


 議場を後にし宮城東側の青龍門を出ると、朱国の使者——いや、第三皇子の雲起は歩きながらくつくつと笑い出した。


「まあね、あんな雑な計画じゃあ駄目だよね」


 歩きながら独りごちる。


 今回のことは朱国の王妃である澄季が言い出した我儘から始まっていた。


 澄季は絶世の美貌を誇る妃である。朱国の王は澄季を得ることと引き換えに、紅国に従うことを誓ったと言われるほどの美女だ。齢は四十をとうに過ぎているが、その全く褪せることのない美貌に、未だに朱国王の溺愛ぶりも衰えることがない。

 澄季は宝石を殊に好む。近頃は特に蒼国で採れる品質の良い青玉を気に入っている。

 蒼国では、青玉の他に金や銀の採掘も行われ、更にそれを細工する高い技術を持つ。高い技術は精密な細工だけでなく、新しい織物を生み出したりと工業面でも発達している。

 澄季は自分の好むものを多く持つ蒼国を、丸ごと自分のものにしたいと言い出した。美しい海と山に挟まれた瀟洒な街並みも気に入っていると言う。

 さすがにその我儘には、澄季を溺愛する朱国王も承諾することはなかった。そのため、澄季は自分そっくりな容貌がお気に入りの第三皇子である雲起に、"おねだり"をしたのである。

 雲起は兄たちのように国政に関与せず、特に職に就くこともしないで、ふらふらと放蕩していた。暇つぶしにちょうど良いかもしれない、という程度の気持ちで"おねだり"を聞いてやることにしたのだ。


 蒼国の内通者から、現王の啓康の様子がおかしいことを聞いていた。怜花妃の元に出入りしている怪しい呪禁師のことも。

 その呪禁師——古利に近付いてみると、あっさりこちらに協力することを承諾した。強く蒼国、とりわけ啓康王に恨みがある様子だった。古利は既に治療の名で、麻薬により啓康王を内側から蝕みつつあった。

 今の蒼国を潰せるのならやり方はどうでもいい、と古利は吐き捨てた。だから、雲起の準備ができるまでは、王を廃人にしてしまわないように言い含めた。


 雲起は朱国王に、蒼国との友好のため、と蒼国の公主(ひめ)との婚姻を申し出た。王は、澄季に容貌がそっくりで、しかも彼女が可愛がっている雲起を甘やかしていた。だから、その雲起が、いつもふらふらしていたのに国のことを思って提案したのだ、と単純に喜んでその言葉を受け入れた。

 雲起は使者と身分を偽り、様子を探りがてら、自らと公主(ひめ)との婚姻の申し入れを持って蒼国を訪れた。古利を通じて王妃に渡りを付けると、本音では息子を王に就けたいと思っていることもわかった。

 本当ならば、啓康王の娘と婚姻を結んで蒼国に入り込んだ後に蒼国の実権を手に入れるつもりだった。蒼国の王位継承権を周家のみのものとしてから、邪魔な青公らも始末するつもりだった。

 しかし、下準備のため訪れていた折に周公が病死してしまい、想定外の状況となった。そこで急遽計画を変更したのだ。

 さすがにあんな廃人同様になってしまった啓康王は廃位されるだろう。次の王が立ってしまっては計画も立て直しだ。だから予定を変更してみたが、そううまくは事は運ばなかった。

 我ながら計画が雑すぎた、と皮肉に笑う。


「おまけに大雅君も来ちゃうんだもんなぁ。……まあ、いいか。ちょっと面白かったから」


 澄季はまだかと文句を言うだろうが仕方がない。


 しかし古利が捕まってしまったのは惜しかったな。あれは面白いのに。

 ……まあ、ちょっと考えるか。


 雲起はちらりと元来た道を振り返ると、肩をすくめて朱国への道を急いだ。





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